11.母親×起源―――カオス
魔導の塔周辺は閉鎖され、立ち入りが禁止された。
暗雲が立ち込める不穏な山岳地帯。
そこに天を貫くほどに高い塔がそびえたつ。
その頂は遥か彼方、山を十越えた先からも見えた。
リクたち一行は深い森に囲まれた山間の小さな村に逗留した。
「いい村だね」
「そうだろう?」
リクが民宿の女将に話しかけた。
「ふふ、お花畑があったな」
「素敵ですね」
ブリジットとカルルオスも顔を綻ばせる。
「お客さんたちも人探しかい?」
女将の口ぶりに三人は顔を見合わせる。
「ん? いーや……」
「私共はこれより塔へと向かう道中でございます」
「そうかい? 最近、人探しに他所から来る人が多いからてっきりね……」
「人探しってどんな?」
「ええっと確か、古いエルフの装束を着た、銀白色の髪の女を探して、眼鏡の神官様とガラの悪い聖騎士様が来られてね」
「こんな山奥に聖堂の高官が?」
カルルオスがそれを聞いてもしやと思い至る。
「その二人は今どこに?」
「それがね、今、上の階にいるのよ。探してる女性に会いに今さっき―――」
女将が言いかけたとき、突如上の階で爆発が起きた。
「なんだ!?」
リクの『纏・展開』による結界で被害はなかった。外に出ると、そこには二人の男。
眼鏡をかけた神官と、髪が逆立った聖騎士鎧の男。
「お前たちは……」
ブリジットが剣を抜いた。
二人も彼女に気が付いた。
「くっ、『光のブリジット』がなぜこんなところに……」
以前ドドを殺しに来た刺客。
『智天』ラファ、『熾天』のラズロー。
にらみ合いを利かせていると女がリクの下に駆け寄ってきた。
「た、助けて下さい……!」
祭祀服を着たエルフの女性。
「異教徒狩り!?」
「お前たち、まだこんなことをしていたのか」
にらみを利かせるブリジット。
「ちっ、ややこしいことになったな」
「お待ちください。ブリジットさん、我々は刺客の任を辞し、今は表の仕事で来ています」
「黙れ、やっていることは同じだろう」
ブリジットの殺気に、酒瓶が破裂する。
それを見て、カルルオスはとっさに彼女を魔法で止めた。
「何のつもりだ、カルルオス?」
「お止め下さい、このお二人との因縁は知りませんが、相当な聖魔法の使い手です」
「問題ない。以前は4対1でも私が勝った。そして私はあの時より強い」
「預言の件です。『かの者が現れる、殺してはならない』……この二人の力が必要なんです」
ハラスの力を抑え込むには聖魔法が不可欠。
塔を目前とし、優れた聖魔法の使い手が二人現れたことでカルルオスは彼らがエクセリオンが予言した者たちだと確信した。
「リク、どうする? リク?」
先程まで後ろにいたリクと女が消えていた。
「しまった!」
「あの魔女め!!」
「どういうことだ……! リクはどこだ!!」
「あ、そうよ! あの子よ!!」
女将が思い出した。
「あのエルフの祭祀が探してたのよ! 褐色で魔法が使える14,5歳ぐらいのヒュームよ!!」
「ど、どういう……」
「エルフじゃねぇよ。あの魔女は」
「連れの少年は残念ですが、助からないでしょう」
気が動転したブリジットは刃をラファに向けた。
横にいたラズローは反応できず。
「くっ……」
「こいつ、前より早くなってやがる……」
「全て話せ」
「落ち着いて下さい、ブリジットさん。そちらも、事情を話してください」
「いいでしょう」
「おい、『智天』!」
「我々も、なぜあの少年が狙われたのか知る必要がある。なぜあの『起源の魔女』ラプラスが現代になって動き出したのか……」
その言葉にカルルオスの顔が引きつった。
「ラプラスですって!?」
「知っているのか?」
「……『聖堂史』、第一篇【始まりの章】に現れる、史実上確認された最初のハラス成体、その名が『ラプラス』です」
『聖堂史』、それは聖堂が興った表向きの歴史書。
そこには、ラプラスがハラスの因子をばらまき、混沌の時代をもたらしたとある。
これは偽りの歴史であるとウリオノールは言う。
闇魔法研究、実験的試行の結果、制御不能になった魔物がハラスの因子を蔓延させた。
これを封じ込めるために聖堂は生まれたという。
「裏の歴史を知る者にとってラプラスは混沌を司る存在なのです」
「聖堂の汚点ってだけだろ?」
「それも確かに……ですが、ラプラスを見て気が付きませんでしたか?」
「……エルフにしか見えなかった」
「リクも気づいていなかった」
「そう、ラプラスは起源というだけではないのです。ハラス成体でありながら聖魔法で完全にその力を抑え込める存在」
「つまり、奴から派生したハラス因子を持つ魔物は聖魔法が効かない」
◇
リクは女と花畑にいた。
景色が変わったと思ったら一瞬で移動していた。
「そうか、『殺すな』とはこういうことか」
リクの『纏・展開』に強力な魔力がぶつかる。
押されて身体が吹き飛んだ。
「やっと見つけた。バルバトスを殺した男」
ラプラスは聖女のような微笑みで、悪魔のような眼を見開く。
「『母親』か」




