33話 こっそり準備していた
ある日の放課後、広小路冬雪は"同期"の京橋慧練の家を尋ねた。インターホンを押して部屋に迎えられる。エレンの同級生、羽生鵠が待っていた。
今日はこの三人で、エレンが購入したピアノが届いたら部屋まで運ぶ。
「皆揃ったし、いよいよ本番ね」
「まあ練習通りやれれば大丈夫でしょう」
フユキたち三人はこの日のために何度か集まり、協力してピアノを運ぶ練習を重ねてきた。次にインターホンが鳴ったら、その成果を見せるときだ。
「思えば色々あったねー」
三人は業者ではなく先月知り合ったばかりの友達だ。けれども各々が特殊能力を持っており、それを使って息を合わせれば重い物を持ち運べる。
しかし繊細な荷物なうえ、怪我をするリスクもある。そのため練習してきた日々を、ピアノ到着を待つ間に振り返った。
最初に集まった日のこと。エレンは特殊能力を使って何かに挑戦したいと考え、同学年の能力者で比較的関わりが多いクグイとフユキを選んだ。
エレンは激流を体や地面から放出する力を、クグイは水面に立つ力を、そしてフユキは空を飛ぶ力を持っている。そこでエレンは、ピアノを噴水のように持ち上げてクグイとフユキで運べるではと考えた。
能力を活かせるしチームワークも磨ける。我ながら良い案だとノリノリでチャットから連絡したエレン。しかしクグイから、素直に業者に頼めばいいのではと真っ当な意見が返され不機嫌になった。
だがエレンは引き下がらない。家まで届ける引っ越し業者とピアノ運びの専門業者は別々だという運送の仕組みを説明してから、乗り気でなかったときに備えていた誘惑のメッセージを送る。
もし自分たちで実現できたら、特殊能力ランキングが上がるかも。そう呟いたら、フユキは参加と即答した。
手伝ってくれたら団子をあげる。そう呟いたらクグイも参加を決めた。
それから当日に向けて練習の日々が始まった。最初は各自の基礎練。
フユキは風で体を浮かせて位置をキープする。自転車の速度を極力落として漕ぐと却ってフラつくように、飛び慣れていない速度はバランスをとりにくい。今回の目的は慎重に運ぶことだから、いかに安定してゆっくり飛べるかが重要。
なかなか慣れないから、心を落ち着かせることから特訓を始めた。というわけでエレンの激流を頭上から浴びて滝行。水が体にぶつかって水滴へと粉砕されることで電荷が分解され、マイナスイオンが発生する。その空気を皮膚に浴びて心を癒すのだ。
そんな理屈を気にしていられないほどフユキは水圧の痛みを叫んで訴えていたが、痛いのは最初だけだと言われたら本当にそうなった。終わったとき、もう終わりかと戸惑ったが想像より時間の進みが早いことに驚いた。それだけ無になれたと吹き込まれ、信じた。
クグイの基礎練は風呂の水面に立って、じっとしていること。曲を聞いたり踊ったりしては駄目。実際に運ぶときを意識して、周りの物や声に集中するための特訓。フユキと違って自力で縦方向への移動はできないから、基礎練は彼女より緩い分、次の連携練習の分量が多くなる。
エレンの練習は物を地面に置いて、噴水で傾けず持ち上げること。ゆくゆくはピアノを持ち上げるので、まずは軽い、落としても困らないバケツで試した。
持ち上げた後、高さをキープする。もしもに備えてゆっくり下ろす練習もし、縦方向のコントロールを磨いた。
終わった後にフユキは二人の基礎練メニューを聞いて、なぜ自分だけこんなにクタクタなのかと訴えた。エレンはいずれクグイもそうなるからと言って説得したが、当事者は前もって聞いていなかったので逃げようとした。
各自の基礎練が済んだ次の集まりでは、二人ずつの連携練習。エレンが電子レンジを噴水で持ち上げて、上がる高さに合わせてフユキは風で体を浮かせる。
二人の息が合わなかったが、調整する前にエレンとクグイで連携練習をする。噴水を二本発動し、レンジとクグイを持ち上げる。重さは違うから、二本の勢いをずらす必要がある。
仮にそれができるようになったところでフユキとも連動しなくてはならないから、二人ずつの練習をエレンは休みなく続けることで、三人のタイミングを徐々に揃えていった。
そして最後はリハーサル。頑張って庭に運んだ学習机にありったけ荷物を載せて、三人で協力して上階のベランダまで持ち上げる。
エレンが机とクグイを噴水で持ち上げ、クグイと自力で飛ぶフユキが机を支える。そこからフユキとエレンで息を合わせてさらに上昇し、ベランダで待つエレンも机を掴む。そこから三人でベランダへとスライドさせ、部屋へ入れることができるようになるまで挑戦した。
そんなリハーサルは無事、ピアノが届く日までに成功させられた。お祝いに皆で団子を食べた。だがランキングが上がったのはエレンだけだったのでフユキは納得いかないと訴えた。
「本当に色々あったよ。二人のおかげね」
振り返って、よく乗り切れたものだとエレンは感心する。それは二人が堪えてくれたおかげだ。二人の練習のおかげで、届くピアノを専門業者が来るまで外に放置せずに済む。
「これで実は業者手配していたとかだったら怒るよ」
「二人を信じて呼んでません」
練習することが目的で、本番はミスが許されないから安定択をこっそり準備していた。なんてオチも考えられたクグイはエレンに詰め寄る。そんなひどい真似はしないと首を横に振った。
そしてインターホンが鳴る。お待ちかねのピアノが届いた。
「じゃあ行くよ。練習通りやればちゃんとできるから」
そう鼓舞するエレンの合図で三人がかりでピアノを持ち上げる。不思議と緊張しなかった。このやり方でピアノを持ち上げるのは初めてだが、不安や恐怖を感じない。
ゆっくりと丁寧にベランダまで押し上げて、到着すると激流を止めて床に置いた。
後は能力は要らない。せーので持ち上げて、演奏スペースまで運ぶだけだ。ウイニングランも同然だが、自然と心は緩まなかった。
「はい、おしまい! ありがとう!」
「はっ……」
かといって運び終わってもフユキたちは緊張が抜けず、エレンの声で我に帰った。
「おしまい?」
「ええ。後は調律だけど、それは専門家を呼ぶから」
今試奏しても音はうまく鳴らない。持ち上げたときや、そもそも家まで運送したときに乱れている可能性がある。今その状態でも仕方がないことだが、二人からすれば失敗と感じてしまいかねない。
「ってことは」
「二人とも、ご協力ありがとう」
だからエレンは二人の前で音を出さない。余計に気負わせることのないように、調律師の確認を終えてから弾くと告げる。だからもうこれ以上、二人の手を煩わせることはない。これにて目的達成だ。
そう聞いて、フユキは安堵や喜びをあまり感じず、脱力感を覚えた。思えば持ち上げているときも、段々とゴールに近づいている感覚はしなかった。ただ無心で、気づいたらもう終わり。そんな感覚だ。
「はいっ、ご褒美の差し入れよ」
二人に休憩をとらせる間にエレンはお茶とお菓子を持ってきた。各々の好物、煎餅と団子。それを食べて初めて、終わったことを実感した。
「そういえばフユキ、部活始めたの?」
「え?」
「サクラから聞いたよっ」
頻繁に集まっていたこの三人で雑談をするのは久しぶりだ。そこで話題に挙がったのは、フユキが編入先の中学校で部活動に加入した件。エレンは特殊能力評価が同じAランクでフユキの姉でもある武蔵浦春桜から、彼女が入部したと告げられていた。
どの部かは教えてくれなかったのは本人に聞いて確かめろという意味と考え、落ち着いたタイミングで切り出したのだ。
「へー。何部?」
しかし質問はクグイに先を越された。それを今聞こうとしたのにとエレンは拗ねる。
「ダン……団子部」
「そんなのあるの!?」
フユキは正直にダンス部と答えていいか迷い、目の前のお菓子を見て咄嗟にごまかした。だがエレンには勘づかれる。
「もしかしてダンス部?」
「えっ、どうして」
「言いかけたし、言いたくなさそうだったから」
ごまかした理由まで見透かされていた。フユキは観念し、図星だと認めた。
「だってダンス部だって答えたら何か踊ってって言われそうで」
「そんな無茶振りしないよ。ねえクグイ」
「え、やれってこと?」
「違うよ!」
エレンは前振り狙いで話に巻き込んだのではない。
「でも空中で踊るのも楽しそう」
「いや……私は普通に踊るよ。部の皆に合わせて」
せっかく特殊能力を持っているから演技に活用したい気持ちはある。だが能力ありきの考え方をフユキは捨てた。
能力は限られた人にしか目覚めない。部内においてもそうだ。だからフユキは自分を無能力者と思い込むことによって、考え方を周りに合わせるように変えようとしている。
チームワークが大事だから、一人で目立つことも、周りを自分色に変えることもせず、今の色に自分が染まる。
「その気持ち分かるなー」
周りと合わせることが大事という考え方にクグイも頷いた。だが不満なわけではない。我慢しているが、解き放てる場所はある。
「普段抑制されるからこそ、能力者同士集まると好き勝手やれて気分が良いんだ」
「そうね」
現にクグイは習い事の最中とエレンと遊ぶときとで態度をガラリと変えている。前者ではおっとりバレリーナとして振る舞っているが、後者では水遊びをする無邪気な水鳥のようだ。
「そもそも私、入部したこと自体を意外に思った。サクラと過ごす時間を削りたくないタイプかと」
自分の姉なのに他校生が名前呼びすることにムッとしたフユキだが、その感情を言葉には出さず質問に答える。
「お姉ちゃんに勧められて……色んな人と関わった方がいいって」
姉はフユキが部活に所属することに賛成派だった。だから姉と過ごす時間が減るのを承知で入部した。
「それに受験もしなくていいから、部活始めてもいいかなって」
「確かに」
逆に姉が反対しなかった理由はこの島の制度で、最寄りの公立高校へ進学できることが決まっており、それを望むなら受験勉強が要らないこと。
だからフユキのように中学三年に上がってから入部しても引退まで時間がある。
「サクラはどうなの?」
「私のお姉ちゃんは部活入ってないんだ。下級生の面倒見たいんだって」
一方で姉は無所属。編入当初から新入生の三年生という立場で一年生に親しまれ、放課後に質問や相談を受けることにやりがいを感じている。それを続けたいからと入部は選ばなかった。
フユキの部活の話も聞けたので、集まりはこれでお開きとなった。改めてお礼を言われ、二人は帰路につく。
「さっきの話さ」
「何?」
「部活で、皆に合わせるって話」
駅へと歩きながら、クグイと二人で会話する。エレンの前で言わなかったのは、彼女が知らない、Bランクの交流会の出来事に絡む話だからだ。
「前に私が水の上でゴルフしたとき、フユキ張り合って溺れたでしょ?」
「気にしないで。むしろ私が悪いし」
水上に立ったり歩けたりする能力を活かしたくて参加者の前で披露していたら、フユキが真似して風の上に立ったらバランスを崩して池に落ちた。
クグイは喧嘩を売ったつもりはなく、フユキが真似するのも想定外だったが、きっかけを作ってしまったのは事実。
だからさっきの部活に関する会話が響いた。能力を持たない人の前でむやみにアピールしないことも大事ということは、その事故にも通じる考え方だ。
「お姉さんにも怒られたよ。何かあってからだと遅いんだって」
「……そうだね」
クグイたちには隠しているが、フユキの本来の姉は池で溺れて死んだ。今いる姉は、しばらく経ってから池で出会った身寄りのない精霊。
姉がクグイを叱ったのも、その出来事を聞いていたから。もちろん溺れたフユキ自身も叱られた。
「今度ダンス見せてよ。私のバレエも見せるから」
「ちょうど練習してるのあるんだ。完成したら連絡するよ」
それはさておき、踊る者同士興味がある。今度見せ合いっこしようと約束し、クグイはフユキを見送った。
「……地震?」
もうすぐ家に着くところでフユキは揺れに気づいた。揺れは大きい。だがすぐに収まった。大事にならず、揺れ自体もピアノを運ぶときに起こらなくてよかったことに安堵して、けれども姉が心配になり急いで家に入る。
「お姉ちゃん大丈夫!?……留守?」
部屋は暗く、返事もない。きっとまた"同期"の子と出かけているのだろうと考え自室へ向かおうとしたそのとき、襖の近くに落ちている紙が気になった。
「何……これ……」
さっきの揺れで落ちたと思われるそれは私立高校のパンフレットだった。そして頭を過ったのは、姉はここへ進学するつもりで、それを隠しているのではないかという嫌な予感だった。




