22.絶望そのもの―――エルダーオーガ
辺りは炎上し煙が充満している。
あちらこちらに無残なカースタッグ兵の亡骸が散乱している。
それがエルダーオーガだと気が付いたとき、兵力はすでに半減していた。
ブリジットとジェミニ以外、正面に立てる者がいない。その他の者は単純接触で死亡した。
都合2回、ブリジットとジェミニは攻撃し、エルダーオーガの攻撃を受けた。
(ブリジット殿がいなければ死んでいた)
(ドドを見てなかったら生きていなかった)
ハイオーガほどの筋力は無く、体躯も特別大きくない。角はハイオーガが鹿の角のように無数に分岐しているのに対し、額に一本。
肌は赤というより赤黒い。
余分なものをそぎ落とし、力を凝縮したような印象。
それに通常魔物になど感じない、風格のようなものがある。
それは二人が普段ドドに抱く感覚に近い。
ただし、ドドと異なり、このエルダーオーガの魔力は桁違いに多い。
身にまとった『纏』の密度が違い過ぎて、二人の剣はエルダーオーガ本体に到達しなかった。
そして、当たり前のように魔力による瞬間的な『加速』と『超感覚』を適宜使い分けている。
手に持つ金棒は無数の剣を鋳溶かして押し固めたような禍々しい形をしている。
おまけに火の属性魔法を使う。
魔導師並みの魔力操作である。
二人はそのわずかな攻防で理解させられた。
生物としての格が違うと。
二人の身体は震えていた。
恐怖によるアドレナリンの過剰分泌。
これから訪れる絶対的な死。
「行くぞ、城兵長。大丈夫か」
「ああ。無論です」
「私が止める。トドメは任せた」
「了解」
それを乗り越え、二人は同時に動いた。
エルダーオーガの攻撃。
掌を二人に向けた。
そこから発せられる魔力の塊。『放撃』の嵐。
「来るぞ!!」
ブリジットは反応した。
予備動作の無い動き出しから、瞬間的な『加速』
ブリジットの剣の切っ先が光に包まれる。
ドドとの修行により彼女が導き出した答え。
それは魔力温存による長期戦などという消極的なものではなく、一撃必殺の奥義を繰り出すことによる超短期決戦。
『魔術』、『闘法』、『体闘法』を瞬間的に合わせて放つ突き。
刺した点を梃子にして、スライスして、斬り広げる技。
高速で獲物を捌く狩人の技。
彼女はそれを『閃光』と名付けた。
(斬った……!)
攻撃を避け、わきをすり抜け狭間に『閃光』を決めたブリジット。
剣に確かに伝わる手ごたえ。
(奴の身体がぐらついた。今!!)
ジェミニはその隙を見逃さなかった。
狙うは脇腹と対角にある反対の首。
意識が薄れたその無防備な首に剣を振り下ろした。
「かはっ!?」
ジェミニの腹に拳がめり込んでいた。
無造作に放たれた拳は魔力で強化されていないものの、ジェミニの鎧を弾け飛ばし、本人の戦闘力を奪うのに十分だった。
「ジェミニ!」
(――『纏』を解いて『超感覚』に魔力を割いた!? この瞬間になんという判断。いや、戦闘経験の差か!?)
ブリジットの付けた傷は即座に塞がっていく。
「『回復』まで……くそ!!」
『回復』はもっとも魔力コントロールが難しい。『闘法』における練度が桁違いである証だ。
ブリジットは『閃光』を繰り出す。
エルダーオーガは金棒でその突きを打ち払う。
(―――一度見ただけで見切ったというの? 強い……! こいつまさかドドよりも―――)
エルダーオーガはその一瞬の気力の弱みを見逃さなかった。
魔力を放つ『放撃』の嵐。それを無動作で放った。
(こいつ! さっき掌から放っていた動作はブラフか!!)
不意を突かれたブリジットは動きを止めた。
「しまっ―――!!」
炎を金棒に纏わせた一撃が地面と周囲もろともブリジットを吹き飛ばす。
超高熱と衝撃波が辺りを焼き尽くしていた。
エルダーオーガは焼け野原を進む。
「待て!」
振り向くと、血まみれのブリジットが立っていた。光のオーラで身を護ったものの、体中に熱傷を負い、喉は焼け、酸欠で意識は朦朧としている。その身を立たせているのはもはや気力だけだ。
「城へ、は、行か、せない゛!!」
エルダーオーガはその鉄仮面に初めて笑みを浮かべた。
まるで退屈な生に訪れた些細な変化を歓迎するかのように。
不意にその顎が弾けた。
「――!」
エルダーオーガはそのまま地面に崩れ倒れた。
「遅くなったな」
「ドド……」
ブリジットはドドを見た瞬間、倒れ込んだ。




