2.肉体を操る力―――ミサイルキック
「闘技会を開こうと思う」
それはミーティアが王都に戻る前に話し合われた。
ドドは斧牛陸大として世界中で追い回されていた。そのときの状況を再現することにした。
すなわち、自ら強さを貪欲に求める者らの合流。
「しかし、その辺の金の無い身売り同然な闘士ばかり集まったらどうするんだ?」
「うん。おれに勝っても、目的は金になるだろう。だから、一度、おれが名誉を手に入れる必要がある」
以前は世界最強だったから、挑戦者たちはその称号を求めた。
今回は違う。
王国最強戦力としてジュエルがいる。
彼女と戦い勝つことは困難だ。
だが、以前と同じ状況を再現するには、不可能を可能にする奇跡を起こさなければならない。
◇
両腕を失いながらもジュエルに一矢報いたドド。
追撃の踵落とし。剣をさらに押し込んだ。
「フフ」
「っ!?」
(効いてないのか?)
サイドキック。剣はさらに深く、ジュエルの肩に食い込んだ。
顔色一つ変えないジュエル。しかし、態勢が整わない。魔力を自然に操れない。
(ほほ、この剣……エルダーオーガの角か。小賢しいわ)
強力な魔物の素材を武器にする場合、その権能が引き継がれることがある。
エルダーオーガの角には周囲の魔力を蝕み、流れを阻害する効果があった。
呪いの剣であり、普通なら魔力が乱れて使えない。ドドは魔力が無いため関係ない。
(早く抜かねば、だが)
ドドの後ろ回し蹴り。
ジュエルは剣の柄へのヒットを避ける。だが、着地した脚はすでに踏み込みへと転じ、次の蹴りへと繋がっていた。
(よくもまぁ器用に身体を動かすものよ)
腕でガードしようとする。
「おぉ!?」
身体ごと引き倒した。
(思った通り、質量は見かけ通り。おまけに格闘技の知識はない。人間体での格闘は不慣れらしい)
魔力の守りが消えた。
完全にドドのペース。
城が湧いた。
「こんな感じか?」
ドドの回し蹴りを柔らかく受け流すジュエル。
先程砲撃を受け流したドドのシステマのような衝撃の受け流し。
「もう、対応した!?」
ブリジットの背筋が凍る。
ドドの連続蹴りをガードし始めたジュエル。
蹴り脚の出足を足裏で封殺。
「ほっ!」
さらに即座に蹴り返す。二段蹴りのリズム感。格闘技を習得し始めたジュエル。
これをドドは片手で止めた。
「もう生えてるっ!?」
ドドの腕が復活していた。
受け即、崩しへ。蹴り脚を掴んだまま足払い。
スッ転ぶジュエル。
「ぬっ!?」
ドドの顔に苦悶。
突き刺さった剣を地面に倒れた勢いで抜かれてしまった。
ドドは脚関節を試みたが、勘で飛びのいた。
『纏・形成』の槍が元居た地面を抉る。
「残念だね。サービスタイム終了」
ジュエルは地面に胡坐をかいたまま、ドドに笑いかける。
『纏』を拳へ部位展開し、『加速』で距離を詰めた。
力任せのテレフォンパンチ。しかし、その力が常軌を逸している。空気を殴る音がした。破裂音だ。
ドドは正面から受けない。
交錯した腕を起点に相手の勢いと重心を利用した化勁。
「おぉ!?」
交差した腕に引き寄せられるようにジュエルの身体が前のめりに。
そのまま腕を掴みアームホイップ。豪快に地面へ叩きつける。
地面に叩きつけられたジュエルへサッカーボールキック。
(多彩! 驚異的な肉体を操る技術!!)
蹴り上げられた彼女の顔は笑っていた。
(受け身だけで起き上がって蹴りの威力を殺したか)
向かってくるジュエルの動きは徐々に洗練されていく。
ドドの拳がヒットしても怯まない。回転肘打ちを受けて反撃の蹴り。ドドに膝でカットされ右ストレートを顔面に決められる。吹き飛びながらその腕を掴む。大外刈りで倒される。片手の受け身。地面を割る勢い。即起き上がる。
体を入れ替え、ドドへ投げを試みる。
ドドはジュエルの軍服を左指でひっかけ、投げ返した。
一本背負い。
ただ、驚いている。
楽しんでいる。
彼女は好奇心でドドと戦っている。
ドドは直ちに腕を取って肩を極めた。チキンウィングアームロック。
しかし、抑え込んだドドの身体が宙に浮いた。
(おいおい、片腕の筋力だけで!?)
地面に叩きつけられたドド。
かろうじて身をひねって受け身を取った。
闘技場の地面が陥没。亀裂が入った。
その巨体が跳ねて、ゴロゴロと転がった。
「ぐっはっ!!……ドラゴンだったな」
「人間なら効いたか? 残念、ただ人を模しているだけ」
ドドは立った。
背中から落とされた。大ダメージで意識が朦朧としている。それでも、構えた。
ただし、地面に手を着くその構えをジュエルは降伏かと思い、首を傾げた。
もちろん違う。
クラウチングスタート。
(正面から突っ込む? いや、こやつはそう単純じゃない……そう、思わせておいて、突っ込んでくるか?)
ジュエルは『纏・展開』で壁を作った。
ドド、スタートを切る。
激突コース。
巨体が美しい放物線を描き飛んだ。
「おぉ!?」
ジュエルの真上。背面飛びで上を取った。
展開した魔力の壁を上へ移動させる。
鈍い音と共に、闘技場全体が揺れた。
プロレスにドロップキックというジャンピングキックがある。これは水平に飛ぶが、高い位置から降下して蹴り込むミサイルキックという荒業がある。
パルクールとサバットを合わせたパトリック・ティリは、この技を片脚で蹴り込むことで威力を集約した。踵に全体重を乗せ、降下の勢いを乗せた一撃。
背面飛びの身体のひねりを加えたドドのミサイルキックはジュエルに不測の事態をもたらした。
とっさに『纏・展開』を動かしてしまったため、中空に固定できず、ドドの蹴りで落下した。
それまでの攻撃とは違い、自分で生み出した魔力の壁の下敷きになり、ジュエルは地面に埋まった。
ドドは土煙の中、立っていた。
「やった……?」
歓声が響く。
ドドが奇跡を起こした。
しかし、金色の腕が伸びて、ドドを叩き飛ばした。




