4.人間体
ジュエルとドドの戦いがあった日。
ジュエルの提案はドドに人間の肉体を与えるというものだった。
「なぜ、おれにそこまでする?」
ジュエルがドドの誘いに乗ってカースタッグまで来たのは、ドドを大人しくさせるため。
闘技会など開いて目立たれては困る。
だが、事情が変わった。
(身体を思うままに操る力。これにハラスの力は関係ない。ならば、斧牛陸大に再び勇者となる機会を与えても損はない)
「……そう警戒してくれるな。アキラのことは妾も聞いている。あ奴なりの大義があった。それだけのこと」
「その大義を認めたうえで、おれに力を貸すわけは?」
「……力を貸して欲しいからだよ」
ジュエルは人払いをして、ドドに王都で起きている不穏な動きについて話し始めた。
「王宮にハラスの力に飲まれた奴がいる。そいつは多分、最終的に妾を殺す気だ」
「……そういうことわかるんですね。それも魔法ですか?」
「逆だ。魔法で探知できない。召喚の儀でハラスの力を持つ者がいたことは確かだ。気づけなかったということは可能性は1つ。そいつは聖法術でハラスの力を抑え込んで気配を絶っている。そいつが姿を現すとき殺すとしたら妾であろう」
「あなたに警護の必要が?」
「妾がそやつを殺せば、力は妾に移る」
「ん?」
「ハラスの力に抗えるのは聖法術の使い手と、勇者―――いや、この世界とは異なるルーツを持つ者のみ」
ハラスの力は強者から強者へ乗り移り、その過程で増殖していく。
ドラゴンもまた魔物の一種。
ジュエルといえども例外ではない。
「一方的に人類の味方をしている訳じゃなかったのか」
「共利共生というわけだ」
ドドは提案を受けた。
闘技会を開き、勇者候補を招いて指導する気でいたのはオークでは不自由過ぎるからだ。
人間の身体が手に入るなら、直接ハラスと戦える。
「ぜひともよろしくお願いします」
「小娘、入れ」
「お、おう?」
ブリジットが呼ばれた。
「歯を寄こせ」
「どこのですか?」
「どこでもいい」
「はい」
ブリジットは躊躇なく奥歯を引っこ抜いた。
「なんで?」
「人間の身体を作るには人間の血肉がいる。妾の魔力を受け止められる人間のものが望ましい」
ジュエルはブリジットの歯と、どこからか試合中吹き飛ばしたドドの両腕を取り出し、自分の魔力を込めた。
「ん? えーっと……ここをこうして……」
ジュエルの魔力が黄金の繭のようになる。
やがてそれは卵の殻のように固くなった。
彼女はその巨大な卵に触れ、部屋の温度は急激に高まり、青白い閃光の点滅後、殻は光の粒子へと変わり、中身があらわになった。
「ふぅ……よし、上手くいったぞ」
そうしてできた肉体はブリジットに似た14,5歳ぐらいの少年だった。
「せ、成功だ。我ながらいい出来」
ドドはジュエルの顔を覗き込む。
顔を逸らすジュエル。
「本当か?」
「うぐ……」
普通に失敗した。
高度な魔術には一定確率で想定外の結果が生まれる。
肉体の成長が芳しくない。
「私に弟ができたらこんな感じか」
ジュエルは斧牛陸大の実物を見ていない。よって肉体のイメージがブリジットに引っ張られた。
ここで、計画は台無し。
「くぅ、小娘、お前のせい!!」
「えぇ! 何故ですか!?」
(魔法で生み出した身体は年を取らない。リクの勇者化は無理か)
ジュエルは頭を切り替えた。
(料理が上手いから妾の料理番でも良いか!)
「慌てるな。入ってみればわかる」
ジュエルはその肉体にドドの精神をつなげた。
最も神経を使う作業だ。
引退した勇者や負傷した英雄に肉体を与えたことは無い。人間に複製体を作っても大きな問題が二つある。
それは自分以外の身体を動かす能力。
次に精神力。
別の肉体に精神をつなげる。
その過程は精神干渉系の魔法の攻撃と同じ。
誰も自分の意識を他人に操られるのは不快だ。
その相手がドラゴンともなれば、精神的ダメージは計り知れない。
よって並の人間は違和感と拒絶反応で期待する能力を発揮できなくなる。
「リク、妾を信じよ」
「痛かったらやめて欲しい。怖い」
「弱者のフリをするな。ぎこちないぞ」
ドドは自然体で受け入れた。
ジュエルはドドの中に内在する精神体に触れた。
(押し敗ける!?)
最小の力で、繊細に扱うつもりでいたせいでジュエルは飲まれた。
「ジュエル様!!」
外で待機していたルークが異変に気が付き、駆けこんだ。
「こ、これは……」
莫大な魔力がドドの人間体に注がれ、部屋の家具は吹き飛び、ガラスは割れ、壁に亀裂が生じた。
「マズい、全員退避するのじゃ!」
「ドド!!」
ブリジットがドドに触れようとする。
ルークがそれを止めた。
「止せ! 第三位階の魔術じゃぞ!!」
ルークは結界でドドとジュエルを囲った。
(これが30年そこそこ生きただけの人間か……!?)
そこにあったのは想定よりはるかに巨大で濃い思念。
急遽始まる精神世界での押し合い。
何者かによる勇者召喚への干渉。
なぜ、ハラスの力を受けた斧牛陸大が自我を持ち、ハラスの怨念に操られないのか。
(こちらの世界に呼び寄せた際、肉体は情報体に変換され、精神が無防備になる。何者かはそこを狙い本来干渉できない勇者をハラスの影響下に置こうとした。実験は失敗し、操れなかっただけかと思っていた。無防備なはずの精神に干渉できなかったのはこいつだったからか!!)
ハラスの増大する力を肉体の変化に消費し尽くし、精神は無事だった。
斧牛陸大は精神力も超人的だった。
ジュエルの脚が痙攣し始めた。
「ちっ!!」
「ジュエル様、手伝いまする!!」
「止せ、マスター・ルークっ!!! お前でも死ぬぞ!!」
ジュエルはルークの身を案じた。
下手に手を出せば、並みの人間は廃人と化す。
「ふ、ふははは!! やはり、お前はおもしろいな、リク!!」
根気よく精神を新たな肉体につなげる。
その作業中、ルークの結界を突破したすさまじいジュエルの魔力がカースタッグを飲み込み、空に暗雲が立ち込め稲妻が轟いた。
それらが治まった時、横たわっていた空の肉体が動いた。
眼を開け、ゆっくりと体を起こす。
「成功ですぞ」
「ドド……?」
「いや、大成功だ」
一目見て、三人とも理解した。
垂れ流しになる不安定な魔力を自然に身体で循環させる。
ドラゴン譲りの莫大な魔力を教えられることなく、本能のみで完璧な制動。
(馬鹿な……何と静かで自然な『纏』だ。熟練のハイエルフ並み……鍛錬を積んだらどれほどの……)
(さすがは我が師だ)
リクの肉体から魔力がほとばしる。
『纏・展開』と『超感覚』の応用。
『空間把握』
「教わらずにエーテル系の『纏』とマナ系『超感覚』を組み合わせたというのか……」
唖然とする二人。
「天才……いや、怪物か」
英雄職のブリジット、塔の魔導師であるルーク。
二人には才能があった。世間でいう天才。
しかし、それを前にした二人にあったのは恐怖。
純粋に強者に対する根源的な感情。
(ミーティア、マリア……よくぞこの男を連れて来おったわ)
城の居室を埋め尽くす圧倒的存在感。
「これが魔力か」
リクが笑みを浮かべ、ゆっくりと立った。
「感謝しますよ、ジュエル様」
「ううん。うん?」
ジュエルが振り返った。
そこには立ってジュエルを見下ろすドド。
「え?」
三人とも固まった。
ドラゴンと言えども同じ。
想定外の初めての事態でパニックになる。
「キモ! キモキモキモ!!」
ドドとリクはそれぞれ別に動いていた。




