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26.始まりの予感―――マスター・オーク

 襲撃からひと月。



 崩壊した城壁、崩れた家屋が戦いの爪痕を物語る。

 しかし、絶望的な状況で生き残った城市を見舞い、ある男がやってきた。



「城は顕在。壮観であるな」



 領主、イリリオ・サンゼリオン。

 王都で軍総帥を担うため、僻地であるカースタッグに足を運ぶことは滅多にない。



「城主様、お帰りなさいませ」



 馬車で城に来るやいなや、玄関ホールで待ち受けていたガナムらを激励した。



「無事で何よりだ。よくぞ民を護った。この上の無い働きぶりであった」




 城の奥へ進み、騎士たちが待つ居室へ向かう。

 巨大な部屋にはリドリア聖騎士団、それに聖女ミーティアがいた。

 イリリオは彼女の前で膝を着く。



「これも聖女ミーティア様の御慈悲の賜物でございます。助太刀いただきたばかりか戦後の復興にもご協力いただき、領主として感謝申し上げます」

「いいえ。これも元は我が聖堂の落ち度ですわ。この惨状に責任を感じております。今後ともカースタッグの復興に尽力する所存です」

「感謝致します」



 イリリオは立ち上がり続いて、ジェミニに目を向けた。



「おお、ガナムの倅よ。此度は勇猛な働きぶりであったな。重傷を負ったと聞いたが、息災のようでなによりだ」

「お心遣いいただき恐縮でございます。神の御慈悲を賜り命拾いいたしました」

「謙虚なことだ」


 一通り関係者に激励をして回るイリリオ。

 聞いていた惨状から城の騎士はほとんど死に絶えたと考えていたが、各地から貸し与えられた猛者たちは鎧こそボロボロだが皆、包帯も撒いていない。何か引っかかったが諸侯への負い目が薄れ、肩の荷が降りた気分になり考えを後回しにした。

 イリリオは椅子に腰を掛けた。この城の真の主の席だ。



「さて、遠慮することはない。会わせてくれ。『ラブロンの荒神』に」

「はい」



 扉から現れたブリジット、ルークに次いでドドが入ってきた。



 イリリオはその存在感に圧倒された。

 いや、馴染みのない異様さ。


(確かに魔力を一切感じん。そこにいるのにまるでいないような……)


 ルークが紹介する。


「この者、名はドド。主はブリジットでございます。此度の襲撃に際し、冒険者を率いて城に駆け付け、ミーティア様を救い、ハイオーガ多数とエルダーオーガを単騎で討伐。戦後の治療に大きく貢献。また生き残った兵士のほとんどは襲撃前、このドドに教えを受けておりました」

「よっこらせ」


 ドドは膝を着いて頭を垂れた。



「此度の働き、その方の活躍があってのことと聞いた。だが聞いただけでは信じられぬことも多い。まずは聞かせて欲しい。その方、本当にオークか?」



 ドドはめんどくさそうな顔をした。



「自己の存在証明、定義、本質の追求には自己の意識以外の要素が大きく作用する。それでもあえてその質問に答えるならば、確信を持って言えることは1つ。おれが自分をオークであると思うのは、人がおれをオークとして見ている時だけです。その点、最近は自分が緑の化け物だと自覚する機会はめっきり減りましたね。ありがたい限りです」



「……そうか。わかった」



(いやわからぬ。というか、しゃべりよる。しゃべるとは聞いていたが、想像していたよりずっと話すな……いや、ジュエル様もそうだ)


 イリリオは王都にいるドラゴンを思い出す。あの不遜な高笑いが頭に響く。それを振り払い現実へ冷静に思考を巡らす。


「む、ところで、ドドの功績に『治療に貢献』と申したが、オークが医療の知識まで持っているのか?」

「いえ、そのことなのですが」


 ガナムが説明しようか言いよどんだ。

 ミーティアを見るが二コリを笑い、 ルークは仏頂面を崩さない。


「なんだ? どうした?」


 口を開いたのは当人だった。


「おれの血から『霊薬』なる薬ができたらしい」

「……なにぃ!!!」


 なぜ正直に話してしまうのか、聖女もルークもガナムも予定にないことに困惑してしまった。

 

 それはイリリオも同じだった。



(なぜそれを、そんなことを私に明かすのだ? 実験体にされたいのか?)



「ドドは問うているのだ。貴公の判断を」


 ブリジットがドドの意図を代弁する。


(小癪な。私を試すか。いや、魔物か人か……私もそれを決める一人と言いたいのか。そして。『霊薬』の話で私の態度が変わるか図っている。大した貫禄だ。敗けられんな)



「人として遇するならば、その方には此度の件、相応の褒賞が必要となろう。何が欲しい? 申してみよ」



(これでおおよその人格が捉えられる。金か、名誉か、地位か……女という可能性もあるか)


 イリリオは気付かないうちにドドを人として扱っていた。



「ではお言葉に甘えて」

「うむ」



 ドドはまっすぐイリリオを見て言った。



「闇の王ハラスを討つ」



 シンと静まり返るホール。

 それは人類の悲願。

 各国は有史以来勇者を召喚し、幾度も攻勢に打って出た。

 だが、この世は魔物に溢れている。


 幾度か勝利したこともあるが、闇の王は時を経て復活する。


 その繰り返しだ。



「その資格は勇者にのみある。名誉を望むのなら勲章を授けよう」

「聖堂は彼の意志を支持しますわ、イリリオ公」



 ミーティアが口を開いた。



「聖堂はどんな形であれ、このドドが闇の王との戦いに参加することを歓迎いたします」

「なんと」


「どんな形でもいい」―――ドドは聖女ミーティアの計らいの意図を察した。

 自分はエルダーオーガに苦戦した。

 ハラスと戦うには力足らずなのだろう。

 それであきらめるわけにはいかない。

 人間に戻るためにはこの呪われた身体にした張本人を討つ。それが最も可能性がある方法だ。


「いかがでしょうか。王国の勇者への指南役とするというのは?」

「……なるほど。ならそれでいい」


 何も自分が討てないからと言って何もしないことはない。

 魔力を持つ勇者に、自分の技術を教えることができれば……


「ゆ、勇者に……? うむ」



 イリリオはガナムからの報告でドドの指南役としての才覚を知っている。

 大損害を受けたカースタッグ兵が、全滅していなかったのはドドの功績が大きい。

 この戦いで名も無い一兵卒の多くが通常ではありえないほどの戦果を挙げていた。

 彼らはドドに訓練を受けた者たちだ。


 逆に、ドドを最後まで奇異の眼で見てその教えを拒絶していた者たちは死んでいった。



「ワタクシはその勇者を預かる聖堂の責任者として、ドド様のご助力を強く望みます」


 とミーティア。


「勇者指南役を仰せつかる塔の魔導師の一員として、ワシもその提案を支持致しましょう」


 と、ルークも続く。

 聖堂と塔。

 二大巨頭がドドを支持している。


 ならばイリリオに迷いはない。国王への説明と説得は難儀だが、それも自分の責務だと覚悟を決めた。



「よかろう。カースタッグ城主としてではなく、リドリア王国軍務総帥として、このイリリオ・サンゼリオンが命じる。ドド、その方は勇者指南する任を就くがよい」




 こうしてドドは人類側の一員として認められ、勇者の指南役としての道を歩み始めることとなった。









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