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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第1章 天と地の新生活
3/52

3話 自由に楽しんで

「本当に天使になったみたい……」


 天界で暮らすことになった武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)は、周囲に馴染む服を買いにきていた。一枚の布の中央に穴を開けて頭を通し、布の上から腰を紐で縛る。そして白いブーツに履き替えて、そのとき一つ疑問が浮かんだ。


「アゲハさん?」

「呼び捨てでいいけど。何?」


 天界の住民でサクラを住まわせてくれた北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)に、意見を求めた。


「パンツって履いてるの?」

「……何、それ」


 アゲハはイタズラを仕掛け、知らないふりをした。するとサクラは、概念がないなら脱ぐのが正しいと思い込み、脱いで試着室を出た。


「ちょっと恥ずかしいね、この格好」

「似合ってるわよ」


 サクラは風が吹いてスースーする感じが落ち着かないが、アゲハ視点で違和感ないのなら大丈夫と考え、頑張って慣れようと思った。それに見渡す限り、天界の住民は女性ばかりだ。これなら多少は気持ち的に楽になる。



「えっ、雪……」

「マナって言うの。食べられるわよ」


 今は三月頭で、サクラが暮らしていた街では雪はもう降らない。だがこれは雪ではないとアゲハは告げる。季節に関係なく降るもので、色は白。


「わっ、甘い……」

「マナは集めて料理に使うの。パンとかケーキとか」


 アゲハは鞄からシュガーポットを取り出し、マナを溜める。それを見てサクラは羨ましく思った。


「それ私も欲しい。買ってくるっ」

「いいって。アンタの分もあるから」


 独り占めする気はないし、家の住人が一人増えても買い足す必要もない。


「……やりたい?」

「うん!」


 ただ自分で詰めたいと言うのなら、ポットをサクラに預けた。彼女は嬉々として受け取り、マナを集めた。



「って待って! 今って何日!?」

「三月……最初の土曜日」

「よかった……」


 マナから雪を連想してサクラが感じた嫌な予感。地上から天界に飛ばされて目が覚めるまでの間に、日が経ってしまっているのではないかと焦ったが、アゲハから聞いた日は、飛ばされた日と同じだったので安心した。


「てっきり、何日も寝ていたのかと」

「ああ、それで」


 アゲハは血相を変えたサクラに何事かと戸惑ったが、納得した。


「サクラの地方だと三月は雪降らないの?」

「うん。でも、降らせることはできるよ」


 サクラは"ノーツ"を発動して桜吹雪を発生させる。


「この桜の代わりに雪を出せるの。私の妹は……」


 同じ原理で雪を発生させられるのは、サクラの妹の広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)。天界には来ておらず、遠くの地上へ風で飛ばされた生き別れの妹だ。


 本当はここから出て再会したい。けれどもサクラは故人で、これは生まれ変わりの姿だから、出ることを許されなかった。



「……もう、会えないのかな」


 あまりにも唐突な別れ。それも姉妹喧嘩したままという。思い返せば、言い合いになってお互い風を暴走させたのが、天界へ幽閉されるきっかけを作ってしまったのだろう。サクラはやるせない気持ちになった。


「アーゲハっ」


 空から名前を呼ばれた。いや、ここが空だが、サクラは見上げる。翼を生やした天使が、飛んでこちらへ向かっていたのだ。そして着地し、羽をしまう。


「よっと……この子がサクラ?」

「そう」

「私アツカ。アゲハの同級生っ」


 福俵(ふくたわら)天使(アツカ)はサクラに自己紹介した。顔を知っているアゲハを探していたが、来た目的はサクラの方だ。


「探してって頼まれたんだ。えっと、この子から」

「フユキ!?」


 アツカが見せたスマホには、フユキが写っていた。隣には赤い髪の、巨乳の、サクラの知らない少女がいる。



「じゃあ、フユキは無事なのね!?」

「うん、だから早く帰ろうよ。待ってるから」


 サクラは安堵したが、残念ながらここを出られない。


「アツカ。実は……」

「えっ、幽霊なの?」


 アゲハはアツカに耳打ちした。サクラは幽霊だから、天界から降りられないと。


「でも降りることはできるよ」

「どうやって!? 教えて!」


 アツカは空から降りてきたが地上から来た。フユキに頼まれて天界へ向かい、本当は上福岡(かみふくおか)恋音(レノン)の"ノーツ"で飛ばした手紙を追ってサクラの所へダイレクトに行く気だったが、それだと遅いので手紙を追い抜き、天界の主に居場所を聞いてここが分かった。


 そんなアツカは、地上へ降りる方法も知っている。


「じゃあ行くよっ」


 アツカは再び羽を生やし飛び上がった。そして頭を下に落下し、地面の雲に飛び込んだ。



「えっ、もう行っちゃった?」


 サクラは展開に追いつけずウロウロしていると、今度は地面の雲からアツカが飛び出してきた。


「こんな感じで勢いつけて頭使えば通れるよ」

「ああ、助走ってこと……あ、今ならそこから……」

「あ、すぐ塞がっちゃうんだ」


 踏みつけても雲はびくともしない。だが勢いよく体当たりすればこじ開けられる。ただし穴はすぐ塞がってしまった。共連れ通過はできない。


「でも、ダイビングするだけだから」

「う、うん……分かった……」

「持ち上げてあげる」

「ううん、私飛べる」


 飛び込むだけで自力で行き来できる。ただ天界の住民でないサクラはそもそも飛べず、だったら抱えてあげようとアツカは提案するが、サクラは飛べる。"ノーツ"で風を起こして宙に舞えるのを披露する。


「おおっ、飛んだ。その辺でいーよ!」


 アツカは地上ではバチ島という、特殊能力持ちがいる島で暮らしている。だから地上から来たサクラが飛べることをさらっと受け入れ、飛び込みのアドバイスを送る。

 目安の高さまで上がれば、後は急降下するだけだ。


「そこからダッシュ!」

「あっ、はい!」


 サクラは見下ろしたが、想像以上に怖い。風を止め、落下を始めるも、迫る雲に怯えて風でブレーキをかけてしまった。


「怖い……」

「そもそも降りられないって話だし、無理かも」

「ふーん……」


 アゲハの言う通り、サクラは地上に降りる資格がないと天界の主に宣告された。それが余計に不安を煽る。仮に勇気を出しても、バリアで激突してしまう可能性があるからだ。



「何か渡してもらおうかな……」


 持ち物を届ければフユキを少し安心させられる。そう思うサクラだが、何を渡すか思いつかない。苦肉の策で、パンツを出した。


「今はこれしか……」

「は? 履かなくていいの?」

「え? だってアゲハが……」


 サクラはアツカのリアクションから、思い違いをしていると察した。そして元凶であろうアゲハをロックオンする。


「へー、地上は下着のことパン……そう呼ぶんだ」

「騙したのね!?」


 サクラは詰め寄る前にまずは履こうとするも、慣れないブーツですっ転ぶ。



「ごめん、さっきの忘れて」

「だったら伝言しようか? 私この後会うし」

「そうなの?」


 震えるサクラに、アツカは強制はしなかった。今は無理なら、代わりを自分が務めればいい。ちょうどこの後フユキと同じ用事があるから、ついで感覚で済ませられる。


「そう! この後メカサッカーコンテストがあるんだっ。この子も出るって」

「そ、そう……」


 アツカはグループチャットで、参加したばかりのフユキから参加する話を聞いていた。彼女自身は元々申し込んでいた。


「私と逸れたのに、ずいぶん楽しんでいるのね……」


 さっきアツカが見せてくれた写真に一緒にいた赤い髪の女子と出るつもりなのだろう。そう察したサクラは、自分がこんなに気にかけているのに悠々と満喫している妹を恨めしく思った。



「私がどれだけ心配か知らないで……」

「それ今日のじゃん」


 アゲハも気になってチラシの写真を見た。そのイベント開催日は今日だ。


「間に合う?」

「うん。でももう行かなきゃ」

「あっ……」


 サクラは迷っている時間がないと知った。


「無事だったって伝えようか?」

「あ、お願い。それと……」


 喧嘩したことを謝るか、それは自分で言うべきか、でも言えないなら頼むしか、などと悩みながら、サクラは答えを出した。


「家出するって伝えてください」

「うん分かった!」

「ええ……」


 アゲハにとってはサクラの提案は裏目に出るようにしか思えず、アツカは疑わずに飛んで潜ってしまった。



「大丈夫なの?」

「別にぃ。私いなくても楽しそうだし」


 伝言がそれでよかったのかと不安視するアゲハだが、サクラは強がり、投げやりに言い切る。実際フユキにとっても、心強い仲間がいるからサクラとはすぐ会えると思っているし、むしろいつでも会えるから今しかできないイベントに参加しにいったから、あながち間違いでもない。


「……私みたいな姉、嫌だっただろうし」


 何より、揉めて別れたことの心のダメージが大きい。だからフユキにとっても嫌な出来事だっただろうから、もう会わない方が彼女にとって気持ち楽なこともあると思える。


「アンタもノリノリで服選んでいたけどね」

「恥ずかしいのを乗り切るためだよ!」


 妹のことを忘れて今に夢中だったサクラには文句を言う資格はないとアゲハは突きつける。するとサクラは、あれは満喫ではなく空元気だと言い張った。


「だいたい余計に恥かかせたの誰!?」

「アタシが悪いですごめんなさい」


 ついにはアゲハに責任を押しつけたが、事実なので何も言い返せなかった。



「わぁーっ。広いっ、人いっぱい……」


 一方で地上。フユキと久里浜(くりはま)華燐(カリン)はコンテストの会場に到着した。島で最大のコンベンション施設。ライブや受験、ゲーム大会に就職説明会など、様々なイベントが日々開催されている。

 二人はチラシに沿って指定のホールに入った。受付を済ませ、スタッフから指示を受ける。


「これが今回のメカ。コントローラーで操作して、二台以上のチームでボールをゴールに入れます」

「そのまま使ってよし、こっちのパーツで改造してよし。自由に楽しんでください」


 二台の人型メカと特性ボールを受け取り、練習と作戦会議を始めることにした。


「来たわね、カリン」

「トモエ。と、コトリ」


 するとカリンは声を掛けられた。彼女の知り合いの戸塚(とつか)智絵(トモエ)だ。その横にはチームメイトの大船(おおふな)切裏(コトリ)。フユキは思わずカリンの背後に隠れた。



「知り合いよ。同い年」

「その子が新人? 写真見たよ」


 トモエたちはフユキと初対面だが、フユキの自撮りをグループチャットで見ているので顔と名前は一致する。


「クルリのお友達なのね?」

「え、クルリのことも知ってるの?」

「同級生。それに」

「「"同期"なの」」


 一方でフユキは、この島の人をカリン以外には、先月引っ越すまでは同級生だった保土ケ谷(ほどがや)(クルリ)しか知らない。だがトモエもコトリもクルリのことを知っている。


 コトリの言う同級生は分かるが、気になるのはトモエとも同時に言った同期というワード。


「同期?」

「"ノーツ"を診断した時期が近い人のこと」


 特殊能力"ノーツ"があると診断されると、時期に応じたコードが割り振られる。フユキはWB.0、カリンはAL.5.1。このアルファベットが同じ同学年を"同期"と呼ぶ。ただカリンたちは例外で、AL.0.0のクルリとトモエ、AL.0.1のコトリの三人とは違う。


 要は、偶然近い時期に能力が目覚めた縁ゆえに、住まいや学校を超えて関わりが生まれたのだ。



「じゃあ二人は"同期"で組んだんだ」

「私は元々同級生三人で組んでたけど、トモエが組む人いないから」


 トモエが今日急遽エントリーしたいと言い出し、都合がつく人がいないからコトリが元のチームを抜けて条件を満たした。


「アツカ間に合わなかったら戻るよ?」

「いいよ。急に頼んだのこっちだし。でも……」


 ただ元のメンバーのうちアツカが天界に行ってしまった。間に合わなければ元のメンバーが一人で出場できないのでコトリは戻ってトモエを一人にすると告げるも、彼女は了承した。


 ただやりたいことはあり、カリンへと視線を移す。


「私たちと勝負しなさい、カリン」


 "ノーツ"評価Sランク同士、白黒つけたい。アツカがどうであれ、その勝負はしたいと言う。



「順位だとアンタが一位だけど、私の方が強いんだから」

「え、カリン一位なの!?」


 フユキはスマホで"ノーツ"持ちの資料を再確認する。カリンが最高峰のSランクと聞いていたが、その3人の中でも学年トップだと気づいた。そして3位にトモエがいる。コトリはAランクの15人中6位。Bランクのフユキよりずっと上の存在だ。


「……いいわ。受けて立つ」

「私、弱いよ」

「ランクは強さじゃないって」


 フユキは自信を失くした。一位のプライドに傷がつくのを恐れカリンに弱音を吐いたが、彼女は堂々と答えた。


「それに私一人で十分」

「つまり順位が強さってことじゃん!」


 かといって味方としてフォローはせず、任せてほしいと言い切るカリンに、せめて役には立つからと縋った。


 何はともあれ試合に備える。カリンがフォワード、フユキがディフェンスを担当すると決めた。


「とりあえず"ノーツ"を使えるよう改造しよう」

「大丈夫かな……」


 いくらカリンが強いといえど、フユキは相手二人のことを知らない。不安を抱えながら、炎と氷の力をそれぞれのメカに付与した。



「さあキックオフよ!」


 トモエチームのボールで試合が始まった。制限時間は十五分。いきなりトモエが攻め上がる。


「とりあえず……」

「雪? そんなのへっちゃら!」


 フユキはメカを踊らせて風を起こし、コートに雪を降らせる。だがトモエは気にせずメカを走らせる。そこにカリンメカが立ちはだかる。


「ほいっ」

「どこ蹴ってるのさ」


 ブロックに入るカリンメカを避けるようにボールを蹴り出すも、先に味方はいない。と思いきやカーブして、飛び出したトモエメカの足元へ戻ってきた。


「魔球は投げるだけじゃないの!?」

「蹴れるよう改造したもん」


 トモエの"ノーツ"は狙った場所に物を投げる能力。どんなめちゃくちゃな軌道も描くが、それをメカに足技として投入させた。


 フユキメカをも抜き去り、力強いシュートを放つ。


「貰ったわ! 必殺、ヘビーバルーン!」

「甘い! ……くっ、なんてパワーっ」


 戻ってきたカリンメカの足がブロックするも、弾き飛ばし、ネットを貫通しそうな勢いでゴールに突き刺さった。しばらく経ってようやく失速するような、超威力のシュートだった。



「やり過ぎでは? 破ったら怒られるんじゃ?」

「ふふん。コトリがいるから平気」


 改造したのは分かるが、いささかオーバーに感じる。しかしいくら盛ってもいいとトモエは言い張り、そのからくりはコトリにあった。


「そう。私がいると、どんなものも切れない。ゴールネットも、通信も」


 コトリの"ノーツ"は周囲のものを切れなくするもの。だからどんなに強い必殺シュートを決めてもネットは耐える。ただし常時だと不便だからか、手袋をつけると効果が切れる。


「……集中も切れない」

「面白いじゃない」


 コトリは不敵にニヤリとすると、カリンは燃えた。気持ち的にも、物理的にも。さあ反撃のキックオフだ。

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