28話 裏に秘めた本心
気づけば四月も後半に突入していた。入学した一年生たちが、どの部活動に入るか決めたか話しながら廊下を歩いていく。
「お姉ちゃんは部活やるの?」
「私?」
武蔵浦春桜は三年生だがここへ編入したばかり。始業式は入学式の前日だったから、この中学校に通った日数は一年生と大差ない。
そんなサクラは部活を始めるのかと、一ヶ月早く編入した妹の広小路冬雪が尋ねる。
「入ったところで半年で引退でしょ?」
「ううん。卒業まで現役だって」
中学校生活は一年間だが、高校受験を見据えて部活はせいぜい半年間。今から入部する同級生もいないだろうから見送ろうと考えていた。フユキも当初は同じ考えだった。
「卒業まで? 受験は」
「うん。ない。中学と一緒で、皆で近所の高校に行くんだって」
「なんで!?」
正確には、私立の学校は中学にも高校にも受験して進学する。だが多くの人は公立を選び、距離や通いやすさで決められた地元の学校に受験なしで進学する。
「特殊能力者が偏るのを防ぐためだって」
「ああ、受験があるってことは学校を選べるから……」
サクラは腑に落ちた。もしも他の地域のように進学先を選べたら、島の一部の特殊能力者が一校に集結することもできる。私立は高額だから、そう簡単にはいかない。
「学校対抗の行事もあるし、バラけている方が盛り上がるだろうって」
「駅伝で一チームが独走してても面白くないものね」
強さを求めれば精鋭を結集させるのは合理的なこと。ただそのせいで番狂わせや逆転が見られることは少なくなる。それではドラマがない。
島内の同学年内における能力覚醒者の割合からすれば、駅伝の優勝校が外国人留学生を無制限に起用できる特権を得るくらいにはバランスが崩れる。
「だから高校を選べない代わりに受験がなくて、気にせず部活に打ち込めるってことね」
「そういうこと」
そして受験を意識しないで済むと、学校生活外にもメリットがある。予備校に時間を縛られることがなく、フユキは自由に春休みを過ごせた。
「だから私、春期講習行ってないよ」
「それは楽な春休みね」
サクラは春休みが半分しかなかった。三月までは天界にいて、毎日が登校日だった。だが天界にいたこと自体をフユキに内緒にしている。サクラの感想は羨んでの反応だとは気づかない。
しかしよく考えれば、受験せず高校へ行けるのは、あくまでもこの島の話だ。
「……高校もここで過ごす気?」
「お姉ちゃんもそうしよう? 楽しいでしょ?」
ここに来たくて来たのではない。特殊能力を使って風に乗って散歩していたら、言い合いで風をぶつけ合って飛ばされて、フユキが漂着した街がここだ。
一方サクラは空の上に飛ばされて、フユキは彼女と再会するまでこの街に滞在することにした。それから一ヶ月後に再会し、元いた街へは戻らずこの島を楽しもうと話をつけた。だがサクラは、その話は中学卒業までのものと思い込んでいたのだ。
楽しいというのはサクラも同感だ。けれども彼女は、フユキが言葉の裏に秘めた本心を感じ取った。
きっと前いた街を忘れたい。死んだ姉、それは自分だが、悲しい出来事を忘れたいためにここに残りたがっているのだと。
「分かった。私も楽しいしね」
だからサクラも、もうしばらくここに残ると決めた。その返事にフユキの表情は明るくなったが、すぐに眉をひそめる。
「仲良い子多いもんね。お姉ちゃん」
「そうだけど、フユキも大事よ?」
特殊能力を持つ者同士という接点から他校にまで関わりを広げるサクラにフユキは嫉妬する。サクラも否定はしなかったが、フユキを思う気持ちは誰にも負けないと自負している。
とにかく進路は決まったので、部活の入部を躊躇う理由の一つ、受験問題は解消された。そこで冒頭の話に戻る。
「カリンはバレーボール部、引っ越してから始めたって」
「へー、前からじゃないんだ」
島の規則の情報源、久里浜華燐は島の生まれだが中一の冬にこの学校に転校してきた。部活は前の学校と同じではなく、新しく始めたという。
「背高いし、スカウトでもされたのかな」
「ああ、あり得そう」
「いいよね、背高いって」
フユキの想像にサクラも納得したが、身長の話からふとフユキの頭上に目を向ける。彼女は自分より背が高いじゃないかと羨み、頰を膨らませた。
「お姉ちゃん、私はどこならスカウトされそう?」
「そうねえ……」
サクラは考えながら、フユキは雪の風使いという既知の情報を捨てた。ルックスや雰囲気など、彼女をよく知らない人の立場になりきって答えた。
苦渋の決断で、フユキが池で溺れたばかりという記憶さえないものとして答えた。
「水泳部かな。実際夏服着てるし」
「ああ、寒さに強いって思われるから?」
外見で目を引くのは、まだ四月だというのに夏用の制服を平然と着ていること。アウトドア系の印象を持たれるから、その類の部からの勧誘が来ると想像できた。
「強いのはそうでしょ」
「まあ、そう思ってもらえるようにアピールしているわけだし」
夏服なのは、それしか無いからというのが一番の理由。これはカリンに借りたもので、自分用は月初に注文したので到着はゴールデンウィーク明け。
けれどもフユキは好都合と捉えた。自分は雪の風を生む能力を持っていることを会ったばかりの人に知ってもらうために、日頃から薄着でいることで体質と能力を紐づけて覚えてもらう算段なのだ。
「でもやっぱり、フユキは中身でアピールできるよ。体冷やしたり枕を作ったり、マネージャー向きだもの」
サクラは外見から伝わる特徴だけで答えたが、スカウトという受け身より売り込みという攻めに出た方が、フユキの良さを活かせると思っている。
冷やす能力と裁縫の特技。見ただけでは分からないフユキの実力は、多くの運動部から重宝されるにちがいない。
そう伝えたら、予想外の反応が返ってきた。
「……お姉ちゃんみたい」
言われてサクラは思い出す。同じやりとりを二年前、中学校に入学した頃のフユキと交わしたことを。そのときはまだサクラとしてでなく、元々の、姉として。
「ううん。私、ずっと前に同じこと聞いたことがあって……答えも同じだったから」
同一人物と知らないフユキは、サクラの記憶にない話と気づくと経緯を説明した。マネージャー向きと言われたのは初めてではない。生前の姉からも言われたことがあったのを思い出し、サクラと重ね合わせてしまったがゆえに、姉みたいだと呟いたのだと。
「そ、そう……偶然ね」
サクラは日和った。今こそ正体を明かす絶好の機会だったが、この少し前に本当の姉の過去を忘れたいものと思い込んだばかりに、ごまかしてしまった。
「でも性格的に向いてないと思う。私がマネージャーなんて」
「それは正直、同感かも」
それはさておき、フユキは無理だと言った。能力や特技の面で適性があっても、それを人のために役立てようという意欲が湧かない。
サクラも提案しておきながら同感だった。雪で選手を冷やしたり個々に適した枕を配る光景はイメージできても、それをフユキがやると思うと、似合わないと思えてしまう。私欲を抑えて人に尽くす様子が想像できないせいだ。
「まあ急いで決めなくていいんじゃない? 私もさっきまで入ることさえ考えてなかったし」
「そうかもね」
受験という壁がなくなったところで、やりたいものが決まっているわけではない。仮入部の期間も終わっていないから、部活をどうするかは宿題にした。
その日の放課後。フユキはサクラを呼びにはいかず、気づかれないよう監視した。サクラは部活の件を保留にしたが、きっと今日のうちに決めてくるとフユキは直感した。そして恐らく、自分に内緒で部を選ぶ。その瞬間を見ておくことで、偶然を装って同じ部に入ることが狙いだ。
サクラが桜の先輩と呼ばれて生徒たちに話しかけられた。フユキの知らない生徒だが、上履きの色で一年生と分かった。どこで知り合ったのかは見当がつかないから、会話に聞き耳を立てる。
話の内容は一年生からの相談で、入部した部活が合わなかったから退部したいが、言い出しにくいという悩み。
するとサクラは、その部の部長の人柄を同級生目線で語った。そして穏便に手続きをするためのアドバイスを送り、準備ができたら付き添うと約束した。
そしてお礼を言われると、今度はサクラが、教室の場所を一年生に尋ねた。その教室は先日行って覚えたばかりだからと、嬉々として行き方を教えてくれた。サクラからもお礼を言うと、役に立てたことが嬉しかったのか一年生の表情が明るくなる。
手を振って見送ると、また別の一年生から話しかけられた。
フユキはどういう経緯でサクラと一年生の関係が築かれたかを考える。彼女は一年生とほぼ同じタイミングでこの学校に編入した。けれども学年は三年生。学校の認知度は一年生並みな一方で、立場は他の上級生と対等。
つまり上級生が絡む悩みにおいて橋渡し役になれる、特殊なポジションにサクラは就いている。
フユキはムッとした。サクラが他校の特殊能力者の次は後輩との距離を詰めている。それも彼女の得意な、相手が打ち解けやすくなれるような要素を交流の導入に添える手口で。
桜の先輩と呼ばれるあたり、きっと一年生の中でサクラは知名度が高いのだろう。春の季節に現れて桜の花びらを風に乗せて歩く人なんて、時期も相まって特徴的なのだから不思議ではない。
今度は一年生から、どの部活に入ったのか聞かれている。フユキと休み時間に話していた通り、まだ決めていないと答えた。
するとその生徒たちが目を輝かせ、一緒の部に入ってほしいと呼びかける。いやこっちの部に、と一年生同士で取り合いになり、サクラもまんざらでもなさそうに抵抗が弱い。
その光景をフユキは奇妙に思った。一年生に勧誘される三年生なんて初めて見たのだ。
ただ一年生からしたらサクラは、ほぼ新入生なので打ち解けやすく、上級生との関わりも取り持ってくれると期待できるから、いてくれると心強い存在だ。誘うチャンスができたら、ものにしたいと熱が入る。
そしてサクラも挙動がうまい。三年生だから入部するのに抵抗があったなんて弱音を見せれば、役に立ちたい一年生は心を掴まれる。演技ではない。状況を完全に利用しただけなのに、理想的なやりとりを繰り広げている。
フユキはサクラに擦り寄る一年生に苛立ちながらも、彼女がどの部活に入るつもりかを教えてくれそうなので陰から応援する。聞き出せたら自分もこっそり入部する。そしたら一年生は用済みなので追い払ってしまえばいい。
そんな邪念を秘めつつ、サクラの言葉に耳を傾ける。
「……私はどこにも入部しないわ」
どの部も選ばない。そうはっきりと聞こえたものの、フユキは耳を疑った。
「私、こうして色んな子と話すの好きだから……放課後は、そういう時間にしたいの」
部活に入ったら、放課後はすぐに練習が始まってしまう。じっくり話すことはできなくなる。どっちの時間を大切にしたいか天秤にかけた結果、サクラは後者を取った。
そんな意見に一年生は残念と思ったが、見にきてほしい日があれば行くと提案すると笑顔を見せた。
なおサクラは内心、フユキと過ごす時間が減らしたくないことも入部しない一因に挙げていた。現に視線を感じる。姉妹の時間を奪うなと圧をかけていると捉えていた。
その結果、一年生がフユキに目をつけられたら可愛そうだ。フユキはきっと彼女らと仲良くはできないだろう。
諸々落ち着いて、サクラは下校を決める。普段より少し遅くなってしまったが、フユキはそこにいる。
「帰ろうか」
「気づいていたの?」
話しかけたのはサクラの方からだった。スマホは家なのになぜ場所が分かったのか考えると、監視していたことがとっくにバレていたのではと疑う。
「冷たい風が吹いたから」
「あっ……」
フユキは嫉妬で雪の風が漏れていたせいと気づくと、監視バレは自分で能力を制御できなかったうえに気づいていなかったミスと受け止めた。
「でもね。フユキには部活、入ってもらいたいな」
「私に? どうして?」
フユキも入部には乗り気でなかった。理由はサクラとの時間を削ってまでやりたいことではないから。けれどもそういう理由とは話していない。
「色んな人と関わってほしいから」
サクラは無所属を選んだ理由に、交流を広める時間を作るという目的がある。そこにフユキも巻き込もうとは思っていない。
自分はそれが部活に代わる交流の場になるわけで、フユキにもそういった環境が必要と思うから、部活への参加を勧めたい。
「……お姉ちゃんがそう言うなら」
そう頼まれると嫌とは言いにくい。フユキは検討すると答えて、翌朝帰宅部に入ると答えて怒られた。




