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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第3章 新しい日常
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39話 余計眠れない

 すっかり夜更かししてしまった広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)はテレビを見終えて部屋へ戻る途中で、北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)の部屋の明かりがまだ点いていることに気づく。


 遅くまで起きて何をしているのかと気になり、ノックして部屋に入る。


「いつまでゲームしているの」

「んー」


 アゲハは布団に寝そべり携帯ゲームから手も視線も外さない。フユキへの返事も適当だ。声は聞こえている。まだゴールデンウィークは終わらない。早起きの必要がないから、時間を気にしていないのだ。


「そんなに楽しい? それ」


 フユキと出会ったときもそのゲーム機を持っていた。画面やカセットを見たわけではないからどんなゲームかは知らない。ただ、指の動きは落ち着いているからアクション系ではなさそうで、のめり込むタイプの作品には見えない。


 現に覗いてみると、人を操作させて他の人に接触して会話が流れての繰り返しだった。フユキは見ても、寝る時間を遅らせてまでやってみたいとは感じなかった。


「私だったら寝落ちしそう」

「私もそのつもりだし」

「え?」


 反射神経を要求されない単調な作業を続けていると、集中力が限界を迎えて気づいたら眠りに落ちてしまう。ゲームのセーブを忘れて寝ている間にバッテリーが切れて記録が残らないなんて失敗も起こり得る。


 だが、そうなるをことがアゲハの狙いだった。



「明るいと寝られないのよね」

「消せばいいでしょ」


 フユキはアゲハの部屋の明かりを消す。日も沈んでいるから辺りは真っ暗になり、ゲームの液晶から発する光だけが残った。


「おー」

「おーって、当たり前のことだけど」


 アゲハは驚いた。だがすぐに理解する。ここは天界と違って夜がある。だから電気を消すだけで暗くて快適な睡眠環境ができる。

 明るくて寝られないから寝落ち目的でゲームする必要がないのだ。そんな天界の事情を知らないフユキは、なぜこんな単純な考えが出てこないのかと呆れる。


「ここは天国かしら」

「天国はあんたの故郷でしょ」


 アゲハはゲームを電源を落とし、寝る準備に入る。

 柔らかいけど明るいベッドと、暗いけど狭い押し入れ。一長一短の環境だが、地上ではいいとこ取りができる。そんな快適な空間に、アゲハは地上に来て良かったと喜ぶ。


「はー。おやすみ」


 フユキはまたあきれつつ、問題が解決したならそれでいいと思い、自分の部屋に戻った。


「全然寝られないが」

「興奮してるじゃん!」


 だが、アゲハは思ったほど簡単に寝つけずフユキにクレームを入れる。

 さっきまでゲームをしていたから脳が興奮しているせいで眠れないのだとフユキは即座に見抜く。かくいう彼女もテレビを見たせいで寝られないが、策はある。



「寒っ……意味あるの?」

「もちろん」


 フユキはアゲハを部屋へ送り、雪で冷やしたタオルを首や手足に巻く。自分にも同じことをした。これで徐々に二人の体が冷えていく。


「疲れたろう。私も疲れたんだ」

「なんだかとても眠いんだ」


 この構文はアゲハも見覚えがある。ゲームに長時間挑戦していてギブアップしたいときの決まり文句みたいなものだ。

 だから咄嗟に返しが出た。


 雪で冷え切った体。限界と嘆く声。脳が危険を察知して、体力の温存のために活動を休ませる。二人は一気に眠気が遅いかかり、スッと眠りについた。じきに雪は止み、体に熱が戻り通常の睡眠に切り替わった。


 翌朝、アゲハを起こしにきた武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)は思いもよらぬ光景を目撃した。フユキとアゲハが寄り添うように畳の上で寝ている。


 顔を合わせれば喧嘩する二人が仲良く寝ているレアな光景に興奮し、起こさず何枚も写真を撮り、快感に浸った。



「桜の香り……」


 フユキは寝言を呟き目を開ける。するとスマホをかざすサクラと目が合った。


「き、気のせいよ。これは夢の中。香りなんて無い」

「夢の……中……」


 盗撮している姿を見られたサクラは、これは現実ではないと吹き込んでもう一度眠りにつかせる。目論見通り二度寝させ、サクラは安堵した。


 画像フォルダを潤わせたサクラはスマホをしまい、さも今気づいたかのように二人を揺すって起こす。目が覚めたフユキは、隣でアゲハが寝ている現状に驚いた。


「おはようフユキ」

「えっ、なんで!? っていうかここ……」


 フユキは昨夜、寝る前の記憶が曖昧だ。アゲハが寝られないと言って部屋を訪れたときから、順に思い出していく。


 そしてはっきりした。特殊能力で生み出した寒さで眠りに落とそうとして、つられて眠ってしまったのだと。



「違うのお姉ちゃん! 一緒に寝る気はなくて」

「ん?」


 フユキは慌てて弁明する。アゲハの部屋で二人で寝てしまったが、意図しての行為ではない。一緒に寝るならサクラとがいい。誤解しないでと訴えかけると、その大声でアゲハも目を覚ます。


「アゲハもおはよう。ずいぶんな寝相ね。布団にはまだ慣れないかしら」


 掛け布団の上に倒れるように寝ていたから、どれだけ寝相が悪いのかと笑われる。天界にいた頃は見られなかった一面だ。


「寝てるときチラチラ見てたでしょ」

「見てないよ。今来たよ」


 アゲハは起きる前に意識があった。ついさっき、サクラの姿が見えた気がする。起こされる前から顔や体を見られていたのではと疑ったが、サクラの全力の否定に丸めこまれた。



「なんかダルい」

「そんな寝方するから……何かあった?」


 ただ一緒に寝たようには思えない。二人の仲はそれほど良くないし、寝ている姿勢もかわいかったが不自然だった。


 二人の能力で何かが起こり、予期せず眠りに落ちた。そうサクラは怪しんでいて、説明を聞いて図星だと判明した。


「そんなやり方、体に毒よ。テレビ消すのにコンセント引っこ抜くようなものよ」


 フユキの能力で雪を降らせ、体と畳を冷やして体に睡眠を強制させる。眠れないからといって強引に眠らせるのは悪影響だから止めるようサクラは注意した。


「でも確かに、アゲハは仕方ないものね。こっちの生活に慣れるまでは」

「あれ、私は」


 とはいえ、眠れない原因を聞いてサクラはアゲハに同情した。暗い部屋に布団で眠る生活は、天界での経験がない。

 一方でフユキがテレビを遅くまで見ていた件には同情の余地がない。


「今はともかく、学校始まるとつらいでしょうね」

「じゃあ慣れるまで休みで」


 かといって休学を許すつもりはない。天界の使命で地上に降りてきたアゲハには、しっくり学んでもらわなくてはならない。


 許しを請うフユキも甘やかしを求めるアゲハもシカトして、案を考えた。



「……そうだフユキ、枕貸してあげて」

「えー」


 体温を奪うなんて荒業ではなく、安全に安らかに眠る方法。それは睡眠環境の改善で、具体的には体に合った枕に変えること。

 買ってもいいが、フユキ自作の枕がいくつもある。その中にアゲハに合う物があれば、それで解決する。


 そこで早速、皆でフユキの部屋に向かった。


「じゃーん」

「枕が多過ぎるわ」


 サクラが得意気に見せびらかすと、その多さにアゲハは困惑した。想像の何倍もの数があり、形状も様々。まるでホームセンターの売り場だ。



「ストック症候群?」

「マニアと呼んで。それに全部違うから」


 精神病かと心配するアゲハに、フユキは肯定的に否定する。溜めておかないと不安だから何個も作っているのではない。使いたい形や質感にこだわりがあるから片っ端から作っているわけで、趣味と特技として認識してほしい。


「これはお姉ちゃんの腕」

「……」


 アゲハは違う意味で心配になり、言葉を失ったままサクラに視線を向ける。

 サクラはこの経緯が、成長して一緒に寝なくなったことによる寂しさを紛らわせるために始めた趣味だと知っているから、説明するのは恥ずかしく思った。



「あー、腕枕は痺れるから再現したのね」

「そういうこと」


 姉をバラバラにしてエクスタシーに浸るサディストかと錯覚したが、体への負担を与えず温もりを感じるという真っ当な動機を聞いてアゲハは納得した。だったら姉の体の部位だなんて大雑把な説明をしないでほしいと文句を言いたい。


「じゃあ腕貰うわ」

「駄目! 自分で作って」


 中には椅子に座った姿勢用の枕もあり、それは今回は合わない。候補が絞られるから日替わりで試せばいいと考えたアゲハは一つ借りようとしたが、フユキは拒否する。欲しいならそこの素材とミシンで自作するよう言い放った。


 するとサクラはフユキに囁く。枕を変えるよう提案したのにはもう一つ理由がある。


「教えてあげて。仲良くなるチャンスよ」

「えー」


 フユキが貸すか直接教える方が、二人の仲が深まると期待できる。そのために枕替えを提案したのだ。



「余計眠れないって文句言われそう」

「そこは根気強く」


 確かにフユキの危惧する通り、逆効果の可能性もある。けれどもそれを乗り越えたらより親密になる。そう信じるサクラは、曲げずにお願いする。


「きっと大丈夫よ」

「お姉ちゃんが言うなら……」


 フユキの意思が折れた。サクラに頼まれた通り、自分で面倒を見ると決意した。


「じゃあよろしく。適当でいいから」

「こらアゲハ」


 経験者なら出来栄えは問題ないと信じており、こだわりもないアゲハは丸投げした。フユキは頭にきて、サクラも見過ごせなかった。



 結果、フユキが作る過程をアゲハも見学することになった。サクラは退出した。連休中の課題があると伝えたが、本音は他にもあって自分の体の部位を再現する話を聞くことには抵抗があった。


「構造としては中袋が三つと、それを詰める本体。中袋に素材、羽毛とかビーズとかウール、雪など詰める」


 柔らか過ぎると肩や首がこり、硬すぎると頭痛が発生する。だから形状やサイズ、そして本人の特徴、睡眠の質や寝相に合った素材選びが重要だ。


「腕枕なら、こう頭を乗せたときのヘコみ具合を想定するの。中袋のボリュームは」


 中袋は三つ横並び。真ん中に置く袋は頭を乗せた腕の形をイメージして左右の袋との高さを調整する。


「あなた寝相いい? 顔はどっち向き?」


 仰向けなら寝返りを打ちやすく、横向きなら左右どちらに首が傾くか考慮が必要。

 しかしアゲハは自分の寝方をよく分かっていない。


「体育座りよ」

「えっ!? さすが天使……」

「嘘」


 天界にいた頃は翼が生えていたから寝そべることはできないのだと納得しかけた矢先に、嘘と言われてムカついた。



「右向きだけど、最近首が痛いのよ。治せる寝方にしたいわ」


 今度は正直に答えた。ただアゲハは今の寝方を変えたいと思っている。地上に来てから妙に首が痛むのだ。


「じゃあ仰向けがいいかも。ちょっと測らせて」


 ゲームの寝落ちで寝違えたのか、何にせよ首の痛みを防ぎたいなら筋肉に負担のかからない仰向けが望ましい。


 寝方を決めたフユキは、次にアゲハの体のサイズを確かめる。首の太さと長さを記録した。


「まあ私と同じくらいね」


 身長と同様、サイズはフユキとほぼ同じ。これなら二ヶ月前、自分用に作ったときの設計図を使い回せる。


「じゃあこれ貸してよ」

「駄目。これは私の」


 それならもう作った枕を貸してくれれば済む話だが、フユキはどうしてもサクラ以外の他人に使われるのを認めない。その頑固さにアゲハも意地になった。


「じゃあ私のと交換してあげないわ」

「いいよ別に。これが一番だもの」


 もし今から作った物が元ある枕より良い仕上がりになっても、それはアゲハの物ということで双方合意した。



 その日の夜、フユキはアゲハの部屋をこっそり覗く。昨日と違ってしっかり電気は消えていて、ゲームの光も無い。

 ぐっすり寝られているようでホッとし、静かに襖を閉めようとすると、部屋の中から微かに声が聞こえる。


 耳を澄ますと、それはサクラの声だった。フユキは忍び足で部屋に入る。今夜はサクラと寝ているのかと疑うも、スマホの明かりで照らした布団にアゲハしかいなかった。


 けれどもアゲハが喋っている。そしてその声はサクラのと同じだ。彼女は能力で声を真似て、自分に向けて子守唄を歌っているのだ。


「ちょっとズルい!」

「眩しっ、何!?」


 フユキは怒り、部屋の電気を点ける。睡眠を邪魔され困惑と苛立ちが混ざってアゲハは飛び起きる。


「私だってお姉ちゃんの歌で寝たい!」

「これは私の特権だし」

「ズルいズルいズルい!」


 アゲハの特殊能力と分かっていても、あまりに羨ましくて許せなかった。



「こっそり蝶を詰めておいたのよ。つまり歌う枕」

「じゃあそれ頂戴! 交換して」

「えー、さっき自分のが一番だって」


 フユキは唇を噛みしめる。枕を作るときのあのやりとりですでにこの仕掛けと、発覚した際の言い分を想定していたと思うと腹立たしい。


 要領は電話の話し手と聞き手。フユキの枕元にも蝶を置いておけばアゲハのサクラ声子守唄は部屋を跨いで聞かせられる。


 枕のトレードはせず、フユキにも蝶を貸すことで納得した。


 なおアゲハが先に寝ると歌が止まってしまうので、もう少し聞きたいフユキはまたも部屋に突撃して起こし、もっと歌わせた。その晩はアゲハにとって過去一番しんどい時間だった。

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