2.森の王者―――ドミネーター
早朝、ドドは冒険者と出かける。
「ナゴ」
「おはよう、ナゴ。今日も元気だな」
「ナゴ」
ドドを見つけて駆け寄る騎獣。黒い毛をドドに擦り付けて甘える。
「ナ~」
ドドがなでると愛らしい大きな瞳を薄め気持ちよさそうに鳴く。ただし、ドドよりもデカイ。
馬ではドドを乗せて森に入るのが難しいので、森で見つけた乗れそうな魔獣を調教している。
巨大な山猫型のモンスターでドドが捕まえてからは大人しい。
狩りにおいてドドは監督役を頼まれている。
実際は冒険者が狩る。
獲物を見つけ、戦闘。その間、ドドはナゴの背に乗って観察する。
たまに戦闘中に他のモンスターの介入があるため、その露払いを受け持つ。
(ホーンウェアウルフか)
狼男のような人型モンスター。
知能を有し、額に角のある上位種の群れ。
ドドはその正体をラブロン樹の上から足音で悟った。
「ナ~」
ナゴが自分の得物だと舌をぺろぺろする。だが、ドドが無言で指さしたのは冒険者の方。
不服だったが、ナゴはドドの眼を見て、ビビっと何かを察し諦めた。
ナゴは渋々、冒険者の加勢のため、樹から降りた。
ドドも樹から飛び降りた。
巨体らしからぬ、身軽さ。
樹と樹の間を交互に跳ね、軽やかな着地。
魔力の無い巨大な物体が降ってきた。
一瞬の戸惑いの後、獲物への殺意を唸り声でまき散らすホーンウェアウルフ。
「冒険者から武器を奪って味を占めたな」
その場に8体。
ドドを囲むように連携し、即座に各々武器を構えて飛び掛かる。
「はは、魔力が無いとわかると調子がいいな。おれはそんなに美味そうか?」
ホーンウェアウルフは二足歩行の狼型の魔人種。
エルダーオーガほどの耐久力や魔力は無いが、俊敏性と群れでの脅威度で勝る。
角で他の個体と意識の共有をすることで常に包囲し狩りをする。
一体を犠牲にしても他の個体が食らいつく。
このモンスターの討伐にセオリーは無く、集団戦で数、または魔力で上回る以外有効な対抗策が無い。
厄介なモンスターゆえに脅威度は個体で『血赤』3。
群れで『死紫』2
ドドには相性が悪い。
ホーンウェアウルフの持つ歪な鉄製の刃が振るわれた。
魔法で強化されたモンスターの剣。
片手袈裟斬り。
魔法でガードした冒険者を易々と両断できる攻撃だ。
(人型はなぜか袈裟斬りが好きだな。いや、本能的に振り下ろしを選択するのか)
素人は得物を振り下ろしがちだ。そういう拙さがドドには返って新鮮に映る。
簡単すぎて。
ホーンウェアウルフは一瞬ドドのシルエットが膨張したと錯覚した。
そのシルエットが残像であることを返ってこない手ごたえを自覚して初めて理解した。
脳裏にフラッシュバックする映像。
意識共有の権能で仲間が見た映像からようやく理解。
緑の巨体は目の端へとその残像を漂わせて回避した。消えていない。自分の真横へ瞬時に加速して抜けたのだ。今、オークは自分の死角にいる。
そう気が付いたのは頸椎の脊柱管を断たれ視界が永遠の闇に覆われた後のことだった。
「人型になった獣というのも考え物だな。視覚に頼り過ぎだ」
群れの別個体はまだ、理解できておらず唖然としていた。
ついでにその間抜けなもう一匹へ極近距離からサイドキックを食らわせた。くの字に吹っ飛んだ。
混乱するホーンウェアウルフ。
残りは6体。
「さぁ、来い」
再度包囲を試みる。
縦横無尽、目まぐるしく、激しい動き。
並みの人間ならばこの時点で相手が何体かもわからずに狩られるだろう。
オークは動かない。
背中は死角だ。間違いない。
正面から仕掛け囮をする。背後から確実に仕留めよう。仮に正面からの攻撃対応できても即座に背後からその無防備な背中か脳天に剣でも槍でも食い込ませることができる。
しかし今日は違った。
同時攻撃のタイミング。
包囲した全員の攻撃がヒットする手ごたえ。
緑の巨体が忽然と視界の外へと逃れる。
意識共有の権能で視覚を共有し見えている。
だが見えているのと動くのとは全く別。激しい戦闘も無く、立ったまま事切れていた。
「学習しないのか、獣共」
想定外のアクシデント。それも二回目。またもや硬直した別個体の脳天へハイキックが決まった。
残り4体。
一体がドドへと飛び掛かった。
群れの長だろう。角が三又に分かれている。
加速の度合いは他の個体に合わせていたが、一個体ならさらに早く動けた。
単騎での突破。いや、この動きの速い、得体のしれないオークの動きをただ止めればいい。
人型のモンスターの中でも最高クラスに早い。あのエルダーオーガよりも。
獣の動体視力に加え、強化された反応速度でそれはドドがやっていることを正確に見極めた。
それは権能によって他の個体へも共有された。
飛んできたのは右手の人差し指。
それが左目の視力を奪った。
視界が狭まり、見失う。
(膝蹴りで倒してからテンプル、いや、こて返しから喉へ踵落とし。……いかんな。選択に迷う。悪い癖だ。もっとシンプルに)
そこから先は残された三体が目撃した。
首へ右手人差し指を放った。
見えない攻撃の正体。それはフリッカージャブの様に視界の下から伸びる長い腕。
その先端、十分にしなりを加え加速した指は棍棒の突きのように強力。
魔力の壁を易々と突破し、頸椎をへし折った。
中国武術における擒拿術、点穴法。
敵の急所を正確に突く技術。
相性の悪い相手をドドが圧倒する理由は単純だ。
ただ単純に、ドドはエルダーオーガとの戦闘時よりもはるかに強くなっていた。
これはあの日からわずか二か月のことである。
長がやられて逃げる残り三体。
「ダメだ。そっちは街がある」
拾った剣を投げる。弧を描いて樹々をすり抜け、脳天に突き刺さった。
「残念、そっちもだめだ。拠点がある」
槍を持って投げる。二体目は心臓を貫かれた。
残った一体は方向を変えた。
「はぁ、そっちは冒険者たちが狩りをしている。邪魔するな!」
進路の前にドドが立ちふさがった。
雑に爪を突き出された。右縦拳で弾きながら顔面に拳を叩き込む。弾いた腕をそのまま掴み引き寄せ肘を側頭部へ。
ドドと同等の質量が事切れて地面を揺らした。
冒険者たちが魔獣を一匹討伐している間にドドは群れを壊滅させていた。




