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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第1章 天と地の新生活
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16話 自分のやりたいように

 武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)が天界に来て十日目を向かえた。新しい学校を始めて二度目の月曜日でもある。時間割が一周したので緊張も解れている。

 却って眠気に襲われた。うたた寝していたサクラは、体がガタンと揺れて驚いた。


「危ない、寝ちゃった……」


 幸い周りに気づかれてなく、大事にならずに済んだ。隣にいた北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)には今の呟きが聞こえていたが、言いふらすつもりはない。


「何もしていないと眠くなるね」


 この時間、編入したばかりのサクラだけは作業がない。クラスメイトは一年かけて課題研究に取り組んでいるが、今から追いつく時間は確保できない。だから他の生徒の見学をしていてよいとのことで、いわば公開授業を参観する立場にある。


「でも授業中だし静かにするね」


 かといって自由に過ごすと周囲の迷惑になる。眠気対策の話し相手になってもらって作業を遅らせるわけにはいかないから、サクラは約束した。


「そうだ。発表練習しようよ」

「もう喋った」


 咄嗟の閃きなら致し方ないかもしれないが、静かにすると宣言して間もなく嬉々として話しかけてくる図々しさをアゲハはスルーできなかった。



「あと二週間で発表でしょ?」

「三週間だけど」

「え、だって……」


 サクラは終業式まで何日かを考えたとき、ここに春休みは無いことを思い出した。学校は年度内最終日まである。発表会もその付近で、アゲハの言った方が正しいのだ。


「……そうだったね」

「だから平気」


 アゲハは休みがないことを分かっているから焦っていない。そもそもそこそこの出来で十分だと考えているから、多少終わらなくていいとさえ思っている。


「でも発表練習なら私も眠くならないし」

「いや練習とか面倒だし」


 けれども声を聞いたり発していないとサクラがつらい。面倒と言って逃げたがっているアゲハの手を引き、空き教室を借りた。


「さ、やってみようか」

「やるから降ろして」


 来る途中でアゲハが抵抗するので、サクラは桜の風を起こして彼女の体を浮かせて教壇まで運んできた。逃げないから自由にしてほしいと頼み、解放してもらった。



「私の探求テーマは人と人の繋がりです。地上には大勢の人がいて、その魂がこの世界を彷徨って」

「はいはいっ。あのユニークなやつ言わないの?」


 アゲハは原稿を読みながら話しているし読み飛ばしてもいないのに、話を遮られた。思いつきで動いたせいか、サクラの言っていることが何一つ分からない。


「その雑な説明何?」

「あれ、えっと……ストレートなんとか」

「ストレイシープ?」

「そう!」


 迷える子羊ことストレイシープを導く神父。それがアゲハの夢だと、先週のこの授業で聞いた。それを冒頭で話せば掴みはバッチリだとサクラはアドバイスしたかったのだ。


「それ言うと掴みはバッチリだよ」

「いいわよ、地味で」


 アゲハは数百人もの発表の中で、目立とうという気はない。無難でやや期待以下という、反応に困るラインを望んでいる。


「よくないよ。こんな良いテーマなのに」


 そう言われるとアゲハは嫌気はせず、照れを隠して顔を背ける。思えばサクラは先週もタイトルを素敵と褒めてくれた。

 確かに特殊なテーマという自覚はある。本当に最低限の出来を狙うから、卒業生のをパクればいい。けれどもこれは自分のやりたいようにやった。



 ただ、だからこそ悪目立ちを避けたい。


「でも滑ったら嫌だし」

「大丈夫! 私が盛り上げるから」

「嫌」


 一人で盛り上がって空回りするのは恥ずかしい。だから発表に工夫は要らない。かといって身内に囃し立てられるのはもっと恥ずかしいから全力で拒否した。


「リアクション次第では不登校になる」

「考え過ぎよ」


 発表は一度きりであり、人数も多いので録画や配信もされない。けれども同級生に聞かれるから、もしやらかしたら以降の視線が怖い。酷いと人間不信に陥って外へ出られなくなりそうだ。


「今だって土日不登校でしょ?」

「それは周りがおかしいって」


 まるで今は平気で登校できているかのような言い分だがアゲハは週二日を自主欠席しているせいで煽られる。本来は毎日通うのだが、そんなスケジュールの世界の方が間違っていると彼女は思っている。


「……せめて内容を仕上げてから考えたい」

「それもそうだね」


 盛り上げることに気を取られて、肝心の中身がとっ散らかっていては本末転倒。本題を精査して余った時間にネタを考えたいとアゲハは要望を言い、サクラも同感だった。

 言ってからアゲハは、自分はなぜやる気になっているのかと首を傾げる。内容こそ半端なものでいいと割り切っていたから、リハーサルをしたり、他人に意見を求めたりしなくていいはずだ。


 サクラといると調子が狂うと感じつつも、発表を再開した。



「どの人にも44人の知り合いがいると仮定して、6乗すると73億。六人辿れば世界中の誰とでも繋がることができて……」


 アゲハは話を途中で止めて固まった。原稿に続きはある。間違えたわけではない。ただ、このタイミングでスクリーンに計算式を映した方が良いと思いついた。


「ここで電卓を連打……」


 アゲハはシナリオに加筆した。二桁の数字を六回掛けるだけで一億に達するなんてピンとこない。けれども実際そうなるし、論より証拠で過程を見せるとインパクトがあると考えた。


「つまり世界は思っているほど広くなくて、これをスモールワールド現象と呼び……それをテーマとした人探しゲームが私は好きです」

「学校サボってまでやり込んでいるしね」

「うるさいそこ」


 確かにゲームの話に触れたら疑われても不思議ではない。さすがに発表中にサクラみたいな茶々を入れられたりはしないだろう。



「これは言わないでおこう」

「いやいや、これこそアゲハらしいところでしょ」


 サクラの言う通りだ。研究テーマに選んだ理由は好きなゲームに絡む話だから。そして夢でもある。天界を彷徨う魂を、望む魂の元へ導くことは。


「今みたいなこと言ったら二度と家に入れないわよ」

「言わないよー」


 だがサクラのせいで言いにくい。本番に野次を飛ばしてきたら居候から追い出すと圧をかけた。サクラ自身、そんな邪魔をする気はなく、心配要らないと軽く返す。


「でもちゃんと学校来れば済む話よね?」

「うるさい」


 とはいえサボっているのは事実なので、改善すれば疑われることもない。そんなサクラの正論に耳を塞いだ。



「この仮説から、私は迷える魂を求める相手の元へ案内する仕事に就きたいと思い」


 いくら五人を経由すれば誰とも繋がるといえど、そのルートを見つけるのは容易ではない。だからアゲハは教える側になる。それが彼女の目指す夢。


「相手の元へ届けます」

「あれ? 前はもっと雑だったような……」


 最初に辿るべき人を教えるから、以降はその人に頼ってもらう。自分の役目はその程度でいいとアゲハは先週話していたが、今の発表では大きく出た。丸投げにせず、二人目、三人目以降の辿るべき人も教える。そうグレードアップしたのかとサクラは驚いた。


「発表だしややこしいのは止めようと思って」

「いいと思うよ」


 何も宣言した通りになれないと罰があるわけではない。正直になるあまり説明を複雑にして質問されるのも嫌なので、多少オーバーでもいいからコンパクトに話すつもりだと明かす。それは良い案だとサクラも賛同し、発表に戻った。



「以上です。ご清聴……ご清聴?……」


 台本にそう書いてあるが、アゲハ自身は納得がいかなかった。半分はためになる割り込みだったとはいえ、サクラのせいで何度も調子を崩された。こんなに頑張るつもりはなかったのに、月曜日から疲れてしまった。


「ねえ、質問いい?」

「ああ、そうね……どうぞ」


 発表はまだ終わっていない。本番ではこの後、質疑応答に移る。リハーサルのつもりでアゲハは構えた。


「結局アゲハは、どうするの? そうなるために何を頑張るのかなって……」

「え、ゲームだけど」


 今の発表からは、一年間研究したアゲハがこれから何をするのかが分からなかった。具体的にどんな活動をして夢に向かうのか、サクラは知りたくて質問した。


 だがアゲハの答えは、今まで通り人探しゲームをするだけだと当然のように言い切った。


「駄目でしょそんなの!」

「だってそこまで考えてないし」


 来月には進級するだけ。発表の後に生活がガラリと変わることはない。今まで通り過ごすつもりだし、それは同級生も一緒だ。



「何か目標言うチャンスよ」

「目標ねー」


 発表の締めにビシッと大きな宣言に出るのも悪くない。それが本気かはさておき。


「この学校全員と知り合いになる、とか……」

「全員と……」


 発表を聞く相手が同級生なら、ぴったりな目標。きっとウケは良いのだろうとアゲハは思いつきの採用を検討した。サクラも良い案とは感じたが、交流を広げたアゲハの姿を想像すると、知人その一に成り下がりそうな自分も想像できてしまい、心が痛んだ。


「嫌……私のそばにいて」

「何なのもう」


 自分から提案しておいて勝手にダメージを受けているみっともないサクラに、戸惑いの呆れの視線を向ける。


「遠い存在になるのが嫌で」

「大げさな……」


 脚光を浴びるような事態など、アゲハとしても願い下げだった。とはいえ実現するとも思えないから、発表の締めは全員とのコネクション計画で行こうと決めた。


「おかげでだいぶ進んだわ。ありがとう」


 アゲハはお礼を言った。きっとサクラに促されなければ、この授業で発表内容がこんなに変わることはなかっただろう。眠気覚ましに付き合うことがきっかけだったから、これは彼女のおかげだ。



 二日後。また総合学習の授業が来た。サクラにとっては今日も眠気との戦い。一旦風を浴びて戻ってこようと席を立ったところ、アゲハに声を掛けられた。


「サクラ。今日も発表聞いてもらえる?」


 今回のアゲハの方から、模擬発表の提案をしてきた。思いがけない誘いにサクラは面食らう。


「……ありがとう。今の冗談で目が覚めたわ」

「冗談じゃないから」


 驚かせるために言ったのではない。アゲハが自分から声を掛けたのは、そうしないとサクラが他のクラスメイトに絡みにいって手遅れになるのを避けたかったから。


「他の人にお願いしようかしら」

「ヤダヤダ! 私に任せて!」


 今度は冗談で、からかうなら頼まないと呟くとサクラは必死に縋ってきた。結果、今日も二人で空き教室へ移動した。



 台本を読み上げただけの前回とは違い、発表時にスクリーンに映す資料を準備しての練習だった。まだ原稿は手放せないが、内容は一昨日とほぼ同じ。けれども手を動かして画面も意識する分、前回より話すテンポが崩れていた。


「操作は私がやろうか?」

「いい」


 アゲハは半分意地になって突っぱねる。以降はサクラも前回と違い割り込まずに静聴し、見守りながら気になった点はメモをした。ただそれは悪い所ではない。知り合いの知り合いを表す図にアニメーションがあると良いという改善点や、電卓のイコールを連打する乗算の度に数字のフォントも大きくなる演出は良かったという評価点を記録している。


 けれどもアゲハからはメモの中身やサクラの思考が見えないから、ペンが走る度に駄目な点が出ているように思えてしまった。


 通して発表を終えたとき、アゲハは完成にはほど遠い現状を実感した。


「……ごめん。次回もお願い」

「あっ、待って……」


 また授業の時間はある。再挑戦する余裕はあるが、アゲハは教室を出てしまった。よほど悔しかったのか、去り際の声の震えがサクラに躊躇いを起こした。



 アゲハは人気のない廊下で壁にもたれかかり、息を整えた。こんな思いをするから真剣に取り組むのは嫌いだ、と内心ボヤく。今までは多少手を抜いていたから、事前に焦ることも、本番緊張することもなかった。けれども意識して頑張ると、思った通りにいかないと不安になる。

 すると桜の花びらが舞い込んで、紙切れを運んできた。アゲハはキャッチし中身を覗いてみると、それは評価コメントで、送り主はサクラだと分かった。

 そして最後にはメッセージがある。この時間はもう教室に戻るから、また今度、待っていると書かれていた。


「こんなこと言われたら、頑張らないわけにいかないじゃん」


 それを読んだアゲハは、前の自分に戻ろうという気は失せた。コメントにしっかり目を徹し、自分で感じていたような負の面は書かれていないから、それは書き足す。それから一人で練習を再開した。

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