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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第1章 天と地の新生活
13/52

13話 遠く見えて

 半袖シャツにハーフパンツ。まるで夏のランニングコーディネートだが、今は三月初旬。しかし保土ケ谷(ほどがや)(クルリ)広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)も平気な顔をしている。

 風を浴びるのが好きなクルリと、雪を操るフユキは、寒さに強い。


「私のウェアだけど、ぴったりだね」

「うん。動きやすい」


 フユキはクルリの家に泊まりにきたので服を借りた。そして朝のランニングは計画外。というのも公園に行く用ができ、そこがクルリのランニングコースということで、行くなら早く着いて、用事の前に走ろうという話になった。


 というわけで出発し、公園までジョギングで向かう。空はそこそこ雲があった。


「今日はあそこを目指すのかぁ」

「うん」


 その用事とは、雲の上へ飛び込むこと。二人は特殊能力"ノーツ"で風に乗って空を飛べる。だが雲の上まで高く飛んだことはない。目指す理由は二つ。そこにフユキの姉がいるからと、雲まで飛べたら"ノーツ"評価が上がると信じたから。

 そう教えて、くれたのはクルリの同級生、福俵(ふくたわら)天使(アツカ)。実際に雲の上まで飛べて、姉とも会ったことがある少女だ。そのアツカとの待ち合わせ場所こそが、二人が向かう公園。



「この街、港の方にタワーがあるんだけどね。高さは百メートルくらいなんだ」

「へー。今度上ってみようかな」


 今日は午後からクルリは部活動がある。だから午前中しか一緒にいられない。一人で行くか後日連れていってもらうかは、後で決めることにした。


「百メートルって、走るとすぐなんだって思うと、案外空は近いのかもね」

「確かに。高いのって見た目より遠くない」


 塔の頂上までの距離が次の交差点までの距離と変わらないと考えると、にわかに信じられない。


「月もそうだよね。地平線に近いと大きく見える」

「そう。それと同じ理屈なんだよ」


 同じだけ離れた物体でも、前方にあるのと上方にあるのとでは、前者の方が大きく見える。そう気づいたフユキに、塔の頂上が遠く見えるのも同じ理屈だとクルリは説明を始めた。



「街の中って色々あるでしょ? 電柱とか、車とか」

「うん」


 走っている今、まさに見かけている。


「そういうのがあると目の焦点が手前に合って、それで月もその距離に見えるんだって」

「へー」

「でも空には何もないから」

「あー、それで!」


 見上げたときは空しか見えない。だから焦点が合わず、小さく見えて、遠くに感じる。フユキは納得した。高い建物が実際の距離以上に遠くに感じるのも、その影響だと受け止めた。


「だから、雲は遠く見えてそうでもないんだよ」

「そうか……」


 見上げたら遠くに感じる、雲の上の世界。けれどもそれは目の錯覚。実際に飛んでみれば、想像より近くにある。そう思うと、姉は遠くに行ったわけではないと思えた。


「お姉ちゃんにも、すぐ会えるのかも」

「そうだといいねっ」


 喧嘩してお互いに風を乱し、空の上へ飛ばされてしまった姉。一週間も会えないままだが、きっと近くにいると思うと、不安は薄まった。



「もう春だねー」

「うん。花も咲いて、雪は……」

「降らなかったよ。一日しか」


 公園の花を見て春の訪れを感じるが、逆に感じるものが花しかない。雪は残っていないし、池の水も凍っていない。クルリは二月からこの街にいるが、雪は一日だけ少し降っただけで次の日にはもう解けていた。


「せっかく特殊能力あるんだし、誰か降らせたりしないの?」


 フユキも部分的に降らせることはできるが、自然に降る雪の規模は無理だ。けれども他に誰か、大々的に雪を降らせられる能力を持っていないものかと考えたが、そんな人が暴れたことはクルリの記憶にない。


「あんまり聞かないかなー。"ノーツ"使ってニュースになることは」


 雪に限らず、能力を悪用してトラブルを起こす話は、めったに聞かなかった。特に使用を制限されているわけではない。わりかし自由で、それでいて平和だ。


「そういう人には目覚めないのかもね」

「それもそうか」


 そもそも能力自体、ほんの一握りの人にしか宿らない。危険な人には素質がないと考えたら、平和なことに納得がいく。


「ってか速いねクルリ」

「ああ、ごめんごめん」


 などと雑談しているうちに、フユキは置いていかれていた。無意識に普段のペースを出していたことに気づき、スピードを落とした。


「いいよ、自分のペースで」

「ううん。それはいつでもできるけど、フユキと一緒に走れるのは今だけだからさ」


 合わせないで好きなペースで走っていいとフユキは告げるが、クルリは首を横に振る。せっかくフユキといるのだから、今しかできないことをしたい気持ちが強かった。


「それに、ペース合わせるのも大事だし」


 タイムを競うのが陸上競技だが、クルリはそのためだけで生きているのではない。同級生や他校生の"ノーツ"持ちと協力して挑む機会はある。平和な世界といえども、平穏な世界ではない。


「何が起こるか分からないから、誰とも協力できるようになりたいんだ」

「……そうだねっ」


 クルリの意見にフユキも身に覚えがあった。自分一人の力より、仲間と力を合わせて何ができるかが大事だと知った。ただそれはそれとして、自分のレベルを上げたい欲はある。



「お待たせー」


 時間になり、アツカも公園に着いた。これから彼女に案内してもらって、雲の上、そして姉の居場所を目指す。


「いやー、普段と違う道だから迷ったよ」

「コトリの家泊まったんだっけ? 来てないの?」


 アツカは待ち合わせに遅れていないが自分の想像より時間がかかってしまった。理由は普段使わないルートだったからで、原因は同級生の家を出発したため。


 だが、その同級生、大船(おおふな)切裏(コトリ)の姿は見えない。


「コトリは行かないってさ」

「そうなんだ。部活?」

「自分だけ飛べないからじゃない?」


 出発前にアツカは声をかけたが断られていた。理由は聞いていないから憶測で語る。実際コトリの"ノーツ"では空を飛べないから、仲間外れになる気がして断った線は考えられる。そもそも予定が無いとも言い切れない。


「小鳥なのに飛べないなんてね。あはは」

「それは言わないであげて」


 名前負けを煽るアツカに、クルリはストップをかけた。本人が聞いたら怒るだろう。



「じゃあ始めよっか。スカイダイビング」

「うん……逆だけど」


 一般的な、航空機から飛び降りて地上を目指すものとは逆になる。ただ空へ飛び込むという意味では、これもダイビングと言えなくもない。


「その前に……」

「え? 何?」


 アツカは二人のお腹をじろじろと見て、飛ぶか判断する。二人は何を見ているのか分からず困惑した。


「妊娠してないよね」

「してない!」

「バカなの!?」


 確かに大事なチェックだが、中学生の自分たちに何を疑っているのかと憤慨する。


 とにかく全員、体や体調に異常がないことを確認し、いよいよ空へ飛び立つ。



「じゃあ行くよ。着いてきて」

「うん……あ、飛ぶの?」


 高台にでも移動するのかと思いきや、アツカは翼を生やして飛び上がった。一切の予備動作も説明もなしに行ってしまい、二人も慌てて追いかける。


 フユキは雪の風を起こして竜巻に乗るように、クルリは風を踏んで走るように、上空へ進みアツカを追いかける。出遅れたが、すぐに追いついた。


「……風は感じるけど」

「あ、フユキも思った?」


 あまり縦方向への空の旅に出たことがないフユキは、全力で空を目指してみて想像と違うと呟いた。クルリも同じことを思っていた。そして違和感は、クルリの方が明確に掴んでいた。


「走っているときほど、スピードを感じない」

「そうそう、そうだよ」


 走っているより速く移動しているのに、あまりその速度を感じられない。そうクルリは感じていて、言われてフユキもそうと気づいた。



「多分、さっきの話と繋がるやつだ」

「さっきの……高いと遠くに感じる話?」

「うん」


 地面を横に走ることと、空を上に走ることの違い。それは何かがあるかないか。


「景色が変わらないから……自分のスピードが見えない」

「そうだね。何かが近づいて見えることもなくて……」


 地面を走ればゴールや道中の物体に近づく。けれども空にはそういう目印がない。だから、何かが迫ってくる感覚を視覚的に捉えないことが、スピードの実感を奪っているのだ。


 フユキはこの感覚を知ることが、自分の可能性を広げるように思えた。アツカがBランクからAに昇格した理由は雲の上へ行ったこと、という話の意味が分かってきた。



「スピード上げるよ!」

「えっ!?」


 そのアツカが、ギアを一段上げた。二人は置いていかれないよう、"ノーツ"の出力を上げる。


「もっと上げるね」


 しかしアツカは再び加速する。二人も負けじと加速するが、もう限界だ。けれどもアツカはまだ加速する。


「……フユキ! 私を使って!」


 クルリは諦めようと思った。考えていた以上に難しいチャレンジだと思い知ったと同時に、なぜフユキの姉は雲の上まで行けたのか考えると、それはその場に彼女もいたからだと予想した。


「サクラが行けたのは、二人の風を合わせたからだよ! だから」

「……分かった!」


 クルリは便乗しただけ。空に行きたいのはフユキの方。それに午後は部活動もあるから、長丁場になるなら、どのみち途中で抜けないといけなかった。それは彼女も分かっているから、クルリの意図を察した。もう諦める。だから自分を使って、フユキだけでも行ってほしいのだと。


 フユキは旋回し、両足を曲げて地上へ着地しにいく姿勢をとる。一方クルリは半回転し、両足を空に向ける。

 それから二人は足の裏を合わせ、強く踏む。タイミングを合わせてクルリは蹴り上げ、フユキは跳躍する。二人の足の力と風を合わせ、フユキは急加速して飛び上がった。反動でクルリは地上へと落ちていく。だがすぐ体勢を立て直し、着地を見据えて公園を目指した。


 頑張ってとフユキに内心応援し、本当のスカイダイビングに挑んだ。



「ん? クルリからだ」


 アツカはスマホの通知に気づき、クルリのギブアップとフユキをお願いというメッセージを読んだ。振り返るとフユキだけが着いてきている。アツカはフフッと笑い、もう一度空を見上げた。


「じゃあ行くよ!」

「え!?」


 フユキを突き離すようにアツカは加速した。フユキは唖然とした。二人の力を合わせたのに、それでもアツカに届かない。これ以上のスピードは出せず、どんどん姿が遠ざかり、ついには見えなくなった。



 完全に見失い、けれども真っ直ぐ空を目指す。だがそれも難しいと分かった。高い所へ行くほど、強い風が吹いて体が揺れる。目印がないのも相俟って、真っ直ぐ進めているか不安になる。


 加えて空気が薄くなり、気分が悪くなる。ゴールに近づいている実感もなく、フユキは心が折れた。


 気づいたときには地上にいた。クルリの声で目が覚めた。


「あれ、ここは……」

「さっきの公園。アツカが連れてきてくれたの」


 クルリはフユキに状況を説明する。空から何かが降ってきたと思いきや、気を失った彼女を抱えたアツカだった。


「空は空気が薄いから、時間はかけられない。だから、無理ね」


 アツカは自分についてこられないのなら雲の上へは行けないと突きつけた。


「じゃあアツカに抱えてもらっても」

「その分スピード落ちるから」


 自力で無理ならアツカに頼むのはどうかと提案したが、時間をかけると息が保たないことが問題なら、抱えて失速するとアツカも行けなくなると考え、諦めた。



「じゃあ私は部活あるから……フユキ、またねっ」

「うん、またね……」


 クルリは自宅へ戻った。後でフユキも向かって、荷物を回収して帰らなくてはならない。


 けれどもその前に、アツカに聞きたいことがある。クルリを見送ってから、尋ねてみた。


「ねえ、アツカ。本当にお姉ちゃんは家出を……」


 フユキは挑戦に失敗して、姉に会えるのか不安になった。だから姉に会ったというアツカに、姉の話を聞きたくなった。行方は分かっているのになぜ地上に帰ってこないのか。その理由をアツカから、家出するからと聞いていた。


「前にそう聞いたときは冗談かと思っていたけど……お姉ちゃん、何か事情があるの?」

「そうかもね」


 アツカは知らないと答えた。あくまでも姉の話をそのまま流しただけ。どんな事情かは姉しか知らない。そう振る舞っている。


「そう……ありがとう」


 結局、姉の動向は分からないまま。フユキは手詰まりと考え、帰ることにした。


「またね」

「うん、またね」


 肩を落として帰るフユキを見送り、体力有り余るアツカは飛んで家へと向かった。

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