34話 別れへの恐れ
武蔵浦春桜が帰宅すると、今日も出迎えの妹は冷たかった。機嫌が悪い原因は分かっている。寂しく留守番させてしまったせいだ。
もはや慣れっこ。サクラは気にせず笑ってただいまと言って家で一緒に過ごすところだが、今日は違う。先に聞くことがある。
「ただいま。地震大丈夫だった?」
「うん。結構揺れたけど」
それは自然災害。じきに収まってサクラは無事で、これならフユキも大丈夫だろうとは思っていたが、実際にそうと分かるとようやく安堵する。
「良かった……返信こなくて心配したけど、大丈夫と信じてたよ」
地震が収まった後、サクラは念のためフユキにチャットを送った。しかし今に至るまで返信どころか既読もつかず、何かあったのではないかと不安だった。
だがサクラは不安の解消に尽力した。近辺への影響が出ていないこととSNSの反応から、大丈夫、見ていないだけだと自分に言い聞かせるように声に出して帰ってきた。そして言った通りの結果を見られて、その思いが通じたと考える。
「私てっきり家にいると思って、部屋を見に行ったんだ」
「そうなんだ。何ともなかった?」
「うん……」
地震が起きたとき、フユキは間もなく家に着くところだった。揺れを感じ、収まったら家に上がり、サクラの様子を見に行ったが不在。
部屋にも被害はなかった。けれどもフユキは心に傷を負った。平気だったかスマホでやりとりする意思を失った。その原因のブツを見なかったことにしてこの話を終わりにするか迷ったが、やっぱり無視できない。
「これ見つけた」
「それは……」
地震のことを忘れるほどにショックを受けた一枚の用紙。あと一年でサクラと離ればなれになるかもしれない。そう匂わせるような、私立高校のパンフレットを見つけたことを。
サクラもその紙に心当たりがある。そしてフユキがこの表情と態度を続ける理由も想像がついた。
「続きは部屋で話そうよ」
「フユキ……」
妹、広小路冬雪は紙を見せつけてきた。どうしてこれをサクラが持っているのか。そしてなぜ隠していたのか。部屋でじっくり話してほしい。
その言動でサクラは確信した。今日のフユキの機嫌は、帰りが遅かっただけではない。その高校受験を考えていると思い込んだ影響だと。
「知らなかったよ。お姉ちゃんが私立受けるなんて」
サクラの部屋に行って、本題に入る。
そもそもフユキはサクラも自分と一緒に近くの高校に進学するつもりと考えていた。この島は高校も小中と同様で受験なしで最寄りの公立へ進学できる。だからフユキはこの島へ来て、三年生に上がってから部活動に所属を決めた。受験がないと引退まで短くない。
一方で受験して私立へ進むことも可能だが、その考えは無いものと思っていた。
サクラ自身も同じ考えだ。私立へ行くつもりはない。パンフレットは先日知り合った他校生から貰ったもの。行く気がないのに貰った理由は持ち主が学院の中等部で、サクラは彼女らがどんな学校生活を送っているかを知りたいからだ。
「それにここ……ずいぶん遠いね」
電車で片道一時間かかる。遠いが通えなくもないラインだが、寮生活も検討できる。たまたまなのか、意図して遠くを選んだのかは分からない。
サクラがこの学校を知ったきっかけは、彼女と同じ月に特殊能力者と測定された同学年がそこの中等部の生徒だったから。遠い中学校の生徒との関わりが生まれた理由は、能力者という共通点。決してサクラの方からこの学校に接触したわけではない。遠い学校なのも偶然だ。
「お姉ちゃんが部活入らなかったのは……受験するつもりだったからなんだね」
そうとは知らないフユキは、遠い高校であってもサクラは行く気なのだと疑わない。
今日に至るまでのサクラの言動が、フユキに深い思い込みを植えつけてしまっている。サクラとしてはそんなつもりはなかったのに、受験して遠くの高校へ進学する予定を前々から立てていた、そうしてまでフユキと離れたいと仮定すればしっくりくる言動が。
「それ、この前加わった"同期"の子に貰ったの。その子がどんなスクールライフを送っているのか知りたくて」
「あ、中等部もあるんだ」
フユキはサクラがこの高校を知った経緯を聞いて納得した。だが、すでにその学校に通っている知り合いがいると聞いていっそう疑う。"同期"で集まろうと約束していたのなら、そこに含まれないフユキは除け者にされても不思議ではない。
「高校で合流しようと?」
「ああ、違うの」
「じゃあ一緒の高校に来てくれる?」
知り合いがいるのなら、遠くてもその学校を選ぶ理由になる。いっそ今みたいに居候になる手もある。自分と一緒にいられなくなるとしても、一緒がいいと思える相手なのだと思うとフユキはムッとした。
だからサクラの口から言ってほしくなる。自分と一緒がいいと。これからも一緒だと約束してほしくなる。
一緒に居たい。それはサクラの本心だ。けれども居られなくなるかもしれないという不安を抱えている。"同期"や受験とは無関係の、サクラの存在という不安を。
その迷いで答えを渋った一瞬が、フユキに誤解を与えてしまう。
「……無理しなくていいよ。お姉ちゃん」
フユキは悲しげに笑う。一緒にいてほしいのは自分のわがままで、サクラの意思を縛っている。そう解釈して、身を引いた。
「じゃあね、裏切り者のお姉ちゃん」
「何ですって?」
けれども穏便には引き下がれない。自分はずっと一緒にいたいのに、そんな気持ちを無視して出会ったばかりの他校生に靡くサクラを許せない。そんな思いから、もう彼女を今までの姉だとは思わないと言い放った。
一緒にいてくれる姉はもういない。目の前にいるのは、嘘をついたり隠したりして着々と離れる準備をしていた嫌な姉。
その姉が、一度も見せたことのない怒りの目を向ける。サクラとしても、そんな風に呼ばれることには納得がいかない。否定しているのに信じないばかりか、嘘を言っていると決めつけてきて、思わず感情的になる。
「違うって言ってるよね!?」
「嘘にしか聞こえないんだよ!」
サクラがいくら正直に言っても、これまでの言動が悪い方向に作用して、フユキに疑いを抱かせてしまう。それらも決して意図したものではない。
「私も一緒に受けたいよ。でも部活入っちゃったから……言い出しずらい」
引退は早めないといけないし、むしろすぐ辞めて勉強に力を入れる方が無難だ。けれどもフユキはようやく部に馴染めたところ。受験することにしたから周りより先に抜けるなんて言いにくい。
その点サクラは無所属だから心配要らない。思えば部活に馴染めず幽霊部員になっていた時期がチャンスだったが、復帰するようサクラが背中を押したばかりに機を逃した。
当時は力になってくれて嬉しかったが、受験を見据えて邪魔なフユキを排除する計画のうちだったと疑ってしまうと、苛立ちが込み上げてくる。
「というかそうさせるために私だけ部活やらせたんだ」
「だから、それより後の話なんだって」
だがそんな疑惑は冤罪だ。
二人が部活を始めるかの話をしたのはパンフレットをもらう前。つまり当時は私立受験など頭になかったわけで、言いがかりとサクラは主張する。
「フユキが部活決めた後に知り合ったの」
「偶然同じだったかもしれないじゃん。お姉ちゃんが行きたい学校と」
だがフユキの考えは、サクラは当初から自分と別々の高校に行きたくて、後に偶然、その私立の生徒と繋がりができたのではないかというもの。それから時系列は関係ない。
この疑惑についてはサクラも証明できない。私立受験を考えていないという証拠はなく、言葉でしか示せない。
「そんなこと言い出したらきりがないでしょ! 私は行かない。はいおしまい」
嘘をついていないと証明することはできないが、逆に嘘と断言されることもない。サクラは言い争うだけ無駄と気づき、強制終了を図る。
だがサクラにとって好都合な結果ではない。これではフユキにとっての彼女は、さっき言い放った裏切り者の姉のままだ。
「お姉ちゃん、変だよ。お姉ちゃんの言葉、今までは信じられたのに」
「変、なの?……」
そしてフユキは、そもそも言い争うことに違和感を覚えた。サクラが言ったことは証拠がなくても本当になると信じることができた。なぜできたのかというと、信じられそうな言葉を言ってくれたからで、それに対し嘘だと反論することもなかったからだ。
「一緒だって、言ってくれないからだ」
けれども今は、その本当になる言葉を聞けていない。サクラは嘘じゃないと言い張るばかりでフユキが一番聞きたい言葉を返してくれない。
高校でも一緒。そう言ってくれたら、信じられるはずだと気づいた。
サクラは図星を突かれた。池の妖精ではなく亡き姉の生まれ代わりだという自分の正体がフユキに知られたら、天界へ連れていかれてしまい離ればなれになる。
そのときがいつ来るか分からないのに、来年も一緒だなんて軽率な約束をすることに抵抗がある。いつ来ようといつまでも来まいとも、私立へは行かないのは確か。実現できることだけは言える。
そんなかろうじて正直者のサクラは、普段の自分らしくない。そう勘づかれた彼女は、今まで通りにサクラを演じないとバレてしまうと焦り、フユキのイメージに合わせようとする。
「い、一緒一緒。絶対一緒」
信じてもらえように明るく振る舞い、言葉に出すことによって実現を引き寄せる。そんな今まで通りのサクラを見せた。
だがフユキからしたら違和感しかなかった。
サクラも変な自覚はあった。今まで通りにやればいいと分かっているも、そもそもその今まで通りの自分というのが本当の姉の生まれ変わりとバレないために演じていたものであり、素ではない。
きっとフユキと逸れた一ヶ月の間に、演じないブランクが生じてしまった影響だ。それとその前後で、別れへの恐れが芽生えてしまったせいだ。
「……やっぱり、いつかはお別れなんだね」
一方でフユキも、一ヶ月の離ればなれを経てサクラへの考え方が変わった。何かの弾みでもう会えなくなってしまう。池で溺れて死んだ、実の姉と同じように。
「そんなこと言わないで!」
サクラは怒る。彼女の言動が与えてしまった疑念だが、縁起でもない想像を口にしたフユキを許せなかった。
「言ったら本当になりそうじゃん……嫌だよ」
「お姉ちゃん……」
たとえ憶測でも、口に出したら実現しそうで怖い。だからサクラは止めてと訴える。その言葉でフユキは、彼女は本当に離れたくないのだと信じた。
「だったら不安にさせないで! 元はといえばお姉ちゃんがこんなの貰ってくるせいで」
「大げさよ」
その気持ちがあるのだから離れたがっているかのような素振りなんて見せないでほしいとフユキは怒る。そのせいで言い争いになったし、裏切り者だなんて言って傷つけてしまった。
「ううん、分かってない。置いていかれる方がどれだけつらいのか」
その主張にはサクラも同意見。自分は元の記憶もあるから、姿が変わってしまっただけで今まで通り妹と過ごしている。
けれどもフユキは違う。本当の姉はもういないと思い込んで、その後に出会ったサクラを姉と慕って心の穴を埋めている。
だからといってその思い込みが間違いで、本当の姉とは今も一緒だとは、言えない。死別の原因は姉妹喧嘩。フユキにとっては忘れたい存在かもしれない。せっかくサクラとして仲良くなれたのに、正体がバレて拗れるのは避けたい。だから隠していて、後々に生まれ変わりとバレるのはまずいと知って尚更隠すべきと思うようになった。
「あのお姉ちゃんみたいに、消えていなくなっちゃうんだ」
「いなくならない! だって私が」
けれどもそんな理由でフユキの心にいつまでも傷を残しておけない。そんな私情が何よりも先走り、思わず口に出てしまう。
サクラは自分が何を言いかけたか気づき、踏み留まった。けれどももう一度アクセルを踏む。フユキの不安を払拭するには、こう言うしかない。
「私は本当のお姉ちゃんだから!」
サクラは告白した。自分の正体が、フユキの本当の姉と同一人物だと。その言葉にフユキは目を丸くし、言葉を失った。正体をバラしたが天界からの動きはなく、静寂が続いた。




