29話 自立を期待して
先日、姉の武蔵浦春桜から何かしらの部活動に入るよう勧められた広小路冬雪。冗談かつ屁理屈で帰宅部に決めたと言ったら怒られた彼女が選んだのはダンス部。
経験は無いが、運動は得意で、物語を考えることは好きなので表現力にも自信がある。そして何より風を起こす特殊能力を持っているから演技を派手にできる。
だが初日で心が折れた。けれどもサクラの言いつけを守るために退部するわけにはいかず、部員や顧問、もちろんサクラにも内緒で欠席を始めた。幽霊部員になったのだ。
その経緯はというと、フユキは今月から三年生だ。なのにこのタイミングで入部するのは、先月この島に来て編入したため。
入部したばかりでも、立場は最上級生の一員。ゆえに図々しくも率先してダンスのパフォーマンスの意見を出した。
だが尽く却下された。理由はフユキ考案のダンスでイメージする物語が悲しいお話で、踊っていて気分が良くないという意見が多数挙がったため。
そして意欲を失い、けれども退部すればきっとまたサクラに注意される。フユキはもし理由を聞かれたときに備えて、何かにつけて休む理由を作った。自分は特殊能力者だから、他校の能力者たちとの用事を優先する。今日はあの人、次の日は別の人。他人を利用して欠席を正当化した。
そうやって部活に行かなくなり、幽霊部員になって三日目を迎えた。今も放課後の練習が始まる時間。部活に行くつもりで教室を出て、けれども行く気がないので寄り道し、校舎の階段に腰掛けている。
フユキは鞄からメモ帳を取り出す。初日にダメ出しを食らった、ダンスで表現する物語は、日々ブラッシュアップしている。二日目以降は部活に顔出ししていないから、手直ししてからは誰にも見せていない。
テーマは雪女。助けた女性と結婚したら正体は妖怪雪女だったというお話。
元ネタは過去に山で雪女に襲われたことがあって、お前は見逃してやるが会ったことを話したら殺すと忠告を受けていた。このような背景もあって、約束は守るもの、というのがこの物語の教訓だ。
だが曲と踊りでその教訓を伝えるのは難しいのでカットし、妻が実は妖怪だったというコンパクトでインパクトある物語に纏め、代わりにアレンジしてパニックで子どもを突き飛ばしたら二人まとめて囲炉裏で焼け死んでしまうオチをつけた。
元ネタは正体をバラした後、誰にも手を出さず消えたという結末なので、本来よりずっとバッドエンドに寄せているのだ。
悲しい結末に変えている自覚はフユキも持っているが、それが良いとしか考えておらず、大衆へのウケが悪いとは思っていない。
「良い話なのに……お姉ちゃんだったら」
既存の物語を、もしも何かが変わったら、あるいはもしも続きがあったら。今回の雪女みたいな創作は、姉と何度も共有してきた。
駄目と一蹴されたことはない。姉は聞き入ってくれて、ここはこう変えた方が良いと意見をくれた。ただそれが気に入らなくて言い争いに発展したことも珍しくない。
けれどもそんな衝突も含めて楽しかった。今回みたいにやりとりが皆無なことよりも、意見がぶつかり合ってでもやりとりが続く方が、楽しかった。
いつしかそれを普通に思うように麻痺していた。今になって、姉は特別だと気づく。
「お姉ちゃんじゃなきゃ……駄目なんだな、私」
サクラは自立を期待して何かしらの部活に入るよう勧めたのかもしれないが、フユキはもう手遅れと考える。同級生とも、他校の能力者とも、うまくコミュニケーションをとれない。
そんな自分に悲しくなった。この島は色々な特殊能力を持つ人がいて、不思議な出来事が起こる。偶然着いたこの島の新鮮な環境に興味を惹かれて軽い気持ちで移住を決めたことは、間違いだったと思った。
窓から見下ろすと、今日もサクラが一年生と会話をしている。どんな会話かは聞こえないが、きっと以前と同じでお悩み相談を受けているのだろう。
彼女は部活に入らず、かといって即帰宅もしない。始業式に編入した、新入生みたいな三年生。一年生に親近感を持たれる立場を活かして、放課後は生徒の相談を受ける時間にしている。
自分も相談しにいけば力になってくれるのだろうか。そう期待するも、部活を何日もサボっているとは打ち明けるのも怖いから、隠していたい気持ちもある。
一方サクラが受けた今日の相談は、二日前に体験入部に来た三年生が以降一度も姿を見せないという話。フユキが明かさずとも、サクラに知られてしまったのだ。
彼女に不満があるわけではない。フユキが初日に物語を一人で考え、これをダンスで表現したいと熱意を込めて部員に呼びかけていた。
それが実現するのを見たいのに、それから一度も呼びかけに来ず、それどころか部活に姿も見せない。
あれだけ練った物語を踊りでどう表現するのか興味があるから、このままもう見られなくなってしまうのは残念。そんな相談だ。
帰宅後。サクラはフユキを部屋に呼び出して話をした。
「幽霊でも部員だから許されると思った?」
「いや、それは……」
所属しているのは事実だからサクラの勧めには応じた。そう言い訳したいが彼女の顔を見て萎縮した。
「あのねフユキ。無理に入れとは言わない。仮入部もせず帰宅部に入ったって得意気に答えたから怒ったのよ」
部活という場を経験して、精神的に成長できることを期待して勧めた。もし合わなくても、そう実感できたのも経験の一つだと好意的に受け止める。
試しもせず楽な道を選ぶのでは成長にならないから認めなかったのだ。結果的に無所属でも、どこにも行かなくてそうなったのと、行こうとして挫折してそうなったのでは大きく違う。フユキは最初は前者だったが、今は後者だ。だから休むこと自体を責めるつもりはない。
問題は無断欠席を隠していたことと、籍を残して勧めを守っているよう見せかけたことだ。
「すぐ退部して、それを話してくれたら何も怒らなかったのに」
ごまかしに走ったせいで説教が二つ発生した。こうなってはもう笑って済ませられない。
「私に話すノリで、"もし物語"をお出ししたそうね」
「うん……反応は全然だったけど」
サクラは一年生から聞いた話から、フユキの意図を探る。思った通り、本人は至って真剣だった。
「当然でしょう。私たちが異端な方」
「そんなぁ」
サクラは自分含めて、考え方が特殊な姉妹と思っている。彼女も創作はバッドエンドに走りがちで、けれどもフユキよりはマイルド。さっきの雪女を例に挙げれば、焼けた後に雪女とは再会してもう約束は破らないと誓って締める。
フユキは姉の口から、自分と同じと言ってくれたのは嬉しく思ったが、周りと違うと言われたのはショックだった。
「あの出来事が変えてしまったのね。そんなあなたに私は合わせてきた」
二人は元から悲劇は好きだが、フユキの実の姉が落命した出来事を機に、思考は救いの無い別れを求めエスカレートした。元気なダンスが嫌なのもその影響だ。
その後彼女と出会ったサクラは思考路線を彼女に寄せた。心の支えになれるように、そしてもう対立しないために。
「……分かったよね? 今のままじゃ駄目だって」
「今さら何を」
あの出来事をなかったことにできない。それにフユキにとっては忘れることもできない。逃れようのない現実と思い込んでいる。
だがサクラは違う。彼女はフユキの実の姉の生まれ変わり。記憶もあるし、姿が桜に染まっただけで、自覚はある。
そしてその正体を明かしてしまえば、フユキの気持ちは明るい方向へ変わる。元の悲劇好きな子に戻ってくれると信じた。
しかし、サクラはまた躊躇ってしまう。正体を明かすということは、サクラが変装、つまり架空の存在という現実を突きつけることになる。
フユキがそれを望んでいるかが分からない。実の姉と明かすか、今の関係を続けるか。明かしたとて今より良くなる自信がない。実の姉として言い合いになったことが、死別の原因なのだから。
「まずフユキは学校で能力禁止。そもそも持ってないって思い込んで」
サクラはごまかした。ただ、今のフユキでは駄目と言った詳細を話さないと話が繋がらないので、思いつくまま告げる。
周りに馴染むには、周りと違う力を有していることを忘れることから始めればいいと。
「フユキは雪使いだから、それを使うとどうしても冷たいイメージになってしまうのよ」
「そういえば、雪女のお話を思いついたのも……」
せっかく特殊能力があるのだから、演技に混ぜたい。その意識がテーマの選定に繋がった。一方で多くの人はそもそも特殊能力を持たないから、何もないところから選定する。そのためフユキのような能力ありきの考えは、提案されてもイメージが湧かないのだ。
「でもお姉ちゃんは桜の先輩じゃん」
「それは……うん、私も使わないようにする」
フユキは能力を禁止する計画は言い出しっぺのサクラも実践してほしいと思った。現に彼女は桜を纏って移動するから、一年生からは桜の先輩と呼ばれて親しまれている。
この渾名は桜の風を起こす能力由来というよりは、桜が咲く時期に編入してきた新入生のような三年生という立ち位置と、ピンク色で目立つ髪色の一目で分かる外見的特徴が大きく影響しているように感じる。
そうは思うものの同じトレーニングを課すことには賛成なので、サクラも学校では能力を使わないと約束した。
「もし破ったら氷漬けだよ」
「雪女は忘れなさい」
言ったそばから能力絡みの発言をかますフユキに、サクラは不安しか感じなかった。
翌日、フユキは朝練から部活に顔を出した。まずは無断欠席を謝り、それから宣言した。今日の放課後練習が終わるまでに、続けるか辞めるかをはっきりさせる。今までのような幽霊部員になるくらいなら、合わないと受け入れてすっぱり退部すると決意した。
その日の放課後、フユキはどんなダンスをしたいかを考え直してきたと告げ、それはモテるダンスと答えた。
この時点で多くの部員から反応があった。好きな人はいるのか、その人に披露したいのかと迫られるフユキは、まだ話の途中だと部長によるストップに救われた。
元気にカッコよく、そして綺麗に踊れたら輝いて見える。それは多くの人も同意見だろうから、フユキは追加で一つ、個人の考えを用意してきた。これが受け入れられなかったら、今度こそ退部を決意する。
それは、乱れる姿も美しいと思わせるようなダンスをしたいというものだった。
チームの和を乱してでも自分一人が目立ちたいという意味かと誤解され、ぎこちない反応をされるがこれはフユキも想定内。
だからすかさず違うと告げる。
乱れるのは髪と息。連携ではない。
フユキはしょっちゅう髪が乱れる。風を起こす能力があるのも理由の一つだが、それは言わない。
慣れない枕で寝癖がついたり、踊りが激しいと髪が乱れる。そんな髪型は良くない印象だが、真剣に取り組んで髪はボサボサ、息も絶え絶えなら、それは頑張った証。
そういった姿を見せることで、乱れる様も美しいと感じてもらえる。そんなダンスをやりたいと、フユキはアピールした。
これで言いたいことは全部言った。周囲はしんとしたが、拍手と、良い目標と褒める声にフユキは歓迎された。
ホッとし、改めて意欲が湧いたフユキはよろしくと頭を下げる。その様子を陰で見守っていたサクラは、気づかれないよう去っていく。
「ただいまお姉ちゃん! 私ダンス部入ったよっ」
「そう。頑張ってね」
サクラは見ていたとは言わず、けれどもこの結果は信じていたと言いたげな反応で迎える。フユキは見事に変われた。次は自分の番だと、サクラは内心言い聞かせた。
週末、サクラに相談をした一年生らがフユキの復帰を聞きつけて練習を見にきた。前に見た物語の熱弁を見ることはできなかったが、上級生と一緒に基礎練習をする姿に見惚れた。周りより特段輝いて見えた影響だ。
けれどもそう見えたのは汗ではない。実際のところフユキは練習でいっぱいいっぱいになっており、能力を制御できず雪の風が漏れて運動の熱で解けて水滴を撒いているせいであり、本人はヒイヒイ言いながら続けている。夢中で全力を出し切る姿を美しく思わせたいと宣言したことを後悔していた。




