20話 姉が帰ってきた
「お姉ちゃんっ……お姉ちゃん!」
一ヶ月ごしに、姉が帰ってきた。広小路冬雪は抱きつき、その温もりを実感する。
「ごめんね。連絡もできなくて……」
姉、武蔵浦春桜はフユキと逸れて天界へ行っていた。地上へ戻るには勢いよく飛び込まなくてはならず、勇気を出せるまで一ヶ月かかった。スマホの電波も通じなかったから、事情を伝えることもできなかった。
「そうだ、とりあえず報告を……」
フユキはスマホで同学年の特殊能力者のグループチャットを開いた。一ヶ月前に、そこで姉を探していると連絡をした。何人かには探すのを手伝ってもらった。
姉は無事に帰ってきたとメッセージを送る。するとメッセージや画像でリアクションが届き、姉探しは一件落着。
「ここで暮らしているのよね?」
「うん。案内するね」
フユキはサクラと別れてから、行き着いたこの島に滞在している。ここにはさっきのグループチャットのメンバーのように、様々な特殊能力が目覚めた人がいる。姉の行方を掴むには、その人たちに協力を求めることが望ましく、ならばここに滞在した方が都合が良い。
サクラが雲の上にいると知ったのも、彼女に手紙を送ることができたのも、その人たちのおかげだ。
そしてフユキは、今住まわせてもらっている家にサクラを案内する。
二人は歩きながら、この一ヶ月の話を交わした。
「空の上に行ってたのは本当なの?」
「うん、まあね……」
サクラは今はなるべく秘密にしたかった。天界へ飛ばされたのは、自分が一度死んで、生まれ変わった存在だということを。なので雲の上にいたことを知られているのは却って困る。
「私も行こうとしたけど、途中でギブアップしちゃって……」
「知らないうちに着いていたのよ。帰りは頑張ったけど」
空の空気が薄いことは天界から脱出するときに実感した。そしてフユキが姉を探しに雲の上まで飛ぼうとしていたことは、彼女からの手紙で聞いている。
「……でも、ごめんね。あんなに手紙をくれたのに、三月中に帰れなくて」
「ううん、気にしないで」
会えて嬉しいからどうでもいい。手紙を出して何日も音沙汰なかったから、もう会えないと思いつつあった。だがそうして再会できたから、"同期"になれないことなんて些細な問題。
「これでランクが分かるの?」
「うん。私もやってみよ」
家に向かう途中で特殊能力測定器に立ち寄った。手紙で聞いていた装置で、昨日までにサクラも測定していれば、フユキと同じコードが割り振られていただろう。けれども月が変わったので、"同期"にはなれない。
まずはフユキがお手本兼、現時点のランキング確認のために測定する。非接触タイプの端末に額を近づけると、すぐに結果が出た。
特殊能力の詳細とランクを含めたプロフィールが表示される。これは先月、島に来てすぐの測定結果と変わっていない。
「後は順位とかも見ることができ……下がってる!」
端末に手を近づけ横に振ると画面がスライドして、同学年の特殊能力者のランキングを確認する。同ランク内での順位が、フユキは一つ下がっていた。
順位を追い抜かれることは滅多にないと聞いているのに何よりが起こったのかと考えてみると、見覚えのない名前がBランクの先頭に載っていることに気づく。新入りの加入で全員が一つ順位を落としていたのだ。
「……ああ、今日増えたのね」
フユキは再びスマホを開き、さっきのグループを覗く。案の定、メンバーが増えていた。先月彼女が測定後に正体してもらったように、新たに能力持ちと評価された同学年が参加していた。
移動中にスマホが振動していることは分かっていたが、姉を保護した連絡への反応と思って無視していた。その通知の中に、新メンバー加入が混ざっていたのだ。
「お姉ちゃんの話題が埋もれちゃう!」
「いいって」
姉との再会記念日が他校生の能力覚醒祝いに持っていかれたくないフユキをサクラが止める。
「私もこうすればいいの?」
「あ、そうそう」
フユキは思った。姉も自分と同じ、風を起こす力を持っている。吹雪か桜吹雪かの違いはあるが、風に乗って浮いたり飛び回ったり、同じ芸当ができる。
つまりサクラも測定すれば能力持ちと結果が出て、今日加入組の仲間入りを果たせる。これなら話題は食われない。それにきっと同じランクになるだろう。フユキは嬉々として測定を促した。
サクラが測定器に額を近づけ、結果を見た。
「Aだ」
「は?」
フユキの属するBランクの一つ上の階級だったので、彼女は裏切られた気持ちになった。
「で、名簿がこれで……フユキどこ?」
「……いないよ。一つ下よ」
手紙ではフユキのランクを聞いていなかったのと、きっと順位は並ぶと考えていたサクラは、妹の名前が見当たらないのを不思議に思った。それが煽りに聞こえたフユキは、自分は姉より一段劣ると渋々明かした。
「十八人中六位……それでAランクってことは」
Aランク内で六位はつまり総合六位かとサクラは期待する。どんな基準か、自分より上の人がどんな能力を持っているかは知らないが、自分がトップ層なのは間違いないと思い、テンションが上がった。
「ちなみに上にSランクがあるよ」
「そんな!?」
だが糠喜びだった。Aは今は一番上の階級ではない。とはいえ該当者は数えるほどしかいない。総合で見ればサクラは上位で、フユキは能力者の中では下位だが生徒の多くがそもそも能力を持たないので、全体で見れば彼女も上澄みだ。
「それよりなんでお姉ちゃんだけ……」
だがフユキが自分がAランクになれなかったことに不満だった。Bでも能力者内で下位になるくらい、Aに属する生徒が多い。だから彼女もそこに入りたかったし、それが叶わなくても姉と同じランクなら良いと思っていた。
だが姉はAに行ってしまった。何が二人の差なのか、フユキは分からない。
一方、サクラは自覚があった。風の力は自分の方が強い。だから二年前、風の押し合いで妹を池へと吹き飛ばしてしまった。
けれども正体を……妹を助ける代わりに池で溺れ死んで生まれ変わった存在であることを今まで通り秘密にしておきたいから、ランクの差に思い当たる節を口に出さなかった。
「あっ、クルリ発見」
姉と同じランクでなかったショックでブツブツと呟くフユキをよそに、サクラは端末を適当に操作するなかで、元いた街での知り合いの名前を発見した。
二ヶ月前に陸上部の代表として編入が決まり、転校していった級友。その編入先がこの島だと、フユキから手紙で聞いている。
「挨拶しとこう」
サクラはスマホで保土ケ谷風にメッセージを送った。すぐに返信が来て、おかえりと言ってくれると同時に、帰還したことは実はもう聞いていたとも返してきた。その情報源であるグループチャットに、クルリは彼女を招待した。
妹が発見報告をしたのにグループへの招待は友人からという、姉妹は連絡先を交換していないのかと誤解される構図だった。
「……忘れてた。お姉ちゃんグループに入れてあげる」
「あ、今やってもらったところよ」
もう参加まで終えたところでフユキが気づいた。手遅れだ。
「なんで私に頼まないの!?」
「違っ、クルリがやってくれたから」
「私がやりたかったのに!」
役目を取られてフユキは怒る。サクラは誤解を解こうとして、妹を避けたつもりではないと弁明する。
「……お姉ちゃんは私にやってもらえなくてもよかったんだね」
「そんなつもりじゃ……」
クルリに招待された時点で、友人ではなく妹の招待で参加したいなんてこだわりを、サクラは持っていなかった。そして今も、妹の招待がよかったなどと後悔はしていない。
「招待しない薄情な妹だと思われるんだ……」
「そんなことないって!」
目の前にいるのに別の人の手を借りるのは、そう誤解を招きかねない。フユキは自分のおかれた状況を視覚的にアピールするために、能力を使って自身に雪を降らせる。
だがサクラは妹を庇う気でいる。
「フユキは私の自慢の妹よ!」
「……お姉ちゃんみたいなこと言うね」
サクラは内心頭を抱えた。フユキにとって今の自分は、死んだ姉の代わりとして振る舞う池の精霊。本人の生まれ変わりと明かすべきかは迷っているから、セリフがいまいち決まらない。
その後、二人はフユキが住まわせてもらっている家に到着した。さっそくそこで暮らす同級生、久里浜華燐に挨拶をする。
「お姉ちゃん連れてきたよっ」
「はじめまして。サクラです」
「ああ、あなたが」
カリンもチャットで事情を聞いていたから、フユキが連れてきた少女が彼女がずっと探していた姉とすぐに分かった。想像よりは遅かったもののいずれ来ると思っていたので、さほど驚かない。迎え入れる準備もできている。
「部屋へ案内するわ」
「え、本当に私もいいの?」
「構わないわ」
ここに一緒に住まないかと手紙でフユキに誘われていたが、同級生の家なので迷惑ではないかと躊躇う。しかしカリンは、前々からフユキに熱く推されていたので、姉も受け入れるつもりでいた。
「部屋はフユキと一緒でいいよ」
「大丈夫よ。あと二人分くらい空いているし」
「二人……」
赤の他人二人が陣取るのも邪魔になると思い共用を提案するが、空いているから遠慮しなくていいと言われ、お言葉に甘えた。
同時に、もう一人分スペースがあると言われたことで、サクラは天界で一ヶ月一緒に暮らしていた少女が頭を過った。その少女は地上へ降りる機会を蹴って天界に残っている。もし一緒に降りてきていたら、今度はここで一緒にいられたかもしれないと残念に思った。
「連れ込みたい子がいるの?」
「変なこと言わないで!」
二人と呟いたこととその後の考える顔からフユキは、サクラは誰か好みの相手でも見つけたのかと疑ってかかる。サクラはなんとかごまかし、天界の少女のことは黙っておくことにした。
カリンとの顔合わせをしたし、フユキはまだまだ話したいことがある。
「ちなみにカリンはSランクでトップなんだよ」
「へー、凄いですね」
さっき測定した特殊能力を、カリンも持っている。そして彼女の評価は学年トップ。フユキはそう知っていたが、サクラ含めた今日の新入りの件で、彼女の首位は過去のものになってないか気になった。
「今日メンバー増えたけど、カリンは変わらず?」
「ええ。でもSは一人増えたわ」
カリンは同ランク帯が四人になったが、それでも順位は変わらなかった。けれども彼女は、個人の順位より各自の所属中学校の偏りが気になっている。
「しかもまた。臨台中。これで二人目」
「臨台ってあれだよね。能力者がやたら多い」
「ええ」
プロフィールで所属中学校を見ると、この学年の能力者の多くと同じだった。それも上位のSとAランクに偏っている。毎年九月の全校一斉体育祭みたいな学校対抗戦をやろうものなら、その中学が一強となる。カリン一人では相手にならない。
「あ、ちなみに手紙送ってくれたのもその中学の子だよ」
「へー」
どこにいるか分からないサクラの元へ、名前を教えるだけで手紙を投げてくれた同学年の女子も、その中学に在籍している。
その話を聞いてサクラは、手紙に捏造話が紛れていたのはその共犯者のせいだと勘繰った。
「ようこそバチ島へ。手紙で聞いているかもだけど、少しだけど色んな能力者がいるわ」
カリンはサクラに島の紹介をした。一部の人に突然、特殊能力が目覚める。そして性質や本人のスペックでランク分けされ、ときには他校の同学年と交流会も行われる。だいたいフユキから手紙で聞いていたようなことだが、今日初めての情報もある。
「今日加わった二人とは"同期"になるから、これからよく関わると思う」
「そうなんだ……」
「私の"同期"になってほしかったな」
もう一日早ければフユキの"同期"になれたかもしれないが、振り返っても仕方がない。
「私の通う学校には、今は私とフユキだけ」
「能力者が一緒に住んでいるなんて、凄い偶然だね」
サクラが住むのは偶然ではない。だがフユキがカリンと出会ったのは偶然かもしれないし、運命かもしれない。
サクラはここから始まる新生活が、どんなに新鮮なものになるのか胸が高まった。




