25.聖なるオーク―――エリクサー
ここ数百年間目撃されていなかったエルダーオーガがカースタッグを強襲したという事件は王国中に広がった。
それと同時に、そのエルダーオーガの討伐の報せは近隣諸国にも広まっていった。
嘘か真か。
討伐したのは魔物。
それも魔力の無いオークであったと。
荒唐無稽な噂を意外と信じる者が多かったのは、これを聖堂が否定しなかったからである。
聖堂は、『ラブロンの荒神』を聖獣に列するかを真剣に検討している。そんな噂もささやかれた。
◇
深い記憶の底の中にドドはいた。
いや、その記憶は斧牛陸大だった頃のもの。
赤い大地で陸大は戦っていた。
相手は人身売買や武器密売を行うテロリスト。
とある国の外交保安部からの秘密裏の依頼だった。
『アラガミ、どうやら白人女性が誘拐されたらしい。だが敵は我々が動けない国境線上を移動している。また頼めるだろうか』
『邦人救出のときの借りがある。オーケーだ』
陸大は重機関砲とロケットランチャーの斉射の中、彼女を救い出した。
彼女は陸大を見て、ほほ笑んだ。
『やっと会えました。あなた様に会うためにワタクシは……』
ドドは目を覚ました。
そこは聖堂の治療部屋。並べた2台のベッドの上。
傍にいたのは聖女ミーティアだ。
「よかった。意識が戻ったようですね」
「ああ。ブリジットとジェミニは?」
「お二人は法術で快方に向かっております」
「そうか」
ドドはやせ細り、全身に包帯が巻かれている。
献身的にミーティアが治療に当たったことは彼女の眼の下のクマと薬で色が変わり荒れた手先を見ればわかった。
「申し訳ございませんでした!!」
「ん? それは、何の謝罪かな聖女様?」
「まず、運び込まれたあなた様を法術で治して差しあげることができませんでした。どんな効果を及ぼすかわからず」
「そうか」
「この度の戦いの原因は聖堂にありました。それについても深く謝罪致します。グロンは更迭、一般信徒からやり直しさせました。あなた様に疑いをかけた挙句、そのしりぬぐいまでさせてしまい申し訳ございませんでした」
「いや、いいけど」
「最後になりますが……あなた様をそのようなお姿にしてしまったことについてです。覚えていらっしゃらないと思いますが、ワタクシはあなた様に一度会っているのです。斧牛陸大様」
「ああ、思い出したよ。ミーティア」
驚くミーティア。
「最初遭った時、ショックで頭がおかしくなったのだろうと思ったが……必死におれが必要だと言ってくれた君を信じた」
「その信頼をワタクシは……」
「いや、責めてはいない。確かにこんな姿になって落ち込んだが、君のせいじゃない。例えるなら船旅に誘われ船が沈没したみたいなもんだろう。おれは自分で船に乗った。船を沈没させた原因はハラスだ。そこは間違えないさ」
「陸大様……」
ミーティアは救われる思いだった。
彼女にはドドが希望の使者に見えた。
「そうだ。マリアに会ったよ」
「あの子にも申し訳ないことをしました。責任感の強い子でしたから……おそらくあなた様を探してそのまま……それでも、あなた様が心配でしたのでしょう」
「ちゃんと、人の道をつなげてくれたさ」
「ブリジット様ですね。何度もあなた様を見舞いに来られました。とてもあなた様を信頼していらっしゃいますね」
「たぶん、初めてできた友人だ」
「それは良いですね」
「ところで、食べるものは無いか? 腹が減ったよ。一緒に食べよう」
「―――はいっ!」
聖女が食事を運んでくるとぞろぞろと人がなだれ込んできた。
「ドド、生きていたか!!!」
ブリジットが飛んできた。
「指南役殿、良かった!!」
ジェミニと兵、ルークに冒険者たちまで見舞いに来た。
「おいおい、あまり病人の部屋に押しかけるなよ」
「いや、ドドは人じゃないけどな」
「やめろ、これ以上傷つけるな」
ドドは食事をとるとみるみる回復した。
激闘から三日のことだ。
今なお生死を彷徨う者たちが大勢いる。そんな地獄の中最大の懸念、城市カースタッグを救った最大の功労者の生存が確認され、病室は三日ぶりに和やかな空気が流れた。
「た、大変です!!」
「どうした!!」
そこには森の薬師と学士、それにミーティアお付きの聖堂師がいた。
「薬草や法術のドドさんへの効果をドドさんの血で検証していましたら……このようなものが」
聖堂師が瓶に入った液体を見せた。液体は青色に淡く光っていた。
「この反応色は薬効があります!!」
「古の研究によればこれはおそらく、回復力を有する魔物の血から生まれる伝説の秘薬」
「霊薬、エリクサーです」
「え?」
一同の声が重なった。
治療を待つ兵士や生死を彷徨う兵士、冒険者たちに奇跡が起きた。




