21話 言えないこと
「ちょっと靴履いたままよ!?」
「あっ」
一人で出掛けて帰ってきた武蔵浦春桜は、うっかり土足のまま上がってしまい、久里浜華燐に言われて気づいた。すぐに脱いで、靴を玄関に置く。
「はい、あーん」
「ええっ……」
食事のとき、サクラは自分の皿から掬って広小路冬雪に差し出した。いきなりで戸惑うフユキと、姉妹は普段からそう食べているのかとドン引きするカリン。二人の反応で我に返ったサクラは、焦って手を戻して自分で食べた。
夜になって部屋の窓から外を眺めると、すっかり暗くなっている。電気も消すと、辺りは真っ暗だ。
「帰ってきたんだなぁ……」
家の中でも土足。食事は食べさせ合う。主が照らすので夜はない。天界のときとは違う文化や環境が、元の生活に戻ってきたことを実感させた。
サクラに用があって来たカリンは、開けっ放しの襖から真っ暗な部屋の隅に彼女がいることに気づき、何をしているのかと疑問に思った。
「ねえ、ちょっと話したいことがあって」
「あ、どうぞ」
サクラは声に反応して振り返り、まずは電気をつけようとするが、部屋の入口側が明るい。
見ると燃えていた。
「火ィ!」
「ああ、電気消したままでもいいわ」
「火事になってる!」
慌てるサクラと反対に、カリンは炎を見ても落ち着いている。それは彼女が能力で放ったものだから。
「大丈夫」
カリンは一旦、炎を消した。すると真っ暗でお互いに顔が見えない。サクラの声がしなくなったタイミングでもう一度火をつけた。
「私が出したものだから。そういう能力」
「ああ、そっか……」
炎は見間違いではないが、事故でもない。カリンが自前の特殊能力で起こした人工的な発火だ。サクラは彼女と会ったばかりなので、驚いてしまうのも無理はない。
「びっくりした……」
「そうね。確かに……」
カリンは二ヶ月前にこの能力が目覚めて以降、節電と能力慣れのために夜は炎で照らして行動しているが、人に見られることがなかったので騒ぎになることはなかった。
けれども今月からサクラが、先月からその妹のフユキが一緒に住んでいる。鉢合わせも珍しくないから、今後は自重する方が良いと思えた。
「でもこの島こんな人ばっかりよ」
「そうなの!?」
けれども普通に慣れては駄目だと思い直す。カリンの他にも特殊能力者はいる。そして彼女は自分をその中ではまともな方だと自負している。
だからこれくらいで驚いては、その人たちとの交流では身が保たないと圧をかける。サクラは困惑するも、道理でフユキが手紙で楽しそうに紹介してきた街だと納得した。
「"同期"に会ってきたのでしょう。どんな印象?」
「ああ、えっと……」
そしてその特殊能力者と顔合わせをしてきた。サクラと同じ、今月に能力者だと測定された同学年の他校生と。
「気が合いそうな子だった」
「へー」
そのうちの一人、水天宮千城とは似た境遇だったので、普通はできない話ができて、楽しかった。
「チシロっていうんだけど、同学年にきょうだいがいる妹って意味ではフユキと同じ……で……」
サクラは途中で言葉に詰まった。自分とフユキの関係を、どう話すか迷った。
カリンはサクラの心境を察し、自分がどこまでフユキから聞いているかを明かした。
「フユキから聞いているわ。あなたは本当の姉ではないって」
「あ、そうだったの……」
サクラと再会する前、もう会えないのかと泣いていたフユキが二人の過去をカリンに話した。本当の姉はもう亡くなっており、代わりに現れたサクラが姉代わりを務めていると。
「だからまあ、隠そうとかごまかそうとしなくてもいいわ」
「そっか、よかった……」
本当の姉ではないって点は間違いだが、それはフユキにも内緒にしている。サクラは今まで通り、姉を名乗る赤の他人を演じればいいと理解した。
「それで……そのチシロって子も、やっぱり妹だったのね。苗字に見覚えあったし」
同じ苗字の人をカリンは知っている。だからチシロがグループチャットに参加したのを見てもしやと思っていたが、サクラの話を聞いて読みは当たっていたと気づく。
「上のきょうだいと比べられる悩みとか、妹は好きかとか……」
「うん。うん?」
後者についてはカリンは首を傾げる。普通のきょうだい愛の話だと信じたいが、深追いしないようにした。
「そういえばフユキ、ここのところ毎日手紙書いてたけど」
「うん、たくさん届いたよっ」
サクラは天界から持ち帰った手紙を見せる。どれもフユキから、一日一通送られてきた。
「迷惑じゃなかった?」
「ううん、元気そうでよかったよ」
いくら三月中に会いたいとしても、そんなに急かすのはどうかとカリンは止めたい気もあったが、必死なフユキを止められなかった。
そのせいで送られた側はうんざりしていないかと心配だったが、サクラは笑顔だ。
「最初は私いなくても楽しそうで嫌だったけど、だんだん私を求めて弱まっていくのが可愛くて」
カリンは変な所でフユキに似ているサクラを、本当に赤の他人かと内心疑った。
「それで……ごめん、私ばかり話しちゃったけどご用件は?」
火事疑惑をきっかけに話がどんどん逸れてしまったが、サクラはカリンが会いにきた目的を聞いていなかったと気づき、話を戻す。
「ああ、一つはもう話して……姉だけど姉じゃないことはもう知ってるってことで」
だがカリンも、逸れた話の中で元々話すつもりの用件に触れることができたから、結果オーライではあった。
「後は学校だけど……やっぱり編入するの?」
「……うん。する」
サクラは少し考えた末、春休み明けからこの近くの中学校にフユキと一緒に通うと決めた。妹はそうする気で一ヶ月前から編入しているし、妹だけ置いて帰るわけにもいかない。
何より、この島の人たちの、特殊能力のおかげでフユキとの再会が叶った。ここの生活を続ければ、いずれ自分の正体と気持ちを、妹に打ち明けられる予感がした。
「なら、学校の連絡を送っておくわね」
「ありがとう」
登校日や学校の場所を、カリンは転送すると予告した。フユキのときも同じ流れだったが、彼女と違う問題点が一つある。
「フユキは私の夏服着ているけど……あなたはどうする?」
「服……」
それは制服。フユキは二月という長期休暇のない時期に勢いで決めたのと、本人が寒さに強いからということで、カリンが今着ていない夏服を貸して解決した。
今回は春休み半分の時間があるから、始業式には間に合わないが制服を作る時間は確保できる。
「今度フユキと一緒に注文してくるよ」
フユキが自分以外のお下がりを着るのを気に入らないサクラは、彼女にも新しい制服を着させようと決意した。
「これまで着ていた物でもいいかもだけど……一年だけだし」
しかし長くて一年しか着ないのにわざわざ買うのはもったいないとカリンは思う。事情を話せば学校指定のではなくても通えるかもしれない。
ただそうなると、代わりの服が手元にない。天界で着ていた借り物の制服は、持ち主に返してしまった。当面は休学するから持っていって構わないと言っていたが、制服を持っていかれたので休みますと言われて巻き込まれるのも嫌なので断ってきた。
「作ろうかな……」
「作れるの!? 器用ね……」
枕を作れるフユキといい、裁縫の得意な姉妹に感心した。サクラのイメージするその制服はカリンのそれと大きく異なる。大きい布の中心に穴を空けて頭を突っ込み、腰を紐で縛って前後を固定する形なので、そんなに複雑ではないから、気軽に作ろうと呟けた。
「というわけで一旦見に行こうと思うんだけど」
続きはフユキの意見を交えて考えようということになり、二人で彼女の部屋を訪ねて制服の採寸の話を持ちかける。
「私を除け者にそんな話を……」
「いや、そんなつもりは」
フユキは考える前に、カリンがサクラと二人きりで話していたことに嫉妬し、何も知らず孤独を味わっていた自分に雪を降らせる。
会いに行ったのはカリンの方からだが、彼女は仲間外れにするつもりでフユキに黙っていたわけではない。用件を伝えにいく際にフユキの同席は要らないから誘わなかったのであって、その用件の一つ、制服をサクラはすぐ用意できないと分かったので、結果的に彼女に伝える必要ができてしまった。無関係な話のつもりが、そうでなくなったのだ。
「何の話してたの」
「制服と、二人が姉妹じゃないことと……」
それらの用件に加えて、サクラから聞いた話もあると気づいたカリンは話す。
「妹ができたって話」
「ちょっと!?」
サクラは驚く。そんな話はしていない。妹の話ができる友達ができたと伝えたのが、だいぶ言葉を削られてまったく違う意味になってしまった。
そしてフユキは真に受けて、ワナワナと震える。
「どういうこと? お姉ちゃん」
「誤解だから! 妹の話ができる友達ができたの!」
「ああ、そうだった」
サクラは説明し、疑いを晴らした。その友達がチシロであることも、同学年にきょうだいがいる妹でフユキと一緒ということも話し、妹は落ち着いた。
「マークしておかないとね」
「仲良くしてね!?」
その友達はフユキと同じBランク。近いうちに顔合わせをするだろうから、警戒しておくと宣言した。もし二人の仲が拗れたらサクラの方も気まずくなるので、今のような敵を見る目はやめてほしいと願った。
誤解が解けて、サクラは安堵した。天界で出会った同い年の少女に妹の真似をさせていたことがバレなくてホッとした。
「そういえば二人って、フユキの方が背高いのね」
同学年の姉妹の採寸といっても、体つきが似ていない。背はフユキ、胸はサクラの方が大きい。
「カリンは全部デカいね」
「本当に同学年?」
それでもカリンに比べたら小さい。スタイルの話をするなら、彼女が一番規格外だと揃えて思った。
「伊達にSランクじゃないね」
「でも他の子は普通だよ」
「ランクは関係ないから! 普通でもないし!」
能力のランクはカリンが一番高い。フユキは他のSランクの同学年と会ったことがあるが、普通のスタイルだったのでやっぱりカリンが桁外れと考える。
一方カリンは自分の中身は普通と思っており、見た目は標準的でも頭のネジがぶっ飛んでいるような他の人が普通呼ばわりされることに異議を唱える。
「火つけて来たからびっくりしたのよ」
「ねー、怖いよねー」
しかしサクラから見たカリンも、手に火をつけて家をウロウロしている危険な人という印象が焼きついて、中身が普通と思えない。フユキもその点は同感だったが、カリンが普通であろうとしていることは事情を聞いているので、姉が思うほど異端ではないことを伝えた。
「でもこう見えてカリン、おとなしいんだ。普通の炎使いのイメージとは正反対で、ちょっと儚いオーラ出てて」
「言われてみると確かに……」
雰囲気と能力のギャップが、炎をつけて部屋に来たインパクトを大きくさせたのかもと考えると、フユキの話に納得した。
「それは一年前……話さない方がいい?」
「そうね、正直……」
喧嘩の強いかつての友達に目をつけられるのが怖くて目立たないようにしていることはフユキに打ち明けたものの、あまり口外したくない。だからサクラにも言わないでほしいと頼んだ。
「そうよね。言えないこともあるわよね」
「お姉ちゃん?」
「寒っ」
するとサクラは共感し、カリンの手をとり頷いた。フユキは嫉妬し、雪の風を起こしてサクラの背中に浴びせた。カリンも巻き添えを食らい、体を震わせる。
話が済んで解散し、部屋に戻ったサクラがそろそろ寝ようとしたところ、フユキがこっそり訪問してきた。
「お姉ちゃん……今日、一緒に寝ていい?」
「いいわよ。いらっしゃい」
一ヶ月会えない寂しさの反動で、一番近くで寝たくなったフユキは、受け入れられて嬉しかった。
「私、最初はもっと早く会えると思ってたんだ。色んな人が協力してくれて」
フユキはサクラと逸れたその日のうちに、カリンの伝手で居場所を知った。多様な能力者のおかげであり、すぐ再会できると思って、さほど心配していなかった。むしろ、この島でしかできないことを姉より優先していたくらいには気楽でいた。
「……でもね。それから何日も会えなくて……怖くなった」
だがサクラが天界から降りられなかったのとフユキが雲の上へ行けなかったことで、行方を掴んでからの進展がなかった。最初の余裕はなくなり、かつて姉を亡くしたときの自分を思い出してしまった。
「アヤエお姉ちゃんみたいに、もう会えないんじゃって」
フユキは本当の姉の名前を呟く。サクラとの再会を果たしても、彼女の心には傷が残っている。
「大丈夫。私はどこに行っても、必ず戻ってくるわ」
ずっと一緒とはいかなくても、絶対に帰ってくると約束した。心配は要らないと、サクラはフユキの手を握る。その手は冷たかったが、変わらない温もりに心が安らいだ。




