19.鬼の襲撃―――スタンピード
連絡役はカースタッグ城から報せを届けた。
定期的に城と森の拠点を往復する連絡役がいる。
王都大神殿から誰か派遣されてこないかを確認し、ジェミニの説得が上手くいくか把握する必要があるからだ。
しかし、その報せを受け取るにはカースタッグ城まで一日半から二日の道のりを往復する必要がある。
そこでドドかブリジットが森の入り口で待つことになっている。
今回はブリジットが当番だった。
しかし、戻ってきたのは同行していた冒険者たちと報せを伝えたウォードだった。
「大変です!!!」
「どうした!?」
「城にオーガが!! 大軍で攻めてきました!!」
動揺した様子のウォードは呼吸を整えるより先に、必死の形相で伝えた。
「敵はオーガ100体からなる群れ。また、おそらく、ハイ・オーガが複数いると思われます」
ハイ・オーガはオーガの上位種。
単体での脅威度は『血赤』4。
「それが複数でオーガの軍勢を率いているとすれば脅威度はおそらく『死紫』3~5です」
「都市が壊滅するレベルじゃないか!!」
「それでブリジットは?」
「彼女は一人で援軍に向かいました。ドドさんに報せてくれと……」
ドドはすぐに準備を始めた。
「おい、行くのか、ドドさん!?」
「当たり前だ。進軍の速さは?」
「城との間にある平原で迎え撃つとのことで、明日には衝突するものと……」
「一刻の猶予も無い。おれはブリジットとジェミニは大きな借りがある」
冒険者たちは足踏みした。
行けば確実に死ぬか半死半生の戦いだ。
彼らは兵士ではない。
カースタッグと心中する責任は無い。
「い、いくらドドさんでも勝算はあるのか? 行ったら死ぬぞ!?」
「それはわからんよ。だが、おれは行く」
「どうしてだ? あんたは魔物だ! 人間を命がけで助ける理由があるのか?」
ドドには彼らの心情が理解できた。
望まない戦いに巻き込まれる悲惨を。
彼らはドドの勇敢を蛮勇だと信じたい。
そうでなければ自分たちが臆病者になってしまう。
だから、ドドが無謀なことをしていると思いたい。
行くべきではない理由が欲しい。
ドドはそれを悟った。
「お前たちを護りながら戦うのは無理だ。付いてくるなよ。ウォード、お前もだ」
「そんな!!」
ドドは全力で森の中を駆けた。
すると後ろから複数人が追いかけてきていた。
「舐められて黙っていられるかよ!!」
「冒険者にも誇りがあるんじゃ、アホンダラァァ!!」
「命が惜しくて冒険者できるか!!!」
「はは、逆効果だったか……」
◇
城の西に広がる平原。その勾配がついた頂上地点にカースタッグ軍は陣取っていた。
平原の先にある森からオーガの軍勢が直進していることは狼煙で伝えられ、今まさに両軍が衝突するという時だった。
陣営を駆ける、長身で面に傷のある美女がいた。
「ブリジットさん!!」
「ブリジットさんだ!!」
「『光のブリジット』、来てくれたのか!!」
その登場に軍の士気は上がっていた。
「ブリジットさん」
「はぁ、はぁ、城兵長、状況は?」
「残念ながら最悪です。あちらは100体以上います。単純計算でも500名の兵力が必要ですが、カースタッグの戦える兵士は300名。おまけにあちらにはハイ・オーガが複数いるようで」
「王都大聖堂はどうなった?」
「それが、こちらに一団が向かっていることは分かっているのですが、いつ頃どれぐらいの規模で到着するのかは不明です」
「あてにできないか……」
今度はジェミニが訊ねる。
「ドドさんは?」
「森の入り口にいたのが私だったからな。ウォードに冒険者を付けて報せに向わせた。来てくれるだろうが、間に合うかどうか」
「そうですか」
一方そのころ、司祭グロンは城市を抜け出し、北へ向かっていた。
「これも天罰だな」
馬車に揺られ、峠を越えたころ、正面から一団が向かってくるのが見えた。
「ちっ、道幅を取りおって、邪魔だな。おい、御者、道を開けさせろ! 聖堂の司祭の馬車だとな」
「で、ですが司祭様、あちらは……」
「ん? なんだ!?」
司祭はその馬車の刻印にわが目を疑った。
「まさか……!!」
「おや、こんなところまでお出迎えとは殊勝なことですな」
一騎近づいてきた。
全身白い衣装を纏う老練な騎士。
「あ、あなたは!! リドリア聖騎士団団長、テンロッド卿。ということは……」
「さて、何かありましたかな?」
「あ、いや、その……」
グロンの要領の得ない回答に、馬車から一人の女が降りてきた。
「勤めを放棄したのですね、グロン」
その女のか細い声に、グロンは震えあがりひれ伏した。
「聖女様がなぜこちらに!!?」




