38話 秘密を知りたくなった
武蔵浦春桜が地上に帰ってきて一ヶ月。今度は北参道天羽が天界から降りてきて、地上での生活はますます賑やかになった。
「休日があるって楽でしょ」
サクラはアゲハの部屋を訪れて、この島のことについて説明をしている。今はアゲハに、他校生で同学年の特殊能力者一覧を見せている。能力者同士、今後は学校の垣根を超えて交流する機会がある。
そのための準備だが、それができるだけの時間的余裕が地上にはある。それがどんなに楽か、天界の生活を一ヶ月経験したサクラは実感した。その気持ちはアゲハにも分かってもらえると期待した。
「でも先月は毎日休日だったし」
「サボりを休日と言わない」
だが共感してくれなかった。アゲハは先月から地上への研修に行ったことにして天界の家にこもり続けていたのだ。それがバレてようやく降りてきたが、反省していない。ゴールデンウィーク明けに編入するのを面倒に思っている。
「喋る人形でも作ろうかしら」
「ちゃんと通うのよ」
アゲハは蝶を生み出し、二頭で糸電話のような芸当ができる。その特殊能力を活かして、人形に蝶を忍ばせ自室から声を発することで、その人形を本人と錯覚させられたら、学校をサボれるのではと企んだ。
もし実現できたとしてもサクラは見逃すつもりはない。登校前に本人を連れていくから工作は無駄だと忠告した。
だがアゲハはサクラの監視を恐れず、誰か協力してくれそうな人はいないかと、そ能力者リストを眺める。するとサクラと、その妹の広小路冬雪で苗字が異なることに気づいた。
そして思い出した。二ヶ月前に天界でサクラと出会った日に、彼女が天界の主に言われたことを。
髪色も名前も違うけど、一年前に亡くなっている。それが主がサクラに放った、彼女の素性を見抜いたときの発言。
そしてアゲハは気づいた。姉妹で苗字が別々なのは、サクラが正体を隠すために名前を変えたためだと。
フユキの苗字は今知ったから、二人の苗字が違うとは考えたこともなく、そもそもサクラが本名でないことも今まで忘れていた。
アゲハはサクラの本名が何か気になった。学校をサボる計画や他校生の能力などそっちのけで、彼女の秘密を知りたくなった。
「ねえサクラ、なんて名前?」
「……武蔵浦春桜よ」
「……へえ」
ストレートに聞いてみたが、サクラは教えてくれなかった。アゲハは返答前の妙な間を見逃さなかった。本名でないと彼女が気づいたことを見透かして、あくまでもサクラと貫こうとしている、とアゲハは察する。
「でも前に天界の主が」
「サクラ。私はサクラ。誰が何と言おうとサクラ」
サクラは連呼する。どうしても正体を隠したいのが見え見えだ。本名でないと考えた根拠を挙げても、力業でサクラだと思い込ませようとしてくる。
「……ごめんね。本当の名前は別にあるけど、教えるわけにいかないの。正体がバレたら、ここに居られなくなってしまうから」
だがサクラも意地悪で隠しているわけではない。彼女は死んで生まれ変わった存在。それを周りに隠すために、自分で名前をつけ、フユキの姉代わりを演じている。
けれども先日、フユキには正体と本名を明かした。そうしないと彼女は姉を失ったと思い込んで苦しんだままで、サクラとしても演じるために嘘をつくのは窮屈だった。
明かす代わりに天界へ連れ戻され離ればなれになるのを覚悟して暴露したが、地上にいていいことになり、フユキとの関係も良好になった。
「私は知ってるけど」
「でも本名まで教えて人前で口にしたら……ね?」
隠している正体、サクラが故人だということは、アゲハにはすでに知られている。なら本当の名前も教えていいかというとそうではない。
もしアゲハが口を滑らせサクラでない名前を出したら、勘がいい人に正体を読まれかねない。
雲の上に飛ばされた。妹と髪色が違う。そんな要素と照らし合わせたら、気づかれるのは時間の問題だろう。
リスクを冒さないために、正体を知る人を増やすわけにいかない。それにサクラ自身、これからもサクラとして過ごすと決めている。だから隠すことは苦ではない。
「お姉ちゃんお願ぁい」
「そんな声でも駄目っ」
なら本名で呼ばれければ問題ないと自分に自身のあるアゲハは、能力でフユキの声を真似て妹のフリをして迫った。
その甘い声にサクラの意思は揺らぎ、反応を見てアゲハは押し切れば聞き出せると思いグイグイ迫る。
すると襖が開き、冷たい風と視線が割り込んだ。
「何してるのお姉ちゃん」
じゃれる様子をフユキに見られてしまった。
「違うの。別に誘い受け目的じゃなくて」
「おままごと楽しい?」
アゲハの誘惑を期待して秘密を押し通そうとしたのではない。狙ってやったことではないと弁明するも、フユキからの疑いの目は変わらない。
アゲハはフユキがこのまま戻っていくとは思えず、サクラに名前を吐かせようと迫っても彼女に邪魔をされる結末が読めた。けれどもさっきのサクラの言葉が頭を過る。人前で本名を出さないようにしたいのなら、今ここでテストをしてやろうと企んだ。
「部外者は帰りな」
「部外者って、私がお姉ちゃんの妹よ! 部外者はそっち」
逆にアゲハがフユキを追い返そうとする。すると予想通りの反応を得られたので、揺さぶりを続ける。
「でもおかしいわ。二人の苗字が違うけど」
さっき見ていた能力者リストから、サクラとフユキの名前の違和感を指摘する。本名でないと知っているアゲハは分かっているうえで言ったが、事情を知らない人でも二人が姉妹と聞けば同じ疑問を持つ。
つまりこれは、そう話題に挙げられた際にうまくごまかせるかの予行練習になる。
「それは……本当の姉妹じゃなくて、姉代わりで」
「赤の他人ってこと?」
「……そうよ」
フユキはサクラの正体を知っている。姉の生まれ変わりで、当初はそれを隠すために架空の名前で別人を装っていた。
だからこそ、周りには姉を姉でないと伝えないといけないこの事態が心苦しい。嘘とはいえ姉妹であることを否定するのは嫌だった。
「じゃあ私もお姉ちゃんって呼んでいいわね」
「はあっ!?」
フユキは憤慨する。確かにサクラを姉に似た赤の他人と思っていた頃から姉と同じように呼んで接していたが、同じことをアゲハがするなんて許せなかった。
けれどもこれもアゲハに限った問題ではない。二人の苗字に疑問を持った人が、フユキが他人を姉呼びしていると聞いて、真似したいと言い出すことがないとは言えない。自分だけの特権と言い張ろうものなら、うっかり本当の姉妹と口走りかねない。
正体を隠すには自然な対応をしなくてはならないから、周りにも寛容でないといけないのだ。
「ねーサクラ」
「……ええ、もちろんよ」
正体を隠すとどんな修羅場が起こるか身を以て知ったサクラは、青ざめながらアゲハの姉呼びを受け入れた。
「つまりこれで私はフユキと対等ね」
彼女にとってサクラは、姉ではない姉的な存在なので姉と呼ぶ。立ち位置は表面上のフユキと同じだ。
フユキは内心納得がいかないので、力ずくで黙らせたい衝動に駆られる。
「仲良くしましょう」
その言葉で決意が揺らぐ。サクラと約束したのだ。アゲハと仲良くすると。約束を破れば、サクラが出ていってしまう。
内心は煽っているにちがいないが、言葉だけ拾えばアゲハはフユキの真似をして、同じポジションに入ることで距離を詰めようとしているだけ。それを突っぱねようものなら、悪いのはフユキの方になる。
一方でアゲハは、なかなかサクラが口を割らないのを焦れったく思う。本名を探りたいだけであって妹になりたいわけではないし、そんな要素でフユキと仲良くなりたいとも思っていない。
三人が三人、素を見せていないのだ。
「アゲハも私の妹、皆私の妹……」
「何言ってるの!?」
サクラが呪文のように呟き始めた。今後アゲハと同じような要望を投げられたら、乗り切れる自信がない。そこでいっそのこと、誰でも妹として受け入れる覚悟を決めておこうと迷走した。
すかさずアゲハは蝶を乱発する。サクラの周囲を回るように飛ばせ、様々な声色で姉と呼ぶ。誰でも妹と思い込めるようにするのを期待して。
その試練はフユキにも堪えた。妹が増えるほど、自分は数いる妹の一人に成り下がる。せっかく正体が本当の姉と分かって再会できて嬉しかったのに、寂しい未来が想像できてしまう。
サクラは後悔した。生まれ変わった当時、正体を隠してしまったことを。妹と口論になったことが死別のきっかけで、当時は嫌われたくなくて別人を装った。
蓋を開ければ、装ったメリットがなかった。正体を明かしてもフユキに嫌われなかったし、サクラという名前で得をしたことといえば髪の色がピンクで桜の先輩の通り名を得られたことくらい。
「うまくいくと思ったのに……」
けれども当時はサクラを名乗ればいいと思った。苗字もフユキと違うのを名乗り、武蔵浦を選んだのも、それがいいと思ったから。
なのに成果が出ないどころか裏目にでている現状に、弁明して嘆く。
発した言葉の経緯はモノローグでフユキとアゲハには聞こえていないので、全員妹にする野望がうまくいくのかと誤解される。
「ごめんねフユキ。最初から同じ名前にしておけば」
こんなに悩ませられることもなかった。だが今さら後悔してもどうにもならない。
「でもよくバレなかったよね。登録するとき」
そもそも能力測定のときに本名が露呈しなかったことが不思議に思える。額をセンサーに近づけるだけで能力の本質やランクまで測定され、本人の名前や所属と併せて登録される。
そんなハイテク装置に偽名と生まれ変わり後の姿で登録されたサクラが、思い返せば異質に見える。
「え、偽名なの?」
「違うよ! 私はサクラ!」
サクラはアゲハに偽名と知られているからうっかり口に出してしまったが、偽名であること自体、内緒にしないといけないこと。彼女の前だからセーフだが、他の人に知られるとマズい。
「というかこれ渾名みたいなもんよね」
サクラを姉と呼んでいいかの論争は、仲良くなったから渾名で呼んでいいかの話と同じだとアゲハは気づく。
「仲良くなったらサクラのことを姉と呼ぶ、みたいな」
「確かに……」
最初は自分だけが使っている渾名を使う友達が増えた。相手の友達が増えると、自分は友達の中の一人という存在になってしまう。
「だったら別に妹の一人でも……」
それと同じ理屈と思えば、寂しくはない。どんなにサクラの妹が増えても、友達が増えたものだと思えば心苦しくないと考えた。
「渾名……それよ!」
サクラは閃いた。もし本名を口走ってしまったら、そういう渾名があるとごまかせばいい。
「うっかり本名が出ちゃったら、それは渾名ってことにすればいいんだわ」
「そ、そうか」
もうすっかり隠す気がないが、サクラはようやく答えが出た。フユキも納得した。けれどもサクラにしろ本名にしろ、姉としか呼ばないから気にすることではないと思い直す。
「というわけで私の本名……渾名は」
「それは内緒!」
偽名とバレているアゲハには渾名という建前で本名を明かして肩の重荷をなくそうとしたがフユキが阻止した。
「仲良くないから!」
アゲハがサクラと仲が良いとは認めない。そんなフユキは渾名を教えるのを許さない。
「私の方が仲良いと思うけど」
アゲハは売られた喧嘩を買った。サクラとの仲良しレベルはフユキに負けないと言い張る。二人は闘争心を燃やした。
「ね、お姉ちゃん?」
「やめてその呼び方!」
「はっ、もう余裕ない」
その仲をアピールするようにサクラを姉呼ばわりする。フユキはさっき、渾名呼び友達が増えると思えば他の妹が増えるくらい平気と割り切れると言ったが、すでに堪えられなかった。
「とにかく、私はサクラ。それで登録しているから、それで話はおしまいっ」
サクラは自分でそう名乗り、学生証にも能力者リストにもその名前で登録されたから、今後はその名前だけで通すと決心する。偽名にしろ本名にしろ、フユキの本当の姉であることは変わらない。
「今さら感あるけど、正体教えちゃったのよ。フユキにもアゲハにも」
サクラはアゲハを他人と想定してごまかす予行練習をしていたが、彼女をフユキと同じ秘密の共有者と思って考え直すと、打ち明けた方が楽と判断した。
「なんだ、もう知ってたの」
そう聞いてアゲハは興味をなくした。サクラの本名はフユキも知らないサクラの秘密だと思っていたから知りたかったのであって、もう知られていて実妹にマウントをとれないのなら追求意欲が薄れたのだ。
一方でフユキも、サクラはどうしてアゲハなんかに明かしてしまったのかと不服だった。しかし二人が出会ったきっかけ、サクラが天界へ行ってしまったのはフユキと彼女が口論になって能力の風をぶつけ合ったせいであり、原因は自分にあると思うと責められないと自覚した。




