25話 なくて困らない
「じゃあまた後で」
「うん、また」
中学三年生に進級して二日目。武蔵浦春桜は自分の教室に向かう。久里浜華燐と広小路冬雪に手を振って、教室に入りクラスメイトにおはようと挨拶をした。
フユキも自分の教室に入る。
カリンは意外そうに眺めた。てっきり彼女はチャイムが鳴るギリギリまでサクラと一緒にいたがると思ったが、しっかり姉離れできたようで安心した。
「よいしょ」
フユキは席に着いて、鞄から枕を取り出す。カリンはビクッとした。今まで持ち込んでいたこともなく、今朝用意している所も見ていない。何より校則違反な気がする。
カリンは咄嗟に自分の鞄を確認した。フユキに枕をこっそり入れられていないか。もしあったら先生に見つからないように隠さないといけない。
結果、余計に入れられていた物はなかったので安心した。そしてフユキに見つからないよう、サクラの元へ向かった。
一方、フユキは堂々と枕に顔を埋める。眠くはない。ただこの枕は、サクラの背中を再現して自作したもの。他にも腕や膝、肩、胸、尻と色々ある。ただ全部持ってくるのは鞄に収まらないから、持参したのは背中だけ。
背中を型取りした枕を椅子の背もたれに立てかけて、挟むように寄りかかる。これで気分は、姉とお互いの背中にもたれ合う。
背中合わせは一見冷めた関係のようで実は寄り添いたい、それは昨日の二人を表している。"同期"と仲良くなりたいという名目でフユキを置いて遊園地に行ったサクラの二人を。
フユキは教室でサクラに会えない分を枕で補い、使う形はその日の気分で選ぶ。姉と再会できてもクラスが離れた悲しみは、こうして紛らわせるのだ。
「あの子、学校に枕持ってきてたけど知ってた?」
「ううん」
カリンはサクラの席に行き、周りに聞こえないように尋ねる。しかしサクラは首を横に振った。用意する姿を見たこともなく、その話を手紙で聞いたこともない。
「とにかく、あなたも中見た方がいいかも。こっそり詰められてたり」
「なかったと思うけどな……」
カリンの家で準備するときも持ち歩いているときも違和感を抱かなかったからその線はないと思いつつも、確かめて損はない。中には新しい教科書、ノート、筆箱、写真。自分で入れた物しかない。
「うん、異常ないね」
「……」
フユキの寝顔写真が何枚も出てきたことに、ツッコみたいたい気持ちと見なかったことにしたい気持ちがせめぎ合い、普通でいたいカリンは後者、すなわちスルーを選んだ。
「撮ってこようっと」
「待って、学校ではスマホ禁止よ」
サクラは新しい寝顔をコレクションに追加したい好奇心で動くが、カリンが引き留める。スマホは登下校時に家族と連絡をとるときなど、限定的かつ妥当な理由があるときのみ使用を許可される。
寝顔を取りたいのは理由として駄目なはずだ。
サクラが撮影したとして、カリン自身が迷惑することはない。だが普段一緒にいる同級生が問題行動を起こすのは、目立つので嫌だ。だから引き留めた。
「枕持ち込みは校則違反。証拠写真を残すため仕方なく」
「ああ、そう……」
カリンはサクラの言い分が本心とは思えなかったが、もう好きにしてくれと投げやりになり、通した。その読み通り、彼女は下心満載で早足で教室を出ていった。
「これは防災頭巾です!」
「証拠を撮るためで!」
じきに隣の教室から二人の叫び声が聞こえた。大方、先生に見つかって言い訳をしているのだろう。カリンは他人のふりをして、その教室に向かい自分の席に着いた。
「没収された」
「なんとかしてよカリン」
「私関係ない」
枕とスマホを押収されたフユキとサクラがカリンに縋る。どうすれば返してもらえるかは、二人が編入する前からこの学校にいる彼女の方が詳しい。
「それに没収されたことないし」
だがカリンは対処法を知らない。何せ校則違反を犯したことがないのだから。そして、他に誰なら知っているかを教えることもできない。そういう人とは関わらないようにしてきたから。
「何より、なくて困らないでしょ」
だがなんとかしてと言われたことに対し、何もしなくていいと答えていいと思った。枕もスマホも学校で使わない。スマホは帰るときに返してもらえるだろう。
「放課後、職員室に行ってきなよ」
無難な対応を提案し、けれども相席するつもりはないので、行ってどうするかは二人に委ねることにした。
「私たちじゃ返り討ちだよ」
「カチコミに行けとは言ってない!」
戦力として求められたことに戸惑い、普通に謝りにいくよう説明する。学年一位のランクと評価された特殊能力は、そんなことのために使いたくない。
「スマホはともかく、枕は正攻法じゃ取り戻せないと思う」
「諦めなって。また作ればいいじゃない」
フユキは謝るだけで枕は返ってこないと思っている。カリンも同感だ。
けれどもフユキのように力業で挑むことには反対。枕を取り戻した後のことを考えての意見だ。
「三位一体で奪還できたとて、枕なんかと引き換えに明日から揃って問題児だなんてごめんよ」
「なんかって何!?」
持ち込み禁止の押収品を取り返しに職員室に突入し、腕っぷしと特殊能力で強硬手段に及ぶ。計画が成功しようと失敗しようと、実行犯として名が残る。
それはカリンの望む、普通とはほど遠い。フユキが作った枕の一つを手に入れるだけが成果なら、尚更だ。
だがフユキが異議を唱えたのは、その成果を些細な物扱いされたことに対してだった。その憤りに、サクラも驚いた。
「あれはお姉ちゃんなんだよ!」
「は?」
「違うわよ?」
カリンはフユキの枕がどんな物かは知っている。姉と一緒に寝ることがなくなって、夜の寂しさを紛らわせるために作った、姉の体の一部を模した形状と質感の枕だと。
「また作ればいいでしょ?」
「あれは……あれはお姉ちゃんの」
カリンはその枕を、量産できる物と考えている。失ったらまた同じのを作ればいい。手間だが、取り返しにいくよりは無難な判断だ。
けれどもフユキはそう思っていない。同じ物は作れない。あれじゃないと駄目と言い張る。
「……ごめん。そんな貴重な素材だった?」
カリンは謝った。フユキが部屋でいくつも形状の違う枕を作っているのは知っているから、造作もない作業と思っている。けれどもそれは勝手な思い込みなのかもしれない。
素材の問題で新しく同じのを作れないのなら話は変わるので、また作ればいいなんて軽はずみな発言は撤回したい。
なおサクラは首を傾げる。フユキが使っているのは、ホームセンターで売っている素材。量産できるのは事実だ。
「お姉ちゃんに置いていかれた悲しみを込めて作った、たった一つの枕なんだよ!」
同じ素材を使っても、前と同じ物は作れない。作るときに込めた思いは、サクラと離ればなれになった悲しみは、再会した今は抱えていない。
「そっくり作ったつもりでも、何か違うって感じるみたいな?」
「ああ、そういう……」
サクラの解釈でカリンはフユキの考えが分かった。自分も同じような経験がある。書き初めで一度うまく書けたのに、それから何度やっても満足いく形にならない。何枚か書いて一番出来がいいものを提出する際、この文字だけはボツの方が綺麗でもったいなく思ったことだ。
「……ならそう言って返してもらえば?」
枕を返すかの判断を下すのはカリンではない。学校に持ってくるのはいけないことだが、大事な物だと伝えたらきっと返してくれる。そうしたら騒動になることなく解決できる。
「カリンの実力を見たいのに」
「嫌よこんなことで!」
だがこれはフユキの策略。カリンが特殊能力を発揮して無双する姿を見たいがために、強硬手段へ誘導している。本当の狙いを聞いた本人は、絶対に行かないと断固拒否した。
「教科書見せて」
「忘れたの?」
「あ、持ってた」
フユキは隣の生徒に聞いた後で、自分の教科書があることに気づく。春休み前まではカリンに見せてもらっていたが、進級して昨日、皆と一緒に教科書が配布された。ついでに席替えもあり、誕生日順に割り振られたので半年離れているカリンと席が離れた。
だから今日からは見せてもらわなくてもいい。尋ねてしまったのは、先月まで体で覚えていたせいだ。
一方サクラは自分の教室に戻って、隣の席のクラスメイトに教科書を差し出した。しかし自分のを持っていると言われて、引っ込めた。彼女も彼女で、先月の癖が出た。
天界にいた頃は居候先の同級生の鞄にノートを入れさせてもらう代わりに持って登校し、隣の席に着いて教科書を見せていた。見せる側の動きだが、実際は見せてもらう側だ。
見せてもらわなくていいフユキと、見せなくていいサクラ。お互いが真逆の理由で、人との関わりを絶たれて飢えていた。
決戦の放課後。サクラとフユキは回収された持ち物のけじめをつけに、職員室へと乗り込んだ。
防災頭巾は学校の備品のヘルメットがあるので不要。小学生の頃に頭巾なのは首に負担がかかるのと在学中に身長は伸びてもサイズを合わせられるからで、中学以降はそれらの利点を活かせないのでより保護に長けたヘルメットの方が適している。
などといった理由からフユキは枕の持ち込みを禁止され、けれども特に理由を話さずとも返してもらえた。
サクラのスマホに関しては、校舎の窓を叩き割るなどの問題事を瞬時に証拠として残すための持ち歩きを目的としても、登下校時以外の使用は駄目と言われた。
証拠撮影とはいえ他人を簡単に撮影する行為が浸透すると犯罪の線引きが困難になる。違反の証拠を残す姿は、第三者に盗撮の証拠として残されてしまいかねない。
学校内に限らず、他人のトラブルの瞬間を撮影・録画するのは控えるようにということで話をつけ、スマホを返してもらった。
「道徳の補習受けた気分」
「返してもらえてよかったじゃない」
昇降口で待っていたカリンは、大事にならずに二人が目的を果たせたことに安堵した。
「枕なんて無くても、本人に頼めばいいじゃない」
「だって教室違うし」
「写真撮れないよ」
フユキは職員室で、枕をもう持ち込まないであげる代わりにサクラと同じクラスにしてほしいと交渉したが、要求を飲んでもらえず持ち込みも駄目と返された。
だからサクラの代わりが必要と主張し、一方でサクラは、仮に一緒のクラスであっても枕でないとフユキの寝顔を撮れないと主張する。こちらも結局、学校内でのスマホ禁止を撤廃できなかったから実現不可能なわけで、つまり二人の問題は解決していない。
「……で、こうなると」
帰宅後、一緒に寝る二人をカリンが撮影することで二人の願いは叶った。
「今日は枕ないか見せなさい」
「入れてないよ」
翌朝。カリンは出発前にフユキをチェックした。今日は枕を鞄に入れていないかを、中身を見せてもらって確認した。
「サクラはスマホ、置いてきたかしら?」
「え、持ってるけど」
「使わないでしょ」
そしてサクラには、スマホを持っていないか尋ねる。登下校の間は使用許可が下りているものの、三人とも必要になる場面はない。徒歩通学で、送迎も頼んでいない。クラスは違えど、直接口頭で連絡を取れる距離だ。
「でも一昨日みたいに連絡くるかもだし」
だが不要なのは三人内での話。サクラは始業式の後に、グループチャットで他校生のメッセージに気づいた。学校を出た直後に読んだから、すぐ連絡を取り合えた。
帰宅してからチェックするのでは遅い。今後同じ状況になったときに備え、サクラは携帯したいと言う。
「そのせいで私はお留守番だったよね。行くよ」
「あっ、ちょっと」
よその子と繋がるために持ち歩きたいサクラに、フユキは独占欲で反対した。もう二度とサクラには学校にスマホを持っていかせまいと決心した。
「学校にいるときくらい私を見て」
「家でも一緒なのに何を……」
カリンは思わず突っ込んでしまったが、振り向いたフユキの冷たい視線に失言を自覚し、目を背ける。
これからこんな二人に振り回されるのかと思うと、カリンは始まったばかりの新年度に嫌気が差した。
登校後、フユキはヘルメットのスポンジを細工してサクラの腕枕を再現し、自席で被ってうつ伏せで実感して、また叱られた。カリンは極力見ないようにしていた。




