12話 帰るって言いそう
「それでカリンったら酷いんだよ! 私たちのこと妖怪と疑って」
「あははっ、そんなことがあったの」
今夜は保土ケ谷風の家でお泊まり会。広小路冬雪は部屋へ入れてもらうと、この島に来てから一週間の出来事を話した。
これはフユキやクルリが生まれつき風の力を持った種族だと久里浜華燐に話したときに向けられた、妖怪かまいたちなのではという疑惑。当然濡れ衣だ。
「でも私もあるなー。妖怪窓開けっぱなしだって」
フユキより一ヶ月早くこの島に編入してきたクルリは、妖怪扱いという意味で自分も似た経験があると語った。それは学校の窓が開いていたら、開けて閉めなかった犯人と疑われること。
「いくら私が朝一番に窓全開にするからってさ」
「クルリ窓開けるの好きだものね」
フユキは昔馴染みだから、そういう癖があるのは知っている。クルリは昔から風を浴びるために窓を開けたがり、けれどもエアコンは嫌う。そのため閉め忘れを疑われやすい。
「半分は違うのに」
「半分はそうなの?」
だが前科があるなら疑われるのもやむなしだとフユキはあきれる。事例の半分が同一犯なのは問題事に思えてならない。
「まだ編入して一ヶ月なのに窓側の席に出禁食らってさ」
「……早くない?」
いくら今までいた街と勝手が違うとはいえ、問題児として認知されるまでが早過ぎないかと困惑する。そんなフユキも先日校庭に雪を降らせて騒ぎを起こしたのだが、本人に自覚はない。
「これくらい全然寒くないのにね」
「うんうん」
寒さに強いのはフユキも同じなので、そこは同意した。二月に窓を開けても平気なのは、雪がめったに降らないからでもある。
「むしろ浴びないと感覚が鈍っちゃう」
「それはそう」
何もわがままで開けているのではない。風を操る力を持っているから、日頃から風の感覚に触れていないと、能力を使うときに支障が出てしまう。ただ、ここではそんな体質のクルリたちは異端なわけで、周囲の共感は得られない。
「ところでクルリはどうしてここに来たんだっけ?」
「陸上で推薦されたからだよ」
「ああ、思い出した」
「もう……」
たった一ヶ月前の出来事だが、フユキはクルリがなぜ転校したのか忘れてしまった。誇らしい理由なのにあっさり記憶から消されたことをクルリは内心不満に思った。
だが、ここが編入先に決まった理由は話していない。クルリも当時はあまり実感がなかったが、一ヶ月過ごしてその意味がよく分かった。
「この島は色んな能力持った人がいるから、記録に繋がるヒントを得られるようにって」
「なるほど……」
二人が風に関する特殊能力を持つように、特殊能力が目覚めた人がこの島に点在する。二人とはまったく違う性質の能力を。
その人たちとの出会いが、クルリに新しいアイディアを与えた。昨日部活動で練習していた、風になるギリギリまで加速してゴールテープを切るという、一歩ずれればテープを切れず失格になるハイリスク走法もその一つだ。
「そのうちフユキも分かるよ」
「ううん、もう分かってる」
今あれこれ説明するより、この島で暮らして他の"ノーツ"持ちと交流するうちに実感する方が早い。自分がそうだったから今は何も言わなかったが、フユキはもう共感している。先週末にカリン含め十人と関わって、その多様さに興味を惹かれた。
「ところでいつまでここにいるの?」
「んー決めてないっ」
クルリはふと疑問に思った。意図せずこの島へ来てしまったフユキは、姉と合流したら街に帰らなくてはならない。時間が経てば分かると言ったものの彼女に時間はないと懸念したが、当のフユキは何も考えていなかった。
「いっそお姉ちゃんもここで暮らすといいんじゃない?」
「まあそれは嬉しいけど……」
希望はもうしばらく、この島に残りたい。それを聞いてクルリも喜んだが、問題は姉が賛同するかどうかだ。
「サクラがどう思うかだけど……帰るって言いそう」
「確かに……」
フユキは問答無用で実家へ連れ戻そうと手を引く姉の姿が目に浮かんだ。
「帰らないと国が滅ぶの! とか言いそう」
「嘘でもやめてそんなの」
帰るためにはどんな都合もでっち上げて味方を作りそうだから、クルリの想像もあり得る話だ。けれどももしそんなことを言われたら、仮に粘ってこの島に残れても、居づらい空気になりそうで嫌だった。
「絶対吹き込まないで今の!」
「言わないっ、冗談だって」
怖いのはクルリが姉の味方につくことだ。フユキを説得したいのならこんな作り話はどうかと入れ知恵しそうな危うさがある。絶対ダメだと釘を刺し、約束させた。
「サクラと会えなくて寂しい?」
「……もう平気」
クルリはフユキから事情は聞いていた。今はカリンの家に住まわせてもらっていると。だが気になるのは彼女の内面だ。一週間も会えなくてどんな気持ちかと尋ねた。
フユキは毎晩のことを思い出す。姉がいなくて泣いている自分を。けれども見栄張って隠した。
「むしろまだ会えなくていいと思ってたもん。今のうちに順位上げて、お姉ちゃんより上になるんだ」
「でもこっちから会いにいけば上げられるみたいだし、そろそろ行ってあげようかな」
「昨日の話ね」
地上で特訓してから姉を誘うつもりだったが、姉の元へ行くことがその特訓に当てはまると聞いた。だから準備は要らなくなった。
「明日頑張ろうねっ」
「うん!」
そして出発は明日で、クルリも同行する。一緒に空を飛んで、空の上を目指す挑戦に。
「じゃあ今日は早く寝よう。お風呂入ろっか」
「行く行く」
だから今日は夜更かしするわけにいかない。今のうちに体力を蓄えておく。雑談は後にして、寝る前にすることを考えた。
入浴すること三十分。フユキは違和感に気づいた瞬間、悲鳴を上げて浴室を飛び出した。
「何で窓開いてるの!?」
「涼しいでしょ?」
妙に心地よい。まるで露天風呂だと思いながらふと壁を見たフユキは、小窓が全開なことに気づき、外から丸見えだったのではないかと焦って浴室を出た。
クルリはあえて開放しており、風が入ってきて気持ちいいだろうと問いかけた。
「見られたらどうするの!?」
「別にどうとも……」
根本的に二人の見られることへの意識が違った。羞恥心をどこに捨てたのか、フユキはクルリのことが心配になる。
「それに着替えるときも開けてるし」
「なんで!?」
「たまにスカートの下脱いで学校行くし」
「怖い!」
見られることへの恐怖が一切ないクルリの行動が、ポンポンと湧いてきた。フユキは同じ出身だが、何一つ共感できない。
「風が気持ち良いから」
「発想が酔っ払いだよ!?」
行動の原理は一貫して、風を体で感じること。だがそれはまるで、判断力が鈍り欲のままに動き奇行に走る酒に酔った人みたいに思えた。
「ここに来て変わってしまったのね……」
「それはあるかも。色々スリル味わったし……」
引っ越す前はクルリに露出の気はなかった。この島で過ごすうちに変わってしまったとなると、疑わしいのは他の能力者との交流だ。
本人にもその自覚はあり、未知の能力に触れて感じるスリルを日常に求めるようになったと考えた。
「そのうち分かるよ」
「分かりたくないよ!」
この島にいたい理由を聞いたときにも似たセリフを言われたが、今はそのときと真逆の感情を抱いていた。
「学校でも更衣室の窓開けたんじゃ……」
「使わないよ私」
「……」
学校で問題を起こしていないかと心配するフユキ。それは思い過ごしだったものの、知りたくなかった答えに却って困惑した。
「私、変人になりたくない……」
フユキは泣き出し、姉に助けを求めた。この島の空気に染まるうちにおかしな人になりそうな予感がした。
「歓迎するよっ」
「嫌だ!」
クルリはそんなをされて心外なので、冗談で返したが全力で否定されてしまった。
「なんか呼ばれた気がした」
「誰に?」
武蔵浦春桜は助けを求める妹の気配を感じ、呟いた。一緒にいる北参道天羽は何も聞こえなかったから、何のことかと尋ねる。
「……ううん、気のせいだった」
サクラは聞き間違いだと思い直した。妹が天界へ来ているはずがない。
「宿題? 明日でいいじゃん」
「明日も学校でしょ」
アゲハは振り返るとサクラが勉強していることに気づく。次に登校するのは月曜日だから、今じゃなくても明日や明後日でいいと提案する。
だがその前提は違うとサクラは言い返す。天界に夜はないから休日もない。それは学生も同じで、明日も明後日も学校なのだ。だから宿題の期限も明日だ。
「私は行かないから」
「私も行きたく……」
そうと分かっていながらアゲハは堂々と休むつもりでいる。実際今まで休んでばかりだった。
サクラはサクラで葛藤する。天界の生活に適応すると決めたからには、規則を守って登校しないといけないと思っている。だが休日がないのはきっとつらい。ここの生活がいつまで続くか分からないのも追い討ちをかける。
「私は今まで休みだったし……」
「でもここは違うから」
サクラは周りと立場が違う。アゲハのように天界の住民ではなく、地上から飛ばされた地上の住民。それを言い訳に休日は今まで通りあるものと正当化しようとするも、ここでは天界の規則が優先だとアゲハが突き返す。
ただ、彼女は強制しているのではない。
「休んだら心配されるかも」
欠席の事情を聞かれたときに困る。なんてごまかすつもりなのか、良い案があるなら知りたいアゲハは尋ねた。
「アゲハは?」
「私はサボりで通るから」
その点、自分は常習犯なので呼び出しはかからない。いないのが自然な存在となっている。
「で、でも最初は理由聞かれたでしょ」
「別に」
今はそうだとしても、常習犯と認識されるまでは欠席を心配されたはず。サクラが聞きたいのはそのときの話。だがそんな過去はアゲハにはなかった。
「最初からそういう性格だって刷り込んだおかげで」
「卑怯な……」
日頃の行いが、欠席をサボりと疑わなくさせた。アゲハはむしろ狙い通りだと胸を張る。サクラは納得したものの、真似したいとは思わなかった。
「今月発表あるんでしょ!」
「あー、余裕」
宿題から話を変えて、今月末にある総合学習の研究発表に触れる。パソコン室や図書室で調べたり授業で書き進めたりするためにも、休んでいる場合ではないとアゲハに呼びかける。
だがサクラの焦りと対極的に堂々と構えていた。それは順調だからでも、逆に諦めているからでもない。そこそこの出来でいいと割り切っているからだ。
「とにかく私は行かないから」
「もう……」
サクラは説得を諦めた。自分がやる気を出せていないのだから仕方ない。いっそアゲハの方から意欲的になってくれたら頑張れたのにとさえ思いながら、宿題を再開する。
そして終わらせ、眠りにつく。眠いのに明るい部屋は、一週間経っても慣れない。
よく寝つけないまま、もう朝を迎えていた。
「家に帰りたい……」
サクラは泣きそうになった。ここが新しい家なのに全然慣れず、地上の暮らしがどれだけ恵まれていたのかを実感し、逃げたくなってしまった。
その日サクラは一人で登校した。平日と変わらない時間割。昼食はクラスメイトに誘ってもらい、食べさせ合った。アゲハが休んだことは誰も気に留めず、ズルいという声も聞かなかった。
そして学校が終わった。楽しさより疲れが溜まった一日だったと思いながら、重い足取りで家に向かう。こんな一日が明日もあって、その次の日は地上と変わらぬ登校日。
到底続けていけないと実感した。アゲハのように素行の悪い生徒と認識された方が幸せかもしれないと迷走した。
「おかえりー」
家に上がるとアゲハがソファーで寛いでいる。のんびり一日過ごしていたのが見てとれる姿に、サクラの感情が爆発した。
「絶対ここ出る!」
駄目と言われようと関係ない。サクラは必ず地上に帰ってみせると宣言し、部屋へ駆け出した。
実現は難しいことではない。高い所から急降下して、地面の雲を突き破る。サクラは桜の風を起こせるから、風に乗って空を飛べる。地上にもゆっくり着地できる。
問題は飛び込む瞬間だ。雲の割にコンクリートのように硬い地面にぶつかる勇気を出せるようにならないといけない。
気分を上げる音楽を聞いたり、強く起こした風を自分に浴びせて落ちるときのシミュレーションをしたりして、精神を鍛えた。




