27話 嫌なだけ
「皆にずいぶん迷惑かけたみたいね」
「うるさい」
武蔵浦春桜は広小路冬雪の部屋の前から問い詰める。フユキは交流会から帰宅してすぐ自室に籠り、サクラが呼びかけても出てこなかった。
それからしばらくして、交流会に参加した知り合いから連絡が届いた。チームなのに協力の意思を示さなかったこと。風を起こす能力があるからと池の上で風に乗って浮こうとして倒れ、溺れたこと。フユキの問題行動をいくつも聞いた。
「出てきなさい。話を……開けるわよ」
帰宅して顔も合わせず塞ぎ込んでいるのも、交流会のトラブルが原因にちがいない。そう勘づいたサクラは、フユキの目を見て話がしたい。
ただ待っていてもフユキは動かないと思えたから、一言断りを入れて襖を開ける。
「えっ何これ!?」
開けた先にもう一枚襖が現れた。よく見ると白く、冷たい。サクラのこの壁の正体がすぐに分かった。
「雪で塞いだでしょ! 開けなさい!」
フユキが持つ特殊能力は、雪の風を起こすもの。あらかじめ入口に浴びせておき、誰の侵入も許さない結界を準備しておいたのだ。
「まったく……」
サクラは怒り、向こうが抵抗するのならこちらも力業で挑むと決心する。数歩下がって足元から桜の風を起こし、ロケットのように発進して壁に頭突きしたがビクともしなかった。
「痛い……」
サクラは頭を擦る。地上に帰るために実践した、地面のように硬い雲へのダイビングに比べたら余裕と意気込んで挑戦したが、甘かった。
「どうかした?」
「ああ、カリン……これ」
叫び声の次は物音がして、久里浜華燐は様子を見に行く。フユキの部屋の前にいるサクラに事情を聞くと、彼女の指差す先を見て雪の壁に気づいた。
「立てこもり? まあ私なら」
カリンは驚いたが自分なら解決できると気づくと、手に炎を宿して拳を壁に打ち込んだ。壁に刺さった手から徐々に炎が広がって、氷の壁を容易く消した。
「ありがとう。それとごめんなさい、あなたの家なのに……」
「平気よ。私も時々焦がすし」
壁を破壊してくれたことにお礼を言いつつ、ただ足元が水浸しになったことにフユキの代わりに謝る。けれどもカリンはサラッと許してくれた。
「これでいい?」
「ありがとう」
カリンも事情を知らない。帰ってきたフユキと会話しておらず、サクラのように知り合いからの連絡もない。
雪の壁を作るほどに閉じこもる経緯をカリンは知らないが、知って巻き込まれるのも嫌だと思った。サクラへの道を開けたら自分の役目はもうないので部屋へ戻った。
一人で突入したサクラに対し、カリンは内心、同行を懇願されなかったことを不思議に思った。
行きたい素振りこそ見せなかったがここは一緒に来てと言われる流れかと身構えていたから、肩透かしを食らった。嫌なだけであって予定があるわけではないので、頼まれれば付き添う気でいたのだ。
「池に近づいたら駄目よ! わた……アヤエお姉ちゃんがどうなったか忘れたの!?」
「忘れてない!」
池にはどんな危険が潜んでいるかは当事者のサクラの次にフユキもよく知っているはず。だがそう言い聞かせたいあまりに、彼女はうっかり正体をバラしてしまうところだった。自分は生まれ変わりではなく赤の他人と装い、ごまかす。
「まあ……覚えていたから、それを思い出して泣いちゃったのでしょうね」
「うん……それも聞いたんだ」
フユキは当初は対抗心が恐怖を忘れるほどに強く、池に落ちるまでは姉の死を意識していなかった。しかし身をもって恐怖を味わった結果で、姉も当時は同じ思いをして、けれども自分は救えなかったことを思い詰め、泣き出してしまった。
なお姉の真相を知らない人は、フユキが泣いた理由は助かった後も溺れたときの恐怖が記憶に刻まれたからと考えて、あえて訳は聞かなかった。
「ゴルフのことよく知らなくて池に注意と言わなかった私も悪いけど……」
サクラはフユキが池で溺れたという話を知り合いから聞いてすぐ、経緯を尋ねた。
結果、彼女が見栄を張ったことが直接の原因と知ったが、出かける前に言っておけば未然に防げたかもしれない。だからサクラは忠告しそびれた自分にも非があると認めた。
「そもそも池で遊んでいた人たちも注意しておくわ。白鳥でもあるまいし」
フユキが池の上に浮こうとしたのは、周りが特殊能力を自慢して水上ゴルフを楽しんでいたから。今回は溺れたのがフユキ一人だけだったが、他にも同様の目に遭う人が出た可能性はあった。
だからサクラは現地にいた全員を叱る気でいる。自分のように、溺れて死んでしまっては遅いから。
「いや、あの場でフユキが言っておくべきよ」
「うん……」
その過去はフユキの目の前で起こった。だから彼女は、池で遊ぶ人たちに張り合うのではなく咎める側に回るべきだったとサクラは告げる。
「でも、助かって安心したわ」
「うん……ごめんね」
フユキに限らず問題行動はあったが、全員元気に帰ってこられたことにサクラはホッとする。だから池の件はもうおしまい。
「で、あなたがチームワークを無視したことだけど」
「ヒッ……」
それはさておき、フユキがBランク仲間と協力しなかったことは未解決。そして許せるものではない。今からじっくりと聞き出す。
スタンドプレーの自覚はあったフユキだが、さっきまでとは違う意味でサクラを怖いと感じ、震えた。
「それもチームメイト、全員私の友達なんだけど」
「知ってる。皆してお姉ちゃんの話をしてたし」
「ふーん」
意図してそう組分けしたのではないが、フユキと同じチームの三人はサクラとも関わりがある。全員他校生だが、前の学校からの知り合いだったり、特殊能力持ちと測定された時期の近い"同期"だったりと縁がある。
だからフユキが彼女らと衝突するのは他人事ではない。その姉であるサクラにとっても問題なのだ。
場合によってはフユキの代わりに謝りたいし、もし誤解なら取り持たないといけない。
そして、フユキもサクラと三人の繋がりを認知していたと話す。つまり確信犯だとサクラは解釈した。それがどんな話だったかは気にしない。
「コミュニケーションの掴みがうまいって褒めてたよ」
「そ、そう……」
サクラは彼女らの話題を気にしないつもりだったが、褒められていたと聞くと少し嬉しく思った。
この島に来たことも偶然で、"同期"に至っては唐突に繋がりが芽生えたから、第一印象は特に意識した。それが好印象だったのは素直に嬉しい。説教するつもりが褒められて、気持ちが揺らいでしまう。
天界で過ごした一ヶ月の成果だと感じた。
「だったらフユキも混ざって私を褒めたら」
「うん。私のお姉ちゃんだってアピールしたよ」
どんなに親しくなったところで所詮は赤の他人。妹である自分が一番親しいのだとフユキは牽制して話に混ざった。
だがそのとき、フユキは自分も周りと同じだと気づいて自信をなくす。
「……でも私も同じだ。会ったのが一年早いだけで、結局は赤の他人……」
「それは」
実の姉はもういない。それでサクラが姉代わりを務めている。そんな日々が続いたからフユキは彼女を本当の姉のように思っていただけで、実際は池で出会った他人だと思い出す。
サクラと過ごした時間が少し長いだけで、他人を見下せる立場ではなかったのだ。
サクラは迷った。今なら正体を明かすには良いタイミング。実の姉の生まれ変わりだから、本当の妹だと胸を張っていい。そう繋げるシミュレーションはできている。
だが声が出ない。何せサクラはかつて、フユキと何度も喧嘩した。
今はサクラとして関わっているから、フユキにとって自慢の姉と思って嫉妬してくれているのかもしれない。そこで正体を明かせば、これまで築いた親愛度が台無しになってしまいかねない。
「まあ、だからって他の子にもそうやって心を掴むのは嫌。この妹たらし」
「いや、別にそんな……」
フユキは勘繰った。初めて会ったときにサクラが姉代わりに名乗りを上げたのも、それがベストな掴みと目論んでの対応だったのではないかと。実際のそのおかげで姉を失った悲しみを堪えられた。
だがサクラにとっては自分は特別ではないと仮定したら、ところ構わず相手の心を揺さぶって姉らしく振る舞っているように思えた。当然そんなもの濡れ衣だ。
「お姉ちゃんがいけないんだよ。私を特別に思ってくれないから」
「あの……フユキ……」
フユキがチームに溶け込まなかったのは、各々が姉と親しくやっていることへの嫉妬。そしてその感情は収まっていない。
そうと自覚なく接するサクラに、我慢がきかなくなった。問い詰めるように迫る顔に、冷たい風。
「……なんてね。びっくりした?」
フユキは微笑み、元の位置まで下がった。脅かす演技はもうおしまいと言わんばかりに、ケロッとしている。
「そういうのは作り話だけにして」
「もちろん。あ、でも今ので良いの思いつきそう」
サクラは安堵しつつも、もうやらないよう咎める。シチュエーションは悪くないが、実感するのは勘弁と思い、創作の展開に留めてほしいと訴えかける。
すんなり引き下がるフユキにホッとしつつ、物語ができたら聞かせてほしいと興味を持った。
「で、話を戻すけど……お姉ちゃんトーク、すぐ終わっちゃったんだ」
「そう……まあ本題はゴルフだものね」
そして当初話していた、なぜフユキはチームワークに非協力的だったのかの弁明に戻る。姉の話題で盛り上がっていたのも癪だが、別の人に興味を持っていかれるのも気に入らなかった。
だがそう思うのはフユキだけであり、サクラはそれが普通と捉えた。そもそも彼女はゴルフと無縁で、参加者でもない。競技自体や他の参加者へ話題がシフトするのは、むしろ交流会として良いことと思えた。
「だから教えてやりたかったの。それぐらいお姉ちゃんにもできるって」
「私のことはいいから」
ここで池の出来事に繋がる。本来は避けるべき池でも、水面に立てる能力があれば普通はできない水上ショットを体験できるという、けれども沈んだボールを拾うので一打分のペナルティが課されるからメリットのない作戦でフユキの周りは賑やかになった。
水上に立てなくても、水面ギリギリに浮けばほぼ再現できる。そして雪と桜の違いはあるがフユキとサクラは風を使って同じ芸当が可能。
サクラのことをそっちのけで盛り上がるのが気に食わなかったフユキは、姉の話題に引き戻すために、それは姉にもできると証明したくなったのだ。
「でもそのせいで、風から落ちて溺れたんだけど」
「まったく……そんなの練習してないから当然でしょ」
風に乗って空を浮遊するのは得意だ。けれどもそれは、もし風が乱れて踏み外しても、地面とは距離があってリカバリーが効くから安全なのであって、水面スレスレを飛ぶとそうはいかない。バランスを崩した瞬間に落水だ。
かといって練習しようなんて話にはならない。むしろ一層、地面や水面からより離れるよう注意したいくらいだ。
「だいたい事情は分かった。皆には私から話しておくわ」
「また私お留守番?」
フユキへのお説教は終わり。後はサクラの方から関係者に話をと思ったが、フユキはそれを、また自分を除け者にして密会をする口実を作るつもりかと疑った。
そこまで疚しいことはサクラは考えていない。ただフユキも居合わせると余計なトラブルを生みそうなので待機させる予定なのは事実だ。
「そういう所。余計な想像が、堂々巡りを生むのよ」
フユキの嫉妬がトラブルを生み出し、後始末がまた新しく嫉妬を招く。そんな負のスパイラルを発生させてはいけないから、フユキに我慢するよう呼びかける。それができれば連鎖は断ち切られる。
「じゃないと私、フユキが心配で仕方なく……」
ここまで抑えていた感情が、言及した途端に溢れてくる。フユキが池で溺れたと聞いて、けれども無事だと聞いて、その感情の揺れが最悪の事態を想像させた。
もしも助かっていなかったら。それも知らない間に命を落としていたら。自分と同じ苦しみを妹も味わうのかと思うと、心が締めつけられる。
「……ごめんね、お姉ちゃん」
フユキは反省した。姉をアピールしたかったのが、逆に心苦しい思いをさせてしまった。こんな顔の姉は人に知られたくないと思うと同時に、自分は特別と実感でき、対抗心も薄まった。
自分にとってのサクラは姉代わりの他人ではない。そう思い直し、発言を撤回する。
「やっぱりお姉ちゃんは赤の他人なんかじゃない。私のお姉ちゃんだよ」
そう微笑むフユキに、サクラはホッとした。この笑顔を守りたいと、改めて決心した。




