26話 何をするのかと
新学期が始まって最初の週末。広小路冬雪はBランク女子の交流会でゴルフ場に来た。先日加入した人も加えて八人。加入順の前半と後半で分かれて四人一組のチーム戦。
その名もスクランブルゴルフ。チーム全員で順番に各々のボールを打ち、飛ばした先から一つ選び、次はその付近からもう一度順番に打つ。これを繰り返して、どちらのチームが少ない打数でカップインできるかを競う。
加えて、各自が持つ特殊能力の使用は自由。むしろその能力のアピールが、こういった交流会の目的。自分を知り、お互いを知る。
失敗してもチームの誰かがうまく打ってくれればいい、初心者に優しいルール。加えて味方の応援やフォローをし合って、チームワークを高めることも期待できる。
なら加入順で区切ると関わりがある時期の長さで前期組が有利だが、時期の近い方が今度関わる機会が増える傾向があるということで、混ぜずに前半後半で組んでいるのだ。
そしてフユキのチームメイトは以前いた街からの知り合いの保土ケ谷風と、今月になって知り合った水天宮千城、そして今日が初の顔合わせの川口青空澄の三人だ。早速チームで分かれて、雑談しながらスタート地点に移動している。
前の街からの知り合い同士と、四月加入の"同期"同士。チームの中でも自然に二人ずつに分かれていたが、後者の会話で流れが変わる。
「へー、サクラと遊園地に」
「そうっ。楽しかったよー」
フユキの姉、武蔵浦春桜はAランクなのでこの場にいないが、四月加入でチシロ・アスミとは"同期"の仲。
始業式の日に加入したアスミは、自己紹介の際にジェットコースターに携わる仕事に就くのが夢と話したのをきっかけにサクラに遊園地で遊ぼうと誘われ、その日に二人で満喫していた。フユキは留守番。"同期"ではないためにサクラに断られた。
その日の話を"同期"に話しているのが聞こえ、フユキはピクッと反応し顔を二人に向ける。だがそれだけで、会話に混ざろうとはしなかった。
「私と会ったばかりなのに、どうしたら喜ぶかが分かるようなエスコートでね」
「あ、それ分かる!」
アスミは始業式の後、あのタイミングでグループチャットに自己紹介を投稿すれば良いことが起こると直感して実践したが、期待以上の反応をサクラはしてくれた。
チシロも共感した。彼女はアスミより少し早い四月一日が初対面だったが、同い年に上のきょうだいがいることを特殊能力者リストでリサーチ済だったサクラが、自分も同い年の下のきょうだいがいる似た立場だということから話してくれて親しみを持てた。
二人はサクラの、コミュニケーションの積極性とチョイスする話題の良さを褒め、共感していた。
「あのとき着てたの、私の制服なんだよ」
「えっ、どういうこと!?」
「サクラこっち来たばかりで制服なくて、私は前の中学のを持ってきてたから」
「へー」
クルリは二人の会話に混ざった。アスミと行った遊園地。そのときサクラが着ていた制服は、自分が貸したものだと明かして。
狙い通りアスミは食いついた。二人の関係は特別なのかと動揺したが、特にそんなことはない。
「私も混ぜて。サクラのこと話せるよ」
中学がバラバラの三人だが、サクラという共通の知り合いがいる。打ち解けるためにも良い要素と各々が考え、この場にいないサクラ絡みで話し合うことになった。
「フユキもどう? サクラの妹さん」
かといってフユキを除け者にするつもりはない。むしろ彼女が最もサクラに近い存在。クルリは彼女も会話に混ざらないかと問いかける。その立ち位置をアスミたちに聞こえるような言い回しで。
しかしフユキの反応は三人の期待と違った。冷たく、嫌そうな目を向けられた。
「私のお姉ちゃんが? どうかした?」
自分の姉の話題で盛り上がっていることが気に入らないフユキは、混ざる気がないばかりかこれ以上三人が話すことさえ許さないと圧をかけた言葉を放つ。
「羨ましくない?」
「ねー」
だがサクラを姉に持つことを羨ましく思われて、嫌な気持ちは吹き飛んだ。得意気に微笑み、鼻が高くなる。
その頃サクラは心配していた。フユキがアスミたちと会うことは聞いている。嫉妬して揉めないか不安な気持ちでいっぱいだった。
「誰から打つ?」
「私やりたい」
トップバッターに名乗りを上げたのはチシロ。試したいことがあり、うまくいけばチームで一番いいショットになる自信もある。
そこでまず素振りを繰り返し、三人に説明する。
「私は触れた物を鉄に変えられるから、クラブを重くできるの」
「グリップとかゴムだし、そうね」
形状やサイズが同じなら、すべて鉄の方が密度が高く、重い。パンチと同じで、重いショットほど威力が出て、ボールは遠くへ飛ぶ。
「でも重いと振るのは大変じゃない?」
「いや、近づけば軽いので十分だし……」
「そうだけど、当たる直前に変えたらいいんだよね……」
ネックは負荷。ただゴルフは常にフルパワーで飛ばすスポーツではない。ホールに近づくにつれて加減する。なら最初の一打の負担が大きくてもさほど支障は出ない。
だがチシロ自身、極力軽減したい。そこで瞬時に鉄化できる性質を活かし、ボールを打つ直前に鉄に変えることで負荷を減らした最大威力のショットを実現しようと考えている。
「だったら私が合図するよ!」
「本当!? お願いするね」
タイミング勝負なら自分の得意分野だと、アスミが名乗りを上げる。実際、彼女の能力は成功するタイミングが分かるというもの。どの瞬間に合図すればチシロがドンピシャで打てるかが直感で分かるので、二人の協力で最大効率のフルショットの実現できるのだ。
「飛んだ!」
「お見事!」
そして連携は噛み合い、相手チームよりずっと遠くへ飛ばせた。
相手チームは残り三人にもチシロほどの威力を出す策はなく、一打目は後半組のリードで終わることが確定した。最後の打順はフユキ。だが他の三人は、彼女がどこへ飛ばそうとチシロのボールを二打目に採用するつもりでいる。
「さ、て、と」
「何それ!?」
油断していたらフユキの準備に気づかず、彼女が引きずるヘッドが異様に膨らんだクラブに驚愕する。
「凍らせて重くしたんだよ」
「そんなの振れないって」
「あれを超えるために」
フユキは雪の風を一点に浴びせて、氷を付着させていた。サイズ自体を変えることでチシロの鉄化クラブ以上の質量となったが、彼女のように瞬時に変えることはできない。その重いクラブを振るパワーがないと、打つことさえ不可能だ。
「さあ合図して」
「無理よそんなの!」
この致命的な問題点にフユキの策はない。アスミならうまく打てるタイミングが分かるだろうと丸投げにしている。彼女の返答はノー。実現の可能性がゼロの挑戦は、タイミングで乗り越えられるものではないのだ。
「いやあれで十分だから」
「負けたくない」
「負けじゃないよ。チームだよ」
現段階でリードできるのは確定しているから無理しなくていいと呼びかけても、それはルール上そうなるのであってフユキの中ではチームメイトすら敵。
「私一人で勝ったってお姉ちゃんに自慢する」
その決意の原動力は彼女の姉絡みで和気あいあいとする面々への対抗心。そして今回のルールでは、チームに一人うまく球運びできる人がいれば勝てる点を悪用し、味方に頼らず一人で勝つと決めたのだ。
「それに私なら、できる」
改めて決意を口にするとアイディアも浮かんでくる。スイングのタイミングをアスミに頼る必要もない。クラブを凍らせるために起こした雪の風。それを地面から吹かせれば、重いクラブを筋力プラス風圧で振り上げられる。
宣言通り持ち上がり、そして振り下ろしたクラブがボールをグラウンドに沈めた。
「私の能力は助走しないと意味ないから使えないね」
「してもいいみたい。助走」
「本当!?」
クルリは加速すると体が風と同化する能力なので、立って打つゴルフでは機能しないと呟く。するとチシロは検索して、走って打つのは反則ではないと教え、実践している動画を見せる。アスミも気になって覗き込む。
テレビで見るのはいつも止まって打っているからそう先入観を抱いていたが、それは精度が落ちたりそもそも空振りしたりと実現が難しいからであって、禁止されているからではなかった。
そうと分かるとクルリはテンションが上がり、動画で見たような小走りではない全速力で試す。
結果、ボールはクルリもろとも風になって消えて無効となった。
フユキはクルリの発想からインスピレーションを得て、二度目の自分の番になるとグラウンドの一部を凍らせて、氷の道を作った。
今度は何をするのかと戸惑う仲間をよそに、凍らせていない普通のクラブを振り上げて、アイスホッケーの要領で助走をつけた。
「そこ!」
この打法ならアスミにはナイスショットのタイミングが分かる。打ち合わせなしで叫んだがフユキは反応して振った。ボールは真っ直ぐ飛び、理想的なコースを描いた。
「良いじゃん! ナイスコンビネーション」
「ふん」
フユキは意地になりアスミにお礼は言わない。一打目の前に合図しろとは言ってしまったが、今のは自力でもちゃんと打てたと思っている。
姉に甘えるような連中の手を借りるまでもないと、見栄を張り続ける。なお二打目もフユキの球が採用された。しなければ反抗してくるように思えたとかではなく、単純に位置が良かったからだ。
「今度は掛け声いらないからね!」
「う、うん……」
三打目。フユキは二打目と同じ要領で打つがその前に、合図は不要だとアスミに言いつける。その圧に驚くも言う通りにしようと考え、うっかり叫ばないよう背を向けた。
「あれ、あっち……」
体の向きを変えてちょうど見えたのは、池相手チームの池ポチャ、打球が池に飛び込んだ瞬間だった。
「余裕で勝てそうね」
「やったー」
「!?」
そう勝ちを確信した矢先、相手四人が揃って歓声を上げていてアスミは意図が分からず困惑した。
アスミはルールを思い出す。これは四人でベストの打球を選ぶ。選ばない三人は極論どれだけふざけても影響がないから、わざと池ポチャを狙ったとも考えられ、納得した。
「じゃあここから打つね」
池の畔のボールピッカーを使って、沈んだボールを拾う。採用したのでルールに従い、打った回数に一追加して、落水地点より手前から打ち直し。だが手前であればどこでも良い。
チームの一員の羽生鵠は水上に立つ能力を持つ。池の上に立って、ボールも池に浮かせて、そのまま打ってグリーンへ乗せた。
「そういえば前サッカーボールでサーフィンしてたね」
フユキは先月にクグイと面識があり、そのとき彼女の能力を知った。だから彼女が、触れていない足元のボールにも手を繋いだ仲間も浮かせられることにも驚かない。
「水に浮かぶのってどんな感覚なのかな」
「確かに気になる! 終わったらお願いしようっと」
「あ、私も私も」
勝負が終わった後にクグイに頼んで水上ショットを試したい。フユキ以外の三人は盛り上がっていた。
それから何打か続けて、後半組の勝利で幕を閉じた。
けれどもフユキは気に入らなかった。さっきまであんなにサクラのことで賑やかだったのに、もう別の相手に夢中になっている三人にムッとした。
「見てな! それくらいお願ちゃんにだってできるって、私が」
水に乗ることはできなくても、風で体を浮かせて近い芸当はサクラにもできる。本人はこの場にいないが、同等の能力を持つフユキが実現すれば、それが証明になる。
だが調整に失敗し、フユキは池の上で風から落ち、溺れてしまった。すぐに助けられた。
チシロが池を鉄に変えてフユキが顔を出した状態で固め、追いついたクグイが体を掴む。鉄化を解除すると池に浮いたクグイがフユキを引き上げて、外に運ぶ。無事に救助に成功した。
「皆、ありがとう……」
「まったく……でも、良かった」
危険な行為を責めたい気持ちもあるが、間に合ってホッとした気持ちが大きい。このときフユキは反省した。助けてくれた皆のことを、姉絡みで敵視していた自分が悪かったと思い、謝る。
「ごめんね。私ずっとお姉ちゃんのことで意地になってた」
「いいって、そんなこと」
スタンドプレーに走っていたことも、済んだ話。嫌いになったり、根に持ったりしていない。
同時に、かつて池で溺れた実の姉に何もできなかった自分を思い出し、叫ぶように泣いてしまった。




