5.元勇者―――AKIRA
作戦の失敗を悟った彼らに残されたのは自死。自分たちの関与を世間に知られてはならない。
しかし、その前に、『聖天』には重要な任務が発生した。
このオークの正体を突き止めなければ。
もし、このオークが人類に仇を成す存在なら、聖法術で護られた人間社会は一たまりも無い。
ドドはそんな彼らの不安をよそに、ブリジットへ何か小瓶を渡した。
それと同じものを『力天』『智天』『熾天』に投げつけた。霊薬だ。刺客たちは謎の液体に動揺したが傷がみるみる治りさらに狼狽えた。
「傷が……!」
「おい、ドド!!」
せっかく倒した敵を助けたことにブリジットは怒りをあらわにする。
「そいつらは敵だぞ」
「おれと居るとミーティアの立場が危うくなるとかそんなところだろう。かといって彼らを見殺しにすればおれを擁護したミーア、ルーク、イリリオ、それにカースタッグの立場が悪くなる」
「何だそれは。つまりこれは聖女のせいか」
「いやそうじゃない。聖堂の中も一枚岩ではあるまい。おれに聖法術が効かないことを知らないことからもそれは明らかだ」
「なるほど、確かに」
オークが全てを察している。
彼らは密命を受けてやってきた。だが明らかに知らされていない情報がある。
このオークは聖女や軍務卿に取り入り、操っているかもしれない。だから抹殺するべき。
そう考えていたが違うのだ。そんな理由では無かった。
(聖法術が効かない? そんな魔物がいるわけない)
しかし、目の目に実在する。
これを自分たちに命令を出したあの隠者が知らないはずはない。
「我らは利用されたのか……」
「おのれ……」
「……」
「……」
自分たちが聖堂内の政治的駆け引きのために利用されたと察した。
この襲撃は聖堂の権力派閥全てが望むもの。例えどのような結果でも。
聖法術が効かない魔物がいたら、それは聖堂全体の信用に関わる大問題だ。
友好的だろうとでもオークを頼ってしまった前例を作れば汚点となる。
しかし、それが神の意志であり、聖女の判断が正しく、ドドがハラスとの戦いに役立つという楽観的考えに基づくならそれを確かめる術は単純だ。過激派の動きを容認するだけでいい。
どの派閥もラブロンのオーク襲撃へと至る。
「……我々がここに来ると知っていたのか」
「いや。ただ、おれを試す奴が来るはずだとは思っていた。森の中で襲撃したのは不可抗力だろうが失策だったな。ここはおれの狩場だ。気配を断っても違和感は消せない。だから、そこにもう一人いることもわかってる」
「え?」
『聖天』が意外そうな顔をする。
ドドが視線を向けた。
暗闇の中で人影が動いた。
手を叩いて姿を現した男。
「すごいな。魔力を感知しているわけでもないのに」
「あ、貴方は、アキラ様」
驚き、地に伏して控える刺客四人。
ポケットに手を突っ込んだ、無精ひげの男。
ドドは一目で、それが日本人だとわかった。
「ふはは、加勢にって感じでもないな」
「ああ、違う。おれは彼らを止めに来たんだ。でも、必要ないようだったから様子を見させてもらったよ」
(嘘だな。別の派閥から検分役でも頼まれたんだろう)
「ドド、そいつは勇者だ」
「そうか」
「まぁ、元だけどな。もう引退した。肉体のピークが過ぎたからね」
見た目は四十代。アキラはくたびれたサラリーマンのような哀愁を漂わせる。そのしぐさが実に日本人らしい。
「ああ、彼らは返してもらいたい。あと、できればこの襲撃のことは内緒にできないか? 互いにメリットもないだろ?」
「何を勝手な!!」
ブリジットは剣を向ける。
「おい、おれはマリアの師だぞ。いうなれば、君はおれの孫弟子なんだが」
「師匠はお前を嫌っていた。理由は聞かなかったが今分かった。お前はうさんくさい」
「ひどいな。これでも、真面目で勤勉な勇者だったんだぜ?」
ドドはブリジットの剣を引っ込めさせた。
「それで? 連れて帰ってもいいかな? ラブロンの荒神」
「別に。他所から来た者に稽古をつけることはよくある」
「助かるよ。代わりにいいことを教えてやろう。今、王都で起きていることだ。お前に教わる勇者がここに来ない理由」
「ほう」
アキラはイリリオ公が王都でドドの勇者指南役の話をした際のことを話し始めた。
◇
リドリア王国、国王、アドニス・ヘルツゲインは軍総帥―――軍事力の最高決定権を持つイリリオ・サンゼリオンから、進言を受けた。
「ラブロンの森に住まう特異な魔物がエルダーオーガを単独討伐しカースタッグに平穏を取り戻しました。その者、名をドドと申します……」
「ほう、エルダーオーガを。それは真か?」
国王は興味を示した。
「複数の者が証言しております。その力を塔のマスター・ルークと聖女ミーティア様が我らの戦力として推挙すると」
「何と……! それではまるで新たな神聖獣ではないか!」
「ドドは明晰な頭脳を有し、明朗に言葉を発しました」
「ほーう! 素晴らしいではないか!! リドリア王国に第二の神聖獣が現れたか!!」
アドニス王は手を叩きその報告を歓迎した。
「つきましては、陛下。ドドを勇者の指南役として王政、軍務に迎え入れる御許可を賜りたく存じます」
エルダーを倒した実績。
聖女の推薦。
イリリオはそれだけで十分だと考えていた。
だが、そう上手くはいかなかった。
「魔物とあえて濁したな。具体的に申せ、隠すなイリリオ」
嫌な声がして、伏せていた顔に汗がにじむ。
「これは、ジュエル様」
眼前には騎士の軍服の上に金色のローブを纏った女。
彼女はこの国の王の相談役。
王国の守護者。
聖堂が神聖獣と崇める一角。
『黄金龍』、ジュエル。
実質的なこの王国の支配者。




