20.聖なる巫女―――ミーティア
リドリア聖騎士団が城市に到着したとき、すでに壁は半壊し、多数のオーガが街に入り込んでいた。
平原に構えた防衛陣は崩壊し、オーガは流れ込んできていたのだ。
「これは……カースタッグが墜ちたか」
「まだですよ、テンロッド。あなた方聖騎士は街に入り込んだオーガから人々を護るのです。僧侶は治療に取り掛かりなさい」
「ですが、ミーティア様」
「この惨状は、聖堂の不始末です。このような要所に、不信人者を送り込んだことが愚かでした。ワタクシはできるだけ、街への侵入を防ぎます」
カースタッグに、聖騎士団を率いてきた女。
彼女は王都大聖堂でも司祭、大司祭、司教、大司教のさらに上、最上位の地位に位置する聖なる巫女、聖女であった。
「は、早く逃げなければ、死んでしまいますぞ!!」
「グロン、この惨状はあなたが招いたのです。あなたに逃げる権利などございません」
「は?」
無理やり連れ戻されたグロンは聖女ミーティアの言葉に目を丸くする。
「それは違います!! これも全て、カースタッグの者共の日頃の不真面目が招いたのです!! 聖堂を蔑ろにし、魔物に師事するなど神への冒涜!」
「ほほほ、手紙は読みました。オークを浄化できなかったとか」
「そ、それは」
「破邪のメダリオンで浄化は防げません。あなたは本当に愚かですね。なぜ単純なことに頭が至らないのでしょう? 単に、あなたの聖属性魔法が脆弱だったからです」
「は? そんなはずはありません!! 私は聖堂の司祭ですぞ!!?」
聖女ミーティアはため息をついた。
「この街に魔物の侵入を許している時点で、あなたの力足らずは明白。それは街の方々の信仰心ではなく、この地を預かる聖堂の最高職が成す『結界』の強度の問題です」
オーガが度々襲来するようになり、魔物の数が増えたことも、それが理由だった。
人の生活圏が大自然の中に孤立無援でポツンと存在しうるのは、聖堂が『結界』を張り、魔物を遠ざけられるからである。
しかし、グロンはこのカースタッグ全域を覆えるだけの『結界』が使えていなかった。
そのことに本人も気が付いていなかった。
「あ、あんなものはただの儀礼……女官たちにやらせていましたが」
聖女ミーティアが手にした錫杖をトンと地面に叩くと、まばゆい光がカースタッグ城市全体を包み込んだ。
崩壊した城の壁から侵入を試みていたオーガが青白く燃え上がり、灰となった。
侵攻が止まった。
「こ、こんなことが……」
「信仰が足りないのはあなたですよ、グロン」
街の防備と、グロンへの叱責を済ませたミーティアにはまだ成すべき重要なことが残っている。
そもそも彼女は不甲斐ない信徒の尻ぬぐいでここに来たのではない。
(手紙に書かれてたオーク……グロンの『浄化』が効かないことは参考になりませんが、そもそも破邪のメダリオンを着けていることが気になりますね。とはいえ、この戦況、前線に居たのなら、生存は絶望的ですね……先の勇者召喚失敗と何か関係あると思ったのですが……)
思考を巡らしていた聖女は地響きに膝を着いた。
「まさか、この気配は!」
オーガを討伐していた聖騎士は背後に巨大な魔力を感じ飛びのいた。
「な、なんだこいつは!?」
オーガが荒々しい獣のごとき姿に対し、ハイオーガは装飾を施した装備を纏い、どこか人間に近かった。
ただし、その眼に理性は一切感じられない。
「まさか、ハイオーガか!?」
聖騎士は聖の属性魔法を全身に纏った。
「滅せよ!!」
ハイオーガはキョロキョロと虚ろな眼で辺りを気にしている。
聖騎士の一刀はその皮膚に傷をつけること敵わず、剣が折れた。
「馬鹿な!! 聖なる剣が!!」
ハイオーガは進路の邪魔なものをどかすように、聖騎士を殴りつけた。
その拳は魔力の『纏』を貫通し、その下の甲冑を変形させた。聖騎士の身体は建物の外壁を突き破った。
ハイオーガはにおいを辿っている。
より強力な魔力を持つ者。
この邪魔な結界の源へ。
やがてターゲットを見つけ、建物を突っ切って一直線に向かう。
「ハイオーガですか」
ハイオーガは背に持つ大剣を構え、ミーティアを見下ろした。




