22話 制服の問題
武蔵浦春桜は編入先の中学校の制服を注文しに販売店を訪れた。妹の広小路冬雪と、すでにその中学校に通い来週から同級生になる久里浜華燐も一緒だ。
「高いなあ……」
シャツ、ベスト、スカート。一式揃えると数万円。これから三年生なので一年間しか着ないこともあって、フユキは金銭面で躊躇う。
「まあ本来は三年着る物だし」
「長持ちするよう作られているから、その分高いんだろうね」
長く着られるよう高品質ゆえの価格だが、一年しか着ないサクラとフユキにはあまり利点がない。
「ところでカリンはそれずっと着てるの?」
「ん? 引っ越した中一の冬からだけど」
フユキはカリンの体を見て尋ねた。
かくいうカリンも前の中学の制服を一年足らずで封印し、ここで新しく買っている。そのため彼女も、高額な代わりに頑丈という利点を活かしきれていない。
「……そのときからそのサイズ?」
「また胸の話かしら?」
「痛い痛い」
カリンは質問の意図を察した。胸がキツくなって買い替えたことは無いのかと聞きたいのだと。会った日から今日までも隙あらば体型をネタにするフユキに苛立ち、頬を引っ張った。
「お姉ちゃん。私はいいや」
それはさておき、フユキは自分の分は要らないとサクラに伝えた。これまで通り、カリンの夏服を借りて通う。
「カリンのがあるし」
「でもほら、せっかくだし」
フユキは寒さに強いから、四月も夏服で平気だ。現に三月はそれで通っていた。だがサクラは妹が自分以外のお下がりを着ることが気に入らないので、一緒に買おうと誘い続ける。
「……そうだ。夏はカリンがそれ着るでしょ」
「あ、確かに」
だがサクラは考えた。今は寒いから夏服が余っているのであって、衣替えしてからはカリンが夏服を使う。するとフユキが着る物がなくなってしまう。この問題点はフユキも失念していた。
「大丈夫! カリンは年中冬服で」
「嫌よ」
だがカリンが衣替えをしなければ二人は今の服装を続けることになるので問題ない。そうフユキは提案するがカリンは即座に却下した。
「炎使いだし暑いの平気でしょ?」
「平気だけど、目立つでしょ」
雪を操るフユキが寒さに強いのと同じように、炎を操るカリンは夏に厚着しても堪えられる。実際その通りだが彼女が気にするのは体調ではない。皆と違う格好で目立つことだ。
「いいじゃない。あの子が炎使いのカリンだって分かりやすくて、皆怖がってくれるわ」
「それが嫌なのよ」
サクラはフユキの提案に賛成で、自分に目覚めた特殊能力"ノーツ"がどんなものかを人に伝える点では、夏でも厚着するのは暑さ慣れしていて炎使いであることと結びつく。
だがカリンの考えは真逆。自分が"ノーツ"持ちであることを、あまり人前で晒したくない。
「私は普通でいたいの」
「まあ周りに距離置かれるのも嫌だよね」
"ノーツ"自体、目覚めている人は少ない。カリンの同級生ではフユキと、春休み明けに編入するサクラだけ。他校の同学年には三十人以上いるが、生徒の母数からすればほんの一握り。
「じゃあフユキは服返すことね」
「はーい」
だから普通の交友関係を築くうえで、能力は邪魔という考えもある。カリンにはカリンの考えがあると受け入れ、フユキは夏服を衣替えのタイミングで返すことにした。だが幸い、その時期より今注文する制服が届く方が早い。着る物がなくて困る期間は発生しない。
「仕方ない。夏服だけでも買おう」
フユキの決心にサクラは内心ガッツポーズをする。注文して届くまでの一ヶ月はカリンのお下がりを着続けることになるが、それは仕方のないことだし一ヶ月の辛抱。
ここでサクラはフユキは買わずに済む案を閃き、提案を口にした。
「私が一式買うから、夏服はフユキにあげる」
「えっいいの!?」
サクラは今は夏服でなくていい。それならフユキはカリンに返し、自分が新しく買うのを着ればいい。そう考えた。それなら出費がなくなると喜び、賛成した。
「……あなた夏どうするの?」
カリンはふと疑問に思った。サクラが一式買ってフユキは買わない。それで二人とも夏までは足りるが、衣替え後にサクラが着る服がなくなってしまう。
サクラの案は、衣替え前までしか意味がなかったのだ。
「そのときは夏服だけ買いに」
「だったら最初から私も買うよ」
結局買うしかないのなら今夏服だけ注文するのが正解と考え、フユキはサクラの案を取り下げた。自分のお下がりをあげたいあまり思考が乱れていたサクラは、姉妹それぞれ買う結果に収まり、溜め息をついた。
「で、制服が届くのが来月なのよ」
買い物を終えた後、サクラは他校生に挨拶と相談をしにいった。場所は公園。以前フユキが姉に会いに雲の上を目指そうとした場所だ。
元いた街からの知り合いの保土ケ谷風と、クルリが今通っている中学の同級生でサクラと同じAランク、福俵天使と大船切裏。三人ともサクラと同様、"ノーツ"を持っている。
「つまりこの一ヶ月着る制服がなくて、なんとかできないかなと」
「なら二人も編入経験者だし、どう?」
コトリはアツカとクルリの二人が、途中からこの中学に来たことに言及する。二人の編入の流れを話せば、良い案が出るかもしれないと期待して。
「帰ってきたのはエイプリルフールじゃなかったのね」
「あ、スルーした」
しかしアツカは振られた話題を無視して、サクラが天界から降りてきたとグループチャットで聞いていたことを、今その目で確かめ信じていた。
コトリは聞き流されたことに不満を抱いたが、アツカの天然悪魔は二ヶ月前から始まったことなのでスッと受け入れ、そして一ヶ月行方不明だったサクラが突如現れたことには興味があったから話題を切り替えた。
「でもそれ私も気になる」
コトリもそっちの話から始めたいと思い、制服の件は後回しにしてサクラに聞き返した。
「私が帰れたのは……」
サクラは天界に行った当初、地上へ戻ることを禁じられていた。彼女のような死者が生まれ変わった存在が地上にいられることが人間に知れ渡ると問題になるという理由で。
そもそも死者の生まれ変わりだということはフユキにも内緒にしていたから、人に経緯を明かすか迷う。
「お許しをもらえたから」
「へー」
サクラは大雑把な説明で納得してもらえて深堀りされなかったことに安堵した。
「そこで知り合った子と一緒に来るはずだったけど」
「ああ、アゲハのこと?」
「……あ」
サクラは失念していた。アツカは天界で会ったことがあり、事情を知っている。許しを得ることが何の意味か分かっているのもそのためだ。
問題はそれを忘れて北参道天羽の話をついでに出してしまったこと。そのアゲハと知り合いの人に、秘密を漏らしてしまったのだ。
「留学サボって学校休んでいるのは内緒で」
サクラはアツカに今の話を天界の主に告げ口しないよう懇願した。留学を放棄したうえに学校も無断欠席していることまで喋ってしまったが、そもそも留学の話さえ知らないアツカは終始戸惑っている。
他の二人に至っては天界と縁がなくアゲハのことも知らないので余計に置いてけぼりを食らっている。
「……やっぱりノーコメントで」
「えー残念」
サクラはこれ以上の自爆を恐れて、天界にいたときや帰れたきっかけを話すことを控えた。
面白い話を秘密にされて残念な気持ちもあるが、あれだけ慌てるくらい複雑な事情があると察したことから、この話題は打ち止めとなった。
「で、制服どう確保する問題だけど」
「作ったり増やしたりは……できないかな」
本題に戻って、サクラが注文した制服が届くまでの一ヶ月、何を着て登校するか。三人は考えたが、解決できる"ノーツ"を持つ知り合いは思い浮かばない。
「こうなったら探しにいこう!」
「アツカは困ったら解決できる人を当てられるのよ」
知り合いでなくても良いのなら、探すことはできる。アツカは天使を翼を生やして宙に浮いた。その視線はクルリに向けられていた。
「……まさか」
クルリは嫌な予感がして全速力でアツカから離れる。悪い予感は的中し、アツカは羽ばたいて猛追した。
「なんで私!? 来ないで!」
アツカは追うのを止めない。どんどん加速し、距離を詰めていく。クルリからすれば通り魔に狙われている感覚で、ひたすら逃げに徹する。
サクラは状況を飲み込めていないが助けないとマズいと感じ、風を起こして自身を浮かせて二人を追う。
「皆飛べていいな」
コトリは能力で飛べる三人を羨ましく思いながら、手袋をつけて救急箱を準備した。
サクラは前進しながら風を飛ばすが、素早いアツカを捉えられない。だがクルリは加速し、風になって姿を消した。
この能力はサクラも以前から知っている。アシストはできなかったがアツカの追尾からは逃れられたので安堵した。だが、彼女の能力を見誤っていた。
アツカは旋回し、上空で衝突音と悲鳴が聞こえ、クルリが元の姿で降ってきた。
「えっ、嘘!?」
風になっても逃げられず追突されたことに驚くも、サクラは咄嗟に風を放って落下のブレーキをかけた。地面への激突は免れ、追いついたコトリに手当てを受ける。
「手袋?」
「うん。私、能力のせいで着けないと切れないから」
コトリは包帯を切ってすぐ手袋を外し、巻きながら"ノーツ"の性質を語る。周囲の物を切れなくする能力を常時発揮しており、手袋をすると効果が切れると。
「私平気。羽ほどいて」
「駄目よ」
反面、手袋を取ればどれだけ激しく動いても包帯を切れないのでケアとしては効果的。ついでにアツカの羽も無傷だがぐるぐる巻きにし、罰として飛べなくさせた。
「最近こんなのばっかり」
「前はフユキとぶつかったのよね」
「そうなの!? ごめんね」
クルリは以前も頭を打った。そのときはアツカは無関係で自分に非があり、フユキがグラウンドの塀の向こうにいると知らず風になって飛び出した結果、ぶつかった。
「危なっかしいんだから」
「アツカは私にぶつかったよねえ?」
その二人を心配して保健室に飛び込んできたアツカが、コトリに激突したのだった。人のことを言えたものではない。
「それで……どうしてクルリを狙ったのよ」
手当てが済むと、アツカに尋ねる。制服が欲しい相談を解決できる人にぶつかりにいって、ターゲットがどうしてクルリになったのかを。
「そうだ。スカートなら貸せるよ」
「あ、そうなの。二着持ってるのね」
予備を持っているのなら筋は通る。学校が違うのでデザインも異なるが、一ヶ月の代用なら許可は通るだろう。
「ないけど。履かなくても平気だし」
「バカなの!?」
だが予備はない。貸すとクルリ自身が履く分がなくなってしまう。だが彼女はなくてもいいと宣言した。
「その方が風が気持ち良い」
「アツカがぶつかるからおかしくなっちゃった!」
「元からでは?」
風を肌で感じるためなら恥を捨てるのは今に始まった癖ではない。自分のせいではないとアツカは首を傾げた。
「コトリもやろう? パンツだけ脱ぐのと変わらないよ」
「あれも十分恥ずかしいけど!?」
サクラは一歩引き、編入先にこの学校を選ばなくてよかったと声には出さず安堵した。
「とにかく貰ってくれないと、ぶつかられ損なの」
「でもクルリが困るでしょ」
クルリとしては、制服を貸して自分が解決に貢献しないと、アツカの激突を受けた意味がない。だからどうしても受け取ってもらおうと迫る。
だがサクラは受け取れない。自分が借りたせいでクルリをノースカートで通わせるのは罪悪感がある。
「前の制服で代用するよ」
「だったらそれ貸して!」
「それでいいじゃん」
履く物なら編入前の中学の制服を持ってきている。だから心配要らないとクルリが言うと、むしろそっちを一式貸してくれれば解決するとサクラが気づく。皆それに賛成だった。
その後クルリの家に案内してもらって前の学校の制服を借り、解散した後カリンの家に戻った。
「それ取りに帰ったの?」
「ううん。クルリに借りた」
その制服はサクラとフユキが先月まで着ていたものと同じデザイン。クルリと一緒の学校だから当然だ。
フユキはサクラが実家まで取りに行ったのかと勘違いしたが、そうするよりクルリに借りる方がずっと早い。
とにかくこれにて制服の問題は解決した。新しい制服ができるまではフユキは今まで通りカリンの夏服を、サクラはクルリに借りた以前の中学の制服を着て登校する。始業式は来週。それからサクラの新しい学校生活が始まる。




