3.勝者の特権―――グロリア
静まり返る闘技場。
「ちょ、ドドドド、ドドさん、消えた!!」
「今の、一瞬ドラゴンの腕が見えた」
「マジか……いや、でもそうだな。ジュエル様、ドラゴン……」
「指南役、あれ、死んだんじゃ……」
「うおぉい! だから無茶だって言ったんだよ!!!」
先程までと違い、圧倒的な質量体での攻撃。
まともに受けたドドは崩壊した壁の瓦礫の下。
意識を失っていた。
「ドドは生きてる」
ブリジットはその生存を確信する。
魔力の無いドドから、放たれる気迫。
「あ、出てきた」
「なんだあれ、鉄でできてんのかよ」
「燃えてね?」
即死級の一撃で、全身の骨は砕け、裂傷多数。
それらをつなぎとめた鍛えあげられた肉。
細胞の一つ一つが分裂し、増殖し、結合する具体的イメージが再生を促し、消費したカロリーで身体は蒸気を吹き出した。
戦闘態勢は本能によるもの。
一部の隙も無い構え。
「あ、れ?」
震える膝に困惑する観客。
見ていた一般市民は思わず後ずさりした。
冒険者たちですら、身をのけ反った。
見慣れているカースタッグ兵たちは静かだった。
瞬きを抑えていた。
「十分だ」
その声に、ドドは意識を取り戻す。
本能的に戦闘の終わりを察した。ドドが膝を着いた。
土煙の中からちらつく黄金のマント。
無傷の女がドドに近づく。
「ドド……!!」
ブリジットが思わず駆け寄る。
「最後のは許せ。むかついてつい」
「……人型で相手をしてもらい、感謝している」
「殺されかけて感謝!? あははは!! 闘技会でドラゴンになっては意味がないだろう!! それぐらい弁えているわよ?」
「いや、最後なっただろ」
「だからすまん」
ジュエルは愉快そうに笑った。
「改めて、名を名乗れ。勇者よ」
「斧牛、陸大」
「ではリクよ。お前の肉体を操る術、素晴らしかったぞ。私はこの身体を操って久しいが、全く敵わなかった」
「恐れ入る。手加減されていたようだが」
「あははは!!! 私が本気を出したら、城ごと消滅するだろう? あはははは!!」
「すでに結構な被害だが?」
余ほど退屈だったのか、愉快そうに笑うジュエル。
ブリジットたちは豪快な笑いが怖くて畏れ多くて近づけなかった。
「とはいえ、この勝負、お前の勝ちだ」
「ふぅ……勝った気はしないが、今後のためにありがたくこの一勝貰い受ける」
「誇れ。妾を魔力無しでここまで追い詰めた者はいない。魔力無しならお前は間違いなく最強だ」
機嫌が良さそうなジュエルの様子にガナム達がやっと息をした。
ドドの起こした奇跡。
カースタッグの人々が誇らしく拍手を送った。
◇
「それで? 妾に勝ち、何を望む?」
城の貴賓室で肉を頬張りながら問うジュエル。
対面に座るドドは視線をガナムに向ける。目を見開き、こっちを見るなというメッセージを受けて、ドドはちらりと周囲を見渡す。だれも目を合わせてくれない。
(さっきの戦いを宣伝でもしてもらうか?)
王国の守護神たる黄金龍が、今、城にいる。
これだけで、城の歴史書に一大事件として載るような出来事なのだ。それが、ドドは戦い、勝ってしまった上に、こうして食事をしている。
「むぅ、これ美味いな? 何の肉だ?」
「これは……フッ、なんだろな?」
「おい、おちょくるな。妾はドラゴンぞ?」
城の料理人はビビッてしまったのでドドの作り置きを出した。
誰も頭が追いついていない状態だった。
「あの、ジュエル様」
「小娘、妾はリクと話して居る」
最もハートの強いブリジットが何とか発言したが、ぴしゃりと潰された。
長身で気の強い彼女も小さくなる。
「彼女は対外的にはおれの主だ」
「はっ? うーん、この小娘がか?」
訝し気にブリジットをじっと見つめる。
「アキラより強いぞ」
「おお? そうかそうか。で、何だ小娘?」
なぜ発言を許されたのか、ルール不明のまま、ブリジットは言葉を吐き出した。
「ドドは人間に戻れますか?」
これはかなりの問題発言だった。
城の関係者の中にはドドが元々人間だったと知らない者がほとんど。ガナムやジェミニも口を開けて目を見合わせていた。
「……リク、お前のことはハラスの力で湾曲した異常な存在と思っていた。だが、お前の力の根源、それは身体を操るという一点につきる。実に人間的な力だな。途方もない研鑽の積み重ねを感じる」
「数千年、追及されてきた叡智。おれはそれを借りている」
「うん……望みが人間に戻ることなら、お前にはその資格があると思う。人間の力の一端を極めた、いわば、人間の代表だからな」
ジュエルは肉をテーブルにおいた。
「妾が人間の姿をしているゆえ、期待させたようだ。結論から言えば、無理だな」
「そうか」
「これは魔力と己の血肉で作った、いわば人形。他の神聖獣もそうだが、我らは人間社会に接する上で不都合が無いように、こうした複製体を人型にして用い、精神をつなげて操っているに過ぎない」
ドラゴンの身体を人間に変化させているのではない。
人間の身体を用意し、入れ替わっているだけ。
「なるほど、魔術第三段階、大気のマナを使った生命創生と、空間魔法の応用であったか」
マスタールークだけ、納得して頷いている。
「そう、妾の本体はドラゴン。肉体を変化させる術は知らん。闇魔術の領域は禁忌ゆえな」
「貴重な情報だ。ありがとう」
「まぁ、急くな」
「ん?」
にやりと笑うジュエル。
「人間やってみるか、リク?」




