24話 盛り上がったところ
武蔵浦春桜は始業式の放課後、普段より早い下校ということで川口青空澄を地元の遊園地に誘った。ぜひ行きたいと返事があったので、到着を駅の改札前で待つ。
「あの子かな?」
二人は初対面だが、能力測定器でお互いに顔と名前は知っている。だがサクラはアピールを躊躇う。もしも人違いだったら恥ずかしいから、手を振ったり声をかけるのを躊躇った。
「あなたよね!?」
「えっ、はい!」
しかしアスミは躊躇なくサクラに駆け寄り、待ち合わせ相手か確かめる。その言動は確信しているかのようだった。その勢いにサクラは戸惑うも、間違いではないから頷いた。
「私もそうかもと思ったけど、見間違いだったら怖くて」
「私こういうの得意なんだっ。こう、直感で」
人を当てるのは得意だとアスミは胸を張る。見渡すうちに、この人だ、と直感がはたらき行動に移す。するとうまくいき、それができるのが自分の強みと自覚している。
「改めて、私はアスミ。今月から編入した、歌神中学校のBランク」
「私はサクラ。私も今月からここに住んでるのよ」
「奇遇ね!」
アスミが最近この島へ引っ越してきたことは、グループチャットへの自己紹介で聞いていた。そこでサクラは、自分も同じだと伝える。今は四月だから、珍しくはないとアスミはすんなり受け入れた。
一方サクラは、色んな意味で奇遇だと内心共感する。実際のところサクラは新年度の編入は偶然で、そもそもここへ来たこと自体、狙ったものでもないからだ。
それから二人はバスに乗り、隣り合わせに座って遊園地へ向かう。乗車時間は十分だ。
「来たのは一日だから、春休み中に色々周ったの」
「そっかー。私は来たばかりだから」
アスミは住居の手続きを元いた学校に任せていたので、春休み終わり間際に来訪した。もう少し早めていれば、休みの間にサクラとも遊べていたと思うと、もったいないかったと感じた。
「私は風を起こせるから、座るだけでジェットコースター乗ってる感覚を味わえる」
「えっ、凄い!」
「じゃあ行くよっ」
サクラは席に着いたまま能力を発動し、強い向かい風を自分たちに浴びせる。まるでバスが猛スピードで前進している感覚が走り、絶叫して運転手に叱られた。
「来るまでにネットで調べてきたよ」
「準備いいのね」
アスミはサクラと合流するまで電車移動の間に、スマホで遊園地のアトラクションに目を通していた。すでに行きたい所の優先順位も決めている。
「けど思ったより混んでいる」
「考えることは同じね……」
けれども混み具合は分からず、そして想像以上だった。バスを降りてアウトレットモールを突っ切って現地に着いて、目の当たりにした。
今日は平日といえど始業式。半日で学校を終えた児童、生徒の姿が多い。アスミが来るのを待っている間に、隣町からも客が来ていた。
「それに入場無料だし、ちょっと見にきたって人もいるのかも」
入場へのハードルの低さも、混雑っぷりに拍車をかけている。料金はアトラクションに乗るときに支払う。だからとりあえず入ってみようの感覚で来園する人も多いのだ。そして混んでいたら一旦出てモールで時間を潰すこともできる。
「先にご飯食べよっか」
「いいけど、混んでない?」
「大丈夫っ」
給食がなかったので昼食はまだ。遊園地の出入りが自由だから、先に寄って少ししたら空いた頃合いに遅めのランチをと考えていた。だがアスミは思いつくままに行動に移し、サクラの手を引き早足でモールへ引き返す。
「やっぱり人いっぱい」
「先選んでて。席取ってくるね」
席はアスミ一人で探す。その間にサクラが注文して、済んだら交代してテーブルの荷物番。その計画で分担する。
あまりに彼女が自信満々だから、サクラは気にせず店の列に並ぶ。
「お待たせ」
「早っ! 今連絡しようと思ったのに」
会計を済ませ受信機を持ってきたサクラが声をかけてきた。
アスミは来た時点で空いているテーブルを見つけていなかった。だが今行けば確保できると能力で直感し、帰る客と入れ替わりで座れた。
そしてさっき連絡先を交換したサクラに席の位置を教えようと文字を打ち込んでいたところで、向こうが先に見つけてきたのだ。
「私もびっくり。本当にもう席取れたんだ」
「う、うん。行けば取れるってビビッときたから……」
アスミは席をすぐ押さえられたのは偶然でも強運でもないと自覚している。能力でチャンスが訪れると分かったから、掴むために行動しただけだ。逆にすぐに自分を見つけてきたサクラに驚いたのは、彼女も自分と同等の能力を持っているのではと思えたからだ。
「ってかキョロキョロしてるの見てた!? 恥ずかしぃ……」
「ううん。もう座ってたよ」
だがそんなことより、想定より早く合流したことでふらふらしている姿も見られてしまったことが恥ずかしい。
アスミは歩いていれば席を取れると察知しただけで、見逃せば機を逃す。ふいにしないよう見渡していたが、その必死な姿は見られたくなかった。
けれどもサクラは見ていない。彼女が見つけたときには、もう座ってスマホをいじっていた。
「むしろかっこいいよ。ホントに一瞬で席取っちゃうなんて」
「あはは……ありがと」
サクラにとっては、この満席でこれから座ろうとする客も大勢いるなか、最速でチャンスを掴んだ行動に惚れた。アスミは恋する乙女のような視線を向けられ、違う意味で恥ずかしくなる。
「それよりサクラ、よくここって分かったね! 勘?」
「まあ勘だけど……」
ハイエナのように席を探す様は見られてなかったことにホッとすると、サクラが即座に合流してきたからくりを知りたいという話に戻る。何か理論があるのなら、ぜひ聞いて糧にしたい。
「叫んでいたからかな」
「叫んでたの!?」
アスミは気づいていなかった。遠くからの声は人混みに掻き消されており、サクラは見つけた時点でコールを止めていたので無理もない。
「私、願いを声に出すと叶いやすいから」
「そ、そういうこと……」
アスミは困惑するも、サクラの理論には合点がいく。声で周囲に意思を伝えたら、相手のアクションでチャンスを掴みやすくなる。彼女の場合は能力によってその確率を跳ね上げることができる。それが彼女の、言霊の桜風。
ここで二人は感じた。お互いの能力は似ている。むしろ組むことでより機能すると。
「つまり私は直感でチャンスを掴めて」
「私は声で実現できる……」
能力の性質的に、二人で協力すれば実現できるレベルを上げられる。そのシンクロから、硬い握手を交わした。
「じゃあ私も買ってくるね」
「いってらっしゃい」
せっかく盛り上がったところだが、早く済ませて退席しないと他の客に迷惑なので、今度はアスミがランチを注文しに席を立つ。
「もう鳴った?」
「ううん。あっ」
受信機を借りて戻ってくると、サクラの受信機が鳴って振動した。ギリギリ待たせず戻ってこられて安堵し、再び荷物番を交代する。
受信機と引き換えに食事を運んできたサクラに気づくと、アスミは立ち上がる。
「もう呼ばれた?」
「ううん。でもそろそろだから」
まだ合図は来ていない。けれども今から受取口に向かえば、鳴るタイミングで到着する。それが今だと直感したから、鳴る前に動いたのだ。
「それは私にできないなあ」
「あはは。行ってくるね。食べてていいよ」
人を見つける時間は距離を最短まで切り詰められても、料理ができるのを早めることはできない。タイミングが分かるアスミに劣る点だと気づくと、彼女に相談してみたいと思った。
「へー。別人のふりをしているけど、本当のお姉さんなんだ」
ランチを終えて再び遊園地に向かいながら、サクラは正体を半分ぼかしつつ、変装で姉代わりの別人を演じている体で相談する。
「元々しょっちゅう喧嘩してて……今さら本人って言い出せなくて」
せっかく別人として姉妹仲を築けたのに、実は元の姉本人だと明かしたら、嫌われないかが心配だ。戒めとして本当の自分は封じ込めていたが、本音は向き合いたい。
「うまく言えるタイミング、分かったりしないかなって……」
「うーん……私、直感の予知はできないからなぁ」
成功するタイミングは分かる。それは例えば、今からアイスを買えば当たりが出てもう一本貰える。その瞬間にならないとビビッとこないから、その未来を知る前に、他のお菓子でお小遣いを使い切ってしまうことがある。
何日後が頃合いかを知りたいサクラに求める答えを出すことはできない。けれども自分がどうチャンスを掴むかを参考に、アドバイスは言える。
「運って二種類あってね。待って訪れる運と、動いて訪れる運。どっちが良いと思う?」
アスミの心理テスト的な質問に、サクラはフードコートでの行動を振り返りながら答えを選んだ。連絡を待っていれば最小限の移動で合流できるが、待たずに探すと早く会えるか、離れて却って遅くなる。
「動く方」
「うん、私も。つまり……」
持ってほしい考え方がもうあるのなら、多くは語らなくていい。アスミはサクラに、正体を妹に伝えるには何をすべきか告げた。
「つまり本当の自分をアピールすれば向こうは気づいてくれる」
「本当の自分を……」
別人らしく接するのではなく、素を見せて妹に勘づかせる。それならいくらか身構えられるし、逆に妹から正体を尋ねにくることも考えられる。それがアスミの提案だ。実践するには自分らしく振る舞えばいい。何も難しいことではない。
「……それは駄目」
「え?」
難しくない。意識しなくてもできる。だからこそ、サクラは素を出すのを怖いと感じる。彼女の脳裏を過ったのは、妹と本音をぶつけ合った、最後の日。
二度と過ちを冒すまいと、自分を封じ込めてきたのだ。正体を明かすために解放しようものなら、これまで積み重ねたものが台無しになってしまう。
「アスミが来る前に私、行方不明になっていたんだ。きっかけは妹との衝突」
「え、そんなことが……」
何があったのかアスミは知らないが、自分を曝け出すことが裏目に出たのは察する。もし彼女がその場にいたとして、チャンスと直感する前にサクラが飛び出した。結果、良くない事態を迎えてしまったということだろう。
「……ごめんっ。今の話、全部忘れて!」
正体を明かしたいと思ったことがそもそもの間違いだとサクラは思い直す。今の関係がベストなのに、それが隠すことで成り立っていると忘れて欲張って素性を明かそうとしたら、うまくいかず全部崩してしまう。
サクラは迷うこと自体が間違いと思い至り、全部撤回した。願いも相談も、アスミには聞かなかったことにしてもらおうとする。
「まあ、それでいいなら……」
来たばかり、会ったばかりであれこれ言えず、運との向き合い方も持論。だからサクラに強要はしない。今は本人がそれでいいと言うのなら、これ以上触れないと決めた。
「じゃあ、思いっきり遊ぼう!」
「そうね。どこから……」
意識を妹から遊園地に切り替える。最初に来たときと同程度の混み具合だが、アスミはサクラの手を引いて駆け出す。
今走れば待たずに乗れるアトラクションを直感したのだろう。そう信じ、迷いを捨てた。
「アスミはどうしてジェットコースター好きなの?」
将来は作る仕事に就きたいと考えるくらい、好きになった理由があるはず。そのきっかけを知れば自分も楽しめると思ったサクラは、ゆっくりレールを登りながら、隣のアスミに尋ねた。
「もちろん、スリルを味わいたいから。でも、今のゆっくり登る時間も魅力だと思うんだ」
「波があって、それがレールに表れていて……レールを走る全部の時間が、私は好き」
登る間は待ち時間ではない。急降下が迫る過程も楽しめるから、アスミは将来の夢に据えている。サクラは見習いたいと思い、今登る感覚を体に染み込ませようとした。
「私、バスでやったの下る感覚だけだったね。本当は登る感覚も大事なのに」
「あれはあれでよかったよ! いきなり下るなんて普通ないし」
多くの乗客が一番楽しみにしている急降下の瞬間だけを、サクラは能力で起こせる風で再現した。登る感覚をそっちのけにしたのは失敗だったと反省するが、実物では味わえない感覚だったとアスミからは好評だった。
そう聞いて安心し、次の瞬間大勢と悲鳴を上げた。
「今日は楽しかったわ。また遊びましょうっ」
「ええ。今度は"同期"の皆でね」
今日アスミに声を掛けたのは、他校生ながら今月に能力測定組で"同期"になったから。明日も学校があるので夜までいるわけにいかず見送りになったイルミネーションは、他のメンバーと来たときの楽しみにとっておく。いずれまた来ようと約束して、改札で手を振った。




