24.限界突破―――アラガミ
『浸透勁』による内部破壊の効果は魔力と外皮を越える。
魔力でガードしているがゆえに警戒していなかった。
『纏』に接した拳からの衝撃はエルダーの肉体に到達し、内部に留まった。
エルダーの顔が曇る。
初めてエルダーオーガの身体が止まった。
「うらぁぁ!!!」
さらに撓るようなローキックで脚を狙い12連。膝の下を左右と裏のふくらはぎへ。衝撃の波が三方から放たれ増幅し、脚の機能を奪う。
エルダーオーガが膝を着いた。
ドドは両手で柄を握り、エルダーオーガの心臓目掛けて全体重をかけてコスモスを押し込んだ。
突如エルダーオーガの身体が発火した。
怯んだドド。
数千度の熱の中、ドドの身体がはじけ飛んだ。
「うぉ!?」
後方へ飛んだドドの顎が弾けた。
「――ドド!」
(火属性の『放撃』の中に、魔力の『放撃』を混ぜたのか。しかもドドから受けた最初の一撃で、顎へのダメージの効果を学習していた!?)
「うあ、あ、あ……」
ブリジットは魔力で無理やり動いた。
ドドを死なせるわけにはいかない。
背後から斬りかかる。
しかし、エルダーオーガはもはや見向きむせず、意識を失ったドドへ拳を叩き込む。
「くそ、やめろ!! やめろ!!!」
怒りを発散するように雄叫びを上げながら執拗に殴りつける。
ブリジットが弾かれるのも構わず剣をぶつけていると、横から殴られた。
「かはっ!?」
ハイオーガが周囲を取り囲んでいる。
エルダーの戦いを称える。
その残虐性を煽る唸り声。歓声のように。
ブリジットはその光景を前にして立ち上がる気力を失った。
最後にドドが息絶える様子が視界に映る。
「すいません、マリア師匠……」
汚い歓声が聞こえなくなった。
薄れゆく視界、死の間際かと思うも、思い直す。
すさまじい地鳴りがし、彼女の横たわった身体全体がやや浮き上がったのだ。
「は?」
視界に光が戻ると、そこには倒れたエルダーオーガ。
しかも背中から大量に出血している。
「な、なにが?」
立ち上がったエルダーオーガはドドへ怒りをぶつける。
その手段である拳をドドはパシリと弾き、懐へ入る。
双掌打、頂心肘、鉄山靠の大衝撃三連撃。
エルダーはその腕を掴む。
次の瞬間、掴んだ方のエルダーの身体が浮いた。
そう、三連撃は動きを止めること。相手に掴ませることが目的。つまりはただの当身と準備。
本番はこれから。
「えぇ?」
体勢を崩してつんのめったようなエルダーがその勢いを増して地面へ脳天から突っ込んだ。
いや、そこにはハイオーガがいた。
オーガ同士の激突。
すなわち魔力同士の衝突。
エルダーは全身を魔力で覆っている。
それが当たる際、ハイオーガもまた本能的に『纏』でガードをするため、両者に大ダメージが発生した。
(これが挑戦する側の気持ちか)
ドドは朦朧とした意識の中、混濁した記憶の中にいた。
かつて自分が力でねじ伏せてきた相手が前にいる。
『おれに技を教えてくれないか?』
『ふん、何をいまさら』
記憶の中の相手は腕を組みドドを見上げる。
『俺様は貴様に全てをぶつけた。貴様はすでに知っているはずだ。俺様の技の全て。最強の投げ技を』
かつて斧牛陸大を唯一投げ飛ばした男。
格闘技界で暴虐の荒神に一矢報いた唯一の日本人。
総合格闘家で柔道オリンピック金メダリスト、二瓶銀二。
『これは合気道でも柔術でもない。俺様が考案した新たな投げのシステム、そう、いわば『人体投擲術』だ』
斧牛陸大と戦うにあたり、二瓶は自分より大きい(といっても二瓶自身も2メートルを超える巨躯であったが……)陸大を投げて勝つために、合気道の術理を取り込み、試合の勝利ではなく、戦いで勝利できる投げを追求した。
『まず相手に腕を掴ませる。この接続を想定してまず相手の体勢を崩し、相手の動きを制御する。できるだけ振り回す。その後通常組み伏せて合気道は終わりだが、ここで、押す、引く、掛けるを駆使し勢いを加えて投げ、叩きつける!! できるだけ、硬い場所へ積極的にぶつける!!』
加速した状態で投げられたエルダーオーガは困惑した。
掴んだ手が剥がれない。倒れる際、支えになる場所をとっさに掴もうとするように、逆に無意識で強く握ってしまう。
力で抵抗できない。
『超感覚』へと魔力を割いた。
その思考がより混乱を招いた。
これは魔法ではない。
武術が存在しないオーガにそれは永久に理解できない。
投げ技自体がエルダーには未知の技術。
当たり前だが、オーガを投げる人間などいない。
なぜ自分より小さい相手に投げ飛ばされ続けるのか。わからずに混乱したエルダーは無理やり火の『纏』でドドを引きはがそうとする。
(数千度の炎、動けて数秒か)
ドドは炎に焼かれながら投げた。
舞い散る火花。巻き上がる土埃。轟く振動。揺れる大地。
二者の戦いは、正しく爆撃と同等であった。
勝負の分かれ目は一瞬。
炎に紛れる魔力の単純『放撃』をドドは避けた。
無論、ドドは魔力が見えていない。
極限を越えた集中が、炎の揺らめきから弾道を予測した。
「ドド……すごいな、我が師は……」
ブリジットは意識を手放した。
ドドの勝利を確信して。
「オ゛オ゛オ゛オオオォッツ!!!!」
「ギガガガガァァァツ!!」
エルダーの腹にハイオーガの角が突き刺さる。
同時に手を放し、距離を取った。
オークであるドドは回復できるが、魔力が無いため全身のたんぱく質を分解して回復に当てている。
すでにドドは必要な筋肉以外に脂肪がなく、筋という筋がむき出しとなっていた。
それが、研ぎ澄まされた感覚をさらに鋭敏にした。
ドドへ飛び掛かるハイオーガを操り、掴み、投げる。
エルダー目掛けて投げる。
ドドの手には数百キロの魔力を纏う鈍器。
投げつけ、得物が絶命すれば別の得物を見つけ、投げつける。
投げつける。
投げつける。
投げつける。
投げつける。
投げつける。
投げる。
ドドは止まった。
投げる獲物が無くなった。
思考と現実が混濁したドドの前には二瓶銀二。
『まぁまぁだな』
『言っただろう。おれは投げるのが得意なんだ。元陸上部だからな』
『陸上は関係ねぇだろ』
『二瓶銀二……感謝する』
『……覚えてやがったか』
『もちろんだ。結局、おれにはお前らとの戦いしかなかったからな』
終末を予感させる変わり果てた凄惨な荒れ野に冒険者とカースタッグ兵、聖騎士団がたどり着いたとき、ひん死のブリジットとジェミニ、そして立ったまま意識を失っているドドがいた。
圧死したと思われる無数のハイオーガと全身にハイオーガの角が突き刺さり絶命したエルダーオーガが死闘を物語っていた。
この日、カースタッグは救われた。
救ったのは一匹のオーク。
そのオークの名は冒険者の噂話や吟遊詩人の詩で各地へ広まった。
『ラブロンの荒神』として。




