23話 置いていったりしない
「サクラです。天界から来ました」
静まり返る教室。武蔵浦春桜は自己紹介を出だしから間違えた。
「違くて、フユキが探していた姉です。隣のクラスの」
撤回し、この学校における自分の立ち位置から話す。先月編入した広小路冬雪の自己紹介に絡めて、端的に説明した。天界から降りてきた死者の生まれ変わりではなく、妹と一緒に来た普通の人だと。
「制服の出来上がりは来月なので、それまでは前の学校のを着ています」
だがこのクラスの中で最も普通に見えない点は服装。けれども五月には皆と同じになるから問題ないと説明する。
「よろしくお願いします」
サクラは初手の失敗に動揺せず、シミュレーション通りに話せた。先月に天界の学校に編入したときの経験が活きたと実感する。そのせいで言い間違えたのも事実だが。
「お姉ちゃん自己紹介失敗した気がする」
「そう?」
その隣のクラスでフユキが姉のパニックを察知した。久里浜華燐はそうと思わず、姉妹なりの第六感でもあるのだろうと考えた。
「同じクラスがよかったな」
「今までそうだったの?」
カリンは双子や親戚は一緒のクラスにならないものと思っているのでフユキとサクラが別々になったのは納得していたが、当事者が悔やんでいるのを不思議に思う。本人たちが一番分かっているはずだが、そもそも一緒にならないという認識が誤りの可能性がある。
「そうだよ。だって二人で時間割違うと大変じゃん」
「確かに親の立場からすれば同じ方が楽ね」
学年が違うのならともかく、同学年なら二人のクラスを同じにすれば親の管理は楽になる。
「でも周りからしたら、どっちがどっちか分かりにくいんじゃない?」
だが担任やクラスメイトの立場からすれば、よく似た二人が同クラスにいると区別がつかず混乱する。それはフユキも実感していた。
「だから悪いことしてもお姉ちゃんの仕業にできるよ」
「酷い……」
見分けをつけにくいのを逆手にとって自分を守れる。そんフユキの思考をカリンは卑劣だと思った。
「まあ見た目あれだけ違えば区別はつくけどね」
それはさておき、カリンは二人を居候として迎え入れて一週間が経つが、もう区別はついている。背が低く髪が桜色の方がサクラで、背が高く髪が水色の方がフユキ。高いといってもカリンよりはずっと低いが、それでもはっきり見分けられる。
「……昔は同じだったんだ」
髪の色が違うのは、去年からの話。サクラと出会う前、本来の姉といた頃は、二人そっくりの外見だった。
「あなたもピンクだったの?」
「私は変わってないよ!」
サクラは姉が沈んだ池に現れた桜の精霊。だからピンク色の髪であり、本当の姉は彼女と同じ水色の髪だ。フユキ自身は昔から変わっていないとカリンに物申す。
「そもそも一クラスしかなかったわ」
「そら一緒になるわ」
一学年が四十人以下なら学級は一つしか作られない。それなら同学年きょうだいだろうと同じクラスになる。一緒と別々、それぞれのメリットを出し合いそれぞれの地域の考え方を理解し合える時間は、実は無意味なものだった。
その後、教科書が配布される。これで今日から三年生。積み重なる教科書が実感させる進級に、気分が高まる。
「広小路さんには、これも」
技術・家庭科のように前の学年から継続して使う冊子もあり、それは皆もう持っている。編入したばかりのサクラとフユキは持っていないから、個別に配布された。
「新入生に渡しているのと同じです」
フユキは一年生と同じ物を配られて、新入生に戻った気がしてテンションが沈んだ。似た物を前の中学校に入学したときに貰っているから、真新しさを感じられない。
一方サクラは、前の中学も途中編入だったので新入生と同じ教科書を渡される経験があったから、そういうものと受け入れていた。
その後はジャージか体操服に着替える。この島の学校では、始業式に身体測定を行う。特殊能力"ノーツ"測定を行うので、そのついでだ。
サクラたちは島の各地にある測定器でもう試しており、それと同じ手順。センターに額を近づけると、特殊能力がある場合、その性質とそれに応じたランク、そして他校含めた学年内の順位が出る。
だが今回は、身長や体重も一緒に測定される。台座に乗ると体重を測定し、その後カーソルが下降し頭に触れて身長を、測定する。
「やっぱりカリンって重いの?」
「やっぱりって何よ」
先に測っているクラスメイトの結果は見えない。これではカリンの結果も覗けないと思ったフユキは、本人に直接聞いた。
「能力があると重くなるんじゃないかなって」
「そんなことないけど」
カリンは能力が目覚めたのは二ヶ月前だが、それを期に体は変わっていない。身長も体重も今まで通りだ。
「能力のせいで重くなったと思うんだ」
「普通に太っただけでしょ。それにあなたは前から能力あるって」
「あーうるさい」
フユキの言いたいことはなんとなく分かった。重くなったのは"ノーツ"のせいということにしたいから、言質を取りたいのだと。だがそもそも彼女は測定が先月なだけで、雪の風を生み出す力は昔から持っていたと言っていた。
だから仮に"ノーツ"が体重に影響を及ぼすとしても、ここ数ヶ月の変化とは無関係といえる。そんな正論パンチから耳を塞いで現実逃避した。
「お姉ちゃんのせいだ。心配したせいで太ったんだ」
「おせんべいボリボリ食べてたせいでしょ」
行方不明のサクラを心配したストレスで体重が増えた。そう言い訳するフユキに対し、好物と言って煎餅を一日に九枚もおやつに食べていたのが原因だと突きつける。ちなみに太らない目安は三枚だ。一枚のカロリーは少ないのでダイエット向きのお菓子だが、食べ過ぎれば体重は増える。
「……そうだ」
フユキは閃いた。カリンいわく、学校で"ノーツ"の使用は制限されていない。足元から風を吹かせ、体の下から風圧をかける。風速十メートルで約五キロ。風圧は風速の二乗に比例するから、これ以上風を速くすると体重が不自然になる。
五キロくらい鯖読んでもバレないと企み、台座に乗って能力を発動した。
担当職員による記入が終わり、フユキは風を止めて測定結果の冊子を受け取る。中身を確かめると、予想より軽く書かれていた。彼女はこっそりガッツポーズをした。
「カリンどうだった?」
「順調に成長しているわ」
カリンはイカサマなしで測定し、結果も一月の測定から妥当なペースで成長していた。
「風で体持ち上げると軽くなるよ」
「いいわよ、普通で」
カリンも能力を持っているが、周りと同じように過ごしたいから、フユキの真似をしようとは思わなかった。
「軽すぎです。風で浮くのやめてくれる?」
「浮いてません!」
一方サクラはあまりの軽さにイカサマを疑われ、カーソルで頭をミシミシと押されていた。ただ外見的に肥満や痩せの疑いは無いとされ、測定は終わった。
「また順位下がったんだけど!」
「能力者が増えたのね」
フユキは体重のズルが通った嬉しさが吹き飛ぶほどに、"ノーツ"ランキングを新参に抜かれたショックが大きかった。Bランクが一人増えただけで、カリンとサクラは順位が変わっていない。仲間が一人増えた程度としか思っていない。
「どこの人?」
「うちの学校ではない……でも」
すでに情報は登録されている。カリンは測定器で確認すると予想通り、サクラの"同期"が一人追加されていた。
「今月の登録だから、サクラのチームに入るわね」
「へー。四人目かぁ」
学校は違っても関わりは生まれる。今回はサクラと同じ中三の四月組が一人増えた。授業で関わることはないが、休日に交流会が開かれて、そこで顔合わせだ。
フユキは嫉妬する。サクラがもう一日早く帰ってきてくれたら、彼女は三月組として一緒のチームになれた。チームの話は三月下旬から手紙で伝えていたのに、一日手遅れの到着だった。
「何始めたんだっけ? あなたたち」
「ノベルゲーム作りだよ」
当初は再会できた嬉しさでチームのことはどうでもよかったが、平穏な日々が続いて冷静になると、その一日遅れの到着が憎らしく思えてくる。カリンのサクラの会話も頭に入ってこなかった。
「Bランクならフユキと一緒ね……何その顔」
「別に」
学校や能力登録時期とは別に、ランク帯でのつながりもある。その点でいえば今回の新入り川口青空澄はフユキと同じBランク。評価の近い者同士、関わる機会もある。
一方カリンは現状接点がないので、"ノーツ"持ち全員で集まるときくらいしか自分との交流は無いと考えた。顔を見ても、一年半前にバスケットボールの試合をしたことは思い出せない。
「また抜かれてショックなのかも」
サクラは先週もフユキのこの顔を見た。彼女が地上に帰ってきたときに二人で能力測定し、数時間前に新入り三人によってランク内順位が一つ下がっていたことと、姉が自分の一つ上の階級だったことのダブルパンチを食らったときの顔だ。
今の状況は前者の出来事がたった一週間後に再発したのと同義。そう言われてカリンも納得した。
「また頑張って上がろうとしてみれば?」
そこでカリンが提案したのは、かつてフユキが姉と再会する前、姉に内緒で特訓していたのを、再挑戦することだった。
「……いいよ。あれはお姉ちゃん探すための特訓だったし」
しかしフユキはやる気が出なかった。順位を上げるには、猛スピードで雲の上まで飛び込むという課題を達成することと言われて挑戦したが、断念した。
潜水と同じだ。目標の距離まで潜ったまま進むには、達するまで息継ぎができない。息が続くうちに届くにはスピードが必要。
目標のスピードまで届かず、そのため上空の空気の薄さに堪えられず、ギブアップとなった。
以降も再挑戦せず、そもそも"ノーツ"の順位自体がそう簡単に変動するものではないということから、順位を上げることを諦めた。仮に再挑戦するにしても、もう雲の上からサクラは帰ってきてくれたから、目指すモチベーションが出ないのだ。
「あのねフユキ。私はランクがどうであれ、あなたを置いていったりしないわ」
新入りの割り込みによって順位の差が広がったのは事実だ。そして今後、その差が広がらない保証はない。その結果どんどん離れていくのを恐れていると思ったから、見失わないと言い聞かせる。
「お姉ちゃん……」
「三月のうちに帰ってこなくてごめんなさい。途中で投げ出すわけにもいかなかったから」
サクラはフユキの頼みを断りたくて四月まで待ったのではない。天界の同級生の発表会を見届けるのを優先した結果だ。だがそれでも、わざと四月まで待ったのは事実。
何より発表会の後に降りる許可が下りたので、四月初日に帰ってこられたこと自体、奇跡とも言える。許可が出るまではそもそも帰れるかも分からなかったのだ。
そういった経緯を語ろうにも、前提としてサクラはフユキの亡き姉の生まれ変わりと明かさなくてはならない。今度こそ仲良し姉妹でいたいから、喧嘩して池に突き飛ばすような姉だとバラすのは怖い。
「でもこれからはまた一緒の学校よ。クラスは違うけど」
だから今まで通り、池にいた姉代わりの精霊として、フユキと一緒にいると告げる。前の学校と異なりクラスは別々だが、他校の"同期"や同ランクよりも彼女は近い存在だ。
その言葉にフユキの心は照らされた。こうして会えることに比べたら、能力の序列差が広がることなど些細な問題。
「そうだね、お姉ちゃん」
そう微笑んで、フユキの不満は解消された。
始業式の日課は半日で下校。サクラは帰宅中にスマホを開くと、アスミが同級生に招待してもらい、同学年"ノーツ"持ちグループチャットの三十五人目として加わった。
『アスミです。アツカとは前の学校からの知り合いで、夢はジェットコースターに関わる仕事に就くことですっ。能力は成功するタイミングが分かることでーす』
アスミはアイスの当たり棒の画像を添えて全体への挨拶を送っていた。サクラは顔文字でリアクションを返すと、ローラーコースターが好きならこの街の遊園地に招待してみようと閃いた。ちなみにジェットコースターは和製英語で意味はローラーコースターと同じ。見た目からジェットと呼ぶのであって、ジェットエンジンは使われていない。チェーンや磁力などが動力源だ。
「それで置いていかれたのね」
「お姉ちゃんの嘘つき……」
これは"同期"の交流ということでフユキの同行はサクラに断られ、枕を抱えて嘆いた。カリンは気の毒に思いながらも、もし一緒にいたら姉を巡って揉めそうに思えたので、サクラのはナイス判断だと捉えた。




