10話 きっと遠くない
広小路冬雪の新しい学校生活初日が終わった。率直に感じたことは、前の学校とあまり変わらなかったこと。
「そんな特別な感じしなかったよ」
「そう?」
一緒に下校する久里浜華燐は、生まれたときからこの島にいる。特別な教育という実感はない。
「"ノーツ"使う場面なかったし」
「そうね。別に、授業で覚醒させようって方針でもないし」
この島の特徴は、一部の人に目覚める特殊能力を"ノーツ"と呼んでランクをつけていること。だが希少種であり、教育で覚醒させようという意識はない。ゆえに授業は他の地域と変わらない。
「むしろあなたの街は? 風を操る練習とかする?」
「あったよ。皆で」
フユキはこの島の生まれではないが能力は持っている。むしろ彼女の故郷では当たり前のように宿っていた。だから正しく安全に使いこなせるように、家庭や授業でレクチャーを受けていたのだ。
「種蒔きとか雨降らせるのとかね。私の所は生まれつき私みたいな力持ってるから」
自身で風を起こし、下半身を筒状に渦巻いて体を浮かすという芸当は、故郷では皆できる。遺伝するもので、長老にも子どもにも備わっている。昔から、その力を生活に役立ててきた。
「でも微妙に性質は違って、私は雪を、お姉ちゃんは、桜を……ううん、何でもないっ」
ただ個体差はある。例に出したら、フユキは二日前に逸れてしまった姉を思い出した。だが行方は分かっていて、姉が意地張って家出という体で再会を渋っている。
心配要らないと吹っ切ってごまかした。
「あなたたちってさ……」
「ん?」
だがカリンは別のことを考えていた。彼女の地域では"ノーツ"は遺伝しないし、生まれつきではなく唐突に覚醒する。特殊能力という括りは同じでも、発現方法や割合から、別種族ではと思えてしまった。
「妖怪か何か? かまいたち的な」
「違うよ!?」
旋風に乗るという共通点はあるが、フユキはれっきとした人間だ。それに風に乗ってもその妖怪のように刃物で人を襲ったり靴下に穴を空けたりしない。
「とにかく、せっかくの能力が持ち腐れだよ」
「この学校、二年生で"ノーツ"あるのは私だけだからね」
"ノーツ"を持っていても使う機会がないなら持っていない人と変わらない。ただ大半の人は持っていない側であり、持っていると成績に有利になるものでもない。
だが、それはあくまでも学校内での話だ。休日に"ノーツ"持ちの他校生と会えば話は別。
「学校でも言ったけど、週末になればよその学校の子と遊べるから」
「でも今日月曜じゃんっ」
その休日が次来るのは五日後。それまでフユキはこの島に残っているとも限らない。姉が戻ってくるまではいられるが、きっと遠くない話だろう。
「カリンはどうなの? 暴れ足りなくない?」
「私は別に……先月目覚めたばかりだし」
能力を使いたくならないのかと意見を聞くも、カリンはノーと答えた。フユキと違って生まれつきの力ではないのと、覚醒が最近の出来事のため、"ノーツ"を持たなかった時期の感覚が根付いている。
持っていなかった頃と同じようにしていればいいと体で理解しているから、発揮できなくても違和感を持たない。
「……カリンはどうして炎を覚えたの?」
生まれつきの力ではないということで、フユキはカリンの覚醒の経緯が気になった。興味があるのに加えて、知れば彼女のようにSランクと評される力を得られるかもしれない期待を込めていた。
聞かれてカリンは先月のきっかけを思い返す。暗い夜道、視線を感じて恐怖を抱いたとき炎を宿した瞬間を。
「防衛反応……かしら」
「防衛……」
フユキの想像とは真逆の精神だったので困惑した。炎使いらしくないと違和感があったが、参考にはなった。
「つまり私も追い詰められたらAランクとかになれる?」
「いや、それはどうかな……」
覚醒だけでなく、能力の育成も学校では扱わない。性質と持ち主のスペックを評価してS、Aなどランク付けをしているが、最初に評価された時点から上がることは滅多にない。事例はあるが。
だからフユキが鍛えればBランクから上がれるかはカリンにも分からない。
「よし、カリン」
だがフユキは突っ走る。一度思い込んだら止まらず、試そうの精神でカリンを巻き込む。
「私をやっつけて!」
「やらないから!」
追い詰める役をカリンは全力で拒否する。やりたくないし、通行人に誤解を招く。
しかしカリンはふと閃いた。ここでフユキをいじめるフリをすれば、家出と言い訳して空の上に姿を眩ませている彼女の姉が庇いに現れるかもしれない。
そうすれば再会という目的を果たし、二人でここを出ていくことになるだろう。フユキは居候でなくなり、平穏が帰ってくる。
もし現れなくても、フユキの頼みでやったこと。悪意は無い。
「……分かったわ。覚悟なさい」
カリンは炎を纏った。これで身体能力がアップする。フユキはその迫力に怯むも、雪の風を起こして勝負に応じる。
「……へえ」
やる気を感じたカリンは、さらに炎を広げ地面を燃やした。その熱風でフユキの風は飛ばされ、雪も消えてしまった。
「やっぱりやめて怖い」
「諦めた!?」
力の差を感じ、痛い思いをする前にリタイアを宣言した。やる気が一瞬で消えたことにカリンは唖然とした。炎も消えた。
「何もカリンが相手じゃなくてもいい。カリンを追い詰めたものを、私が受ければいいんだから」
犬か映画か、何かしらがカリンに与えた恐怖が学年トップの評価の"ノーツ"を覚醒させるきっかけなら、自分も同じ目に遭ってみればいい。その方が安全だと、フユキは考え帰路を進む。
「で、どこ?」
「この辺りじゃないわ。私去年引っ越してきたもの」
だがそれは近所ではないから今は無理だと一蹴する。カリンは生まれはこの島であってもこの街ではない。
「でも先月だって……カリンでたらめ言ってない?」
しかしフユキはカリンの"ノーツ"の覚醒は先月、つまり引っ越してきたからの出来事であることを忘れていない。なら覚醒のきっかけはこっちにある方が自然なのに、違うと言ったのを怪しく思う。
するとカリンは立ち止まり、俯いて呟いた。
「追ってきたのよ」
「ああ……」
フユキは察した。中学生離れしたスタイルを狙われて、引っ越して難を逃れたと思いきやストーキングされていて一年越しに出会して、そのとき"ノーツ"が目覚めて撃退したのだと。
「……もう大丈夫だよ、カリン」
「フユキ……」
フユキは肩を叩いて宥める。追及されなかったことと味方でいてくれる発言に安堵した。
「その胸は私以外に触らせないから」
「あなたにも触らせないし!」
しかしそれは思い違いで、本当の敵は目の前にいるようにさえ思えてしまった。咄嗟に腕で胸を隠したが、幸いにも強硬手段に走られずに済んだ。
「なんでそんなにこだわるのよ。別にBでもいいじゃない」
「だってあまりにもAが多いから……」
同学年の"ノーツ"持ちの中では、ランクが低い方。それがフユキの納得いかない点だ。階級でいえばBは上位寄りなのに、過半数が一つ上のAランクなので、結果的にフユキは下位だ。
「誰があれ決めたのよ」
「知らないわ。割合揃えても順位は変わらないでしょ」
なぜそこまで偏っているかはカリンも知らない。だが仮に階級ごとの人数を均したり、上位ほど少ないピラミッド状にしても、結局順位に変動はない。フユキがBから下がるだけだ。
「まあ、覚醒した人が今のAランクの人より上って評価されて、積もった結果だと思う」
理由と考えられるのは、後発ほど序列が上に来やすい傾向がある。そして追加されたら代わりに一人ランクを下げるという措置をとっていない。だからいつの間にか凄い人数になっていたのだろう。
「それでも収まりきらなくて、Sランクも追加されたそうだし」
「へー」
同学年で"ノーツ"持ちが発見されたのが去年の四月で、その時点ではAが最高だった。それからどんどんAランクが増えていき、十月にはその範疇に収まらない人が現れ、その上にSが追加された。カリンの覚醒はその後の話だから、詳しい話は知らない。
「三年になったら今度はSランクがどんどん増えるのかしら」
「どんどん置いてけぼりじゃん私!」
進級後に覚醒する人はSと評価される人が多くなる。そう予想されたら、順位がみるみる下がってしまうとフユキは嘆く。
「え、それまで居るつもりなの?」
ただそうなる時期にはもう姉と再会して故郷へ帰っているだろうから、ランクも順位もフユキが気にするものではない。そうカリンは思う。
まさか姉も自分の家に上がりこんでくることにはならないだろうとは思っているが、その意思の有無を聞いて、考えてなかったけどその手があった、なんて流れになると余計なことを言ったと後悔することになるので、黙っておいた。
「お姉ちゃん次第かな」
「そう……」
もうじき春休みを迎えるが、フユキはそこをタイムリミットにしようとは考えていない。今の生活も不自由ではないし、むしろ"ノーツ"のおかげで楽しい。
姉との再会を待っているのは、ここに居たい言い訳にしている自覚はあった。
「……でも、お姉ちゃんと一緒にいたいな。この島に。楽しいもんっ」
だから、できれば姉もここに来てほしい。そして一緒に暮らしたい。そうフユキは願う。
「お姉ちゃんもねっ、私と同じような力持ってるんだ。雪の代わりに桜。だからきっと私と同じBランクになるよ」
姉も測定すれば、"ノーツ"有りと結果が出るだろう。性質は近いから、同じランクで序列も近い。さっきは話すことを躊躇った姉の性質を明かして、そう予想する。
「それだったら私、今の順位でも悔しくない。お姉ちゃんと一緒だもの」
「そうだといいわね」
カリンはフユキの姉のことを名前しか知らない。だが本人がそこまで言うのならそうなるのだろうとは思ったが、ふと根本的な疑問を抱いた。
「……あれ、同い年だっけ」
「そうだよっ」
「なら大丈夫ね。学年違うとあまり関わらないから」
ランキングは学年ごとに出るうえ、休日の他校生との交流も同学年間のみのもの。だが同い年の姉妹なら気にすることではない。
「私よりここは大きいけどカリンの方が」
「胸の話はいい!」
そういえばフユキと出会ったとき、姉はグラマーだと説明していたのを思い出す。姉も会ったらまず胸のサイズを気にしてくるのかと思うと、気が気でなかった。
「なら来るのは早い方がいいわ」
「そうなの? "同期"になれるだろうし」
この島では"ノーツ"を測定すると初回にコードが割り振られる。アルファベットと数字を組み合わせたもので、今のところコードは月ごとに分かれている。ただカリンのところだけ、月の前半後半で分かれている。
このアルファベットが同じメンバーを"同期"と呼ぶ。大雑把に言えば、特殊能力ありと測定された時期が近い同学年の集合だ。
現状、カリンとフユキそれぞれに二人の"同期"がいる。その人たちとは一昨日会って一緒に戦った。
「なりたい! いつ!? いつならセーフ!?」
「今月中なら多分……」
フユキは姉と"同期"になることを望んだ。同ランクで同級生、コードも一緒がいい。だが実現するには早く姉に測定してもらわなくてはならない。
カリンの想像では、三月中に測定すれば間に合う。そうと分かったフユキは安堵した。
「じゃあ余裕だね」
「確かにまだ三月始まったばかりだけども」
二十日以上あるから焦るほどでもないのは事実。だが仮にも逸れて行方不明なのによく冷静でいられるものだとカリンは呆れた。
ただ彼女はフユキの内心を知っている。一緒の家で寝ているから、姉に会えるか不安で泣いていたことも知っている。
「その話をしたら、すぐ来てくれるかもね」
「うんっ」
「あっ……あれから連絡つかないまま?」
カリンは伝えようにも電話が繋がらないのでは駄目だと懸念すると、予感は的中した。だがフユキに術はある。
「そうだけど、でもまた手紙送ってもらうから」
空の上だからか電波は届かない。けれども同学年の"ノーツ"持ちに、手紙を投げると狙った相手へ届く能力を使える人がいる。姉が空にいることも、その人が教えてくれた。
だからもう一度頼み、今会いにきてくれれば"同期"の輪に入れてあげると書いた手紙を送ってもらう。
そうしたら姉が降りてくるのを待つだけだ。
「まあそれなら……」
「そしてその間に私は強くなる」
フユキは企み顔を浮かべる。何を図っているかはカリンにも予想がついた。
「同じランクがいいんじゃなかったの?」
「私の方が先に来たからね。少しだけ順位は上がいい」
フユキはBランク八人中五位。少し上がってもAへのボーダーには届かない。姉が来るまでに順位の上げて、自分の方が高いって驚かせてみたいと思った。
「よーし、頑張ってから手紙出すぞぉ」
「まったく……」
前回は手紙は半日で届いた。特訓してランキングに結果が出るか確かめてから送っても遅くない。今後の計画を立てたフユキは、意気揚々とカリンの家を目指した。




