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3.全力―――サバイバル

 

 良質なラブロン樹で囲われた半円状の要塞。

 元はドドが暮らせるだけのスペースだったのが、冒険者ギルドが出張所を作ってからは拡大の一途をたどり、今ではミーティアの計らいで聖堂まで建造中だ。



 危険なラブロン種のモンスタ―が近寄らないからこそできた、冒険者たちの前線基地。

 そこに主が帰還する。


「お帰りなさいドドさん」

「ただいま」



 出迎えたのはウォード。城の従士見習いだったが今はドドの連絡係。


「ウォード、少し太ってないか?」

「え! いやぁ、筋肉ですって!」

「そーお?」


 要塞の中に入ると火を焚いて宴会が開かれている。

 冒険者が常にいるので人口もそれなりに多いのだが、城の関係者や聖堂騎士団、学者や職人までいるのでかなりの大所帯だ。


「食べ過ぎるなよ」


 ドドを見ると皆気さくに声を掛けてくる。



 ナゴが引きずってきた獲物の数と大きさに誰もが驚く。



「ホーンウェアウルフだ」

「ラブロン種の群れだぞ。『死紫』1だろう」

「あのシーザーキャットを従えてる時点でおかしい」

「なぁ、何かドドさん、だんだん強くなってねぇか?」



 先の戦いの後、やせ細っていたドドの身体はすっかり元の筋肉の張りが戻っていた。それだけだ。

 魔力が沸き上がることも無ければ、何か武器を入手したわけでもない。

 しかし、結果が明らかにその変化を物語っていた。


 出張ギルドの職員、解体職人は獲物の綺麗さに驚く。



「急所を一撃。それも的確に……」

「この傷、剣じゃないわよね?」

「槍じゃないか」

「でもドドさんは持ってないわ」

「誰か聞いて来いよ」


 ホーンウェアウルフの急所に空いた穴。

 それを隠せばまだ生きているかのようだ。




 ドドは要塞内の家に入る。

 巨木と巨木の間に作られた階層建築。巨大なツリーハウス。放っておくとドワーフの職人たちが無限に増築していく。上にはギルド職員や職人、冒険者たちの家。ドドの家は元々の岩場の大穴の中にある。登るのがめんどくさいから一番下。

 ドワーフたちの手によっていくらか住みやすく掘り整えられている。数世紀後にはダンジョンと呼ばれるのではないかという気合のいれよう。


 もうじき昼だと言うのに、スヤスヤと眠っている褐色の美女。

 ナゴが入ってきてその巨大なベッドの上から女を摘まみだす。



「うっ! ナゴ、何度言ったらわかる!! ここは私のベッドだ!!」

「ナ~??」

「あ゛ぁ!?」

「ヌ゛ゥ~!」


 ナゴは身体を丸めてベッドの上を独占する。


「おれのなんだが」

「ああ、ドド、お帰り。どうだった?」

「特に何も。王都から報せも無ければ、勇者の訪問も無い」

「そうか~」



 ブリジットは服を着替えるより前に剣を磨く。



「正式に指南役と決まったというのに、何の連絡も寄こさないとは」

「いや、イリリオ公はかなり苦労しているだろう。オークを勇者の指南役にすると言って、すんなり納得する奴はいない」

「ふん。ならば王都に呼んでドドの実力を見れば良いのだ!」

「おれが王都に行ったらそれこそマズいだろ」



 ブリジットは不満を露にする。


 それもドドが食事の支度をはじめれば落ち着いた。



「顔洗って来い」

「はいはい」


 ◇


 食事を終えて二人は訓練スペースでトレーニングをする。

 これはブリジットのたっての希望。エルダーオーガに敗れた彼女はさらなる成長のため、ドドと剣の稽古をしている。必死になって会得した『閃光』が必殺の一撃とは程遠く、崩し技でしかなかったと気づいた。求めるのは突きや撫で斬りではなく、ストッピングパワーのある両断技。


 ドドはエルダーオーガの持っていた金棒を持ち、ブリジットに向かって全力で振り込んだ。

 ブリジットはそれを剣で、魔法を使わず受けた。


「ぐあ!」


 ブリジットの身体が吹っ飛んだ。

 剣は粉々。

 身体に破片が突き刺さっている。


「またか」


 これを一日一回から二回。

 ドドがブリジットを相手にするのはこれだけ。

 魔法禁止令を出された彼女に、ドドが振り込んだ渾身の一撃は止められない。



「ドド、もう一回!」

「ダメだ手当をしたら休んでろ」



 手ごたえはない。



「これで、私は本当に敵を両断できる技を会得できるのか?」

「できないな」

「うん、そうだろう……えっ! いま、なんていった?」

「何でも斬れる剣術などない」

「なら、この訓練は何なんだ?」

「最初に言ったはずだ。おれの全力を全力で迎え撃てと。全力の意味を考えろ」



 手取り足取り教えるドドではない。

 ブリジットはドドが無駄なことをさせないと信じている。

 彼女は全力について考えた。

 ドドは深く息を吸っている。


 毎日早朝から狩りに出向いて帰って来てからブリジットに稽古をつけている。

 だから疲れているのだと思っていた。



(ドドが疲れる?)




「ドド、もう一回だ」

「……いいだろう」



 全力を出しているのはドドも同じ。

 全力とは全身全霊の力を一発に集約するということ。

 これは意外に難しく、絶え間ない訓練で意識的に身に付けなればできない。それは人間が狩りにおいて、短期戦ではなく長期戦を選び進化したゆえの宿命だろう。



 ドド自身、全力を出すことなど無かったが、エルダーオーガとの戦いで絞りつくし、その境地に至った。


 スポーツ選手が万能感に至る集中をゾーンに入ると表現する。

 ゾーンに入った者の特徴は視野の拡大、時間間隔の伸長、肉体感覚の鋭敏化、直感的動作の正確性などが挙げられる。要するに、最大限のパフォーマンスを実戦に置いて行えるようになる。


 だがドドが求めるのはゾーンではない。

 それはもっと危機的状況で呼び覚まされる力だ。


 サバイバル本能。

 人は生命に危険が及んだ時、通常では考えられない力を発揮する。

 車に挟まれた子供を救おうと1トン近い車を持ち上げた者がいる。山火事に巻き込まれた消防士は山道をほぼ全力で数十分も走り続けた。遭難し、魚の内臓や目玉からビタミンを摂取し必要なエネルギーへ変換した例。


 無論それらは命の危機にさらされた際に発揮される条件付きの限定的な力だ。


(ブリジット、君は魔法に頼り過ぎている。魔法が無くても君は十分強い)


 極論、素人でも全力を出せればサンドバックを吹っ飛ばし吊るしている鎖を引きちぎれる。

 


 ブリジットは次を捨てた。

 全身の力を破裂させるイメージ。それを全て剣に注ぐ。そのためにまず全身を脱力し自然体に。全身に神経が信号を送っているのがわかった。危険信号。ドドの本気。受け方を間違えれば即死。

 対するブリジット。工夫も無い、普通の両手突き。

 鉄塊に剣をぶつける。


 再び、剣は粉々になった。

 ゴロゴロと転がり、ラブロン樹の根元に激しくぶつかり木の葉を舞い落した。

 エルダーオーガの金棒。

 持ち手の先から折れていた。



「はぁ、はぁ……これが、全力を出す感覚……」



 全身から玉の汗を吹き出し、ブリジットは俯いて息を整える。

 全身から蒸気が出ている。



「成ったな」



 ブリジットの両手の指は折れていた。

 彼女はあおむけにゴロンと倒れ込んだ。

 ドドはその口に『霊薬』を流し込む。



「うががが―――ちょ、ちょっと!! もっと優しく飲ませてくれ」

「ははは」






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