14.ドドの『闘法』代替教練―――タグ
城に常駐する騎士たちが、ドドを取り囲む。
全員が一斉に斬りかかる。
ドドは全ての攻撃を躱しながら、一撃ずつ入れていく。
重々しい爆裂音が立て続けに8連。
「ぐぅ……なんて力だ」
「鎧の上からでも効くぞ」
「なぜ? 魔力で防御していたのに」
膝を着きながら腹を抱える騎士たちを見下ろすドド。
騎士に手を差し伸べるとその騎士は手を取った。
「攻撃の瞬間、守りは疎かになるな。魔力の防御は表面だけだ。内部への衝撃まで吸収できるよう工夫した方がいい」
「はぁ。簡単に言ってくれる」
「普通はこれでダメージがあることの方がおかしいんだがな」
「さすが指南役殿は常軌を逸している」
ドドはいつしか騎士たちに認められていた。
正式には司祭グロンが頑なに反対しているため指南役ではない。
しかし、訓練を通じて『闘法』の穴のようなものもみるみる理解していった。
「もはや誰もドドの実力を疑う者はいまい。司祭様はなぜああも反対するのか」
「それは魔物に遜るのを良しとできんからだろうな。聖堂はあらゆる魔物を悪と断じている」
聖堂は絶大な権威を有する。国からの寄付、信仰、そして回復魔法を独占しているからだ。
このユウェン大陸で聖堂を敵に回せば、社会からつまはじきにされる。それは王とて例外ではない。
司祭グロンはここカースタッグ城市において、城代ガナムを超える特権階級なのである。
「聖堂か」
ドドは興味を抱いていた。
自分が闇の王ハラスの力でオークとなったのなら、対極にある聖堂の魔法で元に戻れる可能性がある。
「下手なことを考えるなドド。あなたは聖堂に入ればたちまち浄化魔法で攻撃を受ける」
ブリジットの忠告にドドは耳を傾けた。
「それより、今はこの地位を盤石にすることに専念するのだ。さぁ、次は私とだ」
「はぁ」
「なぜため息をつく!!」
「君に教えることは無いんだが」
「私にもっと構え。一応主なんだぞ」
ドドはブリジットが飼い主と遊びたがる犬に見えた。
「よしよし、遊ぼうか」
互いに腰に紐を結び付けた。
やるのは鬼ごっこだ。
2人の訓練の様子を見て、従士たちが疑問を口にする。
「あれって、何の訓練だ?」
「ドドが逃げて、ブリジットさんが追う。触れたら交代。攻撃を当てる、躱す基礎訓練だろう」
「今更七つ冒険者に必要か? ここひと月ほど毎日やっているが、ほとんどブリジットさんが追うばかりだ」
「なっとらんな」
そこに城のお抱え魔導師ルークが現れた。
「ルーク様! これは、このような場所においでになるとは」
「なーに、見物じゃ。ふむ」
「あのルーク様、あれは何の意味が?」
「ドドは適正外の能力を肉体操作で補う特訓をしておるんじゃ」
従士たちに加え、騎士たちもご高説を拝聴に集まる。
「知っての通り、魔力は七通りに分類される。『放撃』、『超感覚』、『纏』、『加速』、『軽快』『剛力』、『回復』。ブリジット嬢は『纏』と『加速』に適性を持つ。しかし、他の『放撃』、『超感覚』、『剛力』が使えぬわけではない」
「まさか、五つも適性を?」
「適性があっても有用であるわけではないのだ。彼女は魔導士ではない。ゆえに魔力はさして多くない。そこでもっとも適性のある『纏』と『超感覚』、『加速』に絞った。ところが、彼女は属性魔法とこれらを併用する英雄職。戦いは超短期決戦となる。そこから来る不安定な戦い方が最大の弱点となる。ならば、使用する闘法を絞るほかあるまい。あれは『超感覚』、『加速』を補うための訓練じゃろう」
一人の騎士が手を挙げた。
「ルーク様。しかし、反応の速さ、動きの速さを魔力を使わずに補えるものでしょうか? 2人の優劣の差は埋まっていないようですが」
「そうじゃな。ただ、成果はある。見てみよ」
ドドを追うブリジット。
飛び掛かり、伸ばした手は空を掴む。
「ブリジット嬢の方が身軽なのに、一瞬だけドドが早い」
「やはり、全く追いつけていないのでは」
「わからんか? 手は届かんだろうが、あの間合いならば剣は届く」
「ああ!」
ドドとブリジットのやり取りに変化が見られないのは、ブリジットが早くなったと同時に、ドドも早くなっていたためだ。
効果は初日から出ていた。
それが今、ブリジットが急激にドドの動きを吸収し、拮抗し始めている。
「つまり、彼女は今『超感覚』と『加速』を使っていた時より速いということですか?」
「違う。先を読む思考、そして効率的に身体を動かす知恵。これらを用いれば魔力を用いずとも対抗できる。つまり――」
ブリジットは光魔法と『纏』に専念し、随所で『加速』や『超感覚』を併用した長期戦が可能となった。
◇
魔導師ルークの考察は、客観的事実を元にしていた。
それはドドの指南役としての評価に直結していた。
ルークはこれをまとめて城代ガナムに報告した。
「いよいよ参った。私はどうすれば良いのだ?」
「ドドが来てから魔物の討伐率は大幅に上昇。魔力を温存した戦いで戦闘時間が延びたためと思われる。また、新米兵の戦力化が例年の七分の一の時間で済んでいる。驚異的だ」
騎士たちは笑う。
「それにドドは料理が上手い。それに何だか調子がいい」
各地を放浪してきたドドは料理にうるさい。
訓練時間以外やることの無いドドは凝った煮込み料理や特製のソースなんかをつくり、栄養面を改善した。ホーンラビットの骨から取ったスープや血と野菜を煮詰めたソースはスタミナがつくと好評だ。
「従士たちは皆度胸が付いた。あれほどの魔物と戦闘訓練ができるのは稀有だ」
「聖獣って話。今なら信じられる」
ルークの報告会はドドを正式に指南役とする方向へ進んだ。
「情けないですね」
ただ一人を除いて。
「汚らわしいオークを城で飼うばかりか、教えを乞うなど」
司祭グロンは騎士たちをあざ笑った。
「しかしですな、歴然とした結果を出しておる」
「魔物一匹がいるだけで成果がでるものか! これまで随分と怠けておったのだな」
「何を!」
「ここに出兵しておられる騎士殿たちは、本国に誇れるのかね? オークに剣を習っていると吹聴されたら? カースタッグはいい笑いものだ!!」
ここから司祭グロンの本格的なドドの排斥運動が始まった。




