10.慈悲深き怪物―――リザレクション
逃走を図るアキラ。
全力を出せば、ドドは追いつけない。
「ナ~」
そこにナゴが立ちふさがる。
「どけぇぇ!!」
アキラが『纏』を込めた拳を放つ。だがナゴの黒い毛はその衝撃を吸収した。
シーザーキャットの権能。衝撃吸収。この毛が空気の振動も抑え、動いても音がしない。
ラブロン種であるナゴはそこからさらに、魔力の『纏』を重ね、『衝撃蓄積』の能力を有する。
ナゴの『纏』に蓄積された衝撃が発散。
アキラに返された。
吹っ飛ぶアキラ。
「ぐっ、何だこの猫は……!? はっ……!!」
背後に気配。
「逃げるなよ」
ドドがアキラの肩を掴む。
「ぐぁぁ!!!」
激痛が肩から全身に広がり、立てない。
マイク・ホワイトの暗殺・拷問術。
本来は針を使う。神経が密集した箇所を的確に突くことで、激痛を与えることを目的とした技術。
なお現代においては薬物投与による自白の方が効率的なため、マイクがこの技術を使うのはほぼ趣味である。
倒れ込んだアキラの腕をドドは踏みつぶした。
「ぎゃああ!!!」
暗い森に響き渡る絶叫。
「これが勇者の実力なら、おれにもできる仕事がありそうだ」
「はぁ、はぁ……」
アキラは腕を抱え込みながらなんとか立ち上がる。
「あっはははは!! 」
水を浴びたかのような汗を流しながら気が振れたかのように笑うアキラ。
「参った。ああ、すごい。おれの完敗だ」
やけにあっさりと自信の敗北を認める。
ブリジットはその言葉に、やはりうさん臭さを感じる。
「だが、それがどうした?」
「貴様、負け惜しみを!!」
「いや~おれを倒して満足か? ドド、お前の使う流儀は確かにすごい。けどな、そんな技がハラスに通用すると思うか? 次の勇者にお前の力は必要ない」
ドドはアキラに迫る。
「おれを殺したければそうしろ。望み通り、次代の勇者たちがお前を殺しに来るぞ」
ドドはにやりと笑った。
「そういうのには慣れてる」
「おれやマリアは勇者としては不完全だった。大気中のマナを操れなかったからな。だが今の若い奴ら、勇者の血を引く者たちの中には、大気はおろか、他者の魔力に干渉できる逸材もいる」
「安心しろ。殺しはしない。おれは暴力が嫌いだからな」
折れた腕の痛みが訴えかけ、アキラの口から否定の言葉を吐かせようとする。それを飲み込み、腕を押えた。
ドドはアキラを見下ろしていたが、ふと視線を逸らす。
「おれを脅すより、殺した彼らのために懺悔するんだな」
視線の先を追うアキラ。そこには3人の使徒たち。
驚き、眼を見開くアキラ。
顔面を吹き飛ばした『智天』
首を折った『熾天』
腹を割いた『力天』
(まさか、『死者蘇生』の奇跡? いや……)
記憶を呼び起こす。
ブリジットとの戦いの際、ドドが投げつけ浴びせかけた薬液。
「まさか、エリクサーか」
「『聖断の獄』」
アキラの周囲を有刺鉄線がまとわりつく。
聖属性魔法で作り出された物理拘束魔法。
「なぜ『聖天』まで!?」
後頭部を割った『聖天』が立って自分に術を掛けている。
彼女にはエリクサーを与えたところを見ていない。
「一体いつ……」
「貴様と戦っている最中だ。まぬけ。ドドは貴様が武器を気にしたときに瓶を投げたのだ」
一部始終はブリジットが目撃していた。
弾の装填の時だ。
小指の先ほどの陶器の瓶に入ったエリクサーを『聖天』目掛け弾き飛ばした。
アキラはようやく、イリリオが固執する真の理由に気付いた。
(こいつがエリクサーの製造に関わっている……地球の薬学知識か? いや、詳細を考えてる場合じゃない。おれもこの情報は持ち帰らねば……)
「聖堂の刺客が私情で動いていいのか? それは正義か? 随分薄っぺらい正義だ」
聖法術で捕らえられても余裕を崩さないアキラ。
「お前たち、もう止せ。拾った命は大切にしろ」
意外にも『聖天』はドドの言葉に大人しく従い、アキラを解放した。
「……ふ、収穫はあった。殺さないのならおれはそろそろ失礼しよう」
「ああ、会えてよかった、アキラ」
「ちっ……ドド、一ついいことを教えてやる」
「?」
「……お前が相手にしようとしているハラスとは単なる魔物ではない」
アキラの話にブリジットや刺客たちも関心を惹かれた。
「闇の王だろう?」
「時代によって、ハラスの王としての姿は異なる。オーガの突然変異種であったり、ドラゴンであったり、古の剣の場合もあれば、人間のときもあった」
「!?」
アキラが話したのは、口外を禁じられた真実。
「ハラスの力は移る。闇の王とはハラスの力を最も多く持つものを指す。わかるだろ、これは一種の蟲毒だ。強い者がより強い者と戦い力を増大させていくゲーム。お前が乗った盤上には上がりというのが無い」
「今は?」
「さぁな? 誰が最も王に相応しいのか。それはハラスの力を持つ者たちにしかわからない」
それがドドの情報と引き換えの対価とでもいうように、情報を明かした。
アキラは森の闇へと消え、ドドはそれを黙って許した。
「いいのか、ドド?」
「カースタッグで死なれたらそれこそ迷惑だ」
「それもそうだが」
「お前たちも、もう帰れ」
刺客たちはなんとも歯切れの悪い感情を抱えていた。
目の前のオークは元勇者アキラを撃退した。
その上、自分たちの命の恩人。
自分たちの存在意義が否定された気分だった。
「対人用の聖法術が効くとわかれば、さっきのようにはいかぬぞ」
「なっ、貴様ら!! ドドに命を救われておいてなんだその言い草は!! 聖堂の者は礼を言えないのか!!」
「魔物の使う邪術で蘇生させられても迷惑だ!!」
「なら、私が再び息の根を止めてやるよ」
「単細胞な女が。次は油断しない」
頭に血を登らせ苛烈に事を構えようとする『熾天』
「止しましょう、『熾天』。もはや我らに、戦う道理はありません」
『智天』が制した。
「助けていただいたことは感謝します。ですが、全て報告致します」
「好きにしろ。ここにはいつでも来ていいし、いつ帰ってもいい」
『聖天』はブリジットに近寄り、自分の剣を取り戻そうとする。しかしブリジットは離さない。
「返してやれ。森で死なれても困る」
ブリジットが急に離し『聖天』がスッ転ぶ。
凄まじい形相で睨む巫女。
「ナゴ、送ってやれ」
「ヌ~?」
「頼む」
「ナァ……」
夜の森、刺客たちはナゴに付き添われ退却した。




