32話 言葉は正直
「アカリにアイリ……そういえば二人も名前あで始まるんだね」
「言われてみれば」
川口青空澄は新たに能力者となった二人、西浦あかりと美南哀月の自己紹介を聞いて名前を覚えようと目を見て名前を唱えたとき、イニシャルが自分と同じことに気づく。
「私も……友達にあで始まる子がいたな」
武蔵浦春桜は該当しないが、天界で知り合った少女もそうだったと思い出す。
「あーちゃんって渾名で呼ばれたら皆反応しちゃうね」
「それ面白そう」
紛らわしいと思ったが、それを逆手に取ってネタに使えると気づくと肯定的に捉えた。
「親が名前決めるとき、ある漢字を含む名前を検索すると五十音順に出るけど」
「え、適当に決められたってこと?」
作者が登場人物の名前を決めるときの裏事情が暴露された。
「そうだったの!?」
「いいなサクラは」
その疑惑に誰よりも驚くサクラは三人から羨まがられた。
「そういえば二人はどうして受験を? この島って高校まで受験なしで入れるって聞いたけど」
サクラはつい先日、妹からこの島の受験制度を聞いた。私立ほどの高額負担なしに特殊能力者が一部の学校に結集するのを防ぐように最寄りの公立学校に通う方式を高校まで延ばした。公立高校の入試がないのはそのついでだと。
サクラも郷に従って現住まいの近くの高校へ進学する予定だが、私立に通う人と関わりができた今、考えを聞いておきたいと思った。
「私は人付き合い苦手だから私立なら居心地良いと思って」
「私は……目覚めるかどうか分からない特殊能力に期待しないで、学力上げておく方が将来のためかなって」
サクラは頷いた。二人ともネガティブ寄りの理由だが、それは入学当初の考え。
「でもアカリはこういう集まりに来る勇気があるし、アイリも能力目覚めたから、良かったね」
成長と運が二人を変えた。だからこうして集まったわけで、サクラは喜ばしく思う。
「だから私、高校は受験辞めようかなって」
「そうなの?」
アイリは高校は最寄りの公立でも良いかと考えている。特殊能力は手に入れたし、そっちでも学力は伸ばせる。
「残念ね」
「絶対そう思ってない!」
「ライバル減るもんね」
せっかく同級生の能力者仲間ができたのに、と残念がるアカリは笑顔だった。アスミは反射で嘘だとツッコむ。ただ彼女の考え方も分かるとサクラは頷く。受験者が減れば合格の可能性が上がるからだ。
「実はこれ、私の能力のせいで」
「思ってるのと逆が表情に出ちゃうんだって」
アカリは誤解だと弁明する。特殊能力のせいで、悲しいのに笑ってしまう。
「でも言葉は正直だから、顔は見ないで」
表情は無視して、言葉を文字通り受け取ってくれれば誤解を防げる。さっきのケースで残念と言ったのは建前ではないと伝えた。
そんなアカリの手をサクラは身を乗り出して掴んだ。
「素を出せないってつらいよねっ」
「えっえっ」
言葉は戸惑い、表情は引きつっている。サクラは正体を隠して過ごす自分をアカリの境遇と重ねたのだ。
「私高校で受けようと思ってたんだけど」
「良いと思う。そう言うかもと思って……どうぞ」
反対にアスミは二人の通う私立に高校受験で合流するつもりでいる。二人は今の環境が嫌なわけではなく、むしろ歓迎。興味を持ってくれると期待して貰ってきた学院のパンフレットを手渡した。ついでにサクラにも。
また飴の袋詰めが出てくると身構えたが、思い過ごしで安堵した。
「霜乃台女子学院……」
校舎や制服の写真、カリキュラムや進路に、在校生の声。受験を検討する中学生に向けた情報の数々が凝縮されている。
「高入生でも内進生と仲良くなれるか……」
「どこどこ?」
アスミの呟きにサクラも反応し、どの欄かを教えてもらった。
「私も中学で入ったけど平気だったよ」
「一応私も……」
「あ、小学校からあるんだ」
中学入学時点では二人も外部からの新入生で、小学校からの内進生に仲間外れにされることもなかったと聞くと安堵した。
「いいな……サクラはどう?」
「私は……」
興味はある。学力の面で不安もない。ただ唯一で最大の懸念点は、サクラという存在そのものだ。
「いつまで居られるか分からないし……やめておくよ」
「そっか。サクラは偶然ここに来たんだっけ」
妹と逸れ、妹はこの島に、サクラは雲の上に行ってしばらく会えなかった。そんな過去があったことは、先月時点で能力者の面々と、以前サクラから直接聞いたアスミしか知らない。
「済んだ話なんだけど、私迷子だったの。で妹がここに来てて、戻ってきた後しばらくここで暮らそうってなって」
「じゃあ元いたところに帰っちゃうの?」
サクラは浮かない顔をする。帰る先は故郷ではなく、天界だろう。皆とも、そして妹ともお別れだ。
「でもパンフレットはほしいな。皆がどんな生活しているか知りたい」
「どうぞどうぞ貰っていって」
だからこの用紙は要らない、とは言わない。学校のことを知っておけば、アカリとアイリがどんな学校生活を送っているか理解か深まるし、今度会ったときの話のネタになる。そういうわけで欲しいと言ったら喜んで差し出された。
「改めて、私はサクラ。ここに来たのも今月のこと。あと、言葉で人を騙すのが好きなの」
「初耳だけど」
アスミは前にサクラの自己紹介を聞いたときに、そんな特技があるとは思わなかった。サクラとしては、前と同じことを言ってもつまらないのと、聞き手が三人いるから満遍なくインパクトを与えられそうな話題を選びたい思いがあった。
「桜の味の話に戻るけど、味は分からないのに美味しくみえたでしょ?」
「うん」
サクラ騙すことが好きといっても、悪事に使うわけではない。騙す行為に及ぶことが好きなのではなく、言葉で騙せるからくりへの関心が強い。
「幸が来るで"さくら"。でもそういう意味で花は名付けられたんじゃなくて語呂合わせの後付け。縁起が良いから美味しいって騙されるのね」
「あれってそういうことだったの……」
良いイメージが味に干渉した。無味の美味しさのワケを聞いて三人は納得した。
サクラがこの喫茶店に来店してすぐ、能力のお披露目目的でフロートの飾りつけに桜の花びらを撒いたことで始まった疑問。どうして桜の花は味がないのに美味しく感じるのかという疑問は解決した。
「言葉に別の意味を、力を与える。言霊っていうんだけど、そういうのに興味があるんだ」
「言霊ね……」
騙すと聞いて最初は詐欺の印象を受けたが、神秘的な意味合いと分かるとむしろ惹かれた。
一方サクラも、天界に戻されたら学校の課題研究のテーマは言霊にしようと思った。前回は進級間際の編入かつ進級前に脱出できたので年間研究はパスできたが、今度はもう脱出を許されないだろう。
「新しく出会った人にあで始まる人が多いと新しい出来事が待っているとか」
「あー」
ちょうどここにいる、サクラが最近知り合った三人は口を揃えてリアクションをとった。イニシャルが同じだとはさっきも話したが、そういった発想はなかった。三人にとってもお互い会ったばかりなので、これから何が起こるのかと期待が高まった。
「それって恋愛にも効く!?」
「まあ叶えられなくもないけど」
イニシャルの話題からは逸れたが無関係ではない。
相手は自分のことが好きと呟いたら片想いが両想いになったり、遠距離恋愛でも好きと声に出したら気持ちが相手に届いたりと、効果はある。
恋愛感情ではないが、サクラが妹に会いたい気持ちが通じて地上へ帰ってこられたように。もちろん声に出すだけでは効果がないが、出した後に自分や周りが起こした行動が結果を引き寄せる。
「アカリ好きな人いるの?」
「まだだけど、でもなんかロマンチックな話聞きたいなって」
応援してほしいわけではないが、シンプルに興味がある。だからアカリはたくさん知っていそうなサクラに聞かせてもらいたがった。
「アイリはどう?」
「私も特に……でも聞いてみたいな」
アイリは恋バナに夢中なアカリを想像し、眺めていたい気になった。もしトークの機会があったらぜひ相席したいと思った。
「じゃあせっかくだし短めのを一つ」
話題に挙がったので言霊要素のある恋愛創作話を披露したい。だが今日はもう遅いので、サクラはすぐ終わる物語を選んだ。
「三人の女の子が同じ人を好きになって、でもその人は別の子と両片思いの噂。一人は諦め一人はいつか自分を好きになると信じて待ち、一人は告白しました」
アスミは一人目を、アイリは二人目を、そしてアカリは三人目に自分を見立てた。
これは三匹のカエルの童話をアレンジした物語だ。それぞれが悲観主義、楽観主義、そして現実主義を表し、どうなるか分からなくても行動することの大切さを教えてくれる。けれどもハッピーエンドはサクラの好みに合わない。
「断る勇気がなくてオーケーと返事がきました。おしまい」
「は?」
諦めずに玉砕覚悟で告白というアクションを起こした子が報われる展開を期待して、実際その通りになった。けれども相手は本心を圧し殺して受け入れたという余計な設定で台無し。まったくめでたく思えない。
「バッドエンドとかあり得ないよ」
アカリは笑って否定した。能力のせいで感情と真逆の表情だから、悲しみか怒りが込められている。
「好きって言葉が心を惑わすってお話なのだけど」
「そんな言霊は要らないから」
三人、特にアカリにはサクラの感性は不評だった。
「まあ個性があって良いと思うよ」
あくまでも作り話だから、不満があってもそれで済むもの。後味が悪いオチでも笑っていられる。
一方でサクラは、こういった苦い物語をいつも妹と考え合っていたから、その感性を普通と思うようになっていたと気づく。そしてそれは周りと違う。数日前、妹が部活に馴染めなかったのと同じように。
今も一歩間違えば、言い合いになっていた可能性もあったはずだ。サクラは少し自重しようと反省した。
じきに集まりはお開きとなり、徐々に喫茶店を出る。
「賑やかになったね。私たちの"同期"」
アスミはサクラに話しかけた。二人が知り合った頃も楽しかったが、今日二人が増えたことで、いっそう楽しくなる予感がした。
「サクラ、受験の話したとき、いつまでここに居られるか分からないって言ってたよね」
「あ、うん……」
受けにこないかと誘われて、嫌と思われないような断り方を考えたら自ずと口に出てしまった。だがサクラは、周りには自分がいつかいなくなると思ってもらいたくはない。
「やっぱり忘れて」
「前もそんなこと言ったよね」
お別れを匂わせたくないから、断った理由のことは忘れてほしい。そう頼んだが、却ってアスミに思い出させてしまった。抱えている問題を相談したいのに、抵抗があって途中で引っ込めてしまうことを。
「それは……」
「サクラがどんな事情を抱えているかは分からないけど」
だがアスミは尋問する気はない。何か想像もつかない秘密を抱えている予感がするが、ここは特殊能力が目覚める人がいる島。何が隠されていても不思議ではない。
だから聞き出さない。けれども無関心なわけでもない。
「もしお別れのときがきても、サクラは私たちの"同期"で、友達だよっ」
「アスミ……ありがとう」
サクラは彼女の言葉に心が少し軽くなった。まだ打ち明ける覚悟はつかないが、ここに居続けたい気持ちは強まった。
「お待たせ。もしかして次の集まりの話とか?」
「ううん。帰るの何時くらいかなって」
アスミはごまかしてくれたことに、サクラは心の中でお礼を言った。サクラの暮らす街まで言ったことがあるアスミはここからその街までどれくらいかかるかを知っており、二人で話していても不思議ではない。
その街には遊園地もあるなどと、話を広げて逸らしてくれた。
「じゃあまたね」
そして解散となり、各々帰路についた。サクラは喫茶店での出来事を振り返り、集まりに参加してよかったと実感した。
満足して帰ったものの、勝手に出掛けにいかれまたしても置いてけぼりを食らった妹が、心と部屋を冷たくして待っていた。




