7.遠・近―――ソードアンドショット
衝撃的なジュエルとの戦い。
闘技会が正式に始まって、ほぼ無敵の実力者ユゴルに完勝。
この噂は広がり、挑戦者の脚は遠のき、観客の期待感が高まっていった。
相手がいなければ闘技会は開かれない。
その間のつなぎとして冒険者パーティがいくつか参戦したものの、数による力はドド相手には全く効果は無く、公開訓練の様相を呈していた・・・・・・
それゆえに、ひと月ぶりに挑戦者が現れたことにカースタッグが湧いた。
闘技会は闘技祭へ。
周辺からも多くの人々が訪れた。
農民から貴族。それにドラゴンまで。
「今度の相手は剣聖か」
「はい。当代の剣聖は三代前の勇者とハラス討伐を成し遂げたマスター・ウィルフォードです」
ジュエルに答えるルーク。
「もう年じゃない?」
ウィルフォードは白髪で小柄な剣士だった。
「18歳で剣聖になって以来、その称号を賭けた試合でただの一度も敗けておりません」
「最後の試合は?」
「2か月前、相手はエルフの冒険者でした。9星で三つの迷宮を攻略した実力者です」
剣聖ウィルフォードは勝利を確信していた。
慢心ではなく、長年の戦いから得た境地。
勝算はシンプルだ。
ドドの強さに勝る戦い方をすればいい。
互いに剣の間合いを完全に把握している。
にらみ合いが続き、観客の我慢が限外を迎えたころ、両者が動いた。
ドドは当然のようにウィルフォードの剣を躱す。『纏・形成』で延長された切っ先がドドを間合いの外から襲う。
「誘っているわね」
「ですが、乗るしかありませんな」
ルークの言う通りドドには踏み込む以外の選択肢が無い。
剣術で鍔競り合いに持ち込んだ。
しかしそれは ウィルフォードの作戦だ。
刃と刃をかませるバインドから始まる駆け引き、読み合いの応酬。
交錯した剣、切っ先が滑る。
刃を掻い潜る。
剣が交錯し、切っ先は互いの喉元へ滑り込む。
刃を立てて軌道を逸らす。
二人の身体は円を描くように動く。
密着した刃、足元では蹴り脚、掛け脚の牽制、うねるように変幻自在に止まることが無い剣捌き。
互いの剣が火花を散らす。
リプレイのように鍔競り合いが繰り返される。
互いに一歩の距離を着かず離れず維持する。
観客が瞬きし目を凝らす間に、二人は3つ、4つの剣技で相手の剣技を潰し合う。
「相手の動きを読み誘い込む力は同等。力と速さはやや剣聖が勝っているわね」
「しかし、ドドも敗けておりません」
拮抗した状態ですでに5分。
互いにただの一度も刃は通っていない。
観客はすでに押し黙り、その行く末を見守っていた。
ウィルフォードは集中の極致にいた。
すでにドドの剣技は想定のはるか上をいっていた。
いや、この5分の中で上達している。
「技の豊富さはドドに分がある……加えて相手の技をそのまま返している」
「剣聖の達人レベルの業を一瞬で再現していると?」
「やはり、肉体を操る力は別格ね」
ウィルフォードの誤算。
それはドドの吸収力。
ドドは剣士では無い。剣を使う相手と戦った経験があるだけ。
スペイン剣術を使ったハンス・モーガンはドイツ剣術も多用した。ストッピングパワー―――すなわち、敵をなぎ倒す正面からのぶつかり合いを制する剛の剣。
豪快に見える反面その本質は実に合理性を突き詰めており、他との優位性は技術の継承と蓄積にある。
多様な型を実直に習得し、返し技を覚える。
さながら剣を持った極め技だ。
チェスのように戦略的に技を差し合う。
刃物を持ち、激しいぶつかり合いの最中に、冷静さと思考を残す。
対するウィルフォードの剣は人間と魔物、両方を相手取る出力の幅が広い剣術だ。
人間相手に過大な力は必要ない。
必要なのは適切な刃の向き。
敵の呼吸を読み、踏み込み、適切な位置に刃を合わせる。
異なる思想の両者の剣はぶつかり合い、結果拮抗した。
予定調和の如く、舞いか何かのようで、決着が訪れる緊張感は薄れた。
そして両者の剣は咬み合い、止まった。
◇
―――同時刻。
カースタッグより数十キロ離れた山中。
「どうしたの、リク?」
「いや何でもないさ」
ブリジットは良く似た顔の少年の様子を気遣う。
リクと呼ばれた少年は樹に寄りかかり、しばし目を閉じていたがやがて眼を開いた。
辺りには魔物の死骸の山。
巨大な蝙蝠。
ブリジットが自分の戦果を誇り、リクからの称賛を期待する。
「リクのおかげでやっとコツを掴んできた」
「おれも、魔法の本質を掴めそうだ」
リクは手に持った紐を遠心力で鋭く回転させると、一点へ向け投げこんだ。
森の闇の中、何かがそれに捕らえられた。
どさりと落ちてきたそれは言葉を発した。
「愚かな人間め。我が同胞を随分殺してくれたな」
青白い肌の大男が現れた。
大きな手から石ころが放り投げられる。
「あれを受け止めたのか」
ブリジットはその圧に思わず剣を構える。
だが、圧力を飲み込むようにリクの魔力が解放された。
「――――馬鹿な……」
『不滅のバルバトス』
不死身と言われたネームド吸血鬼。長らく姿を隠し、着実に眷属を増やしてきた数世代前のハラス因子継承体。
その実力は覚醒体ハラスと遜色無い。
だが絶大な力を振るうよりも前に決着はついた。
ボロボロにはじけ飛ぶバルバトス。
まるで至近距離で散弾銃を受けたように肉片が爆散した。
「何を―――」
再生を試みるバルバトス。
しかし、追撃。
投擲されたのは『纏』によって強化された石ころ。
「ま、待てぇ!!!」
無数の石ころは魔力に包まれ、紐を用いたスリングショットで打ち出された。空気がパァンと音を立てた。
アフリカの超越者、マルコム・テテの流儀は狩猟。身体のありとあらゆるトルクをエネルギーに変換し、どんなものでも弾丸に変え、飛んでる鳥を打ち落とした。斧牛陸大は荒野でテテに狙い撃ちされ危うく命を落としかけた。
本気で投げ込まれた石ころは音速を超え、魔物の魔力によるガードを容易く貫通。
そこに極限まで圧縮された『纏』で石ころを強化することで、路傍の石ころが超高密度の弾頭と化した。
回避・防御不可避。
「すごいな……『纏』だけで倒すとは」
ひき肉になったハラス因子継承体からは蠢く何かがリクへと注ぎ込まれた。
回避するが逃げることは適わず、魔力の守りも通過した。
ハラスの因子が次の宿主へ。
「リク、大丈夫か!?」
ブリジットに緊張が走る。
「ああ、問題ないよ」
振り返ったリクはケロッとしていた。




