1.オーク対ドラゴン―――マーケティング
カースタッグ上空を影が覆った。
太陽を乱反射してキラキラと輝く黄金の鱗。
巨大なドラゴンが降り立った。
「あれがドラゴン」
「どうするんだ、ドド! 本当にお越しになってしまったではないか!!」
ガナムが焦りを見せた。
「えっと、どうするかな」
「そんな……」
ドラゴンは姿を変えた。
紅い軍服に金色のマント。
「ほう」
(本当に、人間になれるんだな)
感心しているドドをよそに、怒りを滲ませるジュエル。
彼女の手には紙。
「妾にこんなものを書いて寄こすとはな」
ドドが手紙を書いて呼んだ。
内容は「勝負しましょう」というものだ。ミ
いわば果たし状である。
なぜこの二人が闘うのか。
一言でいえば名誉のためだ。名誉が人を突き動かす。人がドドに挑戦するには名誉が望ましい。
ドドが名誉を手にする、手っ取り早く、確かな方法はこれしかなかった。
王国最強の守護者、黄金龍のジュエル。
ドドは対峙してみて、早まったと後悔した。
(ちょっと、これはマズった)
オークの肉体を極限まで鍛え、パワーアップを果たした。技能も染み付いている。
しかし、オークとドラゴンでは生物しての格が違い過ぎた。
ドドは流儀に従った。
これまでの自分がやってきた戦い。
始まりの合図もあいさつもない。スポーツではない。武道ではない。
ただ、戦う。
あいさつ代わりの右縦拳。
ジュエルは呆れた様子でドドを見つめている。拳を見てもいない。
ドドの拳は『纏』で防がれた。
肉体に密着させず、広げる『纏・展開』
結界術の基礎でもある。魔力の壁だ。
唐突に始まった二人の戦い。
そこは建設途中ではあるが人を入れる箱になっている。観覧ができる造り。闘技場だ。
集まった城中の兵士や騎士、使用人、作業員から城市の市民、冒険者まで、多くの人が集まった。
「ドド……」
ブリジットは固唾をのんで見守る。
ドラゴンの気まぐれで、ドドが消し飛んでしまわないだろうか。
誰もが不安にさいなまれていた。
「アキラを倒して増長したか。魔力が無い。それをいかに取り繕うとも、魔力無しでは限界がある」
ジュエルの魔力が『纏・展開』から『纏・形成』へ。
無数の槍がドドを襲う。
剣を抜き、打ち払う。
無理やり後退させられ、距離をつくられた。
「ああ!」
「マズい、あの距離は」
「魔力見えてないのに弾いているのもすごいんだけどな」
ジュエルは直線的な魔力の槍を曲げた。
ドドのサイドへ挟撃する無数の槍。
「うぉ!」
ドドは思わず、さらに後退して躱す。
「妾は忙しい。煩わすでない」
巨大な魔力の塊が『放撃』された。
魔力が見えないドドに対し、上下左右、どこにも逃げ場のない無慈悲な範囲攻撃。
直撃―――というところまでシミュレーションは済んだ。
行動、戦略、性格分析まで含めたドドの予測。
(魔力に裏打ちされた様子見無しの『放撃』。これが一番厄介だ)
ジュエルの『纏・形成』が弧を描いて左右から挟撃する瞬間。ドドは退くのではなく前進した。
巨大な魔力の塊が『放撃』された。
距離を取ってしまえば避けられない。
そこで、ジュエルの常に横へ。射線から外れる。
一番の脅威である『放撃』を封じようとするドド。
「馬鹿め」
「っ!」
ジュエルに死角等なかった。魔法による放撃は砲身そのものが柔軟でどの方向へも曲げられる。
脇へ逃れたドドの身体が吹き飛んだ。
そのまま外壁に叩きつけられた。
「がっはっ……」
「ドド!!」
「身の程を弁えぬからそうなる」
仁王立ちしているジュエルは動いてすらいない。
(すさまじいな。まるで、たった一人の軍隊だ……あの『放撃』を避けきるのは無理だな)
ドドは立ち上がり、剣を構えた。
『放撃』を斬り払おうと試みた。
分厚い魔力の塊はドドの持つ剣のような硬度は無い。その分、反発力がある。魔力の密度が高ければ高いほど、爆発的に弾ける。
先程のリプレイのようにドドの巨体が吹き飛んだ。
「う、おおおお!!」
しかし、今回は壁まで吹き飛ばず、身体をひねって衝撃を殺した。
「ほぅ?」
「上手い!!」
(身体を操る技術は大したものだ)
ジュエルは追撃を放つ。
ドドは剣を身体の前で構えた。
切っ先を下に掲げる防御重視の構え。イギリス式剣術『ガーダント』
斜め後方へ後退しながら剣で柔らかく捌く。
(対応が早い。見えないくせに良くやる。だが、無意味だな)
ドドは後退し、攻撃の手段が無い。
いくら『放撃』をガードしても、ノーダメージではない。
ジュエルは一歩も動いていない。
「どうするんだ、ドド? 受けてばかりだと、本当に殺されるぞ」
ブリジットの心配は他の見物人たちも同じだった。
魔力が見えている者たちにとって、ジュエルの魔力は圧倒的であるとわかる。
「飽きた。期待外れだった」
ジュエルの放っていた魔力の塊が回転する。
『放撃・螺旋』
(今まで本気じゃなかった!? これは捌けない!!)
「ドド、避けろ!!」
(来たか)
ドドはそれを正面から受けた。
螺旋回転のかかった魔力の塊はドドの両腕を捻じり切り吹き飛ばした。
「……愚かな」
舞い上がった腕を見上げていると、ジュエルの『纏・展開』に何かが突き刺さった。
「ん?」
ドドの剣だ。
(今の『放撃・螺旋』ではじけ飛んだか……いや、違う。剣を投げ捨てた?)
ジュエルの意識が一瞬、剣に集中した。
吹き飛んだはずのドドがこちらに迫っていた。
(何を?)
無駄な行為。両腕が無い。攻撃しても無駄だと分かっているはず。
思考したときにはすでに目の前にいた。
『纏・形成』の槍が空を斬った。
飛び込み狭間に前方宙返りをして避けながら、遠心力で踵を叩き込む。
胴回し回転蹴り。
死角から飛んできた踵は、『纏・展開』に突き刺さった剣の石突きへと決まり、切っ先を押し込んだ。
「ほう!?」
剣はジュエルの肩に突き刺さった。
ドドに比べて小柄な体が吹き飛んだ。




