40話 思い込みというトッピング
北参道天羽が地上に来て数日が経った。ちょうどゴールデンウィークで授業も宿題もなく自由な時間が多いことから、住まいの離れた他校の能力者と過ごす機会が多かった。
天界の使命で地上に来たことをアゲハは最初面倒に思っていたが、不思議な特殊能力への興味や気が合う友達ができたことで、地上生活を満喫している。
「じゃあアイリを迎えにいってくるわよ」
「よろしくー」
大型連休の終盤、美南哀月がアゲハに会いにはるばるやってくる。アゲハと一緒に暮らす武蔵浦春桜もその予定を聞いており、これから駅へ迎えにいく。当事者たるアゲハは留守番を所望したていた。
「アゲハも行ったら喜ぶと思うわ」
「私は忙しいんだ」
アゲハが家を出ない理由は、もうじき祝休日が終わるから自由な時間を削りたくないため。趣味の人探しゲームを寸暇を惜しんでプレイしている。
「学校行かなくていいなら迎えに」
「行くのよ」
「じゃパス」
連休明けも休んでいいなら焦って今やる必要はないと提案するも、サクラは認めなかった。その返答はアゲハも予想できており、欠席の要求を通すことは諦めてアイリの迎えは彼女に任せた。
時間通りサクラとアイリは合流した。
「アゲハも連れてこようと思ったけど駄目だったわ」
「いいよ、気にしないで」
案内は一人でできるとはいえ、出迎えに行かず遊んで待っているのをサクラは申し訳なく思い、代わりに謝る。幸いアイリは不快と感じていなかった。
「段々暑くなってきたね。ジュース飲む?」
「買ってきてくれたの?」
サクラは家に着いたら冷たいお茶を出すつもりでいたが、アイリは飲み物を持参してくれた。それも自分の分だけではない。
「ううん。行きたいって言ったのは私だから、これくらい」
アゲハの部屋を見たいアイリの希望で、集合場所は彼女の家になった。暮らし始めたばかりだが、数日経ったことで部屋は彼女らしくなったはず。連休が終わる前に一度見たいから、このタイミングを選んだ。
「色んなフルーツ味のキャンディをドリンクにしたやつを見てさ」
「ああ、ネットで話題の」
元は複数のフルーツとハッカ味のハードキャンディを詰め合わせたお菓子だが、それのジュース版を作るとしたらこんなデザインになるという画像が、そのメーカーのアカウントから投稿された。
サクラもその画像を見た。本当に作られたのか、それともアイリが作ったのか。飲み物を持参したと話していたところに言及したので、そんな期待が膨らむ。
「作ってきたわ。ハッカオンリードリンク」
「あありがとう」
以前見たカラフルなドリンクではない。真っ白で、蓋は閉まっているのにスースーする香りが鼻を襲う感覚が走った。
絶対口に合わないと察するサクラは、恐怖を覚えながら受け取った。
「……どんな味?」
「口いっぱいハッカよ」
「美味しい?」
「ええ」
サクラはアイリに味見したか尋ねる。すると嬉々として感想の述べた。本人は美味しいと感じたから、善意で渡してきたのだ。
それでもサクラは飲む気になれず、自分を騙して飲むと決めた。これはフルーツ味、カラフルで甘い。あの画像そっくりに思い込むことで、恐怖を掻き消そうとした。
「アカリも笑って飲んでくれたのよ」
「そ、そう」
アイリの同級生でサクラの知り合いでもある西浦あかりも喜んで飲んでくれたから大丈夫だと背中を押す。
他の人も飲んだと聞くとサクラは少し安心でき、フルーツミックスと思い込んで味見した。
「あれ、案外甘い」
「美味しい? 良かったわー」
思い込みというトッピングが効いたのか、恐れていたような味は感じなかった。その反応を受けてアイリは自信を持ち、さらに取り出した。
「アゲハたちの分も用意しておいたのよ」
「いいよ私の分けるからっ」
しかしサクラは一人で飲みきりたいとは思わず、これを見せたときのアゲハたちのリアクションも予想がつく。ストレートに要らないと言うか、興味本位で飲んで不味いと言い放つだろう。
結果としてアゲハが出迎えに来なかったのはラッキーだと思った。
ブーイングは阻止したいと思うサクラは、一人一本ではなく、この飲みかけのをシェアすることを提案した。欲を言えば飲ませる以前に見せたくもないが、少しずつなら皆も我慢して飲んでくれると妥協した。
「それって間接キ……」
「グラスに注ぐからっ」
この容器を使い回せば唇同士が間接的に触れ合う。家に帰れば食器があるから、そうならない手は打てる。
ただミントの香りを染み込ませるのは少々嫌だったから、グラスとは言ったが使い捨ての紙コップを使おうと考え直した。
「グラスかぁ……アゲハ、お洒落なの持ってるんだろうなあ」
「そうよ。でも持って来なかったみたい」
グラスと口にしたばかりにアイリの妄想が始まった。彼女は出会ったときからアゲハをたいそう気にいっていて、天界から来たと聞いたことで高貴な生活を想像している。
その想像はあながち間違っていないと、天界で一ヶ月共同生活をしたサクラは答える。ティーパーティーをしたり色んな衣装を着たり、休日の生活は充実していた。
ただ、それらは地上に持ち込んでいない。一緒に暮らすようになってから、服や日用品を買い揃えたのだ。
アゲハの一面を知っている素振りを見せるサクラに、アイリは羨ましいと呟いた。
「アイリはフルーツみたいな子が好き、なんだよね?」
「うん」
自己紹介でそう言っていた記憶があるものの言葉の意味がよく分からなかったサクラはやや自信無さげに話題を振る。合っていて安心し、質問を投げる。
「アゲハをフルーツと例えるとどれになる?」
「オレンジよ」
サクラも納得した。天界の果実、花言葉は完全で寛大。ズボラな面を見ていなければ、アゲハにぴったりだ。
「ショックを受けないことを祈るわ」
「え、どういう……」
だからアイリがアゲハに抱くイメージが壊れないことを願った。ゲームを優先して迎えに来なかったことも余計に言いにくくなった。
飲み物を背中に隠し、家に着いてただいまと叫ぶとアゲハ、そしてサクラの妹の広小路冬雪が玄関に来た。
「二人にお願い。フユキは紙コップ三つ、アゲハはグラス一つに紅茶入れて」
「紙コップ?」
グラスはアイリ用。他はミントの香りが残ってもいいように私物は使わない。サクラは魔のドリンク対策の指示を出し、二人は疑問に思いながらも準備する。
アゲハの部屋に集まり、飲み物を用意する。アゲハはアイリに紅茶を渡し、フユキは他三人の手元に空の紙コップを並べた。
「え、何それ」
「アイリがくれたから、分け合って飲みましょう。ね?」
サクラは隠していた飲み物をフユキたちに見せる。二人の顔が青褪めるも、彼女は笑顔で圧をかける。そのせいで二人は飲みたくないと素直に言い出せなかった。
なお差し入れを用意した側のアイリは、アゲハの部屋に興味津々だった。
机に造花を飾り、壁には蝶のデザインの掛け時計。まるで天使の部屋だと感動していた。なお実際は、世話が面倒だから生け花ではなく造花を選び、ゲームに没頭しないよう目立つ時計を置いただけなのだ。
「ごちそうさま……」
「おかわりもあるよっ」
頑張って飲み干したフユキたちにアイリは間髪入れず追い討ちをかける。
「お腹いっぱいだから冷蔵庫に入れておくよ」
サクラは早急にフォローし、目の前から消して事なきを得た。
「ところでアゲハは……この学校に興味ない?」
そう言ってアイリは高校のパンフレットを出した。以前サクラにもあげたもので、フユキも見たことがある。
「いや、私あっちに帰るって」
「え……そんなすぐお別れなの?」
アゲハは天井を指差して言う。帰る先は天界。五月に来て中学を卒業するまで約一年、地上での研修として十分な期間だ。
「いつまでって聞いてたっけ」
「いや。成果主義だから」
来年の三月に戻る決まりと聞いた記憶のないサクラが、それは本当かと尋ねる。しかし期限は未定で、本人が満足したら戻ってよい。
「そう言って向こうの学校も休む気でしょ。地上にいるって嘘ついて」
サクラに図星を突かれアゲハは黙って目を逸らす。中学を卒業したらお別れなんて、まったくのでたらめなのだ。
「というかサクラも出ていくでしょここ」
「ううん、高校もここにする。ね、フユキ」
アゲハが卒業を機に天界へ戻る気だったのは、同時期にサクラもこの家を去ると思っていたため。しかし彼女はフユキと一緒にこの島での生活を続けると決めていた。
そうと知ってアゲハは帰る気が少し失せた。
「そもそもアイリも高校は地元の方に行くって言ってなかった?」
「うん、でもアゲハが来てくれたら残ろうかなって」
「アイリはここの中等部に通っているの」
「へー」
それはさておき、サクラはアイリの提案に疑問を投げる。誘う本人がその高校に行かないのでは、と思った彼女は正しい。ただアイリは確定ではなく迷っている。モチベーションが上がれば、内部進学を選ぶつもりだ。
「ここからだと遠いのよね。アイリでさえ自分の家から通うの大変でしょ?」
「だ、だからその……ルームシェアとか」
アイリが内部進学を躊躇う理由の一つに、通学時間の長さがある。そこでもしアゲハが来てくれたら、一緒に学校の近くに家を借りたいと考えた。
「それがいいよ!」
フユキはアイリの案に乗った。しかしその真意は、アゲハをサクラのそばから追い出したい欲によるものだ。
「お姉ちゃんには私がいれば十分だよ」
「私を邪魔って思ってるでしょ」
「そんなことないよ」
「こらこら」
二人がバチバチやり始めた。アイリに悪いと思い、サクラは止めに入る。
「私もサクラと一緒の高校にするから。アイリ、というわけでお断りさせてもら……」
「……どうしてサクラなの」
アイリはサクラをズルいと思った。アゲハと一緒に暮らせて、高校も一緒がいいと言ってくれる彼女のことを。
自分が誘っても断られたのに、何が違うのかと文句が出る。
「私だってアゲハみたいな可愛い子と暮らしたい! なのにサクラばっかり……」
「初めて会ったときも、サクラの家は何処かと聞かれて……うちにおいでと呼んでも聞く耳を持たなくて」
「そうなの?」
「うん」
アゲハが地上に降りてきたのはサクラの一ヶ月後。居場所が分からないので人づてに彼女の家を目指した。アイリは経由地だった。
地上にいる間はどこで暮らすか決まってなかった彼女に一緒に住まないかと提案しても、すでに彼女の意思はサクラに向けられており、叶わなかった。
「サクラだけズルい! 私もアゲハみたいな子と運命的な出会いがしたい」
その言い草にサクラは心が痛んだ。アゲハと出会ったきっかけ、天界に行った理由は、自分が死者であるから。そうと知らないアイリに悪気はない。
「ズルくない! お姉ちゃんは」
「フユキ、黙って」
フユキは怒った。望んでもいない死を迎えた姉を羨む発言に怒りを向けるも、事情を伝えては駄目だとサクラが制止する。迂闊に口外したら、天界へ連れ戻されてしまうかもしれないから。
「確かにアイリからしたら私は羨ましいかもしれないけど、私はアイリや皆が羨ましく思う。お互い様よ」
サクラは正体を伏せつつ、事態を丸く収めた。
「私はここがいいわ。あんたといると身の危険を感じるもの」
「私は平気って言いたいのかな」
アイリにどれだけせがまれても、住まいも高校も変える気はないとアゲハは言い切る。するとフユキが刺してきた。彼女からすればサクラに近づく邪魔者の認識は変わっていない。ここなら彼女と安心して暮らせるなんて思わないよう釘を刺す。
「そんなことないよっ。想像して……」
大袈裟だ、とアイリはルームシェアの想像をしてみる。するとアゲハとずっと一緒にいるのは過度の幸せに感じた。
「……幸せで息できない」
「やっぱり今の距離感がいいのかも」
近過ぎても落ち着かないと自覚し、進路の提案は取り下げた。
「じゃあ、またねっ」
「気をつけて」
サクラは駅まで同行しようかと聞いたが、道は分かるからと断られ玄関で見送った。
「正体隠すのも嫌な気持ちだね」
アイリが去った後、揉めそうになったときのことを振り返る。もし伝えておいたら、無神経な発言と自覚して踏み留まってくれたかもしれない。
「でも、言っておいたら却って気を使わせちゃったかも」
ただそれが良かったとも言い切れない。何にせよ、やってみないと分からないものだから、今がベストと割り切った。
「さて、そろそろ学校始まるわね」
「はー、メンドい」
それはさておき、アゲハの新しい学校生活がいよいよ始まる。フユキはいっそう彼女を警戒すると気を引き締めた。




