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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第3章 新しい日常
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43話 ちょっと実験

 武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)は廊下ですれ違う一年生に挨拶をするも、警戒され無言で去られてしまった。


 またあるときは、一年生がサクラの教室の前でウロウロしており、桜の先輩は居ないかと尋ねた。元から見える位置にいたサクラは、手を挙げてここだと答えると、一年生は戸惑った。


「もしかして、制服変えたから認識されなくなっちゃったのかな」


 サクラは隣の席の北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)に相談する。ゴールデンウィーク前まで気安く接してくれた下級生の反応がぎこちない。

 その要因と考えられるのはサクラの服装の変化。今までは他校の制服で代用していたが、注文した制服が出来上がったので今日からは皆と同じ制服を着ている。


 そのせいで同一人物と認識されなくなってしまったように思える。


「……そもそも同一人物なの?」

「私よ!? 変なこと言わないで」


 アゲハは下級生の捉え方が正しいのではと疑った。連休の前後で、服装とともに中身も変わったのではと疑う。


 サクラはとんだ濡れ衣を着せられ戸惑い、本物だと訴えかける。



「私にも教えてよ。そしたらそっくりさんに任せて学校休めるし」

「だから違うのよ!」


 仮に事実として、アゲハは不気味とは思わずむしろ分身の方法を知りたいと迫る。地上の学校に編入した初日。すでにやる気が切れた彼女は帰りた、休みたい欲に塗れていた。


 だがサクラとしては迷惑な誤解だ。制服とともに中身も変わったなんて噂が広まるのは御免だ。アゲハには悪ノリしないで真剣に相談に乗ってほしい。


「だって私、前の制服のサクラ知らないし」

「……そっか。ここに来たのは連休中だったもんね」


 相談されても、アゲハは連休前のサクラを知らない。それより前の天界に来たときの彼女なら知っているが、先に地上へ行ってから再会するまでの彼女のことは知らない。


 別人なんて非現実的な疑惑を向けるのも、会っていないゆえに同一人物という確証を持てないからなのだ。


 そう言われてサクラは納得した。だが考えれば、アゲハが地上での研修をサボろうとしてせいで連休前は会えなかったわけで、つまり彼女が悪いのだと内心ボヤいた。



 思い返せば、サクラは連休前後で大きな変化があった。それは妹の広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)に自らの正体を打ち明けたこと。自分は亡き姉の代わりを担った池の妖精ではない。生まれ変わった姉本人だと。


「……私はサクラじゃなくなった?」

「そんなことがあったの?」


 サクラがフユキに正体を打ち明けたことはアゲハも聞いているが、今の彼女の発言にはハテナを浮かべた。

 サクラ自身も迷走している。フユキに正体を隠すためにサクラという架空の存在を作り演じていたが、正体を明かしそんな人はいないと告げたことと、新しい制服が届いたタイミングが偶然にも被ったことで、サクラという存在そのものが記憶から消えたと錯覚した。


 人が生まれ変われるなんて噂が世間に広まれば騒ぎになるから、サクラは今まで通りサクラを演じる。そのつもりでいたが、出だしから挫かれた。



「それか私が来たせいでもあるかも。知らない人といると、話しかけづらかったとか」


 アゲハは別の視点から考えた。サクラが別人と勘違いされた原因は、今まで彼女のそばにいなかった自分にもあると。


 街で知り合いが自分の知らない人と一緒にいるところを見かけたらアピールを躊躇うのと同じように、サクラ本人と分かっていても話しかけにくくなったという可能性も考えられる。


 つまり正体の告白と制服のチェンジに加え、アゲハの編入という無関係の三要素が重なったばかりに招いた事態なのだ。


「それなら私一人で会えばっ」

「……私のせいってことでいいじゃん」


 そのせいなら一人で姿を見せたら今までのサクラだと分かってくれるはず。確かめようと出ていく彼女にアゲハは賛同しなかったが引き留めもしなかった。


 もしさっきと結果が変わらなければ、説が一つ潰される。原因が色々あると思い込んでおけば気持ち的に楽だから白黒はっきりさせないでおけばいいと思ってしまう。


「……駄目だった」

「手遅れだったのね」


 しかしサクラの期待する結果にはならなかった。アゲハ抜きで一年生に姿を見せても、かの桜の先輩と慕ってくれなかった。

 理由は不明だが、アゲハはさっきのコンタクトでサクラの印象が上書きされたうえで広まってしまったから、今さら巻き返そうとしても無駄ということにしておけば、悩むことはないと思った。


「というか下級生にもお姉ちゃんと呼ばせてたの?」

「違うよ! ただ、三年生だけど新入生で親しみやすく思ってもらえたから」


 そもそもサクラが桜の先輩で知られていたわけは、入学式直前の始業式に編入したため一年生と同じ目線で学校を見る上級生という独特な立ち位置が生んだ接点の産物。


 決してアゲハと別れ、フユキに事情を隠している間に妹を求めたなんて背景はない。



「というわけで私の進路は目を騙すメカニズムの研究よ」

「何それ」


 サクラは図書室で情報収集し、年に四回提出する進路希望を記入した。付き添ったアゲハは、騙すと聞いて悪い仕事に手を出そうとしていると誤解した。


「こんなトリックアートみたいに、実際の形と違うように見せる技術よ」

「ふーん」


 サクラが学びたいのは脳科学。目を騙す図形で脳をハッキングする現象だ。


「私は言葉で騙すのは得意だけど、それだけじゃ足りないから」


 正体を隠し続けた件といい、願いを声に出せば叶うというスタンスといい、サクラは言霊を使うことに慣れている。

 それは耳で騙すことであり、加えて目で騙すこともできればいっそう効果的になる。そのための専門知識を学ぶことを、現時点の進路とした。


「それに心得ておけば、強制送還に抗えるかも」

「なるほどね」


 そしてこれはサクラ自身を守ることにも繋がる。正体を隠すための振る舞い、もしバレて天界へ連れ戻されることになった際に天使を騙して回避する。フユキのそばにこれからずっと居たいという思いが、彼女の覚悟の背中を押している。


 フユキに会いたいサクラの気持ちはアゲハも一ヶ月見てきたから、天界の住人といえど、そんな野望を告発する気にはならない。



 そして進路希望の回答はアゲハもすることだ。サクラは彼女がどんな将来を目指しているか、三月末の課題研究発表会で聞いている。


「アゲハの夢は、世界を小さくすることだっけ?」

「ああ、それでいいわ」


 実際は、知り合いの知り合いの知り合いの、と辿れば五人程度で世界中の人と繋がるという小さな世界理論を、人間と霊魂にも適応すること。死者は人口よりずっと多いが、地上と天界の架け橋を作れたら人に魂を会わせることも可能になる。


 その夢を天界の件を伏せて大雑把に表した結果、世界を小さくするという野望みたいな表現になったのだ。アゲハは喜んで採用した。シンプルでインパクトがある。


 思い返せば課題研究のスピーチを無難なものから注目されるものへ工夫できたのも、サクラが意見してくれたおかげだった。



「それでちょっと実験してみたいんだけど、協力してくれる?」

「実験? 私が?」


 アゲハは記入を済ませると、その夢を叶えるため、そして地上での研修の成果を上げるために、クラスメイトを巻き込んで検証をしたいと考えた。それにはサクラの協力が必要で、むしろ彼女の夢が着想を得るきっかけだった。


「妹増やしてくれない?」

「え? 何それ」


 予想外の提案で、いざ言われても意図が読めない。サクラは目的以前にどんな実験なのかと聞き返した。


「仮にクラス全員サクラの妹になったら、全員サクラを介して繋がるわけじゃん」

「まあ、そうなるけど」


 中心にサクラがいて、そこから別々の線がクラスメイトと繋がる。すると任意の二人は、サクラという姉の妹の関係になる。


 クラスという大きな世界が、家族という小さな世界に変わる。


「もしそうなったら何が起こるか知りたい」

「…それ、フユキの嫉妬の矛先逸らしが狙いでしょ」


 サクラはアゲハの目論見が読めた。今の彼女はフユキと犬猿の仲だ。一緒に暮らし始めた日に、仲良くすると誓ったにもかかわらず一週間経っても好転しない。


 今まででさえ頻繁に揉めていたのに、今日の編入でついに妹を名乗り余計に反感を買った。クラスメイトにまで姉呼びを拡散すれば、フユキはさらに嫌がるだろう。


 ヘイトがクラス全体に広がり、反面アゲハ一人への圧は薄まる。それが狙いの実験の提案に思えてしまった。


「バレたか」

「もう……」


 図星と分かり、けれどもサクラは却下はしない。バレていると分かっていれば、アゲハも怪しい動きをしないと信じた。



「それでいったらサクラも共犯じゃん」

「私が?」

「だって私を妹だって受け入れたじゃん。幼馴染でもいいのに」


 アゲハが天界から来たと明かせば、彼女と接点のあるサクラは何者かと疑いを持たれる。そうならないよう前々からの知り合いとして自然な、姉妹という設定を採用した。

 サクラも同意のうえだ。けれどもその前に、旧友でも代用は利くと提案することもできた。彼女がそう訂正しなかったから、アゲハは妹を名乗った。

 つまりサクラが妹を増やすと望んだのと同義なのだ。


「本当はお姉ちゃんになりたいんじゃないの?」

「うるさいアゲハ。そんなんじゃないから」


 サクラは意地でも否定する。そんな彼女を煽るように、アゲハは様々な声色で彼女を姉呼びして囁く。サクラは骨抜き状態にされた。



 放課後。二人はフユキの部活を少しだけ覗きにいった。ダンス部の部員としてどう過ごしているのかアゲハに教えるために、邪魔しないよう外から眺める。


「髪ボッサボサじゃん」

「それがいいんだって。一生懸命さが出てて」


 フユキは二人と同様で特殊能力を持っているが、部活ではそれをアピールポイントにはしない。この島では能力は持たない人が大半であり、この部にも言えること。


 感性を周りに合わせつつ、自分のやりたいダンスを表現する。そして行き着いたのが、踊りで乱れる髪や息を美しいと魅せること。


 アゲハが見た部活中のフユキは、普段とは別人だった。サクラへの固執を感じさせない、個人としての存在を感じられる。


 サクラにこだわっていたのは、案外自分の方だったのかもしれないとアゲハは考えを改めた。


「妹計画はボツね」

「……そう」


 サクラは突然で困惑しつつ残念に思ったが、アゲハの表情を見て前向きな取り消しだと察し、喜ばしく解釈した。



「さて、明日からどうするかしら」

「明日?」

「登校時間よ」


 今日がもうすぐ終わるが、それまでに今朝の問題は解消しなくてはならない。朝練のあるフユキと一緒に登校するか、ゆっくり起きて別々に出発するか。


 もし別々で、かつ二人がサクラと一緒がいいなんて事態にならなければ何でもいいから、難しい話ではない。万が一揉め事にならないよう、まずはアゲハに希望を聞く。


「私は一人で行けるから、あんたたちの好きにしていいわ」


 アゲハはすんなり引き下がった。用事もないのに早く起きるのはつらいからフユキと同じ時間には行かないと言い、初日と違ってサクラの付き添いがなくても平気だと答えた。


 これでサクラは自由になった。フユキが一緒に行きたいと言う日は早く出て、そうでない日はアゲハに任せる。これならフユキに聞かなくても話はまとまる。


「……ちゃんと起きるのよ?」

「あー」


 ただ唯一の懸念点は、アゲハが一人でちゃんと登校してくるかどうかだ。もし時間になっても来なかったら、一度帰宅してでも引っ張り出そうと決意した。



「というわけで、明日からは一緒に行きましょう」

「やったー! 毎日ねっ」


 決めたことをフユキに伝えると喜んだ。毎日がいいと言われ、サクラも嬉しかった。


「あ、サクラ。制服交換しよ」

「はあ!?」


 アゲハの提案にフユキが割り込んで拒否した。確かに今は彼女はサクラに制服を借りている。


「明日暑いみたいだし夏服着たい」

「そういうことなら……」

「だったら私が冷やしてあげる」


 冬服では暑いという理由なら交換してもいいと思ったがフユキが許さなかった。能力で生み出した雪で我慢するよう制限を設ける。


「まあまあ、アゲハが制服注文する前にサイズ感を確かめておいた方がいいし明日だけ」

「……分かった」


 冬服と夏服を両方を着ておきたい気持ちはサクラも納得した。けれどもフユキの意地をないがしろにしたくないので、一日だけ貸すことにして、全員納得した。

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