42話 お姉ちゃんと呼びなさい
ホームルームが終わると、広小路冬雪は再び隣の教室に飛び込んだ。そして悠々と中にいる北参道天羽を問い詰める。
「なんでお姉ちゃんと同じクラスなの!?」
「その方が都合がいいからよ」
「フユキ、落ち着いて」
武蔵浦春桜が仲裁に入る。彼女は前もってアゲハの編入先を知っていた。むしろそうしてほしいと話を持ちかけた側だ。
「お姉ちゃん隠してたの?」
「だって教えたらフユキが問題起こしそうで……」
クラス分けがやり直しになる事例はあるので、編入生の割り振り先の決め直しもあり得る話。連休明けで皆が登校してから編入先を明かせば、フユキは人前で目立つような抵抗をしないだろうと考えたサクラは、今日に至るまで伏せていた。
「あんたのためにここに入ってあげたのよ」
「は? 私のため?」
サクラと一緒のクラスに入ればフユキの嫉妬を買うことはアゲハも読めていた。けれども嫌がらせだけを狙って決行したのではない。彼女がこれからもサクラと一緒にいられるようにするためでもある。
「サクラがボロ出して連れ戻されたら、あんたと離ればなれになるのよ。嫌でしょ」
「それは……嫌だけど……」
サクラは周りに秘密にしている。自分の正体が、一度死んで生まれ変わった存在だということを。そんな芸当、普通はできない。だから正体を他言しないよう天界の主に忠告された。
「私がそばでフォローするのから、感謝なさい」
だからアゲハはサクラと同じクラスに入り、危なくなったらフォローできるポジションに就く。そうやって、彼女がフユキの元から去る事態を防ぐと決めた。
フユキとしては確かにサクラとまた離ればなれになるのは嫌だ。けれども納得をしたくない。単に一緒がいいのを、自分を使って正当化したように聞こえてムカつくからだ。
「それにアゲハ、色々無いから……教科書とか鞄とか」
五月に地上に降りてきたアゲハは、四月に配布された教科書を持っていない。そして鞄は、一年も使わないのに学校指定のを買うのももったいないのでサクラと共用。教科書もシェアすればいいから、容量的に十分ということで、だったら二人の時間割が一致する方が荷物は最低限で済む。
アゲハがサクラと同じクラスに入った、もう一つの理由はこれだ。
「分かったら帰りなさい。ここはあんたの居場所じゃないのよ」
「またそんな言い方……」
フユキのクラスは隣なのも、もうすぐ戻らないと授業が始まってしまうのも事実だ。そして人が多い教室という場で言い合いをするとうっかり秘密がバレるリスクがある。アゲハの主張は合理的だとサクラは受け止めつつも、フユキの神経を逆撫でするような言い回しは良くないと感じる。
フユキがカチコミに来たのも、おちょくるアゲハに多少は非がある。
「戻るけど、自己紹介なんて言った?」
「え?」
「変なこと話してないよね?」
フユキは戻る前に確認した。拍手の沸き起こった自己紹介のとき、隣のクラスにいた自分に聞こえないのをいいことに、間違った情報を流していないかと。
そしてその予感は悪い意味で的中した。
「私もサクラの妹と名乗っただけよ」
「はぁっ!?」
「フユキ、この話は後で……」
マズいと察したサクラは割って入り、フユキを回れ右させて彼女の教室へと背中を押す。
「私と相談して決めたの」
「ああ、勝手に言ったんじゃないんだ」
サクラの妹設定は彼女の合意の下と聞き、フユキは安堵した。てっきりアドリブで名乗って彼女を困らせたように思えていたが、それは杞憂だった。
「フユキも、アゲハの話はあまり広めないでね」
「……分かった。お姉ちゃんのために」
今は話す時間がないが、妹設定もサクラが地上に居られるままでいるための策。それが破られないようにするためにも、アゲハが天界から来たことは学校の人には内緒にしておきたい。
実際、アゲハも自己紹介で天使と名乗っていない。
だから他クラスのフユキにも協力を持ちかける。いくらアゲハのことが気に入らなくても、彼女に関する話を言い触らさないようにしてほしいと。
フユキは妹を名乗って自分を脅かす赤の他人なんて問答無用で排除したいが、サクラと居られるためなら我慢を決めた。
「……でも、後でちゃんと話してね」
「もちろんよ」
とはいえ事前に打ち明けてくれたら、今こんなモヤモヤを抱えることもなかったとボヤく。この点は隠していたサクラに問題があるので、それが作戦だったとはいえ彼女は反省した。
一時間目。サクラのクラスはアゲハの編入もあって、授業の冒頭を使って席替えとなった。といっても、現在の出席番号順にアゲハを割り込ませるだけ。サクラより前の人は移動しない。一番が右隅、その左に二番、そのまま窓際まで並び、埋まったら後ろの列で以降は繰り返し。
移動は机の中身だけだ。小学生はクラス内での体格差が大きいので座高に合った椅子と机が必要なので席替えでは本人と一緒に移動するが、中学生なら机の高さが変わっても適応できる。
というわけで、サクラが一ヶ月使った机と椅子は今日からアゲハの物だ。
教科書の都合でアゲハはサクラの隣に着くのはマストだが、二人の誕生日が偶然にも近かったことで、自然な並びで実現できる。
「サクラ、あっち」
「え、アゲハがそっちでしょ」
だが二人は揉めていた。サクラは自分は移動しないものと思い込んでいる。つまり二人で、どちらが右かで意見が割れているのだ。
「これ誕生日順でしょ。私六月六日」
「私六月十六……」
アゲハの方が少し早い。それはお互い前もって知っていた。主張が正しいのは彼女の方だとサクラも分かっている。
「でも私の妹って言ったよね?」
誕生日を教え合う前から、サクラは振る舞いで姉らしさを見せ、アゲハも自ら妹を演じからかったり励ましたりした。フユキという同い年の妹と逸れていたから、自然とそうなった。
その名残でアゲハは自己紹介でサクラの妹と名乗ったばかりに、事実とのズレが出ている。サクラは彼女に、妹と名乗ったからにはそう振る舞うべく、自分より後ろの席に着かせようと画策する。
「私の方が年上よ」
「年は同じで……」
今は五月だから年齢は同じと言い返したかったが、サクラは一昨年死んでいるのでそこで年齢はストップしている。アゲハやフユキより二学年下という現実に、反論を失った。
「私が妹です」
「お姉ちゃんだけど、そっちね」
サクラは身を引き、左の席へ移動した。晴れて彼女の席をゲットしたアゲハは、嬉々として椅子に座る。
「教科書お姉ちゃん」
「私お姉ちゃんじゃない」
「教科書」
全員移動が終わり、授業が始まる。連休明けとはいえ五月。一学期が始まって一ヶ月経っているので、単元の途中から普段通りに授業が進む。
手ぶらのアゲハはサクラに教科書を見せるよう急かしては、隙あらばからかった。
一段落つくと、サクラはアゲハの隣で授業を受ける現状に、天界での学校生活を思い返した。通うと決めたのは自分の意思とはいえ、不安でいっぱいだった。
そんなかつての自分と、今のアゲハは同じ立場だと考えると、様子が心配になる。
ふと目を向けると、アゲハがノートの隅に授業の終了時刻をメモしているのが見えた。平常心のようで安心したが、すでに集中が切れている点は後で叱ろうと思った。
「来たよお姉ちゃん!」
終わりのチャイムが鳴ってすぐ、三度フユキが飛び込んできた。さっき来たときと席が変わっていることに驚きつつも、すぐに二人を見つけ、駆け寄ってきた。
「さっき席替えしたの。しばらくこの場所で」
「……なんでお姉ちゃんの机使ってるの」
最初はサクラの席にアゲハが来ていて、席替え後は移動した。今日からしばらくは今の位置で固定だと教えたが、フユキの着眼点はアゲハの席に向いていた。そこはさっきまでサクラがいた席だと記憶していたのだ。
「なんでって、偶然」
「サクラが譲ってくれたのよ。私はそっちでよかったのに」
狙ってやったものではないと弁明するサクラの妨害をするように、アゲハが事実を交えてフユキが嫌がる言い回しをぶつける。
「……へえ」
「ええそうよ。番号順が正しいから。それよりアゲハの自己紹介のことだけど」
事実と認め、けれども経緯は私情ではないと告げる。そして話を変え、フユキが尋ねた自己紹介を明かす。
「雲の上から来たって説明するのダルいし」
「もし話したら、色んな子に聞かれると思うのよ」
まずアゲハの意見として、正直に天界の使命で来たと話すと後々面倒になるから避けたいという気持ちがある。
そこでサクラに相談していた。彼女が先月編入した際は何て言ったのかと。そのとき答えたのは、天界で一ヶ月過ごしたことは言わず、フユキの一ヶ月遅れで編入した姉で通した。
もし天界から来たと話していたら、サクラと同じで済ませることもできたが、そうもいかないのでボツ。
「だから私も妹って言うのが無難かと」
「何が無難よ! 余計なことを……」
ちょうどフユキという別姓の妹がいる。だから便乗しても自然に受け入れられると考えた。それがアゲハがサクラの妹と名乗った経緯なのだ。
「仮に私が天使だって言ったらさ、どこでサクラとの接点できたか疑問が出るじゃん?」
便乗するのが楽で面白いと思っただけが判断材料ではない。サクラを地上からサヨナラな事態を避けるためでもあるのだとアゲハは説明を始める。
もし正直に天界から来たと名乗ると、編入前からサクラと知り合いであること、果ては一緒に暮らしていることを突っ込まれたら、彼女も天界に行くような存在だと気づかれかねない。
「行き倒れのアゲハを優しいお姉ちゃんが助けたってことでいいじゃん」
しかしフユキは納得せず、出会いの経緯を変えてしまえばよかったと意見する。出会いは必然ではなく偶然。それならサクラの正体は一般人で通る。
「そんなファンタジーな設定はどうかと」
「存在がファンタジーな人に言われたくない!」
だがアゲハは冷静にダメ出しをする。しかしフユキからすればアゲハのような人がいること自体が奇想天外なことなので、創作的と言われる筋合いはないと言い返す。
その発言はサクラにも刺さった。一度死んだのに自力で生まれ変わった彼女は、アゲハから見ても特殊な存在なのだ。
「まあ、妹って言った理由は分かったよ。でも……姉妹はクラス分けるって聞いた」
同学年のきょうだいは、クラスを別々にする。理由は教師や同級生目線で似た二人がいると区別がつきにくいことと、きょうだいでまとまらず広い交流を持たせたいということ。
「でも私サクラいないと困るし」
「鞄とか教科書とかね」
とはいえ今回のアゲハの場合、サクラかフユキあたりがいないと不便だ。
「かといってフユキと一緒なのは危ないし」
「私いじめられちゃう」
「何よ被害者ぶって!」
二人の相性は良くないから、一緒にしないようサクラからもお願いした結果、アゲハの編入先はこのクラスになった。
だがその言い分だとまるでフユキが悪いかのようで彼女は憤慨した。元はといえばアゲハが来たせいで、心の休まらない日々を送る羽目になっている。
死んだと思った姉に会えて幸せだったのに、平穏を一瞬奪ったアゲハが憎かった。
「そんなの……同じクラスになれなかった私が惨めみたいじゃん!」
諸事情を押し通せばサクラを同じクラスに入れることができたのかもしれないと思い直すと、フユキは過去の自分を嘆いた。一緒が当たり前だったからそうならないとは考えてもいなかったし、いざ違うクラスでも再会できただけ嬉しいと考え満足していた。
まさかアゲハのような、欲しいものを全部持っていく存在が現れるとは考えてもいなかった。
「高校では一緒になれるといいわね」
「馬鹿にして……」
一応、同じ高校に進学すると約束したから可能性はある。ただそれまでの十一ヶ月が苦痛でしかないわけで、同じ中学に通えるだけで満足できない体になっていた。
「その分一緒にいてあげるから。休み時間とか、家とか」
「じゃあ給食は私の席で」
「それは無理ね」
サクラは極力学校で一緒の時間を作りたかったが、それは口で言えるほど簡単ではなく、糠喜びさせるだけだった。
「フユキ、学校では私をお姉ちゃんと呼びなさい」
「嫌」
そしてアゲハをサクラの妹とは認めず、姉とも妹とも呼びたくなかった。




