8.剣の極み―――ソードマスター
闘技会を開催できるのはカースタッグ周辺のみが平和だからだ。
それは、屈強なカースタッグ兵によって支えられた。
ラブロンの森は常に脅威に満ち、危険と隣り合わせである。
何より、あらゆる戦闘スタイルにおいて模倣すべきお手本がいた。
訓練。
実戦。
見取り稽古。
お手本の存在は大きい。最適解がある。答えへの道しるべがある。それは大幅な時間短縮を可能にする。
強くなるための最短距離が、カースタッグには用意されている。
見取り稽古には手本となる達人を見るという稽古。
達人は実力が拮抗した二人いれば、なお効果的。
「―――さすがに限界だ」
「むっ!」
初めて口を開いたドドに、ウィルフォードは驚いた。
しゃべることは知っていた。
驚いたのは拮抗した状態でしゃべった言葉の軽さ。
言葉とは裏腹に、ドドの圧力が増したようにも感じた。
ちらりと周囲へと焦点を変えてさえいる。
ドドはこの時、観戦しているカースタッグ兵たちを見ていた。
(兵隊に見せていたのか?)
ここまでが見取り稽古であることをウィルフォードは後退して初めて察した
おもむろにドドが剣を引いて片手を伸ばしてきた。
直感的にその手を切り落とそうとしたが、それではドドの剣を受けられない。かといってその手を放置も危険極まりない。
やむなく後退したのだ。
(質が変わった)
ゾクリと背筋が凍る。
自分が今まで互角に切り結んでいたドドの戦闘スタイルが、数ある流派の一つに過ぎないことを悟ったからだ。事実、ドドは西洋武術的動きから東洋武術へと意識を切り替えていた。
剣聖もそれに呼応し即座に出力を変える。
相手を人間とは考えない。
見たまま化け物として扱う。
全力で魔力を込めた。
ただ目の前の敵を斬る。それだけに集中を高める。
(どんな要素が積み重なろうとも、勝てる)
剣聖とまで称えられるその剣技の神髄。
最大出力の魔力を刃に纏わせる『纏・鋭』
肉体の動きを一切阻害しない『纏・流』
『纏』に『纏』を重ねる『纏・重』
複雑多様化の先にあるのはシンプルな強さ。
「マズいわね」
「ジュエル様……あれは」
「ウィルフォードはドドを殺す気よ。ドドにあの剣は止められない」
ドドは無感情な眼差しをウィルフォードに向けている。
ふと、手にした魔剣が二振りに増えた。
「何? なんだあれは……」
「エルダーオーガの角は一本ではなく、一対だからね。ドドの剣技を理解してああいう仕込みをしたのでしょう」
「ブリジット、ですね」
大人の腕ほどあった柄を分解することで切り離された魔剣。
「けど、武器を変えてもドドに剣聖の奥義を見切る力があるかどうか」
「ふぅん、おもしろい」
ウィルフォードが無形の型から奥義を放った。
「ぜっあああ!!」
あらゆるものを切断し、反応する間もなく振り終える。
防御・回避不可のまさに奥義。
「ドド……」
唯一ジュエルにのみその剣筋がかすかに見えていた。
人間には認識できない異次元の速さ。
仮に認識できたとしても反応はできず、反応できた者も対応はできない。
まさに必殺の一撃。
「馬鹿な……」
(馬鹿な)
図らずもジュエルとウィルフォードの声が重なった。
片刃の剣を逆手で持ってドドはそれを完璧に受け流した。
胴へと振り切る前に崩した斬撃は力の向きを変えられた。
胴狙いを看破された次は脳天へ技を放つ。
今度は受けることなく完璧に躱され、懐に入られた。自分が冷静さを欠いたことを振り切ってから察した。
体軸をずらすだけで脳天への直線的軌道から逃れることができる。
ドドの超至近距離からの二刀を用いた連撃が始まった。
大技を出した直後で隙だらけのウィルフォードには受ける余力はなく、瞬く間に四肢の骨へとダメージを食らった。
「おのれ……!!」
誰もがドドの勝利を確信した瞬間、ドドの全身から血が噴き出した。
「裏奥義、まさかこれまで使わされるとは」
「見事だ」
魔力を用いた不意打ちの刃。
懐に入られた際に相打ち覚悟で放つ相殺技。
膝を着いたドドに追撃を加えようとするウィルフォード。しかし、彼もまた一歩も動けない。
全ての魔力を放出し尽くした。
回復の手段も無い。
気力で立っていたがそれも尽き、とうとう地面に倒れ込んだ。
ドドもまた、その再生能力を持ってしても追いつかないほどの重傷を負っていた。
両者戦闘不能により、戦いは引き分けに終わった。
「ドド……どうやってあの無形の剣を捌いた?」
ジュエルの疑問、それはウィルフォードもつい口をついて出た。
「魔力で加速した最速の剣、なぜ受け流せた?」
「それが魔法の良くないところだ」
「何?」
「早すぎて反応できない。それは己も同じ。刃は斬る対象への角度が適切でなければ切れない。ゆえに、動く前に斬る箇所へとどうしても意識が集中する」
ドドは魔法によって加速した動きと認識のズレを指摘した。
ドドのしたことは三つ。
剣を二つに分解し、あらゆる角度からの攻撃に備えた。
ウィルフォードの胴、さらに腸腰筋の起こりに注視し、踏み込みが右か左かを判別。
防御を片側に絞り、受ける。
「あり得ん、それはこの技を知っていて初めてできることだ」
無論ドドは初見である。
しかし、剣を早く、鋭く振り切るという思想はあらゆる剣にある。
そして、行き着く解は限られる。
それは剣という武器の性質と人体の構造上避けられない。
構えない型からの最速でよどみない動作は限られる。
また構えていない状態で最速、とはそれが構えであるのと同義。
例えば抜刀術は納刀された状態で構えが完結している。
ウィルフォードの奥義は正にこの流れを組むものだった。
ウィルフォードは到底納得しかねる。理屈が在ろうともそれを実践し、成功させるなど途方もない集中と直感、奇跡に近いタイミングが必要だ。
「鍔迫り合いからずっと、右胴への攻撃が極端に少なかった」
「なに?」
ドドは戦い始めからウィルフォードの攻撃意識が右胴以外に偏っていることを察知し、狙いがあると予期していた。
「奥義の打ち込みを意識するあまり、無意識に避けていたか」
(どこがよ?)
ジュエルには全く理解できない視点。
いや、他の誰にも気付くことはできなかった。
「不名誉とは思わん。奥義を破られた以上、剣聖の名を継いでもらいところだが」
「おれに、あなたのような真似はできない。遠慮する」
「この老いぼれにまだ剣を振るえと?」
ドドは最後の攻撃で、二刀を用いた連撃を繰り出したが、全て峰打ちとした。
渦を巻くようなしなやかな動きはエスクリマ棒術に通ずる。
「手加減をされたのは初めてだ」
「そんなつもりはない」
「ならなぜおれを斬らなかった」
「己を信じられるようにですよ」
自分が人間だと、疑わないでいられるように。
「魔物とは思えんな……おれを倒した後のことを考えていたとは。まぁいい。多くの者がこの剣を見た。継ぐ者はいずれ現れよう」
「そうですね」
剣聖はその術のすべてをさらけ出した。
それは詰めかけた多くの武人、冒険者、騎士によって取り込まれるだろう。
そして、最もそれを近くで目撃した者。
それはドドだ。
ウィルフォードの知らないところで剣聖の技は彼を介し、次の才能ある世代へと余すことなく確実に引き継がれることになる。




