4.聖堂の刺客―――アサシン
「ラブロンのオークを始末しろ。あれは聖女と聖堂の外聞に悪い。聖女には気取られるでないぞ」
貧しい隠者の格好をした老信徒が呟く。
とある街のひっそりとした聖堂の中は他に四人しかいない。
若い聖堂騎士。屈強な修行僧。学者風の神官。淑やかな巫女。
彼らはいつも通り命に従いカースタッグへ向かった。
城市、酒場でも安宿でも噂は聞けた。
十分に情報を得る。
城市を抜け、夜のラブロンの森へ。
迷わず標的の下へたどり着く。
一人佇むとは都合がいい。
「何か用か?」
話には聞いていた。
曰く、そのオークは言葉を話す。
曰く、そのオークは洞察に優れる。
曰く、そのオークは時に人並み以上の聡明さを見せる。
上位の魔物が話すことはある。
知能の高い個体もいる。
彼ら四人は狼狽えることなく闇に紛れ油断なく密命を実行に移す。
学者風の神官『智天』が背後から吹き矢を放つ。
音もなく射出された毒矢を、そのオークはゆらりと躱した。
偶然?
いや、そういう権能を持つ魔物。
ネームドモンスターには特異な能力がある。
「お互いしゃべる口があるだろう。話し合わないか?」
話す気はない。
回答は魔法。
四人はそれぞれ、聖属性の魔力を込めて結界を張った。
銀白に輝く四重の壁がオークを囲った。
「聖堂の結界か」
「世を惑わす魔物が。退治してくれる」
「こりゃ困った」
四人はそれぞれ剣を抜いて近づく。
そして止まった。
刺客の一人の背後を、金髪の女が取っていた。他の三人が気が付いたが、その時には無防備な後頭部へ回し蹴りが決まった後。
「『光のブリジット』」
結界が一枚解けた。
残る三人の警戒が一気に高まる。
(偶然?)
(否、我々を誘い込んだ)
(『力天』は不運としか言いようがないな。彼女に背後を取られては)
「全員、動くな。即、私が殺してやるよ」
森を刺激する冷たい殺気。
『智天』、『熾天』、『聖天』はターゲットをブリジットに変えた。
「七つ星冒険者、光のブリジット。貴方は無関係だったが見られてしまっては仕方ない」
『智天』が残りの二人にハンドシグナルで指示を出す。
巫女の『聖天』が対人結界でブリジットを捕らえ聖堂騎士の『熾天』が燃やす算段。
だが、対人結界『断罪の檻』が囲んだ先にブリジットはいなかった。
「ッ!? 下がれ!」
『智天』が前に出て剣を出すがブリジットの『閃光』を眼で追うことは適わない。
脇腹を斬られた。
「何!」
(報告と違う。ブリジットの強みは属性魔法と闘法の同時発動だったはず。今、魔力を使わなかったぞ)
『智天』はすぐさま自己治癒を施す。
『熾天』が聖法術と火属性魔法の複合魔法を繰り出す。青い炎が暗闇を照らすがそこにブリジットはすでにいない。
「こいつ!」
純体闘法による突き即撫で斬り。
『熾天』は魔法の発動後の隙を狙われた。
「―――早っ!?」
結界は残り二枚。
『智天』が背後から追いかけ狙うがあっさりと剣を受け止められた。
「うぉぉ!!」
ブリジットは体格でもそこらの騎士に当たり負けしない。
彼女は真っ向から鍔迫り合いを受けず、力の流れを逸らして崩した。
(魔力を使わずここまで……! 動きが読めない)
体勢を崩した『智天』の脚部への蹴り、巻き込むように剣をひっかけ引き倒す。
「ぐっ」
そのまま眼鏡の上から顔面に剣の石突きを容赦なく三回。
(おお、上手い。教えてないけど)
弟子の上達ぶりを座って観戦するドド。
結界は残り一枚となった。
ブリジットの意識が残った『聖天』へ向かった時、『力天』がブリジットを背後から羽交い絞めにした。
「やってくれたな!!」
そのまま鯖折り。全魔力を『剛腕』に割いてブリジットの背骨を折るつもりだ。
「このっ! 変態が!!」
(外せない……っ!)
『聖天』が斬りかかる。
「外せるぞ。力で対抗するな」
ブリジットは後頭部で鼻を潰した。
怯まない。
しかしその隙に指を取った。
一瞬脇が上がり、その下から抜け出す。肘を掴み上げて極めようとするが拳が飛んできて離れた。
(この女、ここまで対人戦に慣れているとは!)
紙一重で『聖天』の剣を躱す。
(魔法なしでの反応が只人のそれじゃないわね)
「ふぅ。危なかった」
(ドドなら投げてたのに。難しいな)
「冒険者風情が、エルフの技の真似事を……!!『聖天』、フォローに回れ!!」
「ええ」
『力天』が剣を構えた。
(この女の動きは読めん。動きが早い。だが、振り終わりを狙えば確実に捕らえられる!!)
『纏』を展開して守りを固め、カウンターを狙う。
(ほう、ダメージ覚悟か。死線を潜っているな)
ドドは感心してブリジットに注意しろと眼で訴える。
位置を変える『聖天』。自然、ドドの傍に接近する。
「いいのか? そこにいて」
『聖天』はゾワリと背筋に寒いものを感じた。思わず、結界に捕らわれたオークの方を見る。
(何? この悪寒……まるで、死地立っているような)
ブリジットは『閃光』を決めた。
脇腹に重傷を負う『力天』
それでも剣を振り下ろした。
(その剣技、確かに脅威だ。しかし、連続で出せない。一撃で急所を貫けない不完全な技は脅威ではない)
脚に自重が残り止まったブリジットへ芯を捕らえた振り下ろし。
火花が散り、血が舞った。
『聖天』はわが目を疑った。
(そんな! 魔力も使わず、『力天』の剣と互角だなんて)
ブリジット、『力天』、双方の剣は折れて、互いに出血していた。
ブリジットは全力を出したことでスタミナを使い切り、『力天』は二か所、脇腹に加え腕からも出血。
「ぐぅぅ、『聖天』、トドメを刺せ!!」
「っ! ええ!!」
完全に戦力を失ったブリジットの背後を取った『聖天』。
その剣の握りに緑の指が引っかかった。
「もう止せ」
「え? 剣が……」
気付いた時には剣はドドの手にあった。
「いい剣だな」
無造作に投げた。ブリジットの下へ。しめしめとそれを納めるブリジット。
「なぜオークが結界の外に」
結界は維持されている。
「まさか、出たというの!?」
「あ、あり得ん。魔物を封じ込める専用の結界だぞ」
曰く、そのオークは尋常なオークではない。
曰く、そのオークに常識は通用しない。
「普通に出られたんだが。何か間違えたようだぞ」
「ならば、直接!」
聖法術『浄化』
青白い光がドドに照射された。
全魔力を使い、放った『聖天』の『浄化』の中、ドドは普通に立っていた。
「眩しい」
曰く、そのオークに聖法術は効かない。
刺客二人は息をするのを忘れた。




