11話 これでお揃いだね
「じゃあ行ってきますっ」
「ごゆっくり」
金曜日の放課後。広小路冬雪は一時帰宅してまた出発し、一泊して戻ってくる。久里浜華燐は行かない。フユキを見送り、家に残った。
行き先は他校。知り合いのいる中学校。電車に乗って現地で合流する。明日は土曜日で学校は休みなので、その知り合いに泊めてもらいにいくのだ。
「ここだ」
フユキは地図と看板で確認し、目的地の
竿壁中学校に着いたことを確信した。その知り合い、保土ケ谷風は来ていない。予定の時間より早く着いてしまったので、まだ校内で部活動をしているのだろう。
「まだグラウンドかな…… いたいた」
迂回して校庭を覗くと、トラックで陸上部が練習している。その中にクルリの姿もあり、ちょうど今から短距離走をするところだ。フユキは屈んでフェンスに身を隠し、こっそりと眺める。
ピストルの発砲音が響き、クルリが走り出す。記録を伸ばすため、クルリは駆けながら二つのことを考えていた。一つは風になること。そしてもう一つは、ゴールテープを切ること。
ゴール目前、クルリは風になって姿を消した。ゴールテープは切れなかった。
「あ、消えた……痛っ!」
フユキも気づいた数秒後、フェンスの外で人と人がぶつかる音と悲鳴が響いた。風から戻ったクルリが、フユキと激突したのだ。
「……つまりクルリが飛び出した先にフユキが偶然いたのね」
保健室に運ばれたクルリとフユキの元へ大船切裏が来た。手当てをしながら経緯を推測する。
「うん……でもまあ居るの分かってて見てたから」
一概に運が悪かったとは言えない。クルリが走ってくる正面で意図して見ていたから、飛び出すとぶつかる位置に待機してしまっていた。
「ごめんね…… 調整がうまくいかなくて」
「いきなりでびっくりしたでしょう。これがクルリの"ノーツ"。ダッシュすると体が風になるの」
クルリの狙いは短距離走のタイムの更新。そして彼女の特殊能力"ノーツ"は助走をつけると風になること。するとどんな隙間も通れたり、空を飛んだりできる。
この"ノーツ"を活かして、ギリギリまでスピードを上げつつゴールテープを切った直後に風になることで、記録を更新しようとしているのだ。そのために練習でタイミングを掴もうとしていた。
「大丈夫、知ってるから」
「ああ、前から知り合いだものね」
コトリはフユキにクルリの能力を解説したが、もう知っていると返され、生まれが同じ街と聞いているので納得した。
「でも皆は知らないかもだし」
「皆? 誰かいるの?」
この場には三人しかいない。コトリはさっきの説明を、二人が昔馴染みと知らない、この話から読んだ人向けのものということにした。
「ゴールテープを切れるようになるのもそうだけど、外に出ない調整も必要ね」
「片付く前に課題が増えた……」
クルリはまずテープを切るタイミングを掴めるようになろうとしていて、風になった後のことへの意識は後回しにしていた。
だがコトリの言うように、風になったら勢いで前に飛び出してしまうことも問題ではある。今回フユキとクラッシュしたのはそれが原因だ。
そうとクルリは分かってていても、一つできるようになろうとしたら併せてもう一つできるようにならないといけないのは難しいと思った。
「もっと広い所で練習できたらな……」
ゴールした後のことを考えなくてもいいくらい、広くて人通りもない場所を使いたいと呟く。するとクルリは、自分の中学校のグラウンドがまさにその条件を満たしていると思った。
「うちの学校来る?」
「アリね」
「軽っ!」
なんて適当に転校を検討しているのだとコトリは思わずツッコんだ。
「氷足そうか?」
「ううん、私に任せて」
それはさておき、ぶつけた頭が心配だ。コトリは二人にアイシングを継続しようかと提案すると、氷は自前で用意できるフユキは"ノーツ"を使った。
「ほらっこれで大丈夫」
「へー、便利ね」
フユキは雪を降らせてタオルを冷やす。これで患部を冷やせるとアピールすると、コトリは感心した。
「コトリも冷やしてあげるよ」
「私は頭大丈夫だから!」
フユキは調子に乗ってコトリもお揃いに冷やそうとする。どこも怪我していない彼女は拒絶して逃げ回った。
「クルリ助けて」
「こっちの頭バカにしたでしょ」
怪我の話だが、間接的に頭がおかしい人扱いされたようにも聞こえたクルリはご立腹でコトリの味方につく気はなかった。
コトリは二人は敵だと察し、いっそう身の危険を感じて保健室を飛び出した。
「大丈夫!? 二人ともぉっ!?」
そこへ福俵天使が飛んできた。クルリたちが怪我をしたと聞いて、廊下を天使の羽を広げて叫んで駆けつけてきたところに、中から飛び出してきたコトリとぶつかった。
フユキたちは想定外の事態と、ここまでするつもりはなかったことに焦った。そして頭を手で押さえて体を起こすコトリの口元からイライラが伝わり、近づかない方がいいと察した。
「廊下を……飛ぶなあっ!」
ついに堪忍袋の尾が切れたコトリは叫ぶ。アツカはそそくさと逃げていき、あっという間に姿を消した。そのキレっぷりにフユキとクルリは身を寄せ合って震えた。
「頭大丈夫じゃないよね」
仕返しがてらそう呟いて手当てする。コトリは頭を冷やしながら気を鎮めた。誰のせいだと言いたい気持ちを抑えて。
「これでお揃いだね皆」
この煽りにも堪えた。
「それで、泊まりにきたのよね?」
「そう。でもちょっと早く着いたから」
待ち合わせの時間に余裕をもって到着したから、時間を潰すために見ていただけだと明かす。
フユキは部活動が終わればクルリの家へ向かうつもりでいたが、コトリやアツカに会えたのはチャンスと思い、相談を持ちかけた。
「……ついでに聞きたいんだけど、どうすれば順位上げられる?」
「順位?」
「これ」
フユキはスマホで学年"ノーツ"ランキングを開き、この順位やランクを上げる方法を尋ねた。
「これは変わらないものよ」
「そうだよね……」
努力しても上がるものではない。順位の入れ替わりも発生しない。カリンにもそう聞いていたから、そういうものかと諦めかけた。
だが例外はある。それも身近に。
「あ、でもアツカはBからAに上がったよね」
「本当!? 私も……」
まさにフユキが求めている人材だ。ランク昇格した人に、きっかけやコツを知りたい。最初は最低でもAランクになりたかったが、推定Bの姉と一緒がいいと先日考えを改めた。
「Bの上の方まで上がりたい」
「Aじゃないの? そこは」
「私も思った」
この学年は"ノーツ"持ち三十一人の過半数がAランクだから、そこに混ざりたくて相談したのではないかとクルリたちは疑問を浮かべた。
「まあアツカを真似すると」
「待って!」
それは駄目だと言わん勢いでコトリが割って入る。
「アツカはAに上がって変になっちゃったのよ!」
コトリはBランクだった頃のアツカを知っている。そして今の彼女とのギャップに頭を悩ませていた。
「そうなの?」
「まあちょっとね……」
クルリも知っているが、コトリと違ってあまり問題視はしていない。
「前はあんなに天使だったのにっ」
「今も天使じゃ」
「性格の話だよ」
さっき飛び込んできた姿は紛れもなく天使だった。だが出会い頭にぶつかって逃げ去る辺り、性格がワルいのは察した。
「悪魔に魂を売るんだよ。見にいこう」
「ちょっとやめて! フユキまで染めないで!」
クルリは面白半分に誘う。二の舞いを踏ませてなるものかとコトリは立ちはだかる。
「ああ言ってるけどコトリAなんだよ」
「へー。いいねえ、恵まれてて」
「うっ……」
確かにコトリはAランクで、二人より高い。順位上げを阻止する立場になれば反感を買うことになる。人が得ようとしているものを、元から持っている人が反対しているわけだ。
「別になりたくてなったわけじゃ」
「腹立つなあそれ……」
本音を吐けば吐くほど、コトリは追い詰められていった。
「これは我々Bランクの革命よ」
「そうだそうだ」
コトリは引き留めていい立場なのかと葛藤しながら、去っていく二人を見て膝から崩れ落ちた。そのとき彼女の脳内に、元凶のアツカが編入してきたときの記憶が過った。
今から三ヶ月前にあたる去年の十二月、アツカが隣のクラスに編入してきた。出身は天界だが、今までは夢を叶える街で暮らしていたから地上の生活には慣れている。
とても優しいと評判で、木に引っかかった筆箱を見せたら天使の翼を広げて取ってくれた。
その二ヶ月後、同じ事態を起こしたら脚立の場所を教えて去っていった。
別の話では十二月、窓の裏側を掃除したいと伝えたら飛んで引き受けてくれたのに、二月には業者に依頼してと先生に伝えるよう言ってきた。
「帰ってきてぇ……あの頃のアツカ……」
困ったら助けてくれる天使のような性格は、自分に利益のない行動をしなくなる性分に上書きされてしまった。元に戻ってほしいと、コトリは孤独な教室で訴えかけた。
「大丈夫? 良かった……」
二人はアツカを発見した。彼女は駆けつけた経緯を思い出し、クラッシュしたが手当てしてもう平気と聞くと安堵した。
「改めて見ると、サクラとはあまり似てないね」
「え、お姉ちゃんを……」
フユキはなぜアツカが姉の名前を知っているのかと戸惑ったが、二人は面識があることを思い出した。姉の安否を教えてくれたのも彼女だ。
「あの、あれからお姉ちゃんとは……」
「ああ、行ってないや」
フユキがこの島に来た先週の土曜日、彼女に頼まれて会いにいって以来、天界へは行っていない。だから姉が今どうしているのかは分からない。ただ半日で確かめにいける。
「明日会ってこようか?」
「ううん、まだいい」
「え、いいの?」
アツカは姉が天界から降りられないと聞いているが、そのことはフユキに黙っている。二人を会わせるのは不可能だが、伝言を預かることはできるから明日どうかと提案したが、フユキが拒んだ。
「今度また手紙出すんだ。それ読んだらお姉ちゃん、きっとすぐ来るから」
最初に姉と逸れたときはまったく行方を掴めなかったが、カリンが同学年"ノーツ"持ちのグループチャットに相談したところ、狙った相手に手紙を飛ばせる人がいた。そのときは居場所を調べるために宛名だけの手紙を送ったが、今度は中身を書く。
フユキはこの島に来て特殊能力や他校生との交流に魅了されたから、そのことを手紙で伝える。すると姉は意地を張るのをやめて、自分に会いにくる。
アツカはどんな手紙で誘ったところで姉は来られないと気づいているが黙って聞いていた。
「でも、出すのはまだ先にして、その間に私はランキング上げたい」
「それでさっき……」
クルリはフユキがAランクまで行かずBの上位に行きたいと言っていた理由はここにあるのだと理解した。
「そしてお姉ちゃんより上に立つ。でもランクは同じがいい」
「そんな狙いが……」
ずいぶんと意地汚い目論見を持っているものだとクルリは苦笑いする。
「そんなわけでアツカ、教えて!」
そこで話を戻し、BからAへ昇格したアツカに極意を乞う。
「必要なのはパワーとスピード」
アツカは近くの教室に入り、二人も着いていく。すると彼女はチョークで絵を描いた。
「イメージは将棋の駒。裏返るとパワーアップする」
「裏表のある人になる……的な」
「ううん、違う」
本心を隠した言動をとるというようなややこしいものではない。ひとえに力と速さ。それらが上昇すれば順位もランクも上がる。
アツカが言いたいのは、それを実現する過程ではなく、条件だ。その説明のため、マス目を描く。
「ここを越えたら裏返るでしょ。つまりそういうこと」
「……それは将棋の話でしょ」
ルール上そうなるけれど、人が踏み越えても何も起こらない。それとも同じ理屈でパワーアップする境界線でもあるのかと聞こうとしたとき、アツカが天井を指差していることに気づいた。
「私は雲の上に飛び上がった。そしたらAになったの」
「雲の上……」
フユキたちも天井を見上げ、見えないがその上にある空をイメージした。確かに行ったことはない。簡単に行ける所でもないと思うが、それで力と速さが必要なのだと察した。
「雲の上まで飛んでいけたら……それだけの力をつけたら」
「強くなった……ってことだよね?」
フユキとクルリ、二人それぞれの"ノーツ"なら空を飛べる。後は勢いと持久力次第。
挑戦してみたいと、輝かせた目と目を合わせた。
「私、やってみる!」
「私も!」
「じゃあ明日、挑戦ね」
アツカは微笑んで計画を立てた。明るいうちに挑戦ということで話は纏まり、今日は帰る。
「というわけで明日やってくるね」
「私は……」
保健室に戻り、コトリに話を伝えた。飛べない彼女は交ざれないから浮かない顔をする。
「私コトリの家泊まりたいっ」
「待っていきなり……後で親に聞いてみるけど」
フユキがクルリの家に泊まる話に対抗してアツカも泊まりにいきたいと飛びついた。コトリは困惑しながらも、提案には乗り気だった。
それから二人ずつに分かれて帰宅した。




