10.歴史の観測者―――ウリオノール
リクたちは大迷宮にほど近い丘の上の古い神殿へと招かれた。
「おお、よく来たのう」
神の座に祀ろわされる巨漢の老人。
日焼けした肌に薄っすら鱗模様が見える。
その眼は飲み込まれそうな大海の深い青を彷彿とさせる。
「はて、誰じゃったかいの?」
「この者たちはダインスレイブ回収に貢献した―――」
「わかっとるわ! まだボケちゃおらんわい!!」
塔の魔導師、マスター・カルルオスは地に置伏せたまま固まった。
「ジュエルめ。あの小娘が……儂の教えた秘儀を勝手に使いおって……」
リクとブリジットは顔を見合わせる。
この威風、存在感、口振り。
何より、神殿に奉られる偶像の数々からこの老人が誰か察しは付いた。
「誰だ、おじいさん?」
「ちょっと、ブリジットさん、少しは考えようね」
「ほほ、すまんのう。自己紹介がまだじゃったな」
カルルオスは許可を得て、ようやく明かした。
「このお方は、伝説の聖獣にして大海原の主『大海蛇』、ウリオノール様です」
ブリジットが慌てて仮面を取り膝を着いた。
「此度の件、まずは礼を言う」
「いえ。必要なことをしたまでです」
「おかげで、儂はハラスに取り込まれずに済んだ。あのままでは東側全体がダインスレイブに侵され、儂が対処せずにはいられなかったじゃろう」
「では、やはり」
「たまたま魔剣と化した『ダインスレイブ』が大迷宮に置き忘れられたわけがあるまい」
剣は迷宮に仕込まれたもの。
『ダインスレイブ』が突如として成体として目覚めたのは斧牛陸大の新勇者召喚の儀。
「時を同じくして、魔導の塔でもかつて封印されたハラス成体『グリモア』が覚醒しました。これは『闇の王』が仕掛けたもの。塔ではその認識です」
王都に潜む『闇の王』は複数のハラス成体を生み出している。
これはかつてなかったことだ。なぜなら王は一人。乱立はしないからだ。
この事態を引き起こしたのは偶然ではなく、計画的なもの。
封印という手段を用いた何者かが、意図して成体の存在しない空白期間を生み、それを一斉に解き放った。
それには封印に用いる聖魔法が必要であり、封印に関与した勇者たちの中に、裏切り者がいるということを示していた。
「ジュエル様の話では、そいつは聖魔法でハラスの力を封印し、人間として振舞っているとか」
「そうだのう。聖堂はそもそも、ハラスの力を生み出した贖罪を目的とした組織。力を極めたハラスがその手段として聖魔法を使いこなすのは道理」
二人は聖堂の恐ろしい秘密を知ってしまった。
「聖堂が?」
「ジュエル様が身を護るために国教にしたと聞きましたが」
「それよりはるか以前のこと。聖堂の興りは人の浅ましき欲望を実現するための邪な者共の集いであった」
勇者は疑わしい。
聖堂も信用できなくなった。
「どういうことですか」
「ハラスとは元々、より強い魔物を生み出すために人が意図して生み出した闇魔法。それを制御するために発展したのが聖魔法と言われています」
「そんな馬鹿な話があるか!? では、私たちはそいつらのしりぬぐいをさせられているというのか!!」
「残念ながらそうです」
ブリジットは怒りに震えたが、横にいるリクに思い至った。
「お前を苦しめるハラスの呪いは、この世界の人間が生み出した。その人間の子孫は、そのお前に助けを求めている。真実を知って、お前はどうする? どうしたい?」
ウリオノールは真実を告げた。
歴史を観測してきた年長としての責務として。
そして、問う。
人間の肉体を得て始めたことが、ハラス因子の駆除。
リクの真意とその意志を問うた。
「おれは神ではありません」
「ドド……」
「どうもこうも無い。ただ、まずはハラスの時代を終わらせる。審判はその後、下すのは歴史でしょう」
ウリオノールは大きくうなずいた。
「同感だ。すまぬ、異世界の勇者よ」
カルルオスはリクに向き直り頭を下げた。
「聖堂は信用できません。今、聖堂は聖女ミーティアの悪評を流している。貴方と共にハラスの側に組し、勇者召喚の儀を利用しようとしていると」
それは人気者の聖女と、活躍するドドの風評を貶め、聖堂の体面を保つ政治工作だった。
「どうか、ハラスの魔本『グリモア』の封印にお力をお貸しいただけないでしょうか?」
カルルオスが大迷宮の調査に参加した目的。
それは、ここで福音を得るという予言に基づくものだった。
彼の主である、魔導の塔の主。
空の覇者『荒山の幻翼獣』エクセリオンがリクを呼んでいた。
「わかった」
「でも、封印って、私とリクにはできないぞ。聖魔法使えない」
「それはご安心を。貴方の下に、かの者は訪れるとの預言が下っています。グリモアを封印できる唯一の者が」
「そうですか」
「ミーティアだな」
「それと、エクセリオン様はこうもおっしゃっておりました。かの者を殺してはならないと」
「ん?」
東から西へ、三人が旅立つ当日。
ウリオノールは最後に、リクに重大な事実を告げた。
「リクよ。『不滅のバルバトス』を倒したそうだが」
「はい」
「そのことはあまり口外せん方が良いだろう。いや、あるいは奴がかの者なのかもしれんが……」
「何の話ですか?」
「奴には母親がいた」




