31話 帰った後は一緒
武蔵浦春桜の学校生活は先週までと変わらない。放課後になって、広小路冬雪の教室に行くまでは。
「一緒に帰ろう。待ち合わせは」
「ごめん。部活の子と帰るって朝約束して」
フユキは先約がいるのでと言ってサクラの誘いを断った。正式入部して数日、部に打ち解けた彼女は、姉のサクラ抜きでの交流が増えた。姉と帰るのは嫌ではないが、部活仲間に誘われたのでそっちを優先した。
「それにお姉ちゃんは部活ないし、待たせるのも悪いよ」
何より今日は放課後練習がある。無所属のサクラを一時間も待たせてしまう。本人はそれを嫌と思ってはいないが、フユキとしては極力待たせたくない。
御尤もな意見にサクラは納得した。けれども彼女は考えた。ここで合理的に引き下がるより、自分を強調するべきだと。
「今まで私と帰っていたでしょ!」
「えっ……」
「約束、私が先にしたんだよ」
部員との約束が今朝のことであっても、サクラはフユキと前々から一緒に登下校していた。その意味では先約は部員ではなく彼女になるわけで、誘われた時点で姉と帰る約束があるからと断るべきだったと言い返す。
事実とはいえ、フユキは困惑した。
「それは部活始める前だったし……」
確かに編入したばかりのうちはフユキはサクラと帰っていた。それは二人の下校時間が同じなため、クラスが違っていようともスムーズに合流できたから。
フユキが部活に入ったことで時間が合わなくなった今は事情が違う。とはいえ、部活を始めたから別々に帰ろうと事前に話をしていなかったのもまた事実。
「休み時間のうちに言っておくべきだったかも。ごめんねお姉ちゃん」
授業の合間や昼休み後に、サクラと会話したタイミングで連絡しておけばよかったと反省した。ただ幸い、連絡が放課後になったことによる支障はない。
逆に仮に休み時間に言っておいたとしても、サクラの言い分が変わる要素はない。今と同じように抵抗しただろう。
「部活で一緒なんだから、帰るときくらい私と……」
「いや帰った後は一緒だし……」
過ごす時間の長さなら、一緒に居候しているサクラの方が、部員より長い。そして帰宅に時間をかけるつもりはない。だからそんなに固執しなくてもいいのではとフユキは戸惑う。
「何か変だよお姉ちゃん」
「へっ!? そ、そんなこと……」
サクラは非合理的なわがままを言っている自覚はあった。だがそうする理由は、自分はフユキの姉代わりのサクラという存在だということを強調するため。
死んだ姉の生まれ変わりと知られたら、また天界ヘ飛ばされてしまう。フユキともう居られないと思い込んだせいで、演じようとする意識が前面に出てしまった影響だ。
それで却ってフユキに不審がられてしまう。挽回しようと、より必死になった。
「私は本当にサクラだよ!」
「どうしたの本当に」
だがその言動は普段のサクラらしくないもので、フユキからすれば異様なものだった。
結局サクラはフユキを待たず先に帰宅し、家ではどう接しようかと悩む。まずは宿題を片付けようと机に置くと、その横のスマホの新着メッセージ通知に気づく。
読むと、島の同学年能力者のグループチャットに二人が追加されたことが分かった。サクラの"同期"がまた増えたのだ。
「あー、もっと早く気づいていれば」
サクラは思わず声に出す。前回はスマホを学校に持ち込んでおり、使用許可の下りる下校時に気づけた。そして顔合わせも兼ねて放課後に一緒に出掛けないかと誘えた。相手も帰宅途中だから、待ち合わせ場所へ向かうことも容易だった。
だがフユキとのやりとりは直接すればいいので学校へは持っていかないようにした結果、平日はスマホを見られる時間が遅くなってしまい、気づいた頃には相手も帰宅を済ませている時間帯。今から誘っても手間を掛けさせてしまう。
「……いや、ギリギリいけるか」
中学生はカラオケやゲームセンターに十八時まで居られる。そして今から支度をして、お互いの家の中間地域を待ち合わせ場所にできたら、三十分確保できる。
ただ明日も学校なのでそんな無理をするべきかは迷いどころだが、可能性を信じて着替えて出発した。制服でなければごまかしは効きそうだ。宿題は後回しだ。
サクラは特殊能力を発動する。桜の風を起こし、体を浮かせて空中を移動する。道路も信号も気にせず、駅に向かって最短距離で進む。
問題はちょうどいい電車が来るかどうか。なければ別の駅を飛んで目指すことになる。乗り換え案内を検索しているとスマホが鳴った。
"同期"の川口青空澄が発信者で、今から来られる人はこの喫茶店に集合と呼びかけた通知だ。そこはちょうどサクラが目指そうとしていたエリア。そして電車にも頑張れば間に合う。
サクラはすぐ返信した。電車に間に合わなかったら行けなくなるので駅に着いて出欠の可否が確定してから返事をする方が無難と分かっていながら、不確定の状態で返信した。
けれどもあえてサクラは行くと事前に宣言した。これでもう後には引けない。絶対に間に合わせると自分に言い聞かせ、そして叶った。
電車に乗ってから、サクラは出掛けるとフユキに連絡しなくてはいけないと気づく。サクラらしく伝えるにはどうするか悩んだ結果、嘘をついた。
フユキと過ごす時間が大事だから本当は断りたかったが、強くお願いされたので仕方なく行ったと伝えた。
サクラ同様スマホを置いてきたフユキは彼女が出掛けたとは気づかず、部活を終えるとダンス部員と談笑しながらのんびりと帰宅していた。
自己紹介のときに部活を名乗ると踊ってみてとねだられることがある。そのときに備えて練習や大会用の踊りの他に、SNSで流行りのショート自作動画用の踊りを覚えておくといいとアドバイスされて、オススメを紹介された。
ただ同級生で、二年前の入学当初は見ていたがもう消したという意見も出た。学年が上がる度に利用率が下がっているという調査結果があると聞いて、フユキはあまりのめり込まないようにしようと思った。
サクラは目的地の喫茶店で三人と合流した。今日来られるメンバーはこの四人。彼女が最後だが、家が遠いので仕方がない。
「本当にぴったり来た」
「サクラのドリンク用意しといたよ」
「わぁ、ありがとう」
アスミはサクラが到着する頃に合わせてドリンクが届くタイミングを感知し、すでに注文しておいた。味は前回フードコートで選んでいたコーヒーフロート。丸ではなく渦巻いたソフトクリームを乗せたものだ。
「アイス好きなの? この時期だけど」
「ぐるぐるしたのが好きなのよ」
そう答えてサクラは軽く桜風を起こし、花びらをトッピングに添える。見た目がいっそう晴れやかになり、初対面の二人も興味津々だった。四月の夕方にソフトクリームを食べる様への抵抗が一転、一口もらいたくなる。
「相変わらずツボ突くのうまいねサクラは」
「そう? ありがと」
待ち合わせ場所を選んだのはアスミだが、喫茶店ならではの特技を披露するサクラの手腕に、以前自分が初めて彼女に会った日を思い出した。
特殊能力の性質をアピールしつつ、それをどう扱えば人を楽しませられるかを考え出せるのは、サクラの良さだと褒める。
「でも実は味変わらないんだ」
「そうなの!?」
アスミも驚いた。確かに桜の花びらは食べたことがない。桜餅を食べたことはあるが、それは餅とあんこの味だ。さくらんぼの味はしない。実際、桜に強い香りは無い。
「その話をする前に皆の持つ桜のイメージを知りたいから……あなたがアイリさん?」
「うん」
桜の味のからくりを話すにあたり、各々がどんな印象を持っているかを知りたい。それには顔と名前と考えを一致させておきたいと思い、集まりの本題である自己紹介に移った。
グループチャットでの自己紹介で二人の名前は聞いている。プロフィールのアイコンで顔も確認できていたから、どっちがどっちかはある程度分かった。
「美南哀月。Aランクで、好きな物はハッカ味の飴」
「ハッカってミント? 大人ね」
サクラにとっては"同期"初の同ランク。仲良くしたいと思っていたが、好きな味を聞いて自分より大人に見えて少し抵抗を感じた。向こうから自分は子どもっぽいと思われていないかと。
「小さい頃から好きなんだ。周りはだいたい、苺やパインが好きだったけど」
「ああ、確かに」
流れで三人も好きな味を紹介した。アイリと同じハッカ味派はおらず、皆フルーツを挙げた。
「私ズレてるよね」
「そんなことないよ」
「たまに舐めると美味しくない?」
アイリは味の好みが周りと合わない自覚があった。けれどもサクラたちは受け入れる。一番好きというわけではないが美味しいとは感じる。
そう賛同されると、アイリの表情は明るくなった。
「じゃあよかったらどうぞ」
ハッカ味だけの袋詰めを六袋取り出し、配ろうとした。三人は絶句し、せめて一袋でいいと遠慮した。
「だからフルーツ好きな子は羨ましいな」
「好みバラけて面白いよね」
「たまにブームにもなるし」
小学校の自己紹介で好きな食べ物はフルーツを答えるクラスメイトが多く、文房具に好みが表れていた。SNSでも特定のフルーツが店やインフルエンサーがきっかけで話題になったり、世代を超えて女子に人気と共感する。
ハッカ派のアイリがフルーツアンチでないと察すると、リラックスして意見を出せた。
「だからフルーツみたいな女の子が好きなの」
「へ、へぇ……」
その笑顔から得体の知れない恐怖を感じた。現にアイリの視線は隣の新入りに向けられている。三人の中で彼女が一番好みのようだ。
「次は私ね」
「余裕ね!?」
恐怖を表情から感じられずアスミは思わずツッコむ。隣の少女が自己紹介を始めた。
「その前にアイリ、涎出てる」
「あ、つい糸が」
正面でサクラはアイリの口元に気づき、布巾を渡す。興奮の涎と思いきや、それは彼女の特殊能力で生成した糸だった。
「そうそう。私の能力は糸を出せて、触れるとくっついて離れない」
この場に集まったきっかけである、目覚めた特殊能力の紹介を忘れていた。アイリは指から糸を出し、テーブルに垂らしてグラスを乗せる。掴んで揺らしてもビクともしなかった。
「口からも出せ……」
「いいから!」
見せようとクチャクチャするアイリを全力で咎めた。能力はだいたい分かったので、話題のバトンをアカリに返す。
「ごめんね、続きを」
「私は西浦あかりです。Dランクで、アイリと同じ中学で」
「チャットで言ってたけど、私立なんだよね?」
「うん」
新しく入った二人は同級生で、それも私立中学。受験経験者だ。それも女子校。その時点でサクラは色々聞きたいことがあると思っていたが、まずはアカリの話を聞く。
「それで、私の好きなものは蛍」
「蛍かー。ロマンチックね」
「ならいつか皆で見に行こうよ」
見頃は二〜四ヶ月後。ちょっと先だが、皆で約束した。同時にサクラは気づいたことを言うか迷った。蛍の天敵は蜘蛛。
「今までも見に行ってるの?」
「ええ、動物園とか山の中に。夜だけど、あまり遅い時間じゃないんだ」
「動物園ねー」
蛍は長い時間飛ばない。深夜は見られないから、夜更かしせずとも探索に行ける。普段は夕方に閉園するが、鑑賞会の時期は八時まで入れる。アカリは地元の生息地に毎年行っている。
「クモの巣が嫌だけど、楽しいよ」
「クモの巣……」
確かに蛍は明るい所では見えず、懐中電灯を頼りに探すことになるがクモの巣に当たるリスクは無視できない。蛍にとっても蜘蛛は天敵。敵のいない夜を飛んでも、巣は張り続けてあるから意味がない。
サクラたちも同感だがテーブルを見てふと気づく。アイリは蜘蛛の糸みたいな粘着性のある糸を出せる。つまりアカリは彼女の隣に座っていること状況は危険なのではないかと。
「そしたら夜に歩くのもスリル感じて好きになって」
「危ないから程々にね」
「今日は早く帰ろう」
そんな疑惑を吹き飛ばすアカリの不穏な発言。女子校の生徒は清純なイメージを抱いていたが、二人のせいで消滅した。
自分たちは中学生。十八時に帰路についたら、なるべく早く家に到着しなくてはならない。
サクラは桜の味の話はまた今度にした。




