36話 これでお揃いね
武蔵浦春桜が正体を明かして数日経った。その日の夜はなかなか眠れず、妹の広小路冬雪共々寝不足で朝を迎えただけで、以降は二人とも普段通りの毎日。
サクラが恐れていた、天界へ連れ戻されるような動きは一切なく、天界の主に信頼されたという話は本当だったと実感する。ただし他の人にサクラが死んでも生まれ変わった存在だと言いふらせば、信頼は崩れ正しい居場所へ送還されてしまうだろう。
サクラはフユキに、自分の正体は他の人には内緒だと忠告した。だがフユキは言われなくても黙っておくつもりだったので、数日経っても約束は守り続けている。姉と二人だけの秘密が、彼女にとっては重要なもの。だから他言する気が一切なく、結果平穏な日々が続いた。
変化があったのは、ゴールデンウィークのある日だった。
今日は二人で、先月注文した制服を受け取りにきた。
「どう? 似合う」
「うん。ぴったり」
フユキは二ヶ月前、サクラは先月にこの島に来たばかり。一ヶ月の差があるのは、サクラはその間に天界にいたため。
先月再会して、それまでフユキはこの島で生活していたこともあり、移住を決めた。
そのためには通う中学校の制服が必要。出来上がるまでフユキは寒さに強いので夏服を借りて、サクラは前にいた中学校の制服で代用していた。
「ありがとう。これでお揃いね」
夏服か冬服かの違いはあれど、他校の制服だった今までと比べたら一体感がある。サクラはようやく周りと、そしてフユキと合わせられたと実感する。
「やっぱり私も冬服買えばよかった」
「まあ一ヶ月で衣替えだし」
フユキも注文したが、それは冬服だけ。あと一ヶ月は借りた制服でも平気だが、衣替えになると返さなくてはならず、そのためにサクラと同じタイミングで購入した。今日受け取るのは、フユキ自身の体格に合った夏服。今までほどブカブカではなくフィット感が見てとれる。
節約と、当時フユキは自身が特殊能力者であることをアピールしたかったこともあり、冬も夏服でいいと割り切って最低限の注文しかしなかった。それから考えが変わって周りに馴染みたい気持ちが強くなると、冬服も注文しなかったことを後悔している。
かといって今から合わせようとしても、出来上がる頃には皆夏服に、つまり今のフユキの服装に変わる。そしてその後は、卒業までの半年しか着ない。高校はまた別の制服だ。
「……交代で着る?」
「いいの?」
今悔やんでもどうしようもない。そんな現実とはいえ放っておけないサクラは、思いつきで提案した。彼女は一着しか冬服を注文していないが、フユキにもサイズが合えば、彼女にも着させてあげたい。
サクラはフユキと違って雪の能力を持っていないので寒さに強くないが、気温の高い日なら夏服でも平気なので、そのような日なら妹に貸してもいいと思った。
「一応、試着してみて」
「うん。じゃあ」
ネックはフユキも着ることを想定して採寸していないこと。とはいえ彼女の方が多少背が高いだけでそこまで影響はないとは思っている。ものは試しでサクラは一度脱ぎに試着室へ入る。
フユキも後に続いた。
「入ってこないで!」
「え、だって」
試着してと言うので反射的に試着室へ入ったフユキだが、サクラとしては自分が脱ぐまで外で待っていてほしかった。
「狭いし恥ずかしいから」
「いいじゃん、姉妹なんだし」
サクラはフユキを追い出し、注文した夏服に着替える。当面はクローゼット行きで、着るのは来月から。だがせっかく脱ぐので、このタイミングでサイズを確かめる。
その一連の姿を人に見られたくないからフユキを出してカーテンを閉めたが、彼女は不満そうに愚痴を溢す。
フユキにとってのサクラは、赤の他人ではなく実の姉の生まれ変わり。その事実を明かした後での今の言葉は、カーテン越しにサクラに響いた。正体を明かして姉と打ち明けてよかったと思う。
「お姉ちゃんだからって何でも許すとは思わないで」
「だって今さら隠すほどのものでも……洗濯のときとか見てるし」
フユキにとってはどっちが姉かは問題ではなかった。生まれたときから一緒に暮らしていると下着や素肌も見慣れているわけで、着替えくらい見られても何とも思わない。
そんな思考のフユキに対し、サクラは正体を明かさない方が安心できたのではないかと考えが過った。
「お待たせ」
「わぁっ、夏服もかわいい」
「そう、かしら」
フユキはこれから自分で着る冬服よりもサクラの服装に目を惹かれた。半袖ゆえの肌面積の広さが、さっきとは違う印象を与える。サクラも褒められてまんざらでもなかった。
「サイズ以外はフユキと同じよ」
しかし特別な服装ではない。それこそフユキが毎日着ている。
「これでお揃いだね」
同じ学校の制服から、同じ制服へと着替えいっそう一体感が増す。
「このままでいいかな」
「あなたが着たいって言うから!」
周りと同じ冬服を着たいがサクラと同じ夏服もいいと思い、試着欲が薄れた。そんなフユキの反応を見てサクラは思った。きっと自分が冬服を着ない日でも、フユキはお揃いがいいと言っていつも通り夏服で登校するのだろうと想像がつく。
「とにかくこれで揃ったから、クリーニング出して今度返しましょう」
「そうだね」
二人はトラブルなく制服を手に入れた。これで今まで借りていた服は着なくてよくなるので、クリーニングに出した後に各々の持ち主に返せる。
「五月になったってことはさ」
「うん」
「お姉ちゃんの"同期"はもう増えないってことだよね」
クリーニング店に向かう途中、街のあちこちにある特殊能力測定器が目に入ったフユキは、気になったことを呟いた。
「多分そうじゃないかな?」
先月はサクラがこの島へ降りてきたのを筆頭に、能力持ちと測定される同学年が多かった。最初は彼女を含めて三人、それから三度に分けて四人が能力者の仲間入りを果たし、いわゆる"同期"の括りでは一番の大御所となっていた。
けれども次の月になったから、これから加わる人は中三の五月組として別の括りになると予想される。現にフユキは中二の三月組の一員だ。
「よかった……」
「どうして?」
「同級生から出なくて」
フユキとしては、早く四月が終わってほしかった。厳密には、同級生に能力覚醒者が出る前に五月になってほしかった。そしてそれが叶い、ホッとする。
確かにサクラの"同期"は全員他校生だが、それをどうしてフユキが気にするのかは見当がつかない。
「だってそんなに近いポジションなんて許せない」
二ヶ月前にサクラと逸れたとき、四月になる前にこの島に来てほしいと何度も手紙を送るほど、フユキは彼女と"同期"がよかった。だが天界でのごたごたのせいで彼女が地上に降りられたのは四月になってしまったので願いは叶わなかった。
過ぎてしまったのだから仕方がないと受け止めつつ、自分は同じ学校に通っているからフユキは満足だった。けれども後日サクラの"同期"が次々と増えるのを受けて、そのうち同級生から該当者が出て、自分のアイデンティティが奪われるのではないかと懸念していた。
能力が目覚めること自体この島では稀なこと。加えて所属する学校も同じなんて運命的な出会いがあれば、サクラとその人で、フユキが入る余地のない関係が築かれてしまう。
「何言ってるの。妹はフユキだけよ」
この先誰が能力者になろうとも、サクラにとって一番近い存在がフユキである現状は変わらない。なにせ彼女はたった一人の妹だ。
「私だけ……」
確かにその通りだ。改めて言われて、特別だという実感がフユキの気分を上げる。
「えへへ、そうだよねっ」
「でも本当に増えないか分からないから……」
サクラは仮定が正しいか不安だ。この島に来て一ヶ月で、分からないことがまだ多い。能力者と認定される年月が違えば"同期"にならないかは、今までがそうなだけで今後その法則が崩れないかは断言できない。
"同期"が、それも同級生から出てくる可能性はゼロとは考えていなかった。そしてそれが現実となったときに、フユキに頼みたいことがある。
「もし出てきたら、フユキも仲良くしてあげてね」
「もちろん」
増えることを心配するのではなく、むしろ喜んでほしい。フユキがもう起こらないと考えたケースがこれから起こったとしたら、ポジションの近い者同士率先して仲良くしてほしいとサクラは願う。
フユキは即答した。もしそうなったら当然牽制しにいくと覚悟を決めた目で、サクラの頼みに応える気など微塵もない。
などと会話しているうちに目的地に着き、制服を預ける。クリーニングしても落ちない汚れや綻びがないかをチェックしてもらい、引換券を貰って店を出た。預けた分、荷物が少し軽くなる。
「見慣れない制服だって不思議がられたね」
「そりゃ地元のだものね。全然考えてなかったわ」
二人の制服を預けたとき、デザインが違ううえに片方はどこの学校のか分からないと驚かれた。それはサクラが借りていた方で、持ち主は二人と同じ島の外からの編入生。今は着ていないから貸してもらえたわけで、他に着る人がいないのは当然だ。
「というか私はここじゃなくてよかったかも。クルリの家の近くなら、受け取りはお願いできたな」
サクラは終わってからもっといい案を思いつく。フユキと違って持ち主はこの街にいないから、クリーニングに出すときは二人一緒でなくてもよかった。そうすれば別々の制服を二人で同時に預けて不思議がられることもなかったのだ。
「私は一緒でよかったよ」
効率や印象などフユキは一切気にせず、サクラと一緒の行動ができたことに満足している。
そう聞いてサクラもこの結果に満足した。良い案は後から思いついたが、損をしたわけではない。
「まあここにはまた来るんだし、下見するって意味でも来て正解だったかもね」
それに今後、衣替えのタイミングでもう一度クリーニングに行く。そのときは自分の制服を預けるから、今日来たことで次はスムーズに来られる。そう肯定的に捉え、フユキに賛同した。
それから家に戻ると、一緒に暮らす久里浜華燐から告げられた。サクラに客人が来たので、部屋で待ってもらっていると。
部屋に入ると、客人がゲームをして寛いでいた。
「えっ、アゲハ!?」
「ああ、おひさ」
サクラの知り合いだが、まさか地上で会えるとは思わなかった。北参道天羽。サクラが天界にいたときに出会い仲良くなった、天界の住人だ。
サクラが地上に降りるときにお別れをした。天界へ連れ戻されるかもしれないと考えていた時期には、もしそうなったらまた会いたいとは呟いたことがあったが、まさかアゲハの方から地上へ来るとは思いもよらなかったのだ。
他人のそら似とも疑ったが、向こうから久しぶりと声をかけてきたので本人と確信した。
「知り合い?」
フユキはアゲハのことを知らない。一方でアゲハは知っている。サクラの妹だと彼女から聞いており、写真で顔を見たことがある。
そしていたずらっぽく微笑み、フユキに見せつけるようサクラに挨拶をする。
「久しぶり。お姉ちゃんっ」
その言葉で空気が張り詰めた。フユキの表情が険しくなり、ピリッとした空気が走る。
「お姉ちゃん? どういうこと?」
「えっと……雲の上でお世話になった天使で、アゲハっていう子」
サクラは天界にいたことをフユキに長らく隠していて、明かした後も聞かれなかったので言わないでいた。二人は一ヶ月を一緒に暮らしていたと自分から話すと嫉妬される予感もあった。
姉と呼ばれたがフユキの代わりを用意するつもりはなかった。天界から脱出するときフユキの応援が聞こえたら力になるから協力してもらったことはある。
「つまりお姉ちゃんを連れていこうと?」
フユキは臨戦態勢をとる。もし直感が当たっていればサクラを守れる。誤解であっても彼女を姉と呼んだ罰を下しつつ追い出せる。やっつけて損はないという考えに走るフユキをサクラが押さえる。
「久しぶりね。お迎え……じゃないわよね?」
「これからよろしく」
「え?」
相手がフユキとはいえ正体を他言した罰で天界へ強制送還、ではないことはアゲハの雰囲気から伝わってくる。
かといって他に思い当たる動機がなく、何の用かという質問に対する答えの意味をすぐには理解できなかった。




