1.オーク飯―――ニュートリッション
巨大な寸胴鍋に肉や野菜、キノコを手際よく切って入れ、山盛りのスパイスを数種類加えて良く煮込む。内臓を酒で良く洗い、スパイスの汁に付け込んだものを鉄板の上で焼いていく。
辺り一面ににおいが漂い、自然と人が集まる。
「今日は何の肉だって?」
「レッドボアだそうだ」
「獲れたてだからうめぇぞ」
よだれを垂らして人々が列を成す。
彼らはカースタッグ城の外壁や崩れた家屋の撤去と再建をしている労働者だ。
各地の村や町からやってきたものたち。
配膳をしたり、食材の下ごしらえをしているのは女、子供や老人など稼ぎ頭を失い路頭に迷う者たち、食うに困る者たちだ。彼らにも仕事と食事、住む場所が与えられる。
いわゆる炊き出し。
ここでのそれは普段よりも豪勢で食材のほとんどがラブロンの森産の新鮮かつ栄養豊富なものばかりである以外にも変わっている点がある。
「お、おい……あれなんだ?」
「ぷっ、クク、どうした?」
食事の列に並ぶ他所からの労働者が寸胴鍋をかき回す巨大な影を見て、焦り声を上げた。
「オークだ!! 街の中にオークがいるぞ!!」
「えぇ?」
「本当だなぁ」
「ふっ、くっ、大変だよな」
「何笑ってんだ!! みんな逃げろ!!」
今日初めて仕事に従事したその男が驚くのも無理はない。
周囲の様子に業を煮やし、自分がみんなの食料を護らなければと列から飛び出した。
「うぉぉ!!」
手には作業で使うつるはし。
「列に並んでくれ」
「うわぁぁぁ!! オークがしゃべった!!!」
「ああ、通じてるだろ。列に並んでくれ」
男はつるはしを抱えて固まっていた。
途端に周囲から笑い声が起こる。
「なんだ、今日は一人か」
「昨日は食ってから気付いた奴がいたな」
「段々騒ぐ奴も減っちまった。これも楽しみだったのによぉ」
「おもしろがってないで止めてくれないか!?」
ドドは娯楽も限られているのであまり強く言えなかった。
しかし、冗談になるだけドドのことが浸透し、カースタッグの住民たちに受け入れられている証拠でもある。
「くそ、なんでオークが?」
一人騒いだつるはしの男は最後尾で愚痴をもらす。
「お前、本当に何も知らないで働いてんだな」
前の男が今日の主役に話しかけてきた。
「いや、仕事があるって言うから商人の馬車に乗せてもらって付いてきたんだ」
「ああそうかい。仕事はあるさ。オーガの群れに襲われて東の城壁が半壊して、兵士が大勢死んだってのに食うには困らねぇでいられるし、他所から労働者も雇えるから復興も早い。ありがてぇことだ」
「でもなんでオークが飯を作ってんだ? 食べて大丈夫なのかよ」
「ドドさんな」
「え、あのオーク?」
「ドドさんて呼べ」
「あ、ああ。名前あんのか」
「だからドドさんって呼べ。あの人……人じゃないけど、ドドさんがこの街を救ってくれたんだ」
頭に疑問符を浮かべるつるはしの男に、列の前と後ろから代わる代わる伝えられたのはドドの勇姿。オーガとの激闘。
そして、その後の復興支援についてだ。
ドドはラブロンの森から毎日得物を提供している。本来はこの城市の主であるガナムが工面する食費を賄うことで、戦死した兵士の遺族への見舞い金と市民の雇用、復興へと充てられるようにした。住む者たちの生活基盤を取り戻すこと。それらを優先させるためだ。
ドドだけでなく森の拠点で活動する冒険者たちの協力もあり、多数の食料を日々城へ持ち帰る。獲物の解体や下ごしらえも仕事になる。そしてラブロン種のモンスターはその素材が高値で取引される。
その金で野菜や穀物、乳製品、塩、酒を買って支給する。
「おけげで、これだけのことがあったってのに、餓死者はいねぇ」
「あの人……あ、人じゃねぇけど、やっぱりカースタッグの守り神なのかもしれねぇ」
「話はわかったけど、飯を食べて大丈夫な理由になって無くないか? 魔物の喰うものとおれらの飯は違うだろ?」
「なら食べなきゃいい」
「『オーク飯』って言ってな。これがうめぇんだ。いやオークは入ってねぇけど」
「何でも、食うもんのバランスが大事なんだと。森に行ってる冒険者の間じゃ、『オーク飯』が強い身体を作るって評判だ」
栄養学が無いこの世界では、食事とは単に腹を満たすものである。医食同源の考えが全く無いわけではないが市井においては贅沢と思われていた。
「確かにおれら重労働だけど、ここで働く前より肥えたよな」
「違いない。魔獣の内臓まで食うって知ったときはこんな時だから仕方ねぇと思ってたけど。あれがうめぇんだ」
「おれはパリッと焼いた皮の串が好きだ」
「家畜の乳の白いトロっとしたスープがまた食いてぇな。パンに浸すと美味いんだよな」
つるはしの男は込み上げるよだれを飲み込んで待つことにした。
「それにしても、あの噂本当か?」
「ああ、ドドさんが新しい神聖獣って話だろ?」
「でもオークは魔獣じゃなくて魔物だろ?」
「それを言ったら、ドラゴンだって魔物だ」
ドドを巡っては様々な憶測がささやかれた。
「ミーティア、危ない! 逆手で包丁を振り回すな!!」
ドドはミーティアの包丁さばきに狼狽えていた。
「聖女様、そんなことは私共が致しますので!!」
「いえ、これくらいできますわ。えい、えい」
「あ、危ない!! 台に刺さってますから!!」
「包丁に魔力を込めるな!!」
「聖女様をお止めしろ!! うわっ、かすった!!」
聖女ミーティアをドドとお付きの聖堂師や聖騎士が止めようとするが鋭い斬撃に腰が引ける。やむを得ずドドが武装解除術を駆使して包丁を取り上げた。まるでいたずらした子供のおもちゃを取り上げるように。
なぜか刃物に執着して飛び跳ねる聖女。
「あらあら? ワタクシもお手伝いを……」
「ドド様!! ですから聖女様に料理はさせないで下さいと!!」
「ごめん」
(ミーア……不器用だな)
その絶望的な料理のセンスに本人は気付いていない。
聖堂師に促されて笑顔をただ振りまく役に回された。
「聖女様、今日も可憐だ」
「心が浄化される」
「おれたちのために毎日……感動だ」
「あ、あの方が聖女ミーティア様? 何て畏れ多い!」
彼らはドドたちの苦労を知らない。
「ミーティア様がドドさんと一緒にいるのも、ドドさんが神聖獣だからじゃないか?」
「確かに、そもそもしゃべるオークって聞いたことねぇもんな」
食事を食べ終わった少女が花を持ってドドに近づく。
「ん?」
「ドド、いつもありがとう」
「ああ」
ドドはその花を受け取った。
「綺麗な花ですね。ところでドドじゃないです。ドドさんですよ?」
「はい……」
ミーティアは笑っていたが少女は短い悲鳴を上げて走っていってしまった。
ミーティアは厳しかった。ことドドに関しては子供でも関係ない。
「ミーア、ちょっと怖いぞ」
「あら、ドド様。あの子が他所で野良のオークに駆け寄っても良いですか? ドド様が他とは違うと示さねば」
「ああ、そう。うん、まぁ、うん」
ミーティアの布教はしっかり広まっている。
防壁の完成は急ピッチで進み、完成間際。その間、危険なラブロンの森に隣接する城市のモンスターによる被害は一件も無かった。




