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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第1章 天と地の新生活
19/52

19話 送る側

「地上に降りて……って」


 北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)が天界の主に課された使命。それは地上へ降りること。


「人間と霊体を間接的な知り合いにすることが目標なのだろう? ならばまず人間を知ることから始めなさい」


 その目標はついさっき、アゲハは総合学習の発表会で宣言したもの。ただそれは将来的な目指す未来のつもりで言ったのであって、来月からは普通に進級するものと考えていた。

 けれども主は、今すぐの決行を勧めてくる。


「……じゃあ、このサクラも連れていきます」

「えっ!?」


 四週間前に地上から来た武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)。今はアゲハのクラスメイトで、同居もしている。いきなり天界へ飛ばされたので自分の家がなく、第一発見者のアゲハに世話になっている。


 アゲハは使命に従う条件に、そのサクラを同行させることを提案した。独断だったのでサクラも戸惑う。


「あの、私は降りてはいけないって……」

「そう。あなたは一度死んだ身……」


 同行の許可は降りないとサクラは思っている。理由は彼女が、地上にいるべき存在ではないため。生きている人とは違う。死亡して、生まれ変わった存在。だからこの天界が正しい居場所で、突如飛ばされてきたのもそのせいだ。


「ですが自力で降りようとしていますよね?」

「バレてる!?」


 地面の雲は硬いが、高い所から勢いよく飛び込めば突き抜けられる。サクラはアゲハと暮らし、天界の生活を知ろうとしつつも、密かに抜け出そうとしていた。それが主に知られていたのだ。



「許可します。サクラも行きなさい」

「え……」


 主は同行を認めた。嬉しいが、駄目と言われた四週間前から何が変わったのか、サクラには分からない。


「前に駄目と言ったのは嘘なんですか」

「嘘ではありません」


 アゲハはストレートに疑ってかかる。自分のために反抗的な態度をとらないでとサクラは咎めたかったが、幸いにも彼女の言動に主は無反応だった。ただ質問に答えてくれた。


「サクラの振る舞い次第では、戻らせないつもりでした。この一ヶ月で審査させてもらっています」


 サクラの日頃の生活が、地上へ行く権利の獲得に繋がった。そう主は語る。


「アゲハのようにだらけていたら不合格でした」


 アゲハを真似した素行だったらアウト。そんなもしもの未来を告げられた。いつまで続くか分からないながらも頑張った甲斐があったとサクラは安堵する。無断欠席や宿題忘れを平気でするアゲハにつられなくてよかったと思う。


「私が駄目みたいじゃないですか」

「自覚あるよね!?」


 対してアゲハはサクラの模範的な生活を真似していなかった。誘いを蹴ってまでサボっていて、自堕落の烙印を押されても仕方ってがない。



「とはいえアゲハ。あなたもサクラの影響で、発表に本気になったことは評価します。だから選んだのです」


 だが、これはアゲハの追放ではない。改善されたサボりもある。それがさっきの発表だ。サクラと会うまではそれなりの出来で済ませる予定だったところを、彼女に感化されて本気でスパートをかけたことは、主も認めている。


「過去に地上へ行った者もいます。あなたもそこに続くのです」


 地上への行き方をサクラの前で実演した天使もその一人だ。アゲハの使命は特別ではなく、伝統的なもの。


「その調査に、地元民がいると安心という気持ちは分かります。サクラ。今度はあなたが導いてください」

「は、はいっ」


 主はアゲハの意図を汲み取った。地上の勝手は知らないから、ずっと住んでいる人に教えてもらう方がいい。送る側としても安心できる。


 正式に役目を与えられて、降りてよいと言われたサクラは、ようやく帰れると受け止め、心が軽くなった。


「出発は早くて明日、四月一日。準備ができたら向かってください」


 すぐ出られることはサクラにとってもありがたいが、欲を言えば今日、月が変わるまでに出発したい。



「今日は駄目ですか」

「はい。月が変わる前に出発すると、成績処理が面倒で」


 今日までは中学二年生として成績処理をするので、出発を早めると手間が増える。事務的な理由に、サクラは納得した。


「何かあるの?」

「ううん、別に」


 三月中に降りたい理由はアゲハにも話していない。サクラ自身、数日前に妹から送られた手紙を読んで知った事情で、その手紙のことも打ち明けていない。


 今すぐにでも帰ってきてほしいというメッセージだったが、発表会が終わるまでは残る気でいた。もっとも、終わったら地上ダイブに再チャレンジするつもりではあった。

 今月にこだわる理由も、妹と同じグループになれるかもしれないという些細なもの。間に合わないと問題になるというわけではない。


「それにもう夜ですよ」

「えっ!? 本当!」


 言われてサクラは時計を確認する。発表会を終えてここに来る間に、遅い時間になっていた。天界に夜はなくずっと明るいから、気づいていなかったのだ。地上は真っ暗で、飛び降りるには危険だ。


「明日以降にしても、時間帯には気をつけて。飛び出した瞬間、真っ暗なこともあり得ます」

「そうですね。日を改めます」


 主はサクラが、今すぐにでも帰りたくて一晩も待っていられないと察した。だが安全面から翌日の出発を促す。サクラは妹と"同期"になることは諦め、後日行くことにした。



 その後、今後の流れの説明を受けて主の前から下がった。明日は一旦学校に行き、荷物を取りにいく。そのときに詳しい説明を受ける。地上へ降りてからどう過ごすのかなどと。

 だが今は、突然の出来事に二人は放心状態だった。


「……ねえ、アゲハ」

「何?」


 しばらく歩いて状況が飲み込めてきたサクラは、この結果はアゲハの狙い通りなのではないかと気になった。


「選ばれるために、頑張ってくれたの?」


 発表の評価が良かった天使は地上に行く機会を得られるという話を、サクラは知らなかった。だが前々から暮らしているアゲハなら知っていてもおかしくなく、地上から迷い込んだ自分を助けるために、努力していたようにも思えた。


「いや。全然想定外」

「そっか……」


 しかしそれは思い過ごしだった。アゲハは決して狙っていない。発表では大口を叩いたが、地上へ行きたいなど考えたこともない。


「……でも、サクラがいたから得られたものだと思う」


 発表を良いものにしようと決意したきっかけはサクラだ。彼女がテーマに興味をもってくれたから自信を持てたし、クオリティを上げる原動力になった。


 狙った結果ではないが、サクラとの出会いが掴んだ結果であるのは事実。それがなかったら、この未来は待っていなかった。



「へえ、だから今日がいいって」


 家に着いてサクラは手紙をアゲハに見せた。特殊能力者として登録された月が同じだと、同じコードが割り振られる。すでに妹が月初に登録したから、サクラが間に合うには今日行くしかなかったとアゲハは理解した。


「フユキっていうのね。これアンタの妹が書いたの?」

「うん……多分」


 手紙は先週から毎日届いており、二日目以降は身に覚えのない昔の出来事が書かれていて、誰か入れ知恵して捏造話で心を揺さぶるつもりに思える。


「ちょっと読んであげるわ」


 そうと知らないアゲハは全文を妹が書いたと捉え、ホームシックならぬ妹シックのサクラのために声を真似して読み上げた。彼女は妹の生声と信じ込み、食い入るように聞いていた。


「……フユキはそんなこと言わない!」

「は?」


 読み上げただけなのに解釈違いを起こされ、アゲハは困惑した。



「アゲハはどうしようか。妹は、私を今の家に迎えたいって言ってるけど……」


 妹は今地上にいるが、家には帰っていない。サクラと逸れたときに辿り着いた島で、出会った同い年の少女に頼んで居候の身。そして図々しくも、今の生活を続けたいから、帰ってきたらそこに一緒に住まわせてもらおうと言っている。


 だが実際、アゲハと一緒に行くため、その家に二人入れてもらうのはいかがなのかと躊躇う。


「心配要らないわ。そこなら知り合いがいる」

「知り合い……前に会った、石頭の」


 だがアゲハは地上の滞在先の候補を考えていた。同じく天界の育ちで約四ヶ月前に地上へ行った旧友。その人物にサクラも心当たりがある。地上から現れて妹の状況を教えてくれて、雲の地面に頭から飛び込んで戻っていった天使だ。


 彼女もその島に暮らしている。一緒にいるのが無理なら彼女の家を借りる。だから心配要らないとサクラに伝えた。


「じゃあ大丈夫だね」

「ええ」

「よし……おやすみ」


 明日から新生活が待っている。けれどもアゲハとはこれからも会える。名残惜しいことはないから、サクラはいつも通り部屋に戻った。


「……寝ないの? 支度なら明日にしない?」

「そうね」


 明日以降と言っていたから、出発を焦る必要はない。今日は発表もあって疲れているだろうから、早く休むよう勧めた。アゲハは少し迷ったが、いつも通り寝ることにした。


 一方、地上では玄関の外で妹がスマホを持って待っていた。


「もう諦めなさいよ」


 居候先の同級生に、姉はもう間に合わないと告げられ、家に入っていった。



 翌日。二人は学校から荷物を回収し、クラスメイトに見送られて学園を去った。それから家に置きにいき、地上へ行く準備を済ませ、外に出る。


「結局飛び込むしかないんだね」

「そうね」


 学校で受けた、地上への行き方説明。それはやはりというか、力業。穴の無い雲の地面に勢いよく激突し、突き破るというもの。


「アゲハ練習してないのに大丈夫? 私も成功してないけど……」


 サクラは前々から帰る予定だったのでダイブの練習をしていたが、ずっと天界で暮らすつもりでいたアゲハは練習さえしていない。昨日話を聞いたときも、何らかの楽な移動手段を用意してくれるものと思って話題に上げなかった。


「……私は行かないわ」

「えっ!? どうして」


 失敗してばかりでもノウハウはあるから、きっとなんとかなる。と話そうとした矢先、思いがけない宣言がサクラの予定を狂わせた。



「だって面倒だもの」

「でも、学校……」

「それよ」


 アゲハは最初から、地上に行く気がなかった。これは当面学校に行かなくて済む口実に使えると考えて、地上調査を承諾していたのだ。


「行ったフリをしていれば、休み放題だもの」

「何言ってるの。バレたら大変よ」

「でもサクラお咎めなしだったし」


 サクラが規則を破って地上へ行こうとしていたことも、主にはお見通しだった。留学詐欺もきっと気づかれてしまう。


 だがアゲハは平気と言う。根拠はサクラにペナルティが課されなかったこと。バレるリスクを軽く捉えていた。


「地上のことなら、今までサクラに聞いた話で十分だし」


 学校に提出する報告書は、サクラから聞いた地上の話を載せればいい。食事は自分で摂るとか、土日は休みとか。天界の生活を一ヶ月過ごした地上の人の体験談は、間違いなく貴重な情報。だからアゲハは心配していない。



「それに、スマホ使えばすぐ会えるでしょ」

「それは……」


 何より、アゲハが同行しなくてもサクラは妹に会える。地上なら電波が通じるし、連絡先を知っていれば知り合いを経由する必要もない。


「だから、私はサクラを送る。それが役目」


 けれどもサクラは地上へ行かないといけばい。そのためには飛び込む勇気が必要で、アゲハには策がある。


「私が妹の声で応援する。それならきっと、できるでしょ?」

「……うん」


 スマホの音楽は小さくて風切り音に掻き消される。けれどもアゲハの能力なら、声を変えて増幅もできる。サクラも意図は分かったが、大きな問題に直面した。


「……つまり、アゲハとはもう」


 アゲハとは、もうお別れということだ。それを彼女は昨日時点で分かっていた。



「……ようやくお節介から解放される。せいせいするわ」

「ありがとね、アゲハ。あなたと会えて、楽しかったわ」


 ただサクラの方は、脱出を図っていた頃からアゲハとの別れを覚悟していた。ついさっきまで地上でも一緒だと思っていたのが最後の別れに変わってしまっても、すんなりと受け入れた。


 反対に、アゲハは別れることを心苦しく思った。これは面倒ごとを避けるため。そう言い聞かせて堪えた。


「じゃあ、私は真下に行くから。真っ直ぐ降りてきて」

「うん」


 二人は能力で空を飛び、雲を突き抜ける準備に入る。これからアゲハは落下地点に移動し、サクラの目印になる。アゲハは蝶をサクラの耳元へ飛ばし、これで離れても声を一方的な電話のように届けられるようになった。


 サクラは急降下する。風を起こしてさらに加速し、けれども並走する蝶から聞こえる妹演じるアゲハの声に励まされ、恐怖を乗り越えた。


 アゲハの真横の雲に飛び込み、地上へ脱出した。


「……やった」


 サクラは風を制御し、雲を見上げる。勢いよく突き破ったのでもうだいぶ遠くにある。アゲハの姿は見えない。

 空気が薄い。長居できないと察し、もう振り向かずに地上を目指した。



 スマホの電波が入る。サクラは妹のスマホの現在地を調べる。

 風の向きと強さを変えて、目標の島へ、街へと向かう。


 今、地上は春休み。妹は桜並木を散歩していた。そこに空から風を起こし、妹は目を腕で覆う。風が収まると、目の前に姉がいた。


 夢か幻かと疑いながら、妹は目をぱちくりさせる。


「ただいま。フユキ」


 その声と笑顔で姉と確信すると、泣いて胸に飛び込んだ。

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