21.救世主のオーク―――メサイア
「はぁはぁ……」
肩で息をする聖女。
街を覆うほどの『結界』を張ったのち、『紫死』級の魔物との一騎打ち。
彼女は勝利した。
だが、残りの魔力は少ない。
(テンロッドたちが戻らないということはどこも似たような状態ということ。応援に向かいたいですが、これ以上戦うと『結界』が……)
そう思っていた彼女の前に新たなハイオーガが現れた。
「なっ!?」
ハイオーガが三体。
一体は剣を二刀構え、一体は三重の盾を構え、もう一体は魔力を炎に変換して『放撃』を放った。
「『炎弾』!? ぐぅッ!!」
聖女は『纏』でガードする。
周囲が炎上するも、聖女は錫杖を片手に立っている。ハイオーガは一瞬たじろぐが、すぐに三体で襲い掛かった。
「あまり長くは持ちませんね」
華奢な身体で動き回り、魔力を温存しながら戦う。
自身が囮となり、できるだけ長くこの三体を引き付ける。しかしこの作戦に勝算は無い。
彼女は状況を的確に把握していた。
(ハイオーガが3体。最前線のカースタッグ兵は壊滅。城市内にも多数のオーガ。最善手は生存者の保護。この城はもうもたない。致命的なのはハイオーガの数。おそらく、もっといるでしょう。ということはハイオーガを統率する存在がいると考えるべき)
「テンロッドたちには悪いことをしました」
ハイオーガたちは魔力を駆使し、聖女は『放撃』で小刻みに牽制し続けた。
しかしそれも限界を迎えた。
三重盾のハイオーガの突進。
「しまった」
聖女は『纏』に魔力を回すが、吹き飛ばされる。
「きゃあ!!」
ダメージは無いが衝撃で一瞬意識を失った。
(『結界』は解かない!!)
無意識に『結界』は維持したが自らの『纏』は解けた。その隙をハイオーガが見逃すはずがない。
最も早い二刀のハイオーガは聖女の頭上へ剣を振り下ろす。
その衝撃は街中に響いた。
「ん……はっ! ワタクシは」
聖女がぼやけた視界の焦点を定めると、そこには赤いオーガではなく、緑のオークが立っていた。
二刀のオーガは首が無く、ほどなくして自らの死に体を察し、地面に倒れ込んだ。
三重盾のオーガの盾には深々と剣が突き刺さっている。二刀のオーガが手にしていたはずの剣だ。
オークの手には勇者の剣『コスモス』。首には破邪のメダリオン。
「オーク」
オークはもう一刀の剣をオーガの死体の傍らから拾い上げ、逆手で投げつけた。
魔導士のオーガは『纏』でガードしようとしたが間に合わず胴体を貫かれた。
残った三重盾のハイオーガ。
盾を捨て、オークに突っ込む。
『加速』に魔力を振り分けたため、巨体とは思えないスピード。
オークはそれを正面から止めた。
ぶちかまし。それも全体重を掌に集約した一撃、それがオーガの顎を打ち抜いた。
のけ反り、ぐらついたハイオーガの首へ片手横一文字斬り。
オーガはとっさに頭を押さえる。だがズレた首はどうと離れていた。ハイオーガは首を持ちながら絶命した。
気が付くと聖女の耳は自身の心臓の音だけを捉えていた。
(ハイオーガを瞬殺。それも三体も……!! これは、この動きは……まさか!!)
聖女は意を決し、言葉を紡ぎ、魔物に話しかけた。
「魔力を感じない、オーク。あなたがラブロンの森に現れた、ドドですか?」
振り向いたオークの恐ろしくおぞましい顔に、どこか理性を宿した眼を見た。
「お嬢ちゃん、おれを知っているのか」
その言葉のやさしさ。声色はおどろおどろしいが精一杯、怖がらせないようにする言葉遣いと配慮。
聖女は自分が慮られていることがわかった。
「はい。よく存じております」
固く握り込んだ手がほどけた。
聖女は涙を流した。
自らが犯した過ち、その罪の重さ。後悔。
目の前の男への申し訳なさ。
彼女はそれらが言葉にできず、口を塞いでしまった。
自分が地球から連れてきた男。
姿かたちは変われど、その物腰、態度は同じ。
斧牛陸大だとミーティアは確信した。
ドドもまた彼女が何者か察した。
聖堂の関係者らしきいで立ち。自分を排除しに来た聖騎士の一団かその関係者ということはすぐに察した。
「もしかして、おれを殺しに来て巻き込まれたのか」
「いえ! いいえ、あなたに会いに来たのです」
「どういうことかな?」
話すことがたくさんある。
しかし語りつくすには時間があまりにも足りなすぎる。
「その話はあとに致しましょう。今は避難しましょう」
「おれは今着いたばかりだ。なぜかおれしか入れなかったんだが、外の冒険者たちはどうする?」
「冒険者たちが? すいません、今『結界』を解くわけには」
「大丈夫だ。外のオーガはもういない」
聖女は驚き、『超感覚』で外の気配を探る。
「まさか、あの大軍を倒したのですか?」
「冒険者をいれて、共に避難してくれ。おれは外に用があるのでこれで失礼する」
「前線に? 行ってはなりません。すでに防衛線は壊滅していますよ。それに、おそらくこのオーガの群れの中にはエルダー種がいます」
「そうか。ならば早くいかないとな」
ドドは迷いなく、城の外へと向かった。ブリジットたちを助けるために。
聖女はその背中を見ていることしかできなかった。
「斧牛陸大さん。あなた様に神の御加護があらんことを」
聖女のか細い声はドドには届かず、戦いの喧騒の中に消えた。
彼女は踵を返し、人々の保護と治療、避難誘導に集中した。




