18話 もう一度会わせて
「レノン、これ……」
春休みになった。他校含めた同学年の特殊能力者の交流会の後、広小路冬雪は上福岡恋音に手紙を差し出す。
「前みたいに、お姉ちゃんに届けてほしくて」
「まあ……」
レノンの特殊能力は、紙を投げると飛行機のようにふわっと飛び、狙った相手の手元に届けられるというもの。その相手の居場所が分からなくても届くから、紙を追えば行方が掴める。
四週間前フユキが姉と逸れた日は、そうして姉が雲の上にいると知った。そのときは現在地特定が目的だったので手紙には宛名しか書かなかったが、今回は違う。
「だから、そのまま投げてくれれば大丈夫で……」
中身は見えないように折り畳んであるのに、レノンは無言で広げようとする。フユキは反射的に手で手を押さえ、読まれるのを阻止した。
「勝手に読まないでくれるかなぁ」
「許可とればいいのかしら?」
「よくないっ」
勝手に、という余計な一言で揚げ足を取られた。姉に早く帰ってきてほしいと願いを込めた本文だ。人目に晒したくはない。
「だからわざわざ持ってきたんだよ。読まれていいならスマホで伝えたよ!」
チャットして転記を依頼すると中身を知られてしまう。それを嫌って現物を手渡ししたのだ。
「透かして見ないで!」
折り畳んだ手紙の上部を指で軽く盛り上げて、裏側から読もうとする素振りも見破り、止めに入った。
「だって気になるじゃない。お姉さんに会えなくて寂しいって想いを綴った手紙でしょ?」
「違うよ! いい加減帰ってきなって文句を書いたの!」
「嘘だよ。顔に書いてある」
レノンのこの状況を楽しんでいる。姉と逸れて一ヶ月も会えていない。物語でしか見たことがないシチュエーションを、リアルに味わっている人がいるのだ。どんな気持ちだったのか知りたいし、それは間違いなくこの手紙に書かれている。
「実体験なんてめったにお目にかかれないし、ぜひ気持ちを聞かせてもらいたいな」
「言うから、早くこれ投げてっ」
質問ならそれなりに答えてやれるが、この手紙は読まれたくない。それに姉には今月中に帰ってきてほしいから、早く送りたい。
「読まずに送るのもったいないじゃない!」
「何なのこの野次馬は!?」
完全に興味本位で読もうとしていると察し、フユキは絶対に読ませるわけにいかないと決意した。
そんなやりとりを傍観する保土ケ谷風は、あのフユキが翻弄されてるのを新鮮に感じた。
そのときフユキは直感した。レノンは脳内設定妹トークに乗ってくれるタイプではないかと。
「決して覗いてはいけないの。恥ずかしくて私は解けてしまう」
フユキは能力で自分に雪を降らせて演じる。体は雪でできている。もし手紙を他人に読まれたら、顔が熱くなって体が解けてしまう。という設定で、中身を覗くことを拒否する理由をつけた。
突拍子もない話だが、レノンは目を輝かせ、話に乗った。
「まあ素敵! ……そっか、冷たい態度をとるのも、解けて消えないようにするためなのね」
「うん。だけどホントは甘えたい。妹だもの」
「うんうん。それに冷たくされるのも嫌だよね」
予想以上の共感を得られ、二人の話はヒートアップする。見ていたクルリは、二人が仲良くなれてよかったと安心した。
「この手紙、大事な言葉が抜けてるわ」
「え? 名前だけでいいって前……」
妹トークは一段落つき、肝心の手紙をほったらかしにしていたので話を戻す。だがこれでは送れないとレノンが言う。
以前はフルネームを教えるだけいいとレノンは言っていた。だからフユキは書いてきた。読まれるのは困るが、届けられないのはもっと困る。
「えっと、何が……」
「Dear my sister」
レノンは言いながら携帯カンペを見せてきた。親愛なる姉へ。手紙の書き出しとしては適切だが、フユキは書きたくなかった。
「ほら書いて」
「嫌! 別にお姉ちゃん好きじゃないっ」
などとからかわれたりした末に、手紙は姉の元へと飛んでいった。
姉、武蔵浦春桜は雲の上の天界にいる。親愛なる姉へと書かれた手紙が届き、中身を読む。
送り主は妹のフユキで、内容は彼女がいる島に、今月中に来てほしいというお願い。その島には同学年に三十人以上の特殊能力者がいて、他校生との交流があったり、不思議な出来事に巻き込まれたりと、充実した日々を過ごしている。
再会したら、しばらくこの島で一緒に暮らしたい。その方が楽しいと思う。などと、新生活を満喫している様子が読み取れた。寂しくないのかと不服だった。
続けて読むと、知らない話が出てきた。フユキが行った島特有の制度のようだ。三月中に島の測定器で能力を計測すると、妹と同じコードが割り振られる。
同じチームになりたいから、絶対に今月中に帰ってきてほしい。そう書いてあった。
「今月中……」
サクラは部屋の壁に目を向けた。向こうには同居人、北参道天羽がいる。
「ううん。発表を見届けていかないと」
天界に休日と春休みはない。だから月末に授業がある。課題研究の発表会。アゲハも壇上に上がる。それを見届けるまでは、帰るべきではないと判断した。
本音は、地上に行くために高い所から雲の地面に飛び込むのが怖いからで、今すぐ行けない言い訳にアゲハを利用したのだが。
ただサクラにも帰ろうという意思はある。ただ天界に迷い込んだのなら、主に事情を伝えれば帰してくれただろう。けれどもフユキにも内緒にしている秘密があり、そのせいで許可が下りない。雲の地面へのダイビングも、死者は地上に居られないルールによってバリアで弾かれたり天使に追跡されたりしないか不安で、飛び込む恐怖との相乗効果でギリギリで中断してしまう。
それから毎日、フユキから手紙が届いた。本文は日に日にボリュームを増している。語る出来事が増えたからではない。思いを綴った量が増えたためだ。冒頭もDearestに変わったりと、本気か冗談か思いが拗れつつあるのが見てとれる。それだけ月末というタイムリミットを恐れているのだろう。
問題は中身だ。肩を引き寄せておはようの挨拶が恋しいとか、眠れない夜はポエムを教えてくれたとか、存在しない記憶が紛れている。
この手紙を届ける力を持った人や地上で知り合った誰かが、フユキにおかしなことを吹き込んでいるように思えた。
どのみちまだ帰れない。だがサクラは追加で言い訳を思いついた。フユキの感情が暴走しているから、収まるのを待とうと思った。間に合わなかったのは変な手紙で不安にさせた妹のせいでもあると反論できると考えた。
そしていよいよ、課題研究の発表会を迎えた。編入して間もないサクラは聞くだけだが、クラスメイトが順に、総合学習の時間に進めた一年間の調査を発表する。その中にはアゲハもいる。
サクラはアゲハの発表を特に楽しみにしていた。彼女の選んだテーマが人探しゲームから着想を得た、どんな遠い関係の人にも知り合い経由ですぐに繋がる、というもので面白そうなものだから。加えて、知り合って発表までの一ヶ月で彼女のやる気が目に見えて上がったから。
何度もリハーサルに付き合ったから、発表の資料や説明は全部知っている。それでも本番、うまく発表できるかサクラも緊張する。
アゲハの番が回ってきた。エールを送りたい気持ちを抑え、固唾をのんで見守った。
「えー、マイクチェック。ワン、ツー……メェ~」
本物の羊みたいな声が会場に響き、あちこちから笑い声が上がる。サクラも分かっていながら周りにつられて噴き出す。同時に、掴みとして完璧だと喜び、気分が上がった。アゲハの能力、声を自在に変えられる力を、発表内容にうまく落とし入れた、彼女ならではのネタだ。
「私の探求テーマは人と人の繋がりです。迷える子羊のような人の魂を、私は繋がりを通して導きたい」
それからアゲハは、自分が没入している人探しゲームの説明をした。ゲーム内で、依頼主が会いたい人に、道行く人に話しかけて手がかりを集めて辿り着くというゲーム。
そのゲームのせいで休日に学校を無断欠席していると囃し立てられないかとサクラは危惧していたが、幸いにもギャラリーからそういった声は出なかった。
「この人探しゲーム、実は五人を辿るだけでクリアできます。現実に例えると、一人に43人知り合いがいるとして……」
アゲハはスクリーンに数字を映す。そこに電卓で入力し、累乗する。大きな数値になるにつれて、字のサイズも大きくなり、色も濃くなる編集をつけている。
「すると六人目で地上の人口を超える。つまり誰にでも辿り着ける。人は誰とでも、間接的な知り合いってことです」
その説明も図を用意してある。人の絵から数本の線を生やし、別の人の絵を出す。そこからさらに線が出て、後は繰り返し。人と人を線で繋いだ図が画面いっぱいに広がり、それが曲がって球体に変わる。図全体を地球に見立てた、誰とでも繋がるイメージを表現したのだ。
「それは魂でも同じ。この世界を漂う魂も、間接的に繋がっている」
人と人の繋がり理論がアゲハにとって何になるか。それは彼女の夢、魂の案内。亡き人の魂が彷徨うこの天界で、ガイドをする仕事に就く。地上とそれと違うのは、母数だ。
「当然、魂の数は今生きている人の数よりずっと多い。ですが」
「え……」
再び電卓を連打して、さらに数を大きくする。同時に、サクラは驚き声を漏らした。すぐに手で口を塞ぐ。驚いた理由は、知らない話が出てきたから。
対してアゲハは淡々と発表を続ける。これはミスでもアドリブでもない。サクラに内緒で用意していた、本当の台本だ。
「それでももう二、三人経由するだけで……先立った、あるいは同じ時代を生きなかった人とも繋がることでしょう」
そのゲームでも地上の人でもできない、故人との出会い。けれども魂ならそれができる。サクラも納得はしたが、やはり練習から脱線している。アゲハはどうするつもりなのか、気が気でなかった。
「もう会えない人に、もう一度会わせてあげられる存在を……私は目指します」
繋がりの繋がりで、巡り会わせることはアゲハの夢。それはサクラも聞いている。けれども今は、天界に来てしまった自分を地上にいる生きている妹に会わせてあげたいと言っているように聞こえた。
予想していないサプライズ。サクラは驚き、そして嬉しかった。アゲハに会えて、よかったと思った。
発表が終わり、拍手で幕を閉じる。サクラは泣きながら手を叩いた。
「いつまで泣いているのよ」
「だって嬉しくて……」
一時は収まった涙も、アゲハの顔を見ると思い出してまた泣いてしまう。それほどサクラにとっては、天界から出てはいけない宣告を破ろうとする仲間という存在は大きかった。
「一ヶ月、一緒に暮らして分かったのよ。サクラはいつまでもここにいてはいけない。妹と一緒にいるべきだって」
アゲハにとって、サクラと出会ってからの日々はそれまでと違うものだった。今日の発表を本気で締めようと決意できたのも、趣味を理解してくれて練習にも付き合ってくれた彼女のおかげだ。
だから、今度はサクラのために自分が役に立ちたい。それは今までのように天界の住人として付き添うのではなく、彼女が帰れるよう手を貸すことだ。
「嬉しいけど、言ってくれれば……」
「……言うか迷っていたのよ。面倒ごと嫌いだから、大っぴらに言うのは」
言うのとやるのは関係ない。ただ、言っておいてやらないのは周囲にみっともなく思われる。だから言わないでおく手も考えて、直前まで台本は最後が違う二つを用意しておいた。そうとサクラにバレないように、あくまでも夢は天界の魂のための仕事で彼女とは無関係なものにするつもりでもあった。
「でも、言えばできるかもって思った」
「そうなんだ」
「あなたの影響よ」
最終的に、宣言する台本を選んだ理由。それは直感で、大勢の前で言うと実現できる予感がしたから。サクラは素朴な反応を返すが、アゲハにとってはその予感は彼女の影響だ。
「私の?」
「飛び込もうとして失敗とき、何をしたか私に言ってきた」
「ああ、そういえば」
曲を聞くとか、風を浴びて落下の感覚に慣れるとか、地上へ戻るために試していることを都度アゲハに打ち明けていた。そしてそれを聞いたからこそ、自分の能力を活かした案を出すことができた。
黙々とやっていたら、そうはいかなかったはずだ。
「言えば叶う的なことをサクラがやっているから、真似しようって決めたのよ」
「アゲハ……」
などと話していると、二人は空から呼び出しを食らった。
「見事な宣言だアゲハ。手配をする。地上に降りて、学んでくるように」
発表の件が天界の主に伝わっており、宣言を果たすために地上で繋がりを広げてくるよう、命令を受けた。




